044 護衛依頼05
領主の町の広場で、王都から連れてこられた奴隷たちが並べられ、立たされている。
別に気分転換に外の空気を吸わせてやろうとか、日光浴させてやろうとか、そういった気の利いた話ではない。奴隷商人が商品を陳列棚に並べている。それだけの話だ。つまり、ここでは奴隷市場が催されようとしている。
ギハスロイの女奴隷マリピスもその中に立っている。
【マリピス】
……この世を生きるということは、苦しみと共にあるということ。
ヴォネラムという男の奴隷となり、エユィドナ共和国という国からはるかに離れたウガ王国に来たかと思えばまたひたすら歩かされ、こんな町で見せ物にされている。
あのサンゴ色の髪のヒューマロイの娘は、『生きてさえいればいいことがある』というようなことを言っていたけれど、それはあの娘がヒューマロイで器量がいいからだ。ギハスロイの私には、そんな幸運は訪れない。
そんなことを考えて立っていると、背後から声がかかる。
「ダイジョウブか?」
それは野太く力強い声。そしてある種の安心をもたらしてくれる声。それはメレプスという男のギハスロイの声。
私はさりげない所作で横を向き、背後にいるらしい彼に言う。
「……ダイジョウブ」
どうして勝てなかった?
カンパは領都の中央付近にある広場で、大勢の人がいるのを漠然と眺めながら、反芻の海にとらわれている。
こっちの動きは完全に読まれていた……
広場では王都から連れて来られた奴隷たちが並べられ、客がそれを物色し、ヴォネラムの手の者が案内したり呼び込みを行う。
なんで読まれる? それなりに速い攻撃だったはずだ……
「エユィドナ共和国の奴隷商人、ヴォネラム様の奴隷市だ! 世界中から集めた選りすぐりの奴隷だ! 肉体労働、畑のもろもろから夜の相手までなんでもこなすぜ! さあ、見てってくれ!」
何人かの手の者は、呼び込みまでしている。
それにあの攻撃……
客の中にはあのボイニニンガ領主も含まれていて、お供を連れまわしながら歩くその1団を、ヴォネラム直々に案内している。
あの攻撃は……見えなかった……
カンパの周りにはハダリー隊の面々もいて、各々手持ちぶさたに自由にくつろいでいる。ゴドリー隊も少し離れたところで、同じようにしている。
……どうすれば、そんな剣を振ることができる?
ハダリー隊やゴドリー隊がいるのは、何か騒ぎが起こったときの保険だ。が、町の中で何かが起こるとは思えなかった。
あと数千回、あと一万回、剣を振ればいい?
あと数年、数十年、剣を振り続ければいい?
1人の男が売られていく。客はちょっと裕福そうな農夫だ。首輪を外されて手の縄を外されて、ハエのように手首をする。
そしたらオレは、いったいいくつだ?
そしたらその頃には、アイツはもっと強くなっているんじゃないか?
売られた男は、新しい主の後をついていく。そのさらに後ろには、主人の召使が2人、奴隷を見張るようについていく。
そしたらオレは……永遠にあいつに勝つことができないのではないか……
たとえ奴隷商のナワを解かれたとしても、今度は労働という名の縄に縛られるだけ。彼に自由の道はない。たとえ逃げ出したとしても、数人がかりで探し出され袋叩きにあうだけだ。
それならオレは……
……それならオレは……
……もう、生きる意味……
トンッ
背中に軽く何かが当たる。雨粒1粒くらいの重さ。
カンパは後ろを振り返る。そこにはハダリー隊の面々がくつろぐ姿と、目をそらすサンゴ色の髪の少女が。
特に変わったことはないか、と体を戻すカンパの背中にまた軽い何かが当たる。
「何すんだ、バカ女!」
そう言ってカンパが急に振り向くと、そこには次の小石を拾うとしていたアイネがいる。
「……だってさ……カンパが悪いんだよ」
「なんで俺が悪いんだ」
「……だって試合で負けてから、バカみたいにつまんない顔をして、黙ったままなんだもん」
「そんなのオレの勝手だろ」
「それはそうなんだけど……心配になるじゃん……」
「ほっとけよ」
「……そうはいかないよ。だって……同じ仲間だし……」
「どうせオマエには何もわかんねーよ」
「そんなことないかもよ? 何か悩みがあるんなら言ってみて」
カンパは、これらすべてのやり取りが煩わしくてウンザリだという口調で言う。
「だったらなんでオレが負けたのかわかるのか? なんでオレの攻撃は全て軍務卿に読まれる? それにあの見えないほど速い攻撃はなんなんだ?」
「んー。確かにそれは難しいかもしれないけど……速い攻撃って?」
「? 速かっただろ、あいつの攻撃。剣がこっちの顔に当たるまで気づかなかったんだから……」
「ん? そんなに速い攻撃じゃなかったよ。こんな感じで」
そう言ってアイネは何も握っていない手で、腕を振ってみせる。ただしその動きはとてもゆっくりだ。
これにカンパが反発する。
「はっ、そんなわけねーだろ。このくらいは速った」
といってカンパも剣を振る真似をする。ただしこちらは全身を使った、速くて力強い振り。手刀がアイネの顔の横で止まる。
「う うん。そんなに速くなかったし、それに力も入ってなかった」
と言ったかと思うと、まだ構えたままのカンパの顔の前に、小さな手が現れる。
「こんな感じで、力も入ってなかったよ」
小さな手はアイネのものだ。
はっ?
コイツ、今、何をした?
「ねっ」
といって小首を傾ける少女によって、鮮やかな髪が跳ねた。
何でお前、できるんだよ……
「なんでお前……」
カンパがたずねようとしたとき、視界の端に白くなびくものが現れる。それは軍務卿の白い長髪だ。
カンパは話すのやめて、体を背ける。
やがて軍務卿はハダリー隊とゴドリー隊の中間地点へと歩いていく。それぞれの隊長も、近づいて迎える。
ある程度の距離に近づいたところで、ハダリー隊長が言う。
「軍務卿、こちらは異常ありません」
軍務卿はうなずく。続けてゴドリーが
「軍務卿、どうされました? 奴隷市場には興味がないとおっしゃってたのに」
「部屋にこもっていても退屈だからな。少し様子を見に来た」
そう言って軍務卿は、辺りにグルっと視線をを走らせる。カンパはその視線が、一瞬自分にとまった気がする。
軍務卿ベナッジョが話を続ける。
「とは言っても、ここも何もなさそうだな。少し町の様子でも見てまわるか」
ゴドリーが言う。
「ここは我らゴドリー隊におまかせください。軍務卿は普段お忙しいのですから、こういう時はゆっくりと観光でもしていてくだ……」
ゴドリーが軍務卿に取り入ろうとして、ハダリーがムッとした顔をするが、ゴドリーの言葉は最後まで言い切ることはできない。
なぜなら広場に入ってくる入り口の1つが、驚きや恐れの声をあげる街の人たちで騒然となっているからだ。
騒ぎの中心点には、先ほど奴隷を買った男がいる。お供と買ったばかりの奴隷も。さらに先ほどはいなかった男が1人、加わっている。その男は貧しい身なりで、1目で農夫とわかる。そして頭や腕から血を流している。
彼らは真っ直ぐに、まだ奴隷を物色中のボイニニンガ領主のもとへと向かう。
アイネがつぶやいた。
「何があったんだろ……」
そこにいる者たちは、その答えを誰も知らないない。ただ、穏やかでない事件が起こっていることを感じているだけだ。
2026.4.30軍務卿ベナッジョの髪色を黒から白に変更




