043 護衛依頼04
軍務卿ベナッジョが、ボイニニンガ領主に問う。
「ボイニニンガ殿、この結果をどう見る?」
ボイニニンガ領主は頭を下げる。なので他の人には見えなかったが、その表情はとても悔しそうな表情だ。
「我が領主軍に……問題がある、ということはわかりました。しかし……恥ずかしながら、私には何をどのように改善すればいいのかわかりません」
軍務卿は領主の元を去りながら言う。
「それについては追って知らせよう」
そして軍務卿ベナッジョは、レクセイの前に立つ。
「その木剣と盾を貸してくれ」
レクセイは、なぜ? と思うが断るわけにもいかずにそれらを差し出す。
ベナッジョは渡された盾を左手で持ち、右手で持った剣を試すように素振りしながらある場所へと向かっていく。
仲間のもとに戻ったカンパを、ハダリー隊の仲間たちは口々にもてはやす。
ハダリー隊長が「よくやった」と言えば、ベーヤ副隊長が「少々物足りない相手だったかもしれんな」と言い、ブーバーが「またお前だけ目立ちやがって」と妬みをぶつけている。
カンパは
「タイしたことねーっすよ」
と言って彼らをすり抜ける。恐らくブーバーのものである間延びした口笛が、背中越しにカンパの耳に届く。
そんなカンパの前に、1人の少女がいる。サンゴ色の髪の彼女が言う。
「やるじゃん」
「タイしたことねーって言ってんだろ」
カンパがそう返しながらアイネの横を通り過ぎようとしたとき、ボゴタがカンパに言う。
「カンパ、軍務卿が、くる」
カンパは振り返る。隣でアイネが
「あれって……」
と言い、その意図に気づいたブーバーが
「おい、マジかよ……」
と信じられない様子の声。
彼らの言葉の通り、近づいてくる軍務卿ベナッジョ。
カンパも前に出て迎える。周囲の視線が彼の前に立つ軍務卿に向けられる。
「少年、今度は私が相手してやろう。戦えるか?」
周囲の視線はカンパに。カンパは迷いなくこたえる。
「余裕で戦えますよ」
ただその目はギラついている。子供がソソウをしたときの親の顔のように、ベーヤが思わず顔をシカめる。軍務卿はカンパの言い方には構わず、
「よろしい。そこの、審判を頼む」
とベーヤに向かって言う。ベーヤは今度は、ちょっと面倒な学校の役員を押しつけられた保護者みたいな顔をする。
程なくして、軍務卿ベナッジョとカンパは対峙して立つ。それぞれ右手に木剣、左手に盾を持って。
2人と間に立つベーヤ副隊長以外の人たちは、円を描くように取り囲む。
いきなりの大役をあずかったベーヤは、少し緊張しているようであったが、
「は、はじめっ!」
と、試合の開始を告げる。
たとえ開始の宣言が多少緊張していたとしても、こうして戦いが始まる。
そしてその宣言と同時に、カンパは迷いなく前進し始める。が、距離をつめたところで足を止めてしまう。
対戦相手に何か違和感を覚えたからだ。
……何かがおかしい……
カンパは警戒しながら、足を1歩進める。
軍務卿ベナッジョは、力を抜いて立っている。剣も盾も構えずに。
カンパは、また足を1歩進める。違和感のせいなのか、体を1歩分進めるのが重い。ベナッジョとの距離は、まだ5歩以上あいている。
カンパは、何が戦いにくくしているかを考える。
普通、攻撃しようとする者が近づいてきたなら、自然と体のどこかに力が入るものだ。
相手を攻撃することを考えれば剣を握りなおしたり、相手の攻撃を警戒すればいつでも動けるように足の幅を変えたり。
だけどコイツにはそれがない。まるで散歩の途中でちょっと立ち止まった、くらいの気軽さだ。
そこでカンパは、話しかけられる。
「どうした? こないのか?」
軍務卿ベナッジョだ。
カンパは答えずに、わずかに目を細めた。そして急に走り出し、両者の間を急速につめていく。
ゆがむ世界
音を置き去りにするかのように
世界の端が消えていく視界の中央で
ハッキリと相手の姿をとらえる
もらったああぁ!!
カンパが剣を相手に叩きつけるため、振り抜こうとしたところで、目の前に何かが現れる!
剣!!
思わず上体を反らし、それをかわす。
が、追従してくる剣先……
をかわそうとカンパはさらに体を反らす
が、さらに追いかけてくる剣先。
カンパも一層上体を反らす……が体を支えきれなくなり、ついに背中が地面に着く。
それでも突進の勢いは止まらず、カンパは膝を曲げ背中をこすりながら対戦者の方へ潜り込むように、滑り込んでいく。
【カンパ】
ようやく体が止まった。こすれて背中がヒリヒリする。そして……
目の前に突きつけられた剣先。
それを持つ者はやっぱり、対戦者である軍務卿ベナッジョだ。
コイツがオレに剣を突きつけながら、見下ろす。
何を考えているのかわからない目つきだ。
その見下す目つきが、遠くかなたの、思い出したくない記憶の扉を開ける……
その光景は、神塔を下から見上げる光景……だった。
周囲には大勢の人たちがいて、オレは今すぐにでも駆け出して正面の階段を上って行きたかったが、背後から回された優しいてが力強くオレの体を押さえつけていた。そいつが言った。
「ダメ、カンパ! 今行ったらアナタも殺されるっ!」
でっかい階段みたいな三角の建物の上で、あるイベントが起ころうとしていた。
女性がひざまづき、その横に剣を振り上げた白髪の男が……
「どうした? もう終わりか?」
カンパの目の前に剣を突きつけながら、白い長髪の男が言う。
軍務卿ベナッジョだ。
見下ろしてくるその落胆したような冷たい眼差しが、カンパの表情を険しく変える。
カンパは瞬時に、右腰を上げながら相手の股間を狙った蹴りを放つ。が、足は空を切る。目標が1歩下がったからだ。
カンパは蹴った勢いそのまま、後転して起き上がった。
それを見てベナッジョが言う。
「まだ、やれるか?」
軍務卿はほとんど無表情だが、カンパにはそれが笑っているように見える。
それが不快だったのか、カンパは表情をさらに険しくして立ち上がり、木剣と盾を構え直し前進する。
先ほどと同じように盾を体の前面で力強く保持し、右体側に木剣を忍ばせ、距離をつめていく。ただし今度は、強敵の不意の攻撃を警戒しながら。
一方のベナッジョは両腕を下げたまま、力を抜いて立っている。
その余裕ある姿勢がカンパの冷静さを取り戻しつつある気持ちをぶち壊したのか、一気に最大速力で駆け出す。
そして剣の届こうかという距離に入ると、勢いそのまま、まっすぐに剣を突き出す。
その一撃は、先ほどの攻撃より速い。
それにもかかわらずその攻撃は相手に届くことはなかった。そればかりか、ベナッジョはゆっくりとも思える最短の動きでそれをよけたのだ。
カンパは突き出した剣を引き戻しながら思う。
なぜ当たらない!
そう思っているうちに、今度はベナッジョがゆらりと前進する。しかしまだ攻撃の予兆は見えない。
ならばもう一撃……
カンパがそう思うとき、左頬に硬い感触があったり、目の前に剣を伸ばす腕があった。その腕は目の前の人物、ベナッジョの体から伸びている。
「そこまでっ!」
そう言ったのはベーヤの声だった。
カンパの周囲に現実が戻る。
……まってくれ……
カンパの気持ちが叫ぶ。
しかし現実の世界では、試合はすでに過去のことになっていて、それぞれの人がそれぞれすべきことを思い出したかのように動き出している。アセるカンパは、
「待ってくれ! オレはまだ戦える!」
ベーヤがさとす。
「もう終わりだ、カンパ。お前の負けだ」
「……まだ……」
ベーヤがカンパの正面に回り込む。
「もういいんだ。お前はよくやった。だが、戦いはもう終わりだ!」
ベーヤがそこまで言って、カンパはやっと握り締めていた木剣をおろした。表情も暗くなったカンパに声がかかる。
「その勝負にこだわる姿勢も悪くない」
声の主は、たった今カンパを打ち負かした相手のものだ。
「ただ少し、お前の攻撃はわかりやすい」
そう言って軍務卿ベナッジョは離れていく。
その後ろ姿を見ながら、カンパは自身が本当に負けてしまったのだと理解するしかない。
2026.4.30軍務卿ベナッジョの髪色を黒から白に変更




