042 護衛依頼03
キケニアを討伐した後、カンパたちは本隊に合流、行軍が再開される。
そして“夜”が太陽にかかり始めるころ一行は、ようやくボイニニンガ領の領都へとたどり着く。
今まで通過してきた村の、丸太や土盛でできた城壁とは違って、ちゃんと表面をレンガで造形した城壁が領都を囲う。ただ王都ほどの高さはなく、補修が追いついていないのか、レンガが崩れて中の土が露出している箇所が点在している。
町の入り口で一行は、水袋のように太った領主とそのトリマキたちに出迎えられる。わざわざ領主自らが出迎えに来たのは、軍務卿がいたからか国王お気に入りの商人がいたからか。
ともかく主要人物たちに愛想を振りまく領主によって、一行は領都の中へと招かれていく。
時刻も遅かったことから、奴隷商人たちも、兵士たちも、そして奴隷たちでさえすぐに食事をあてがわれ、休むことになる。
主要の人物たちは、賓客のための館で。アイネと侍女フェマもここに含まれる。
ハダリー隊やゴドリー隊は領主軍の兵舎で。
ギハスロイのメディプスやマリピスを含む奴隷たちは、領主に手配してもらった倉庫で。
翌朝、領都の一角で兵士たちが並んでいる。列は2列で互いに向かい合い、手には木剣と盾を持っている。
ハダリー隊やゴドリー隊ではない。彼らは並んでいる兵士たちが見える位置で、遠巻きに立っている。ブーバーが並んでいる兵士たちの様子を見て
「これがボイニニンガ領主軍かあ? てんで気合いが入ってないな」
と言う。
高級な水袋のようにカップクのいい男の合図で、隣の男が、
「はじめえぇぇ!!」
と叫ぶ。すると兵士たちはそれぞれに力の入っていない掛け声を上げながら、バラバラとそれぞれの対戦相手に打ちかかる。
ハダリー隊の隣に並ぶゴドリー隊の、隊長ゴドリーが「ハンッ」と鼻で笑う音がカンパの耳まで届いてくる。かの隊長も領主軍の錬度が気に召さないご様子だ、とカンパは理解する。
カンパは軍務卿ベナッジョの方を見る。かの人物は、肯定も否定も表さない無表情で訓練の様子を見ている。が、訓練をしている兵士がまだ汗の1つもかいていないタイミングで、軍務卿は領主のボイニニンガに言う。
「もういい。やめさせろ」
それは静かな声だったが、そこに込められた不満の表れは、ほとんど的確に相手へと伝わったようだ。彼はその存在感あるお腹以外は大変に緊張した様子で、言葉をカミながら言う。
「ど、ど、どう、どうされました? 何かお気に召さないことでもあり……」
「いいから止めさせろ!」
焦ったボイニニンガ領主は号令官に指示をだす。
「訓練やめ!!」
領主軍の兵士たちは戸惑いながらも、バラバラと戦いの手を止めていく。ボイニニンガ領主は落ち着かない。何が起こっているかわからず、どうすればいいのかもわからない。
「ボイニニンガ殿」
「はいっ」
「ボイニニンガ領主軍で1番強いものを呼んでこい」
「は、はい」
領主はすぐに部下に指示を出す。そのかたわら、軍務卿ベナッジョは後ろを振り返る。そこにいたのは王都からついてきた王都軍兵士のハダリー隊とゴドリー隊だ。ベナッジョが彼らに向かって言う。
「お前たちの隊で、1番若い兵士は誰だ?」
ハダリーとゴドリーは一瞬顔を見合わせた後、カンパの方を見、アイネを見る。軍務卿が続けて言う。
「ちゃんとした兵士として、1番若い兵士は誰だ」
ハダリーとゴドリーの視線は、カンパで止まる。
ただ、軍務卿ベナッジョの視線は違った。まるで始めから答えを知っているかのように、カンパに固定されていた。
「こっちへ来たまへ」
そう言った軍務卿の言葉が、誰に投げかけられた言葉なのかは明らかだ。
カンパは、恐る恐る前へ進み出る。が、軍務卿がカンパを指名するその理由がわからない。『悪い予感』以上に善良な予感はしない。
軍務卿が言う。
「これからお前には、領主軍の兵士と戦ってもらう」
ほら、やっぱり
と、カンパは思う。軍務卿が言う。
「彼らに己の弱さを自覚してもらいたい。……負けるなよ」
カンパは支給された盾を左手に、渡された木剣を右手に持って立つ。
そこはギャラリーの兵士たちに囲まれた空間の真ん中。
カンパはもらった木剣を数度振り、具合を確かめる。
思った程、悪くない
確認したカンパは、正面を見る。そこにいるのはすなわち、これから戦うことになるボイニニンガ領主軍の兵士だ。
はたして立っている男は、筋肉が引き締まっているわけでもないが、太っているわけでもない中年の男。いくら規律が緩んでいたとしても、そこは歴戦の兵士。立っているだけでも、戦いに慣れていることがうかがえる。
【レクセイ】
領主様に言われて我らの指揮官は俺を指名したけど、何であんなガキと何で戦わなきゃいけない?
軍務卿は何を考えているんだ?
サボりがちなボイニニンガ領主軍を、ナタネアブラを搾り取るみたいにちょっと締めてやろう、ってことか。
……それにしても……相手は子供みたに小さいヤツだ。
これって勝ってもいいんだよな。
と、とある方向の人垣を見れば、ボイニニンガ領主が両手を握り締め、顔は余裕のない表情でこちらを注視している。『ボイニニンガ領主の名に泥を塗るなよ。私にこれ以上恥をかかすなよ』という声が聞こえてきそうな表情だ。
……しょうがない。あの少年には悪いが、本気でいかさせてもらおう。
そう心を決めながら私は木剣を構え、正面を見すえる。
【】
ボイニニンガ領主軍レクセイと、王都軍カンパが対峙する中、
「はじめっ!!」
2人の間に立った軍務卿ベナッジョが、試合の開始を宣言する。
その宣言と同時に、構える両者。
レクセイは盾を体の前で固め、剣をその後に忍ばせる。
さて、どうくる?
一方のカンパは、盾を前面に出すもののそれを保持する腕は柔らかく、右手の剣をクルクル回している。そしてそのリラックスした体勢のまま、グングンと相手につめよっていく。
その内に警戒して止まるだろ?
そう思っていたレクセイの予想に反して、相手の少年はどんどんと距離をつめてくる。その距離、すでに5歩の距離。
えっ、ウソだろ
そう思っている内に、残り4歩。
何かしなければ……
残り3歩。
さらにつめよるカンパに、レクセイはけん制のための剣を振る。
Gang!(ガンッ!)
木で木を打つ鈍い音とともに、レクセイの剣は弾かれていた。それもかなり外側に。
剣のあった場所には、カンパの盾が。
盾で……はじかれた?
レクセイがそう認識する時には、ノドに硬い感触が触れている。
それはカンパの剣。
「そこまでっ!!」
そう宣言するのは軍務卿ベナッジョの声。レクセイは、ようやく自分が負けたのだと認識する。
……俺が負けた? こんな少年に?
レクセイの目の前には、ふーと息を吐いて緊張をとく黒髪の少年がいる。そして少年は何か言うこともなく、剣をサヤに収めながら自分の仲間のところへ戻っていく。




