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041 護衛依頼02

   

 一行の前に、村が近づいてくる。ミト婆さんの村だ。

 しかし奴隷商のヴォネラムはパッと見て、


「この村には用がないですね。お金のにおいがしません」


と言う。


 というわけで、隊列は村の脇を通り過ぎて行く。

 たが、珍しい隊列を見るために村人たちが出て来る。その中にはミト婆さんもいて、アイネが手を振ると無視するかと思う間をあけて小さく手をあげる。村を過ぎたあの畑には、あのギハスロイもいて作業をしている。


 この村のある空間だけが、時間を切り取られてしまったかのように何事もなく、ほとんど振り返られることもなく、隊列の後ろの彼方かなたへと消えていく。



 次に通りすぎる村もだいたいそんな感じで、通りすぎていく。



 変化が起こったのはボイニニンガ領に入ってから1つ目、通算で3つ目の村だ。

 キケニアという獣が現れて、農地を荒らすから討伐してほしい。村人からそんな嘆願たんがんがあった。

 村人から事情を聴いたとき、軍務卿ベナッジョは隊列の前を見て後ろを見る。そのとき、ハダリーと目が合う。


 軍務卿ベナッジョはハダリー隊に、キケニアの討伐を命じる。




 キケニアは4本の足と背中に多数の触手を持つ生物だ。この背中の触手で死骸の体液を吸う。相手が弱い生き物なら、4肢と触手を使って取り押さえ、触手のトゲを突き刺してそのまま体液を吸う。

 猛獣かと言われればそれほどではないが、ここに住む住人にとっては消えて欲しい存在であることは間違いないようだ。


 そいつは村からあまり離れていないところで、チョウがムチュウで花のミツを吸うように、家畜だったヤギのシガイに触手を突き立てているとろこを発見される。



 ハダリー隊が近づくと突き立てた触手はそのまま、長い首の先にある小さな頭だけこちらに向ける。そしてあいている触手をこちらに向けて、威嚇の体制をとる。




 最初の攻撃するは、ブーバーだ。彼の放った矢がキケニアの胴体に突き立つ。

ハダリーの


「よし! 行け!」


を聞いてかその前か、片手剣に盾を持ったを持ったマレと、斧を持ったボゴタがキケニアへと向かう。

 キケニアに、武器を持った2人が迫る。

 キケニアはこれに対し、獲物に突き立てた触手を抜いて、攻撃にまわす。


 マレが盾で触手の刺突を防ぎ剣でなぎ払いつつ近づこうとするが、長短8本の触手による防御をかい潜り切れない。


 斧を持つボゴタはその武器の重さゆえに、まともに近づくことすらできない。


マレが言う。


「ボゴタ、ムリすんな!」


ハダリーが言う。


「ボゴタ! あいつの正面に回り込んで、気を引きつけろ!」



一緒に来ていた軍務卿ベナッジョが言う。


「なかなか手強てごわい相手のようだな」


彼のそばにはアイネが控えていて、遊びに誘ってもらえない子供のような顔をしている。


「ボクも戦いたいなあ」


ベーヤが言う。


「嬢ちゃんは、今回の護衛任務で戦うことはないぞ」


「なんでボクだけ……」


ベーヤは、そんなアイネに目配せする。それの向かう先は、軍務卿の方だ。だけれどうまく伝わらないのか、アイネは不思議そうな顔をする。


「何、変な顔しているのベーヤ?」


真剣な行動をふざけているとなじられ、ベーヤの怒りが噴火した。


「ふざけてなどおらんわ! 嬢ちゃんたちの護衛のために軍務卿が来てくださったというのに、わざわざ戦わせることなんてできるわけないだろ!」


大きな声で自分の役職を言われて、軍務卿がベーヤを見る。気づいて「……失礼しました」と謝罪するベーヤ。


「でも見ているだけじゃあ、つまんないなー」


ふてくされるアイネに、まだ戦闘に参加していないカンパが言う。


「よく言うぜ。この前の戦いなんか、敵にビビって座り込んでいたじゃないか」


「あっ、あれは……ちょっと転んだだけだし……」


「お前って転んだとき、ケツと地面がくっついたままになるのかよ」


アイネは何か言い返そうとしたが、ベーヤに止められる。


「お前たち、せっかくの機会だからと軍務卿が我がハダリー隊を視察されているんだ。もう少し静かにしろ!」


 たしなめられてアイネはシュンとする。

 カンパは黙っただけで、リラックスしている。

 アイネとカンパの間、少し後ろにいた宮廷魔術師の弟子サジュは自分が言われたわけでもないのに、「ん」と小さくうなずく。


 カンパは黙って戦闘を見ている感じを装いながら、横目で軍務卿ベナッジョを見る。


 これが剣の腕前だけで、軍務卿にまで登りつめた男……。……“王の剣”……。


 この男は、いったいどれ程強いんだ?


 それは強いものにあこがれる少年の、純粋で単純な感情であるべきだ。だけれどカンパのそれは、負の感情につかかっている者の眼差しだ。

 カンパはバレないように横目で見ていたつもりだが、軍務卿ベナッジョが突然振り向き、


「そんなに見つめられると、恥ずかしいのだがな」


と真顔のままで言い放つ。カンパは見つかった驚き半分、その指摘による気まずさ半分で、全力のミツバチぐらいの速さで顔を背ける。


 何があったか気づいてないベーヤが、不思議そうな顔をしている。



 軍務卿が再び戦闘に視線を戻す。


 ボゴタが敵の正面に立ってけん制し、気を取られたキケニアの体にマレが攻撃を加えていく。ブーバーはキケニアの動きや射線、タイミングを見計みはからって矢をる。すでに首に3本、胴体の背中側に1本の矢が刺さり、少量の血が流れている。


それを見て、軍務卿ベナッジョが言う。


「押してはいるが……今ひとつ決定力に欠けるな」


ハダリーが


「ご安心ください。これから追い込んでみせます。 カンパ! 準備はいいな?」


と呼びかければ、


「あいよ! いつでもいいぜ、隊長」


と間をあけずに、カンパが返す。


 ハダリーの「行けっ!」という合図で、カンパが駆け出しす。



 こちらを向いているキケニアの正面にボゴタ、左体側にマレ、マレの後ろ側で左右に動くブーバー。カンパは、


「通るっ!」


短い言葉を投げただけでブーバーの射線を横切ると、キケニアの後ろ側に回っていく。そしてその勢いのまま、真後ろを通り過ぎていく。


 キケニアもこの新手の脅威を警戒しないわけにはいかない。しかし、


「うおぉらあ!」


正面で大柄なボゴタが斧を持ち大声を出しながらな迫ってこうようとするので、振り向けないでいる。仕方なしに触手の1本をそっちの方へ向け、暗闇で手探りするように左右に動かして探る。


 カンパは獲物に肉薄しながら、とある強い感情が体を突き動かすのを感じる。


 オレはもっともっと、強くなる!


 イヤ……


 ならなきゃいけない!


 あの軍務卿が目じゃないくらいに!



 キケニアの真後ろを回り込み、エモノの右後ろから近づくカンパは、目の前に迫ったその触手を左手にはめた盾で外側へと弾き飛ばす。そして右手で持った剣を、そのあいた空間へと突き出す。


 一瞬、反対側にいるマレの悔しそうな顔が見える。


 右手に伝わる、肉を突き刺す感触。


 剣はまだブーバーの矢が刺さっていない、キケニアの右体側後ろ側に突き立っていて、剣先は拳1つ分くらい体内へ入り込んでいる。間違いなく、内臓を傷つけているはずだ。


 キケニアは自分の体に起こった突然の鋭い痛みに


NGUUuuuuuuaAAA!


と鳴いて走り出してしまう。


 マレとボゴタがそれぞれ追撃を与えるが、即死にはいたらない。キケニアは包囲を切り抜けて、走り続ける。その方向は軍務卿やアイネたち、戦闘に参加してない者たちが待機している場所だ。


 状況を見てハダリーが的確簡潔に指示を飛ばす。


「ベーヤ、出るぞ! 軍務卿をお守りしろ」


「了解、隊長!」

「待て!」


前に出ようとするハダリーとベーヤを、誰かが静止する。もっともこの2人に命令できる人物は、この場にまで1人しかいない。軍務卿ベナッジョだ。


 ハダリーはいつもの冷静さを失った顔で振り返る。時間的にも、戦力的にも余裕はない。

 しかしベナッジョはゆっくりと、隣の魔術師の弟子サジュに聞く。


「サジュ殿? 魔術でアレを倒していただくことは可能ですか?」


魔術師の弟子は、聞き取りにくい、小さな声で返事した。


「ん、できる……」


そう言ってサジュは、その身長には大きすぎるほどの杖を掲げながら前に出る。他の人たちはジャマにならないように、脇にどく。


 すでにキケニアは大分近づいている。その距離、30歩ほど。4足歩行ではその距離は一瞬だ。


 サジュは右手で杖を水平に保持してその先を対象に向け、左手で杖の頭付近に触れる。

 杖から、何かが高速で回転するような音が鳴り、光がこぼれだす。


 キケニアは10歩の距離まで近づいている。


 もう余裕はない。


 ベーヤは心配になり、ハダリーに目配せして、1歩前にでる。


 ハダリーも思わず、1歩でる。


「近づくと……危ない!」


 警告を発したのはサジュだ。


 ただしほとんど言い終わらないうちに、短く大きな破裂音が鳴る。


 周囲にいた者たちは、瞬時に身をすくめる。


 何人かは、その音と共に赤い閃光が複数、杖の先から放たれるのを目にする。


 反対に、後ろに転がっていくサジュ。


 しかしキケニアの攻撃によるものではない。杖からの攻撃の衝撃によるものだ。


 一方、杖から放たれた無数の赤い閃光は、キケニアのいる周囲一体へと向かった。大多数はキケニアの体を外れ、地面を焼きながらめり込んでいく。

 しかしそれでも問題ない。

 なぜならキケニアの体に当たったいくつかの閃光は、それだけで全速力の、人間に比べて小さくはないその体重の進行を止める。そしてそれだけにとどまらず、肉にめり込み、体液を急速に気化させる湯気と音を出しながら、体の中から焼き尽くしていく。


 周囲にいた者たちは、その衝撃と惨状さんじょう感嘆かんたんの言葉さえ塗りつぶされる。ただ1人の人物を除いて。


 軍務卿ベナッジョが、その鍛え上げられた腕で手を叩きながら言う。


「素晴らしい! さすがは宮廷魔術師ヴィクマ殿のお弟子さんだ!」


 サナはようやく起きあがり、帽子を直す。




 かつてのキケニアとの激戦地で、カンパは何も語らない瞳で、そのキケニアの最後を見送るしかない。そんな彼にマレが後ろから、肩に手を置いて言う。


「またお前にオイシイところを持ってかれた……と言おうかと思ったが、今回はお前もオイシイところを持っていかれたみたいだな」


カンパは振り返りもせずに言う。


「手柄なんて関係ない。自分が強くなるかどうかだろ」


それを聞いて、ブーバーが茶化す。


「うーん! やっぱり夢見る少年は言うことが違うな! お兄さん、尊敬しちゃうぜ!」


 カンパは右手に張りつくように握り締めていた剣を、静かにサヤへと戻す。





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