040 護衛依頼01
休暇の後、ハダリー隊は5日で4件の討伐をおこなった。
群れからはぐれたオオカミ2頭、苔人1、たまに人を襲うらしいオドリシダという帯状のヒラヒラをたくさん生やした塊が1匹。
最後の1件は、盗賊団が村々を荒らしまわっていると聞いて6人隊が5個、約30人が派遣されたが、実際に捕まったのは盗賊が2人だけだった。
そして今日、ハダリー隊は王都から北西側ヘと歩いている。
王都の北西門をでたのは朝だが、進行方向の先、遠くで折り重なる山々はなかなか近づいてこない。
隊列の後ろの方で、背中の腰辺りに盾を、腰に剣をゆらしながら歩く“夜”色の髪の少年が、サンゴ色の髪の少女と並んで歩いている。もう少し具体的に記述するならば、カンパとアイネが並んで歩いている。
カンパが、隣にいるアイネに話しかける。ほとんど風景の変わらない長い旅路のこと、手持ちぶさたに持っているステッキをクルクル回してみる、といった感覚で。
「なんだか楽しそうだな」
ウガ王国銅貨を拾った子供のように、うれしそうな顔でアイネが言う。
「だってこっちの方角って、ゴラさんとかミト婆さんとか、ミト婆さんのギハスロイさんの村の方でしょ? また会えるの楽しみなんだ」
「行ったからって会えるわけじゃねーよ。向こうだって忙しいだろうしさ」
「それはそうなんだけど……会えるかも、って思うだけで楽しいじゃん?」
カンパは心からそう言えるアイネが、少し、純粋に、まぶしく思える。
「……変なヤツ」
カンパはそう言いながら、また風景に視線を戻す。そして再び口を開く。
「……そういえば、言ってなかったっけ……」
「は? 何を?」
「硬い生き物のこと。……つまりだな、お前にもわかりやすく言ってやると、硬そうな動物がいたら逃げろよってこと」
「え、硬い? 何それ?」
「硬い生き物って言ったら、邪神の眷属のことだろ。そんなことも知らないのか?」
「あぁ、邪神の眷属なら知ってるよ」
「知ってんのかよ。まぁ、だったらいい。……とにかく、ソイツら見たら逃げ出せよ」
「邪神の使徒は?」
「邪神の使徒は眷属よりもっとやべえヤツだろっ! 眷属のボスみたいなもんだ」
「じゃあ仮に、もし、たまたま、そのやばい邪神の使徒に出会っちゃったらどうすればいい?」
カンパは少し考えてから言った。
「死ぬ気で逃げるかアキラめろ」
「はっ!? なにそれ!」
「なにそれ、ってそういうもんだ。それにしても……」
カンパはアイネの後ろをチラ見する。
「……なんでお前には従者がいるんだよ……」
言われてアイネも振り返る。そこにはアイネの侍女であるフェマが歩いている。フェマはカンパの発言に気がついて
「今回の派遣は数日に及ぶそうです。そのためアイネ様の教育をおろそかにしないよう、私も同行するように、と仰せつかっております」
アイネは、宿題を前にした子供がそうするように、心から嫌そうな顔で言う。
「……だってさ。もう、うんざりだよ」
「そうはおっしゃっても、これは義務でございます。ご同僚とのお話がお済みでしたら、歩きながらでもご教授させていただきます」
「うへっ! ほら、さっそく来た! 何の教養? 歴史? お作法はヤダよ」
カンパは「大変だな……」とつぶやきつつも、暇をつぶす話し相手がいなくなったので、何か気晴らしになるものはないかと探す。ただ目に映るのは何もない荒野と、長い隊列だけだ。
それはとても長い列だ。その構成員のほとんどは、やっぱり奴隷だ。
この列の中には、カンパが普通に嫌っているヤツが2人いる。
嫌いなヤツの内の1人は、隊列の前の方にいる。ゴドリー隊という6人隊で隊長をしている、ゴドリーという男だ。今も得意気な顔で、隊列を先導しているに違いない。
嫌いなヤツのもう1人は、隊列の中程にいる。
異国の商人風のその男はヴォネラムといって、奴隷を商う。彼のすぐ後ろにはあのジャンタープとかいう、筋肉質の護衛がついている。
カンパはこの奴隷商人について思う。
まさかこんな形で、こいつと再会するとは思わなかった。そういえばこの前会ったとき、最後に何か言ってたっけ? 『わたくしは王の贔屓の商人だから、あなたに不幸なことが起こるかもしれません』って。それなら何か仕組まれた? ……それも考えすぎか。オレみたいな底辺のヤツに、何かする理由なんてないよな。
そしてそのヴォネラムと時々会話をしながら、並んで歩くヤツがいる。
軍務卿ベナッジョ。
こいつはメチャクチャ強い。剣の腕前が、とてもいいのだ。どのくらいいいかといえば、その腕1つで軍のトップ軍務卿についたと言われるくらい腕がいい。
そしてこの隊列の中には、カンパがある種の好意を寄せているヤツもいる。もっともカンパは口では絶対に認めたがらないだろうが。
カンパがいる最後尾のハダリー隊からでも、その姿をみとめることができる。それもそのはず、彼女の清らかで上品な見た目は、むさくるしい男たちや薄汚れた身なりの奴隷たちの間では、土砂が溶けてニゴったシドン川に浮かぶシルクのように、自然と輝いてしまうのだ。
そしてその人、神殿教神官ヴェイザは、ヴォネラムや軍務卿ベナッジョと会話しながら歩いている。
その輝きに少し心の目を細めながらも、カンパは今朝のやり取りを思い返す。
【今朝のやり取り】
「カンパ」
奴隷や奴隷商人、そしてその護衛、そして兵士たち、そして偉いヤツらや嫌いなヤツらまでもが集まって、崩されたアリの巣のように騒然としている民衆の広場でカンパは声をかけられた。
今回の護衛として同行する話は、ハダリ―から事前に聞いていた。しかしその人物がいることは、完全に予想外だった。声の方を振り返って驚きとともにカンパは言った。
「なんでお前がここにいるんだ?!」
果たして、そこにいたのは神官服に身を包み、神殿教のシンボル――並ぶ3つの円柱――を先端につけた身長程の長さのツエを持っている。つまりウガ王国神殿教支部の神官ヴェイザだ。
「以前からお願いしていたの」
「はぁ?」
「悩める信徒のために、王国内を歩いて回りたいって」
「だからって危険を冒してまでするようなもんじゃないだろう」
「試練を乗り越えなくては、神の導きは得られません。それに今日はカンパが守ってくれるんでしょ」
そう言ってヴェイザは優しげな眼差しでカンパを見てホホエんだ。まぶしさのためか、思わずカンパは視線をずらした。
その時、別な人物の声が割り込んできた。
「これはこれは」
特徴的な鼻につく声が、そんなカンパの淡い気持ちを汚した。あの奴隷商人の声だ。
「ハダリー隊のカンパさんではありませんか!」
その特徴的な声でカンパはすぐにそれが誰であるかがわかった。カンパは横目で見る。無言のままに。
「これは奇遇としか言いようがありませんね。国王に護衛をお願いしたら、まさかあなたに護衛していただけるなんて。まさに『神は数奇を望まれる』というやつですね。おお、ちょうどそこに神官がいらっしゃるではありませんか。どうです? 私の言ってることは間違っていませんよね」
カンパは黙っていたが、ヴェイザが、
「そうですね。私の信仰ではありませんが、ウガ王国の神話に、そのような話があったと記憶しております」
と困ったようにホホエながら言い、少し膝を曲げ軽く握った左手を胸につける礼を示して、
「お初に(・・・)お目にかかります。神殿教ウガ王国神殿の神殿長をしておりますヴェイザと申します。どうぞ、以後、お見知りおきを」
ヴォネラムはこれまでの勢いを一瞬止めて
「ええ、ええ! そうでした、そうでした! わたくしとしたことが、ご挨拶を忘れるなんて! お初にお目にかかります。わたくしはエユィドナ共和国でしがない商いをしておりますヴォネラムと申します。今後ともごひいきに」
そう言いながら、大変高価のものを取り扱うように、奴隷商人は胸に右手を当ててウヤウヤしく頭を垂れた。それにカンパが、厳しい声色でツッコむ。
「神殿教が奴隷商人をヒイキにするわけないだろ。それよりも……お前、何を企んでいる?」
「企んでいる、と申しますと?」
カンパは静かに凄んだ。
「しらばっくれるな! この前の腹いせか? 何をするつもりだ?」
ヴェイザが優しい声で言う。
「まあ、いいではありませんか。短くはない旅路です。みなさん仲良く行きましょう」
そのときそれほど歳を感じさせないながらも威厳のある男の声で
「何事だ」
とお声がかかった。近づいてきたのは軍務卿ベナッジョだった。後ろにはローブを羽織った娘がついてきている。
ベナッジョはヴォネラムに向かって聞いた。
「うちの兵士が何かソソウでもしましたか?」
ヴォネラムは、カンパの方をチラッと見て、
「いえいえ! そんなことはございません。ただ親交を深めていただけですよ。いや、なかなかに兵士の教育が行き届いていらっしゃる。ウガ国も安泰ですな」
と愛想笑いを浮かべて言った。ベナッジョは、
「それならいいのですが……。何か問題がありましたら私にお知らせください」
ヴォネラムがたずねる。
「それで……そちらの方は?」
それはベナッジョの後ろに控えるフードをまとった少女のことを指していた。
「ああ、こちらは宮廷魔術師ヴィクマ殿のお弟子さんの……」
ベナッジョは魔術師から「弟子だ。頼む」としか言われてなかった。
「……サジュ……」
そう言ったのはローブの少女だった。
軍務卿が言った。
「そこのお前、サジュを頼む」
指名されたカンパは
「え! オレっすか? また!?」
その声は大きくなかったが、大いなる悲痛が込められていた。
【】
そんな朝のやりとりが、サジュという少女が隣を歩く経緯だ。アイネが教養のために後ろに下がったことで、後ろにいた彼女が自然とカンパの隣に来ている。
この魔術師の弟子を面倒見ることはたちまちハダリー隊長も知ることになり、
「軍務卿直々の指示だ。しっかりやれよ」
と言われただけだった。
隊長の後でブーバーがニヤついていた。あいつが隊長にチクッたに違いない、とカンパは確信している。
カンパが歩く歩調に合わせて、彼女は無言で長い杖を持ちながらトコトコ歩く。カンパは特に興味があったわけではないが、変わり映えのしない高野の景色に飽きたのもあって、話しかけてみる、
「オマエ、魔術師の弟子なんだってな」
「ん」
別に大した反応を期待したわけではないが、返ってきたのは期待したよりも半分の半分以下の反応だ。
「じゃあ、魔法とか使えるのか?」
「……使えるといえば使える」
「……」
「……」
「……ツエ、重そうだな」
「重い」
「持ってやろうか?」
「ん」
彼女の身長ほどある杖だ。太さもそれなりにある。確かに重そうだ。
大事そうな杖だからそう簡単には渡さないだろう、というカンパの予想に反して魔術師の弟子は簡単に杖をカンパに渡す。
実際に持ってみると
「おっと……」
ずっしりと沈むように重い。カンパは思う。
この杖はかなり強そうだ。鈍器的な意味で……。
「この杖、強そうだな」
「ん」
「……」
「……」




