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039 休暇08



 邪神の話題から少したったころ、ウガ王国の国王バルガがヴォネラムに感謝を述べた。


「今日はいろいろ聞かせてくれてありがたく思う。ついては礼をしたい。何か欲しいものはあるか?」


奴隷商人は頭を下げ、ウヤウヤしく言う。


「そんな、私ごときにもったいなくございます。そのお言葉だけで、十分でございます」


「遠慮することはない。ある程度発展したと言っても、この国の経済はまだ弱い。そしてそれゆえ、貿易も少なく海外の情報があまり入ってこないのだ。だからこうして世の中の情報おけることは大変ありがたい。だから礼をさせてほしい。どうだ? 何が欲しい? 鉄ならたくさんあるぞ?」


ヴォネラムは遠慮する様子で、


「それではありがたく……」


と切り出した。奴隷商人のホリの深い眼窩がんかに影がとどまる。


「……護衛を頂きたいです」


国王バルガは素直に意味がわからなくて聞き返した。


「護衛、とな?」


「その通りでございます。実は思ったよりも奴隷が売れ残りまして、今度、農村部を回って商いをしたいと思っているのです。つきましては、その時の護衛として陛下の兵をいくらかお借りしたいのでございます」


「奴隷は鉱山の労働力になるのではないか? 最近、あっちの方の人手が足りないと要請を受けている」


「もちろんお約束通り、そちらの分は残してあります」


「ならば問題あるまい。軍務卿、手配してやれ」


言われて軍務卿のベナッジョが、


「はっ!」


短く返事をする。

 王はそれを聞いてうなずくと酒の入った杯をあおり、仕入れたばかりの情勢について財務卿と話をする。


 軍務卿ベナッジョが、ヴォネラムにたずねる。


「それではヴォネラム殿、いつにどのくらいの兵が入り用でしょうか?」


「5日後に出発しようかと考えております。兵数につきましては、6人隊を2個ほどお借り頂ければ安心できるかと」


「全く問題ありません。手配いたしましょう」


「ありがとうございます。それならばそれに関して、もう少しお願いがあるのですが」


ヴォネラムの申し出に、普段あまり表情を動かさないベナッジョが意外な顔をする。これでこの話は終わりだ、と思っていたからだ。


「なんでしょうか?」


「実は護衛につけて欲しい兵士の方がいるのです。わたくしが王都に来たときにつけてもらった者たちです」


「そんなことですか。それなら構いませんが……」


ベナッジョ


「それは奇妙だな」


コスキンは東にある港を眺めながら言う。


「それは奇妙だ。我が国の兵士はどれもこれもある程度の質は保たれているというのに。なんで誰かを指名する必要があるのか」


ヴォネラムはペーストを塗った平パンの最後の1かけを1口頬ばって


「大した理由ではございません。ただ、わたくし共の護衛も奴隷たちもその方たちと顔見知りで安心できる、ということにすぎません」


「なんだ? それだけの理由か?」


「それ以上でもそれ以下でもなく、他意はございません。ただわたくし共にとってその安心は、非常に大きな意味を持つのです」


「安心ならどの兵士でも一様いちようだと保証しよう」


バルガ王がヴォネラムとコスキンの問答に気がつく。


「どうした、コスキン? 何か問題でもあるのか?」


「ヴォネラム殿が王都に来たときに同行していた6人隊2個を貸すことになったのですが、それがハダリー隊とゴドリー隊です」


「それの何が問題なんだ」


「そのハダリー隊に、あの娘がいるのです」


「あの娘? 兵士に娘か?」


「ご多忙の王が忘れてしまわれるのも仕方がありませんか。王がヴォネラム殿から買い取り、兵士としてすごさせ私に面倒を見るようにおっしゃった、あの訳アリの娘のことです」


王はしばらく考えてから、


「ん? おお! おお、あの娘か! そうか! そうだった、そうだった」


と言い、豪快ごうかいに笑う。コスキンとバルガ王の会話が続く。


「そうだったそうだった、ではございません。私は王があの娘の面倒を見るようにおっしゃったから、色々とその子の面倒を見ているのにお忘れになっていた? 現にこうして、今もヴォネラム殿がその6人隊をご所望されるのでお断りさせて頂いている、というのに?」


「それは申し訳ないことをした。……だが、ヴォネラム殿はその6人隊をご所望、と……」


「バルガ王、よろしいのですか? 下手をしたらその娘も死ぬ可能性があるんですよ」


バルガ王は女英雄の姿を思い浮かべる。あれの縁者ならそうやすやすと死ぬことはないだろう。


「……その時はその時だ。その時は、見当違いだった、そうゆうことだ。……そうだ……それでいい。それで、無事戻ってきたら、会うことにしよう……」


「そうであるならば、教育も必要になります。王に合わせるのであれば、あの娘に最低限のシツケを学ばせなければなりませんから。上に立つ者は、下の者の苦労も知らなくてはなりません」


コスキンと王の応酬に、魔術師ヴィクマが割って入る。


「何の問題があると言うのか? 教育係を同行させればいいだけの話ではないかね? 国王が行かせると言われたのだぞ」


コスキンは、魔術師には遠慮なしに応酬おうしゅうする。


「教育係を奴隷の護衛に同行させてどうする? 戦いの邪魔になるだけだ」


「それでは……」


割って入ったのは軍務卿ベナッジョ。


「……私が同行しましょう。元々、各領を見て回っておきたかったところですから」


それに続いたのはヴォネラム。


「“王の剣”が同行してくれるというのであれば、我々としてもありがたい。これ以上の安心はないと言っても過言ではありません」


さらに魔術師ヴィクマが、便乗する。


「それならば我が弟子もお共させましょう。少しはお役に立てるはずだ」


それに対して、またも喜ぶヴォネラム。


「それは心強い! 魔術をたしなまれる方に守って頂けるとは……」


軍務卿、魔術師、奴隷商人たちの会話ははずむ。


 コスキンは思う。


 なんでこうなる……


 コスキンは気分を変えようと席を立ち、空と水の庭園の最上階のフチに立つ。街を見下ろせば、足元には静かな街が広がる。宴の喧騒けんそうと対象的だ。


 何やら今回、大人たちの思惑がからみあって来たようだ。あの2人の若者は大丈夫だろうか? 


 コスキンは空を見上げる。


「……もう“夜”が、“昼”にかかるか……」


もう宴も締め時だな、とコスキンは感じる。




 同じ空の下、街の片隅の、兵舎の空き地で木剣を振るう者がいる。

 何度も何度も掲げた盾を側面に打ち払い、その軌道と交差するように剣を振り下ろす。“夜”と同じ色の巻き毛からは、動くたびに汗が跳ねて空中に散る。

 彼は黙々と素振りを続ける。何度も、何度も。まるで弱い自分が少しも許せないかのように。

 このように少年は、くる日もくる日も剣を振るっている。

 胸に直ることのない、暗く煮えたぎる思いを抱きながら。


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