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038 休暇07


 野菜を食べたがらない子供のようにアイネが教養を学んでいる頃、王宮の広い中庭にそびえる『空と水の庭園』の最上階では、とあるうたげもよおされている。




【空と水の庭園】


 そこは石造りの大きな建築物で、上流のほうから引いてきた水で最上階の外周に堀を作っている。堀にたまった水は、彫られた溝を通って四方に流れて行き、少し広くなった1つ下の階にいたり、その外周の掘りからさらに下の階へと流れていく。

 水をこのように引いてあるのは、この建物のいたるところに植えられている植物がためだ。水は建物の外周をい回りながら、そこかしこに植えられた植物をうるおしていく。

 外からこの建物をながめると、植物に覆われてしまった建造物のようにも見える。



 この『空と水の庭園』の最上階、囲む堀の内側には太くて高さのある石柱が並び、やはり石の天井を支えている。その中の空間が、今回の宴席えんせきの会場だ。


 最上階は壁がなく高所にあるので、周囲に植えられた植物の間を通して、ほぼ全周にわたって王都の景観を眺めることができる。


 西の方向は宮殿の壁の向こうにレンガ造りの家の街並みが広がり、王都を囲う城壁まで続いている。その向こうにはあしなどの植物におおわれた平地が、はるかな地平まで続いてる。

 東の方向は、レンガ造りの街並みは同じだが、港も見える。

 北側は王都の城壁の向こうで、北から流れてくるシドン川が分岐ぶんきしているのか見える。シドン川は王都の南側でまた合流し、海へと流れていく。

 そして南側の景観だけは、その良好な見通しがほとんど失われている。四方が階段状の巨大な建造物、神塔しんとうがより高くそびえているからだ。



 ヘタな観光名所に劣らない景観が周囲にありながらも、宴の参加者たちは料理と会話に忙しいようだった。



 料理が並べられたテーブルの高さは、およそ大人のかかとから膝の長さ。男たちはその周りで、羊毛でふくらませたクッションに腰を下ろしている。

 そのテーブルの中央あたりで、肘掛けを横に置いてくつろいでいる男が、杯の中身を味わって言う。


「エユィドナ産の果実酒は、なかなか良いな。ウガ王国の大麦の酒も苦味が効いていていいが、こういう甘味と香りを楽しむのも悪くない」


ウガ王国の国王バルガだ。

 王の正面に席をもうけられた商人風の男が、羊肉1切れ半とひよこ豆のペーストとナツメヤシ油を盛った平パンを皿の上に戻しながら答える。


「ありがとうございます。バルガ王からそのようなおめを頂けるのは、我が郷土にとってたいへん名誉なことです」


エユィドナ共和国からきた奴隷商人、ヴォネラムだ。彼に対し、甘いプリュームの実を1つまみ口に入れ果実酒を流し込んだ王が話を続ける。


「それはそうと、今日ヴォネラム殿を招いたのは色々と話を聞きたいと思ってな。商人として色々な国を訪れるそなたの意見をうかがいたい。ウガ国の周辺各国はどんな感じだ? 今世界では何が起こっている?」


王がこのように話題を振ったので、料理や酒に目と口と心を奪われていた1部の大臣たちも聞き耳をたてた。


「各国の情勢ですか。……そうですね。まずは我が祖国、エユィドナ共和国ですが、対外的には各国との交易も順調。国内ではいくつか派閥はばつがあるものの各々の優勢劣勢はだいたい決まっていて、しばらく動くことはなさそうです。客観的に見て、経済的にも政治的にも安定していると言えるでしょう」


王の左隣に座るかっぷくのいい財務卿が、鳥のモモ肉の骨を左手の親指と人さし指でつまみながら言う。


「なんだかんだ言って、ヴォネラム殿の派閥が優勢なんでしょう?」


「わたくしの派閥と言っては語弊があります。わたくしはただ、エユィドナ共和国評議員のギャラン殿と親しくさせて頂いているだけですので」


財務卿は笑いながら


「そうゆうことにしておきましょう」


と言ってから、鳥のモモをかじった。肉汁がしたたり、慌てて顔を前に出す。

 ヴォネラムは、説明を続ける。


「次に神殿教国ですが、神殿教の象徴ともいえる神はご健在の様子。この神の威光ある限り、この国の安泰は続くでしょう。ただ1つ気になることは、最近は民衆の前に出てくることが少なくなってきている、ということでしょうか。わたくしとしてもこの世界における伝説と奇跡の安否が心配でなりません」


ウガ王国国教の神官長が発言する。


「神殿教とかいう、怪しげな信仰を行う連中ですな。なんでも生きている神をあがめているとか」


コスキンが大げさに言う。


「神官長! その発言はいただけないですな。我れらが王国に貢献した神殿教国に対して、敬意が不足しているのではないかね?」


「……道化師殿。……まあ、確かにこの世界を邪神の手から救った功績は認めましょう。それだけじゃない。このウガ王国に対しても、救世の英雄サイネヴィをつかわしてくれた。しかし信じられないじゃないですか、神殿が神と一緒に空から降ってきたなんて。それに彼らが祈る対象は何ですか? 神ですか? 神殿に対してですか? それとも英雄サイネヴィにですか? そこからして、すでにアヤフヤなのです」


神官長の発言はその地位とたたずまいから、ある種の不可侵さを持った説得力がある。しかしこの席には、そういった神聖な権威にヘリくだらない者が少なくとも1人はいる。もちろんのこと、宮廷の道化師コスキンだ。


「アナタがその指摘をされるとな! 確か我が国の信仰においても、あがめるべき神は1人ではないはずだったと思うのだが?」


と、コスキンは南を指さす。そこにはこの壁のない高所で、唯一視界をさえぎる巨大な構造物がたたずんでいる。


「それに我が国も神塔を崇めているではないか」


「それは……」


神殿教反対論者は、言いよどんむ。が、別な声が後を引き継いだ。


「神殿教が我が国の信仰と同じ多神教だからといって、それが正当性の証明であるとはなりますまい」


コスキンは声の主を見る。ただしコスキンは見るまでもなく、何かと自分に反対してくる声の主がわかっている。宮廷魔術師ヴィクマだ。彼は続ける。


「それでは信仰の正当性はどこから来るのでしょうか? 我が国の信仰と神殿教を比べるに、その違いは明らかです。そうです、歴史です。我が国の信仰は邪神の支配を受けながらも古来から受け継がれてきたものであるのに対し、神殿教のそれはまだ生まれたばかりの赤子に過ぎないのです」


コスキンが口を開く。魔術師の言い方がそれを強いるように挑戦的だったからだ。


「私は神殿教国の神殿を見たことがある。邪神戦争が終わったあと、援軍の協力に感謝する特使として、神殿教国に派遣された時のことだ。そしてその神殿を見たが、あれは素晴らしかった。……いや、素晴らしいとかじゃない。何か、尋常じんじょうでないものを感じたよ」


コスキンの発言に続いたのは、魔術師ヴィクマでもなく王国の人間でもない。奴隷商人ヴォネラムだ。


わたくしも、その神殿教の神殿をこの目で見たことがあります。確かにあれは、中々のものですよ。あれを見てしまうと信者じゃなくても信仰心も芽生えようというものです」


他の神殿教国の神殿を見たことがない者達は、何か尋常じんじょうでない神殿を頭の中に思い描こうとして、ことごとく失敗していく。人間、尋常でないものを具体的にイメージすることは難しい。


 そこに割り込む静かな声は、王のものだった。


「皆も知っていると思うが、我は英雄サイネヴィと一緒に戦ったことがある……」




 バルガは懐かしき日々を思う。それはもう手が届かないほど、痛くまぶしい思い出。

 「協力しろ」と言って挑まれた試合も、結局負けたんだったか。




 一同は続きを待っている。


「……あれは確かに、信仰に値するほどいい女だった」


バルガ王の瞳には、懐かしむ光さえある。そこにコスキンが


「我らが王は、いい女かどうかが信仰を決めるらしい」


茶化ちゃかして言うと、男たちは「確かに」とか「一理いちりある」などと騒ぎ出す。ほどなくして、王が場を収める。


「女を信仰する話も、他国の神を信仰する話もそこまでにしよう。ヴォネラム、続きを頼む」


バルガ王がそう言うと、みんなが笑って話すのをやめた。


「承知しました。……とは言うものの、その他の国々は可もなく不可もなく、といったところでしょうか。商人といたしましては、少しさびしくもありますが」


財務卿が口を挟む。


「ヴォネラム殿が扱う商品は、奴隷ではないですか?」


「たとえ扱う商品が奴隷だとしても、同じことではありませんか」


とヴォネラムは言って笑った。笑っている商人に、コスキンがたずねる。


「そう言えば、ラナシュ共国という国はどんな様子なんだ? 民衆が使徒たちを倒した後に新しくできた国が、労働で得た富を再分配するというではないか。果たしてそんなことが可能なのか?」


「そちらにつきましてはわたくしも今、色々と調べているところです」


「何かわかったらぜひ教えてくれ。そのような国家の形態はありえないし、もしあるのだとしたらその存在そのものが、我が国に少なからぬ脅威となる気がするのだ」


そこに王が追加する。


「それと邪神について、だ。邪神が倒されてから30年、生き残った使徒たちの行方はどうなっている? ヤツらはまだ見つかっていないのか? 今度はいったい何をたくらんでいる?」



「邪神やその使徒の動向につきましては、我々商人も警戒しているところでございます。しかし残念ながら、今のところ何もつかめておりません。そしてエユィドナ共和国にしても神殿教国にしても特に動きがないところを見れば、確かな手がかりはつかめていないと推測いたします」


「不気味だな」


王が言う。


「10年だぞ、10年! 邪神は倒されたが、その存在を確認された使徒が何人もいる。しかし10年間、まったく動きがつかめていないではないか! いったいヤツらはどこで、何を企んでいるんだ?」


 ワレももう、若くはないんだ……




 宴を催している『空と水の庭園』のはるか上空では、まもなく太陽に“夜”がかかろうとしている。それはまるで、失われつつある王の若さを表しているかのようだ。



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