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037 休暇06

   


 カンパは周囲の行き交う人々の中から見知った顔を見出みいだす。それはカンパが会いたくない人物、ゴドリー隊隊長のゴドリーだ。


 カンパは


「……やっぱりもうちょっと待ってやる」


と言って顔をうつむかせて、ほとんど残っていない大麦の発酵酒を飲むフリをする。アイネは


「えっ、まだいいの?」


と言ってヤシの実の固形部分を再び口に運ぶ。うつむいているカンパの視界に、2人の男の足が侵入してきた。


「おい」


カンパはメンドクサいことになった、と思いながらも顔を上げて


「あれ、先輩じゃないっすか。どうしたんですか?」


と言う。ゴドリー隊の隊員と並んでカンパの目の前に立っていたゴドリーは、そんな白々しい挨拶あいさつはお見通しのようだ。


「お前、いま俺に気づいてて顔を背けただろう」


「そんなことな……」


カンパが言い終わらないうちにゴドリーが目の前までに近づき、カンパの胸ぐらをつかんだ。


「てめえ、先輩に対する態度ってものを知らねえのか?」


カンパはつかまれた手を握り返して言い返す。


「先輩こそ、後輩に対する態度ってものをわかってないんじゃないですか? 後輩はほめて伸ばすもんですよ」


カンパは言いながら、少し言い過ぎかとも思ったが、抑えが効かなくなっている。


言われたゴドリーの顔色が変わったのがわかる。ゴドリーはカンパの胸ぐらをつかんだまま、反対の手を構える。


そして拳を力任せに突き出す。


突き出されたコブシは、胸ぐらをつかまれて逃げられないカンパの口と鼻の部分にあたる。衝撃でカンパは後に勢いよく後ずさり、脚に丸太のイスがあたって転がっていく。


カンパが持っていた大麦のツボは地面に落ちて割れ、残ったカスから出た水分が乾いた土の上を伝う。


転がったカンパの上から、言葉が浴びせられる。


「ナメんじゃなえぞ! だいたいてめえらは、最近たまたま手柄をあげてるからって調子に乗ってんだよ」


 カンパは上体を起こす。鼻から温かくドロリとしたものが流れ出ていく。カンパの心を、黒くドロリとしたものが焼いていく。


 周囲の人々は突然のこの騒動で、時間が止まってしまったように凍りついている。


「やってくれたっすね、先輩」


カンパはやり返してやろうと、丸太のイスに手をついて立ち上がろうとすると、カンパの前に割って入る者がいる。


ドレスを身につけた少女、アイネだ。


彼女はカンパに背を向け、ゴドリーに対峙たいじしている。


「どういう積もりだ、女? そこをどけ!」




【アイネ】


 またやってしまった……


 誰か責められている人がいると、ついかばいたくなってしまう。ボクには何の力も権力もないというのに。


 そしてこの人は、ボクのことを『女』と言った。ボクがそのことで、どのくらいキズついているのかも知らずに……。






【カンパ】

 オレは権力が嫌いだ。


 オレは権力を振りかざすヤツが嫌いだ。


 だからゴドリーも嫌いだ。

 上官にはへつらうくせに、下と見なした人間には偉そうにしやがる。


 だから、そういうヤツは許せない。


 だから……


目の前には、隊長などに立ち向かうには華奢きゃしゃすぎる少女が背を向けて立っている。


 ……そこをどけ!







 カンパがアイネに対して


「どいてろっ!」


と言いながら立ち上がろうとしたとき、ゴドリーがアイネをどかそうとその肩に手を伸ばす。が、その手はアイネに片手でつかまれてしまう。


 これにはさすがのゴドリーもギョっとする。


 ゴドリーはつかまれた手を振り払おうとするが、力を込めたアイネの手はほとんど動かない。むしろ力強く握り締めたアイネの手によって、手首に痛みさえ感じ始めている。


「なにしやがる!」


 ゴドリーは目の前の少女に、怒りを覚える。あいている手でコブシを作る。が、ゴドリーの連れが、必死な表情になって


「ゴドリー隊長! こいつはウワサのヤツっすよっ! 王の側室で、兵隊をやっているヤツだっ! 手を出したらまずいっす!」


と言いながら、ゴドリーをなだめる。


 ゴドリーはアイネをにらんで数瞬、強引につかまれた手を強引に振り払う。そしてカンパをイチベツして


「今日はそれくらいで勘弁かんべんしてやる。……女のおかげで助かったな」


と言って、連れと一緒に人混みの中へと消えて行く。後ろから見たその姿は、手首をさすっているようではある。


 アイネはその消えていったのを見て、ようやく緊張を解くことができる。が、後ろから強めの声をかけられる。


「ヨケーなことをしてじゃねよ、バカヂカラ!」


あまりの物言いに、それにさっきのむちゃくちゃな態度に、色々言い返してやろうと振り返ったアイネは、そこにあった顔を見てこう言うのだ。


「……ハナヂ」


「あ?」


カンパのシリアスな顔に、鼻から垂れる鼻血のマヌケさというアンバランスがツボに入って、アイネは吹き出してしまう。やがてそのおかしさは、緊張感からの解放と相まって、高笑いにまでなった。


カンパもカンパで、目の前で笑いこける少女に怒りのやり場をなくしてこう言うしかない。


「……変なヤツ」







 “夜”はもう間もなく、天頂の太陽にかかろうとしている。



 結局、アイネが王宮に戻ったのはそのくらいの時刻だ。


侍女のフェマが言う。


「ズイブンとごゆっくりされていたんですね」


アイネは疑問に思う。


 ゆっくり? はたしてボクは今日という日を、ゆっくりと過ごせたのかな? そうすると『ゆっくり』とは何だろうか?


「まあ、寝る間を惜しんでおつとめをされるんでしたら問題ありませんが」


「お務め?」


「はい。教養を学んでいただきます」


「どうしても?」


「どうしてもです」


「なにがな……」


「何が何でもですっ!」


フェマはどうしても何がなんでも許さないぞという態度。なのでアイネは仕方なく返事をする。


「ふぁい」


そんな返事にもかかわらず、フェマはニコリとして言った。


「悪いことばかりではございません。今日も贈り物が届いてますよ」


「えっ? 今日も?」


フェマは衣装カケのところまで行って、青く長い布を手に取る。ソデがないようなので、服ではないようだ。


「それは? ……そもそも誰から?」


「これはショールといって、このように……」


そう言ってフェマは持っていた、たたまれていた青い布を広げ、2つ折りの状態に広げてみせる。そして折れている真ん中あたりをアイネの右肩に載せ、端の方を左下に広げるようにまとわせた。


「このように服の上から羽織るのです。ただ、送り主については、口外無用と言われております」


 またか……。


 アイネはそう思いながらも、体を右に左にねじって服の色のバランスを見る。


 うん、悪くない。


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