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035 休暇04

     


 アイネは興味津々(しんしん)の様子で、カンパは慣れた様子で、金属をタタく音や金属が焼ける匂いと熱気、そしていくつかの煙突から黒い煙が昇る鍛冶屋街を抜けていく。


 そうして2人は、西のほうに向かっていく。

 東港から北の鍛冶屋街を経由して西に進んだので、2人がいる場所は宮殿から北の方向になる。


 鍛冶屋街の活気と騒音が鳴りを潜め、世界のどこかに忘れ去られたみずうみみたいに静かな住宅が並ぶ地区に、2人は入っていく。


 カンパが、両側に並んだ住居の漆喰と漆喰に挟まれた細い道で、言う。


「あれだ」


 壁に囲まれた狭い通路の先、解放された青い空を背景にあるモノ。それはとある建物の屋根から突き出たオブジェクト。真ん中に長い円柱の形、左右にそれよりは短い円柱が並ぶ。


「あれって……神殿教の……」


「そう、神殿教のウガ王国支部だ」


「えっ、なんでこんなところに? ウガ国の宗教は……」


アイネが驚いているうちにも、カンパはどんどん進んでいく。アイネも遅れないように、足を速める。



 近づいたことで、その全体像が見えてくる。

 神殿教ウガ王国支部神殿自体はいたって普通の建物の形だ。つまるところ機能美を追及した形――長方形の建物である。ただし外壁はつなぎ目のない眩しいほどの白で、アイネは漆喰が塗ってあるのかと思ったが、王都の建物に使われるような泥の漆喰ではここまで白くならないと思い直す。


 カンパは自分の家の扉を開けるような無遠慮ぶえんりょさで、真ん中の低い建物の戸を押し開いて建物の中に入っていく。

 アイネは一瞬ためらったものの、驚きと好奇心を胸に、そのあとに続いていく。


 神殿の上の空では、はるか西の地平から“夜”が登り始めている。




 入った支部神殿の中は、やっぱり壁も床も平ら、そして天井も平らだ。

 そしてただよう上品なお香の香りが、その空間の神聖さを裏づけしている。


 祭壇で祈りを捧げる若い神官の男は、2人が入ってきたことに気づいて振り返える。

 若い神官の男はそこにカンパの姿を認めると、「ちょっと待ってくれ」と言って祭壇脇の扉から奥の部屋へと入っていく。


 代わりに奥の部屋から出てきたのは、神殿の神聖さに見劣りしない美しい女性だ。髪は透き通るような銀色の、腰まで届くストレートで、胸や腰の肉感は女性らしさにあふれていた。

 神殿教式の神官服装で、白い布地がブローチで留められた両肩から垂れ下がって腰の上で細い革ひもで絞られ、またドレープを作りながら膝下までいたる。その生地の上部は折り返しになっていて、ヒダとなって胸の前にゆったりと垂れ下がりる。ブローチの外側は肩が露出ろしゅつし、腕の部分も3点を点で縫い合わせているだけなので、縫い合わせていない部分からはなめらかで、生まれてこのかた日光を知らないような白い肌がのぞいている。

 そのような出で立ちだったので、アイネはすぐに神殿教の神官だとわかる。


 神官の女性は、この神聖な場所にそぐわない少年兵士に向かって呼びかける。


「カンパ……」


それは他人同士、あるいは神官と信徒、さらにあるいは神官と兵士、どの関係性にもそぐわない親しみが込められている。


 彼女はほとんど音もなく歩いて、カンパに近づいてくる。そしてカンパを、その腕の中に抱きしめる。勢いに押されて、カンパが1歩2歩と、思わず後ずさる。


 カンパも腕を上げようとして止まる。女性神官の腕の間からのぞいたカンパの目が、アイネをとらえている。カンパの上げかけた手は、抱きしめ返すのをアキラめて、しぶしぶ体を引きはがすことにしたようだ。


「ちょっと待ってくれ、ヴェイザ。客がいるんだっ」


ヴェイザと呼ばれた女性は、そのようなことは構わないようで、両腕の拘束を少しもゆるめようとはしない。


「昨日は来なかったじゃないですか? 私がどれだけ心配したかわかります?」


「わ、わかったから! 1回はなせよ。苦しいから!」


「あら? いつもは私の気が済むまで抱っこさせてくれるのに。それとも……」


そう言ってヴェイザは視線を上げて、アイネの方を見る。


 静かに視線を持ち上げられた瞳は、一切の不純物を拒んだ青い宝石のようで、こんなにんだ瞳は見たことがない、とアイネは思う。


 ヴェイザがその瞳で言う。


「あちらの……女の子がいるから、私と距離を取りたいのかしら?」


「そ、そんなんじゃねーよ! それに、いつもってわけじゃねーだろ」


「……そうかしら? まあ、いいでしょう」


 ヴェイザがカンパを解き放って、今度はアイネに近づく。そしてアイネの手をとって、両手で握りしめてくる。


「初めまして、アイネ。ずっとあなたに会いたかった」


ヴェイザの手も話し方もとても柔らかかった。でもアイネは、違和感を感じた。その言い方は初心者同士にしても、神官と奴隷にしても、少し近すぎる親しみがある。


「ボクを知ってるの?」


ヴェイザはその輝く髪に負けないくらいの、まぶしい笑顔で言う。


「ええ。神はいろいろなことを教えてくれますから」


ヴェイザはそう言って、あどけないいたずらっ子みたいに笑う。アイネが不思議そうな顔するのを見て、ヴェイザがつけ足す。


「神官は神の声を聞くとが、仕事なんですよ」


そう言って、ヴェイザはまたホホエむ。アイネは率直に思ったことを言う。


「ボクはあなたのことを知らないんだけど」


ヴェイザに詰め寄られてアイネは距離を取りたいが、手は握られたまま。


「私は神殿教ウガ王国支部神殿の神殿長、ヴェイザです。これからよろしくお願いしますね、アイネ。あなたも神殿教の信徒なんでしょう?」


アイネは女英雄サイネヴィのことは好きだが、神殿教の教義はピンとこなかった。


「んー、わかんない……。英雄サイネヴィのことは好きだけど」


アイネはこんなことを言って怒られるかと思ったが、ヴェイザは少し驚いた後、宗教関係者特有の静かな威圧感をまったく感じさせない優しいホホエみで応えてくれる。


「あら、そうなの? でも、それでも構いません。いつでもここに遊びに来てください。神殿教の神殿の扉は、誰に対しても開かれているのです」


「そうもいかないぜ」


カンパが割って入る。


「そいつは王の奴隷なんだ。だから外出するのにも、誰かが見張りについてなきゃいけないんだ」


ヴェイザがカンパに言う。


「だったらあなたがアイネをエスコートしてきてくださらない? あなたも来られるし、ちょうどいいでしょう」


「なんでまたオレが……」


カンパはそう言いながら、ヴェイザが少し悲しそうな顔をしていることに気がつく。


「……わかったよ。時々でいいなら連れてきてやるよ。それはそうと、今日はあんまり長居してられないんだ。“夜”が“昼”に重なるダイブ前にコイツを王宮まで送り届けなくなくちゃいけないんだ」


「そうなんですか。それは残念ですね。ではせっかくですから、お祈りだけでもして行きませんか? どうぞ前にいらしてください」


 普段ここで祈ることのあるカンパも、神殿教国で毎日祈っていたアイネも、この誘いを断る理由はない。2人は祭壇さいだんの前まで進み、クッションの上に膝をつく。そして胸の前で手を組む。


 ヴェイザが祈りを妨げないような、静かなトーンで声をかける。


「祈りとは、自分と向き合うこと。祈りとは、世界と向き合うこと。そうすることで、神と向き合えるのです。さあ、祈りましょう!」




【アイネ】

 『人々が邪神の支配に苦しんでいる時、神は神殿に乗って地上に降臨された。ゆえに神殿教にとって神殿は特別なものであり、信仰の象徴であるのです』


 ボクは幼い頃に“先生”教わったそんな言葉を思い出しながら、祭壇さいだんの前へと進み出る。

 祭壇の上には神殿教神殿をデフォルメした像と、救世の英雄サイネヴィの像がマツられている。それを見ながら石タイルの上に置かれたクッションにヒザをつき、胸の前で手を組む。


 こうして祭壇に向かって、英雄サイネヴィに祈るのはいつぶりだろう?

 最後に祈ったのは、神殿教国の神殿を抜け出した日の朝だったっけ?


 久しぶりの祈り……


 ……何を祈ればいい?


 報告することはたくさんある。

 参拝者にまぎれて神殿を出たあと、市場で服を買って(・・・・・)着替えた。頭の後ろでタバねていた髪をといた。そしてそのままエユィドゥナの商人に同行してエユィドゥナまで歩いた。


 1人で旅をするのに安心できるほどのお金があるわけじゃなかった。

 でもほとんど外に出ることができなかった神殿を抜け出したので、僕の心は希望に満ちていた。文字通り、目の前に世界は広がっていた。すべてのものが輝いて見えた。目に映るのは、初めて見る人や物ばかりだった。


 今思えばそんな風に浮かれていたのが原因かもしれない。ボクがだまされて、奴隷商人に売られたのは……。そしてこのウガ国まで連れて来られて、王さまに買われた。


 こうして思い返してみると、ずいぶん遠くへ来たし、色々なことがあった。


 それにもかかわらず大地はまだまだ先に広がり、まだ知らないタックサンの冒険を隠しているようだ。


 祭壇さいだんに置かれたサイネヴィ像を見る。


 サイネヴィも10年前の邪神戦争のときにこの地に来たんだ。神殿でそう習った。


 彼女はどんな気持ちだったんだろう?


 ボクみたいに、世界の色々なものを見たかったのかな?






 アイネは色々な想いを込めた祈りを終えて、立ち上がる。


 思ったよりも時間がかかってしまった。


アイネがそう思って横を見ると、カンパはまだ目をつむった真剣な表情で祈り続けている。


 そんなに真剣に、何を祈るの?


 と、アイネは思う。



 一心に祈る少年は、“夜”みたいな色の、くせっ毛の頭をやや下げて長いまつ毛のまぶたをつむり、まだうるおった唇を動かしている。周囲の人には聞こえなかったが、かすれ声に満たない声がそこから発せられている。


 ……オレはもっともっと強くなりたい……


 ……そしてこの手で


 ……復讐を……






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