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034 休暇03

     


 カンパとアイネは市場に来ている。市場は宮殿の南側、王都内の広い道が5本集まって広場になっている場所だ。


 “夜”は、東の地平線の向こう側に旅立って久しい。太陽は空の中心に、居座ったままだ。

 アイネとカンパは、あえて語るまでもない『戦勝記念碑』などという石柱を回っていたら、こんな時間になってしまっていた。


 市場には商品を運び込んだ商人たちが、植物を編み込んだ敷物や毛織物などを道端に陳列ちんれつした店が並ぶ。


 店主が薄汚れた敷物の上で立て膝で力なく座り、その前に細長いサヤの豆や葉のついた球根、土のついた根菜などをそれぞれカゴに盛りつけた露店ろてんの脇を通りすぎながら、カンパが言う。


「何か買いたいものあんのか?」


ヒサシから赤を基調としたたくさんの敷物を吊るし、ぐらついている店をのぞきながら、アイネがこたえる。


「今のところ特にはないかな。でもこうやって見てるだけでも楽しいよね」


土焼どやきの、大小様々なツボや皿、杯などを地べたに並べる店を1ベツを送ってから、カンパは素朴そぼくな疑問を口にする。


「ん? そういえばお前、金持ってんのかよ?」


少しばかりのスペースに、青銅製のクワの頭2つ、ショク台1つ、皿のようなものが大1つ小2つ、よくわからない置物1つを置いた金物の露店を見下ろして、アイネが答える。


「えっ、あるよ。金貨30枚」


くすんだ白のチェニックの男をよけながら、カンパが驚く。


「はっ?! そんな大金、どうしたんだよ!」


「えっ、昨日もらったんだよ」


「……こっちは命がけで戦っても、給料はちょっとしかもらえねーのに……1日で金貨30枚とか、いやになってくるぜ」


悪態をつくカンパの鼻に、家畜の匂いが来訪する。たった今通り過ぎた、ヤギ屋のものだ。


「当分の生活の足しに、って言ってたよ」


2人の間を恰幅かっぷくのいい女性が通り抜ける。少しぶつかって弾かれたアイネは戸惑う。


「どんな生活の足しにだよ! そもそもメシも服ももらえるんだろ。なんに使うんだ、そんな大金!」


アイネがある露店の前で足を止めて言う。


「んー、間食?」


そこには調理した野菜や豆類などが、ツボや皿にたんまりと入れられて置いてある。かたわらのホコリにまみれた置かれた天秤てんびんが存在感を放ち、「うちの商品が欲しいなら、俺を通しな」とでも言っているかのようだ。


 アイネが足を止め、店主に声かける。


「おっちゃん、これちょうだい」






 2人は混雑した市場を北東に抜け、次の目的地に向かっていく。

 市場であれこれ見ていたら、思ったよりも時間が経ってしまった。地平線の向こうに消えた“夜”はきっと今頃、地底の1番底の辺りだろう。カンパはそう思う。


 アイネは露店で買った、葉っぱの包みをあけながら言う。


「この世界って、昼間になんだかお腹すかない?」


「朝と夜しか食わねーからな。……金持ちは昼間も何かしらつまむらしいけど」


アイネは包んだ塩ゆで豆をつまみながら、おいしそうに食べている。カンパはそれを見ながら言う。


「そういえばお前もお金持ちだったな。……それよりお前、市場で買い物するならこまかい銅貨とかもっとけよ」


「だってしょうがないじゃん。まだクズす前だったんだから」


結局、塩ゆで豆はカンパが立て替えた。その後アイネは両替屋で金貨を細かくして、カンパに返したのだった。


 アイネが塩ゆで豆をソシャクしながら、何か思いついて言う。


「あ、わかった! カンパがナンクセをつけるのは、僕のお豆をもらおうとしてるからなんだね!」


「ちっげーよ!」


「それならそうと言ってくれればいいのに」


アイネはそう言いながら、葉に包まれたお豆を手のひらにいくらかあける。


「だからオレはいらなっ……」


モンクを言おうとしたカンパの口は、少女の柔らかい手のひらでふさがれた。

 口の中になだれ込む丸い感触と塩味しおみ


「欲しいなら素直に言えばいいじゃん」


カンパはまた文句を言おうとするが、口いっぱいの豆がジャマをし、吹きこぼれて飛ぶ。

 アイネはそれを軽くよける。

 カンパは色々あきらめて、ソシャクしながら言う。


「……うまひな」





 カンパが口の中のモノを食べ終える頃、道の両脇の建物が途切れ、視界がひらける。光を反射する水面の、ゆらぐ輝きが目を突き刺してくる。


アイネがはしゃぐ。


「海だっ!」


「川だよっ!」


 水面をゆく船も、いくつか見える。そこは目的地としていた港だ。


 王都の周囲を流れる川は、王都を取り囲む城壁でへだてられている。しかし城壁は港の部分では途切れていて、港の出入口となって川に通じている。

 城壁内の港は長方形で、葦の家が100戸は敷き詰められそうな程の広さがあり、岸には船が着き、荷下ろしができるような構造になっている。

 港の周囲はひらけていて、船に積み降ろしする荷物を移動させるのにアクセスしやすくなっている。


 カンパとアイネは自然と、岸壁まで近づく。

 アイネが岸壁の端に立って見下ろすと、水面までは大人1人分以上の高さがある。港の北側に目を移せば、道路から1段低い位置の岸に着けた船がある。船の上には荷を下ろす人、岸には船からの荷を受け取る人、そして受け取った荷を持ちながら階段を昇って道路まで上げる人らが見える。


 港の外周には大きな建物も多く、倉庫となっている。

 船でも作っているのだろうか。木を木槌で打つ甲高い音が、どこかの1角からコダマのように聞こえてくる。


カンパが言う。


「ここが東港だ」


「へっ? 東の港? 東ってどっちだっけ?」


「“夜”が沈んでいく方が東だろ」


「なるほどね。それじゃ“夜”が昇ってくる方が西だ。それにしても船がたくさんあるね」


「荷物を運んできたり、運んで行ったり。外国と交易もしているし、川上から資源を運んでくるんだよ」


「川上から?」


カンパが港の城壁の向こう側、つまり東側の川を指して言う。


「シドン川は上流から流れてきて、王都の北側で東西に別れて、また南で合流してんだ。そんで、この川の上流には鉱山があって、鉄の元になる石が採れる。そいつを運んでくるんだ」


 アイネは、バルガ王に買われなければ自分もその鉱山で働いていたかもしれない、と思いながらも、はたして今の危険な仕事でよかったのだろうか、と疑問に思う。



カンパは今度は反対側、西側を指して言う。


「もう1つ、シドン川に西から合流する支流の上流では、“燃える石”が採れるんだ。それもここに運ばれてくる」


「”燃える石”って……石炭だっけ。そっか、そうやってウガ国産の鉄が作られていたんだね」


「知ってるのか?」


「神殿教国の神殿で教わったから……」


「そういえばお前は、神殿教国の出身だったな」


「そうだよ」


「だったらこのまま王都の北側へ行ってみよう。鍛冶屋街もあるし、あと1ヵ所、寄りたいところもある」


 そう言って岸壁沿いを北に歩き出すカンパの後ろを、アイネがついていく。そんな彼女がふと港を見れば、川上の方向から船が港に入ってくるところだ。何か黒い山を載せた船で、両舷についたこぎ手が、体を使って重そうにいでいる。

 アイネたちが岸壁の北の端につく頃、さっきの船は先に止まっていた船の後ろ側の岸につける。

 港の南側からはアミを載せた1隻の1人漕ぎ船――あしたばねて作られた――が、岸を離れて漕ぎ出している。


 それらを見ながら、アイネは思う。


 この川の先にも、世界は広がっている。そしてその先にも、ずっとずっと広がっている。


 そこはどんなとこなんだろう?


 そこはどんな景色なんだろう?


 そこにはどんな人がいるのだろう?


 世界はずっとずっと広い。

 

 行ってみたい。


 ずっとずっと、どこまでも……






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