033 休暇02
アイネとカンパは、武装した兵士が守護するイシュマル門を通り抜けて、宮殿を出る。
宮殿は黄土色の高い壁で囲まれていて、その中でも青く輝くイシュマル門は、気品ある異彩を放っている。
門の外周は水をたたえた堀が、清涼感を振りまいている。
そのさらに外周は、広い道で囲まれている。
カンパとアイネはこの、広い道に出る。先行しているカンパは、振り返ってアイネの方を向く。
それはちょうどイシュマル門と宮殿の中心を、真北に見る形だ。
カンパは言う。
「この宮殿はな、だいたい王都の中心にあってな……」
そして左の方、宮殿の西側を指さし、
「で、こっちの宮殿の向こうにある建物が大学だ。図書館はその後ろにある」
「えっ、ちょっと待って。んーと、大学って何?」
アイネが聞くと、カンパは面倒くさそうな顔をしながら説明をする。
「オレもよくわかんねーけど。占星術とか灌漑とか、あとその他色々を教えたり、研究しているんだってよ」
「誰でも学べんの?」
「んなわけあるか。国の要職についてる人の子息とか、よっぽど頭が切れれば入れるんじゃねーの」
「じゃあ図書館は? 本がたくさんあるの?」
「ほん?」
「んーと、“紙”を綴って置いてるってこと?」
「“紙”ってなんだよ! 図書館て言ったら粘土板だろ!」
「粘土板! 粘土板って重いし割れるし、まだそんなの使ってんの!」
「じゃあ、他に何を使うって言うんだよ」
「たから“紙”だって。えっと、植物の繊維を取り出してすいたもの」
「そっちの方が壊れやすそうじゃねえか! ……そう言えば神殿教国では、そういうの使ってるんだっけか」
「そうそう、神殿教国では使っているんだよ。他には……ん? あれ? ……確かに他の国では使ってないか。……そうなると、何でカンパはそのこと知ってるの?」
「……どっかで聞いた……」
「ふーん、そうなんだ」
「まあいいだろ。それで、だ。反対のこっち側にあるのが徴税局だ……」
宮殿を挟んで大学の反対側を指差しながら、カンパは説明をしようとするが、その言葉は尻すぼみになってしまう。そして片膝を立てて低い姿勢をとる。
「……何してんの、カンパ? とうとう、自分が愚かなのに気づいて、ボクを敬いたくなった?」
カンパは必死の小声で言う。
「……愚かなのはお前だ!……後ろ! 後ろ!」
へっ?
アイネは後ろを振り向く。そこには“昼”の光や掘の水面の反射を受けて輝く、王子が立っている。
そこに王子を見たということは、王子も同様、彼女を見る可能性がある。
そして実際に見ている。
振り向くサンゴ色の髪の娘。その髪は決して長いとは言えないが、それでも毛先が柔らかい絹のように舞う。
次に目に入るのは、瞳。
まつ毛の長い、ぱっちりと見開かれた瞳は、目尻でやや下がる。それが無垢な問いかけのように、振り向いてゆく先を探る。
振り向いた勢いでかかった髪が取り除かれると、小さいながらもツヤと存在感のある唇が、まだいたずらを覚えていない子供のように開かれている。
下から見上げる瞳。
動きだす、小さな唇。
「ナルガ王子……」
アイネの発したそれは、呼びかける類いのものではなく、気付いたらダレダレがいる、というタグイの発声だ。
とても短い時間、
長いような時が流れていく。
アイネは自分の置かれた状況に気がついて、慌てて低い姿勢をとる。王子は気を取り直して聞く。
「……愚か者、とはなんだ?」
カンパがアイネの後から割り込んで
「こいつのことです」
アイネはカンパのことを、横目でニラむ。王子がアイネに聞く。
「そうなのか?」
「いいえ。本当の愚か者は、知恵のある者のことをそう言いたがるのです」
アイネの言葉を聞いて、今度はカンパがアイネをニラむ。王子はホホエみながら言う。
「そうか。それならば私も『愚か者』なのかもしれん」
王子は、アイネは意外そうな顔を見て続ける。
「最近、いろんな人のことを『愚か者』と呼びたくなるんだ。宮殿にいる者や、これから行く大学の学者とかな。……ところでお前たち。こんなところで何をしているんだ? 兵士としての務めはどうした?」
これにはアイネが答える。
「えっと……昨日、大きな鳥と戦って、その……ボロボロだから、休みをもらったんです」
カンパが補足する。
「それで鳥おやj……コスキン様に、せっかくの機会なので王都を案内するように言われたのです」
「……なるほど。それでこれから、街に繰り出そうというわけだな」
王子は“夜”を見上げて
「そろそろ私は行かねばならない。それでは休暇を楽しんでくれ」
と言って去ろうとしながら振り返ってアイネに
「やっぱりそのワンピース……」
へっ?
アイネは思わず、顔を上げた。
「にあっ……る」
王子は、誰かに聞かせるためでもないそのかすかな言葉を、まるで置き忘れたかのように去っていく。
そしてアイネの中で疑問となる。
王子は何て言おうとした?
このワンピースのことを知っていた?
しかしアイネのそんな疑問は、背後からの声で霧散してしまう。
『ワタシはイカねばナラない。それではキュウカを楽しんでくれ』
カンパが茶化して気取ったような口調で、王子のマネをする。王子とその護衛はすでに、聞こえないところまで遠ざかっている。それゆえの犯行だ。
アイネが振り向いて言う。
「それ、ヘタしたら不敬罪だよ……」
そんな2人の間を一筋の風が吹き抜ける。ホコリを舞い上げる。
舞い上がってゆくホコリの高さからは、胎動し始めた街の営みがうかがえる。
仕事場に向かう人。
仕事場に向かう人とすれ違う、別な仕事場に向かう、知り合いとと話しながら歩く人。
教師が自宅で開く、学校へ通う子どもたち。
その子供たちのはしゃぐ声に驚いて、逃げ出すつがいの小鳥。
朝1番で街の門に並んだ商人によって、道端に並べられる商品たち。
そのさらに上空では“夜”が、隠していた太陽からその体を切り離し、これから東の地平線の向こうへと旅立とうとしている。
一方で“昼”は、自身が空の王であるかのように、宮殿の真上から少しも動かず、威光の光を地上世界にもたらしている。




