表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

33/52

033 休暇02

    

 アイネとカンパは、武装した兵士が守護するイシュマル門を通り抜けて、宮殿を出る。


 宮殿は黄土色の高い壁で囲まれていて、その中でも青く輝くイシュマル門は、気品ある異彩を放っている。

 門の外周は水をたたえた堀が、清涼感を振りまいている。

 そのさらに外周は、広い道で囲まれている。


 カンパとアイネはこの、広い道に出る。先行しているカンパは、振り返ってアイネの方を向く。

 それはちょうどイシュマル門と宮殿の中心を、真北に見る形だ。


 カンパは言う。


「この宮殿はな、だいたい王都の中心にあってな……」


そして左の方、宮殿の西側を指さし、


「で、こっちの宮殿の向こうにある建物が大学だ。図書館はその後ろにある」


「えっ、ちょっと待って。んーと、大学って何?」


アイネが聞くと、カンパは面倒くさそうな顔をしながら説明をする。


「オレもよくわかんねーけど。占星術とか灌漑かんがいとか、あとその他色々を教えたり、研究しているんだってよ」


「誰でも学べんの?」


「んなわけあるか。国の要職についてる人の子息とか、よっぽど頭が切れれば入れるんじゃねーの」


「じゃあ図書館は? 本がたくさんあるの?」


「ほん?」


「んーと、“紙”を綴って置いてるってこと?」


「“紙”ってなんだよ! 図書館て言ったら粘土板だろ!」


「粘土板! 粘土板って重いし割れるし、まだそんなの使ってんの!」


「じゃあ、他に何を使うって言うんだよ」


「たから“紙”だって。えっと、植物の繊維を取り出してすいたもの」


「そっちの方が壊れやすそうじゃねえか! ……そう言えば神殿教国では、そういうの使ってるんだっけか」


「そうそう、神殿教国では使っているんだよ。他には……ん? あれ? ……確かに他の国では使ってないか。……そうなると、何でカンパはそのこと知ってるの?」


「……どっかで聞いた……」


「ふーん、そうなんだ」


「まあいいだろ。それで、だ。反対のこっち側にあるのが徴税局だ……」


宮殿を挟んで大学の反対側を指差しながら、カンパは説明をしようとするが、その言葉は尻すぼみになってしまう。そして片膝を立てて低い姿勢をとる。


「……何してんの、カンパ? とうとう、自分がおろかなのに気づいて、ボクをうやまいたくなった?」


カンパは必死の小声で言う。


「……愚かなのはお前だ!……後ろ! 後ろ!」


へっ?


アイネは後ろを振り向く。そこには“昼”の光や掘の水面の反射を受けて輝く、王子が立っている。


 そこに王子を見たということは、王子も同様、彼女を見る可能性がある。


 そして実際に見ている。


 振り向くサンゴ色の髪の娘。その髪は決して長いとは言えないが、それでも毛先が柔らかいきぬのように舞う。

 次に目に入るのは、瞳。

 まつ毛の長い、ぱっちりと見開かれた瞳は、目尻でやや下がる。それが無垢な問いかけのように、振り向いてゆく先を探る。

 振り向いた勢いでかかった髪が取り除かれると、小さいながらもツヤと存在感のある唇が、まだいたずらを覚えていない子供のように開かれている。

 下から見上げる瞳。

 動きだす、小さな唇。


「ナルガ王子……」


アイネの発したそれは、呼びかける類いのものではなく、気付いたらダレダレがいる、というタグイの発声だ。


 とても短い時間、


 長いような時が流れていく。


 アイネは自分の置かれた状況に気がついて、慌てて低い姿勢をとる。王子は気を取り直して聞く。


「……愚か者、とはなんだ?」


カンパがアイネの後から割り込んで


「こいつのことです」


アイネはカンパのことを、横目でニラむ。王子がアイネに聞く。


「そうなのか?」


「いいえ。本当の愚か者は、知恵のある者のことをそう言いたがるのです」


アイネの言葉を聞いて、今度はカンパがアイネをニラむ。王子はホホエみながら言う。


「そうか。それならば私も『愚か者』なのかもしれん」


王子は、アイネは意外そうな顔を見て続ける。


「最近、いろんな人のことを『愚か者』と呼びたくなるんだ。宮殿にいる者や、これから行く大学の学者とかな。……ところでお前たち。こんなところで何をしているんだ? 兵士としてのつとめはどうした?」


これにはアイネが答える。


「えっと……昨日、大きな鳥と戦って、その……ボロボロだから、休みをもらったんです」


カンパが補足する。


「それで鳥おやj……コスキン様に、せっかくの機会なので王都を案内するように言われたのです」


「……なるほど。それでこれから、街に繰り出そうというわけだな」


王子は“夜”を見上げて


「そろそろ私は行かねばならない。それでは休暇を楽しんでくれ」


と言って去ろうとしながら振り返ってアイネに


「やっぱりそのワンピース……」


 へっ?


アイネは思わず、顔を上げた。


「にあっ……る」


王子は、誰かに聞かせるためでもないそのかすかな言葉を、まるで置き忘れたかのように去っていく。


そしてアイネの中で疑問となる。


 王子は何て言おうとした?


 このワンピースのことを知っていた?



しかしアイネのそんな疑問は、背後からの声で霧散してしまう。


『ワタシはイカねばナラない。それではキュウカを楽しんでくれ』


カンパが茶化して気取ったような口調で、王子のマネをする。王子とその護衛はすでに、聞こえないところまで遠ざかっている。それゆえの犯行だ。


アイネが振り向いて言う。


「それ、ヘタしたら不敬罪ふけいざいだよ……」





 そんな2人の間を一筋の風が吹き抜ける。ホコリを舞い上げる。

 舞い上がってゆくホコリの高さからは、胎動し始めた街の営みがうかがえる。


 仕事場に向かう人。

 仕事場に向かう人とすれ違う、別な仕事場に向かう、知り合いとと話しながら歩く人。

 教師が自宅で開く、学校へ通う子どもたち。

 その子供たちのはしゃぐ声に驚いて、逃げ出すつがいの小鳥。

 朝1番で街の門に並んだ商人によって、道端に並べられる商品たち。

 

 

 そのさらに上空では“夜”が、隠していた太陽からその体を切り離し、これから東の地平線の向こうへと旅立とうとしている。

 一方で“昼”は、自身が空の王であるかのように、宮殿の真上から少しも動かず、威光の光を地上世界にもたらしている。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ