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032 休暇01


 天頂で“昼”をさえぎっていた“夜”が、東に傾き始める。ただしこの世界では、“昼”――いわゆる太陽――は天頂に座したままヒューマロイのテノヒラ1つ分も動かない。それの意味するところは、移動し始めたた“夜”の西側から太陽の光がもれ始めるということ。


 “夜”が過ぎて、地上へと訪れ始める光。


 それがこの世界の、朝の光。


 光はウガ王国の西の地平線へと届き始める。光の境界は西から王国を飲み込んでいき、荒野に薄明かりを届け、大麦の畑を徐々に照らしだし、王都をはさんで流れるシドン川をきらめかせていく。



 王宮にも光は、音もなく訪れている。王宮にあてが割られた、彼女の部屋にも。


「アイネ様、朝でございます」


 サンゴ色の髪を、水遊びをした子犬のように乱した少女が、眠たげな顔のまま起きあがる。


 それは個人のモノにしては、広い部屋の一角。

 鮮やかな青地に金で葉や茎、赤で花の刺しゅうが施された、毛の深いジュウタン。その上に同じく刺しゅうの施されたクッションが必要以上に並べられたベッドの上だ。


「……なんだかこの世界って、夜が短くない?」


「何をわけのわからないことをおっしゃっているんですか? 早くお食事を取って頂いて、身支度を済ませないと。おつとめに遅れてしまいますよ」


「お勤めっていっても、兵士の仕事でしょ。なんでボクがしないといけないのか、よくわからないんだよね。終わったら終わったで、教養? ってのを覚えないといけないし……」


「それは……王がお決めになったことです。それに昨晩はすぐに覚えたじゃありませんか」


「なんだか覚えるのは、昔から得意なんだよね」


言いながらアイネは寝床を抜け出す。





 朝食や身支度をすませたアイネは、フェマに見送られて王宮を出る。

 すると少し離れた場所で、あの少年が待っている。今日も何か言いたそうな顔だ。

 アイネは思う。


 きっとコイツは、何かを言いたそうにしてないと待つことができないんだ。


「おまたせ」


「……ああ、いくぞ」


「……なんか言いたそうな顔」


「……お前はいいよな。朝っぱらからな点呼てんこに並ばなくていいんだから。こっちはまだ、体が痛えってのによ」


「ん? テンコ?」


「朝にみんながいるか確認すんだよ。時々いなくなってるヤツとかいるからな。酒を飲みすぎて酔っ払っていたり、嫌になって逃げ出したり、借金取りにつかまったり。そんなことも知らないのかよ」


「知らないに決まってるじゃん。初めて兵隊になったんだよ。知らないことばっかりだよ。1番よくわからないのは、なんで僕が兵隊をしなくちゃいけないか、ってことだけど」


「じゃあ覚えとけよ。あとは、その日何をするか伝えられたり……そうそう。今日は村への見回りはなしだ。ハダリー隊は昨日、みんなで激しい戦いをしたことになっているから、今日は休みだ」


そう言うカンパだが、その表情は決して明るくない。だがアイネはお構いなしに


「はっ! ほんと?!」


とはしゃぐ。


「……んでな、鳥のオヤジがまたオレに言いやがったんだ。『せっかくの機会だから、アイネに王都を案内してやれ』だとさ……」


「はっ!? それに鳥オヤジって誰?」


「コスキン様のことだよ! ……だから……オレが……王都をお前に案内してやるって言ってん……」


「やったあ!!」


アイネは驚いた猫みたいに飛びあがる。


「ボク、ずっっっっとこの街を見て回りたかったんだ! そっか……あっ、それじゃあ、ちょっと準備してくるからまってて!」


「……って、おい……準備ってなんだ? おいっ!」


 アイネは振り返ることもなく、王宮の中へ戻っていった。しばらくしてまた出てきたアイネに、カンパは文句を言おうとして、


「おっせ……って、どうしたんだそれ」


 急いで戻ってきたアイネは、さっき着ていたようなシンプルなチュニックではなく、淡い青と白の折り重なったチェックのワンピースを着ている。アイネのサンゴ色の髪が映える色である。


「どう……かな?」


 アイネは裾のももあたりをつまんで、1回転してみせる。片足を中心に回転するその動きも、慣性でなびくドレスのすそもサンゴ色の髪も、大麦の1のように軽やかだ。


「……カンパ?」


カンパは口を開けたまま、固まっている。が、視線をそらせながら言う。


「……へっ、あ、ああ。……悪くない……」


声が上ずり、カマドの火を消し忘れて外出してしまったかのように落ち着きがない。


「なにそれ。まあ、いっか。それじゃあ、最初はどこに行く? あれ? そもそもこの宮殿の中のことも知らないんだけど」


「ん? そうなのか? まあ……いいけど……。……そうだな、お前が出てきた所が王宮だろ。王宮は宮殿内の後ろ側、北側半分をシメていて……。王宮の右側が……王関係、真ん中が中抜きの庭になっていて『空と水の庭園』があって、左側が王宮の……女性関係だ。お前もそこに住んでるんだろ」


「空と水庭の園?」


「水が建物の上から流れてくる、植物がいっぱい生えた建物だ。上流のほうから水を引っ張ってきて、建物の上から流しているらしい。ま、王宮にいるなら、そのうち見れるだろ」


 2人は話しながら、歩き始める。王宮の女性関係である左側からアイネが出てきたので、上から俯瞰ふかんしてみた場合、宮殿内の真ん中を左から右へ向かう。


「ここは?」


 アイネはそう言って、右側を指す。宮殿内の南西の建物だ。


「ここは宮殿内で働く官吏とか、宮殿を守っている近衛兵が住む場所だ。反対側にも同じような建物があるだろう。あそこもそうだ」


カンパはそう言って、宮殿内の南東部分を指した。


「そしてその間にあるのが『民の広場』だ」


アイネが視線を向けると、そこには広場がある。宮殿内南側の真ん中部分だ。


「昔、邪神からこの国を解放したとき、戦勝を記念してそう名づけられたらしい。あの門も戦勝記念で改築されたんだ」


2人は歩いて、『民の広場』に入っていく。カンパは説明しながら『民の広場』の南、壁に囲まれた宮殿の出口にある青い門を指差した。


「あれがイシュマル門。宮殿の入り口だ。イシュマルってのは、大地の女神の名前だ。……でも、まあ、戦勝記念なんだって。ほら、右に剣を持った女が書かれているだろ。これが救世の英雄サイネヴィで、左側に書かれている王冠かぶった男が……この国の王だ……」


そう説明するカンパの声に、影がさす。


 出て行こうとするカンパに、アイネは後ろ振り返って聞く。


「あれは?」


 宮殿南側の真ん中に位置する『民の広場』から、宮殿北側の王宮にまでかかる、巨大な建築物がそびえている。

 

 その建築物は上下に4段の構造でできてる。下が1番広く、上に行くに従って小さくなる。よって見た目は巨人の階段のようでもある。人間用の小さな階段は、正面側に3つついてる。1つは上からますぐ下るもの。2つは上から左右に下るもの。

 あまりにも巨大なので、その姿は王都を囲う城壁の外からでも見ることができる。実際にアイネも王都に来たときに、目にしていた。


 それだけの巨大な存在感ゆえに、誰かに宮殿内を案内する人間がそれを素通りするとしたら、パンに挟まった小石ぐらいの違和感がある。


 カンパは歩くのを止めずに、振り返りもせず言う。


「……神塔しんとうだ……」


「えっ、それだけ?」


カンパは何も言わず、青きイシュマル門の方へと歩いていく。

アイネは慌てて、追いかけた。





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