031 Bird's Attack 13
第1の理由として、カンパが体を背けたこと。
第2の理由として、オオニククイドリが体をひねりながら倒れたこと。
これらがカンパが、巨体の下敷きにならずに済んだ理由だ。
カンパは背後の、大きな音と振動と土煙に振り返ろうとする。が、その行動は途中で止まる。
第1の理由は、背中に巨大な何かが当たったから。
第2の理由は、目の前に欲しかったモノが見えたから。
第1の理由の『巨大な何か』といえば、それはオオニククイドリの首で、第2の理由の『欲しかったモノ』といえばオオニククイドリの首に突き刺さった、血ぬれた剣だ。
しかしその剣の奥で、躍動するものが見える。オオニククイドリの胸だ。
コイツ、生きてる!
カンパは、突き刺さっている剣をつかむ。手のひらに伝わる、確かな感触。
カンパは剣を引き抜こうと、力を込める。
抜けない。
わずかに回復した気力をかき集め、
絞り出し、
握った剣を支えにして、
立ち上がる。
オオニククイドリは、首と尻の傷でスッカリ参ってしまっていたが、
気力を何とか振り絞り、
右下腹部を上げて、
右足を地につけ、
左下腹部を上げて、
左足を地につける。
カンパは握った剣から、オオニククイドリが揺れ動くのを感じる。それでも構わず鳥の首に背中を押しつけて、体をひねって剣を引き抜く。
オオニククイドリが、後ろから体を持ち上げ始める。だが首から前は、まだ地面の上だ。お尻を上げて、立ち上がろうとしているようだ。
「逃がすか……よっ!」
カンパは走りだす。鳥の頭の方へ。ただし、ダメージが積み重なった体では、走るのと歩くの間くらいの速さしか出ない。
オオニククイドリは胸を、地面から持ち上げ始める。
「首で死なないなら! 頭をぶっタタいてやる!」
移動するカンパの横で、太い首が根元から、浮き上がり始める。
「カンパっ!」
アイネが、オオニククイドリの首の反対側に現れる。安心したのか、心配しているのか、わからない表情だ。何かを伝えたい表情でもある。
「うるせぇ! おおおらっ!」
カンパはそう言いながら、飛んだ。少なくとも、本人はそのつもりだ。そして振り上げた剣を、鳥の頭に叩きつける。
インパクトの衝撃で、抜け落ちる剣。
オオニククイドリは頭頂部に傷を負うが、それだけだ。再び頭を持ち上げ始める。
カンパの顔は、アセりで塗りつぶされていく。
また立ち上がられたら、勝ち目がなくなる!
カンパはアワてて地面に転がった剣をつかみ、振り上げる。しかし振り上げた剣は、上下が逆だ。
カンパは刃をつかんでいる。
逆さでも構うもんか!
叩きつけて、頭をカチ割ってやる。
「ダメッ! ケガするっ!」
アイネがサケぶ。
振り下ろされる、カンパの剣。
彼の腕は、年取った男の手によって止められる。
驚いて手の持ち主を見れば、よく見知った顔。
「ムチャするな、バカ者!」
ベーヤだった。
カンパの目の前で、持ち上がるオオニククイドリの頭……にオノが食い込む。
カンパがそのオノの持ち主を見れば、こちらも見知った顔。ハダリー隊1番の巨体、ボゴタだ。
オオニククイドリは頭に手痛い1発を食らって、動きが止まっている。が、また動き始めようとしたところを、またボゴタが攻撃を加える。
2度、3度……。
「遅くなって、ゴメンよ、カンパ」
彼は息が上がって汗をかいたまま、そして返り血が顔に飛び散ったまま笑顔でそう言う。
オオニククイドリは上げかけていた体を地面に戻し、そして動かなくなる。
背後を見れば、他のハダリー隊メンバーも到着している。
ブーバーが言う。
「テガラを独り占めしてるんじゃねーよ」
続けてマレの言う。
「勝手なやつ……」
対してカンパ、
「来んのが遅いんだよ」
ブーバーが反応する。
「なんだと……」
ハダリーが間に入る。
「ブーバーとマレ、2人は周囲を警戒してろ。ボゴタ、あの横たわっているギハスロイの様子を見てやれ」
ハダリーがカンパを見て言う。
「……お前は休んでいろ」
「そうさせてもらいます……」
去って行くハダリーと入れ替わりで、ベーヤが目の前に立つ。
「お前にはたっぷりと、安全の大切さを教えてらんとな!」
「……いやだ……」
アイネはボゴタと一緒に、ギハスロイの様子を見にくる。
ギハスロイは地面に横たわり、かたわらにはすっかり疲れ切った狩人のゴラがつきそっている。
アイネが
「彼は、大丈夫?」
と聞くと、ゴラは
「あの大きな鳥に噛まれた、にしては無事な方だ。命までは持っていれなかったようだ」
「……ボクのせい、なんだ」
アイネが語り始めると、ゴラとボゴタは顔を見合わせる。
「……ボクが、ヘマをしたから……」
そこまで言ってアイネは気がつく。ギハスロイが手を上げ、目を細く開けてアイネを見てくる。何か伝えようとしているようだ。
アイネが近づいて聞けば
「……カタキは……うてたのか……」
と、聞こえる。アイネは、ギハスロイの持ち上げようとしていた手を両手で握って。
「カタキをとったよ」
「……よかっ、た……」
ギハスロイは引きつっていたかもしれないが、笑っているような、満足したような顔だ。
ギハスロイはボゴタが見た結果、あばら骨などにヒビが入っているものの、命に別状はなさそうということ。槍と枝を縄でぐるぐる巻いてタンカにし、頭側をボゴタが、足側をブーバーとマレが持って運ぶ。
カンパはみんなの移動する準備かできるまで、オオニククイドリの亡骸を見つめながら座って休んでいる。
オマエ、むちゃくちゃ強かったぜ……
みんなの移動準備が整い、カンパも立ち上がろうとする。が、痛みでうまく力が入らない。
カンパが歩きづらそうにしてるの見て、アイネが言う。
「ボクにつかまりなよ」
「だいじょう……ぶっ! お前も……足がイタッ……かったんだろ?」
カンパはやっぱり痛そうだ。
「ボクは大丈夫。もう、治ったみたい。だからつかまりなよ」
実際、歩くのが遅いので、他の人たちはどんどん離れていく。
「なおんの、はえーな……オレも1人で……イテッ!」
カンパの顔には、苦痛が浮かぶ。ラチがあかない、と思ったアイネはカンパの腕を取ると……
「っ……てーよ!」
「あ、ゴメン」
「…………反対なら……いい……」
「へっ?」
カンパの顔を見るアイネ。でも彼は、顔をそむける。
でも今、いいって言ったよね?
アイネは、カンパの反対側に回り込む。
カンパは何も言わない。
アイネはカンパの左手をつかんだ。
それでもカンパは、何も言わない。
アイネはゆっくりと、つかんだカンパの腕を持ち上げて、自分の首の後ろにかける。
【カンパ】
腕を回させられて、彼女が1歩、内側に入り込んでくる。そして脇の下に収まってしまう。
こうしてみると、意外に小さいんだな……
身長だけでなく、体がキャシャだ。甘いような香りが、フワッと届く。
回した腕を押さえる手のひらも、支えるために腰にまわされた腕も、時々脚に当たる太ももの感触も、やさしく、やわらかく……
だめだ。心を許すな。彼女はただ、オレを支えようとしてくれているだけなんだ。
でも、人のやさしいぬくもりはなつかしいような……
【アイネ】
思ったよりも、大きいんだ。
それが肩を貸して、最初に思ったこと。
肩で支えているので、自然と体が密着する。そして自然と、その体つきを意識してしまう。
筋肉が多いわけではないが、引きしまった体。さわやかな汗のにおいが、ただよってくる。
これが男……の子の体。
これが男……の子のにおい。
だめだ。ボクに男の子を意識する資格はないんだ。
今はただ、肩を貸しているだけ……。
ハダリー隊が村に着くと、多くの村人たちは村を出て行く。残された鳥の肉を、いただくためだ。
ハダリー隊の兵士たちは、すでに自分たちの好きな部位を切り取ってきたので、アワてて追いかける必要はない。もはや行く必要もない。
ギハスロイが運ばれてくると、ミト婆さんが葦の家の中から出て来る。あらましを聞いた婆さんは、
「……うちの子は……ダメだった……」
と言って、悲しそうな目をギハスロイに向け、
「……孫もその嫁も死んだんだ! ……なんでお前だけ、ノウノウと帰ってこれるんだっ……」
そこまで言って、ミト婆さんは崩れる。ギハスロイの上におおい被さり、泣き声を上げている。やせてまがった、震える背中が、彼女の背負ってきた、生きていく上での厳しさ、辛さの数々を物語っているようだ。
ただし、即席タンカを担ぐボゴタ、マレ、ブーバーは重くてツラそうだ。
「……お前だけでも……帰ってきてくれて……よかった……」
金属をこすり合わせてような、その老女の叫びは、辛い人生を生きるためにさらけ出すことの許されなかった、心の本音だ。
その声は、聞く者の胸に染み込んでいき、ある種の痛みを覚える。
結局、ゴラがミト婆さんをなだめ、ギハスロイは葦の家の中へと運ばれていく。
カンパに肩を貸しているアイネが
「オニクドリを倒したことは倒したけど、それだけでよかったのかな?」
体を預けているカンパが
「オオニククイドリだっ! ……他のヤツの面倒なんて見ていたら、きりがねーよ。……だからみんなが、強くなきゃいけない……」
アイネは家の中のミトさんや、寝床に移されるギハスロイを見ながら
「そうかな……」
と言い、カンパはどこかよそを向きながら
「そうだろ……」
と言う。
村を出たとき、西の地平から登り始めた“夜”は、王都に着く頃には西の半ばに達している。
結局、カンパはボゴタに背負われて王都に着く頃には眠ってしまっている。そして兵舎の部屋まで届けられる。
アイネは立場上、1人で帰ることはできず、ベーヤが送っていく。
アイネがようやく、昨日割り当てられた部屋にたどり着くと、侍女のフェマが言う。
「本日はもう遅いですが、食事が終わったら少し教養の勉強をいたしましょうか」
「……えっ、ムリ……」
「ムリじゃございません。あなた様は王にご奉仕する立場。不敬なことがあっては、いけません。さっさとやって、さっさと身につければいいのです!」
アイネはちっちゃなオオニククイドリのように鳴く。
「グェ……。王様の奴隷になったって、いいことないじゃん……」
「大変なこともありますが……良いこともございますよ」
「ヨイコト? 何?」
「そちらをご覧ください」
見れば衣装カケに、淡い青と白のチェック柄のワンピースがかかっている。
「これは?」
「贈り物でございます」
「贈り物? 誰からの?」
「それにつきましては口外するな、と言われております」
そう言って、侍女フェマは上品にホホエむ。




