028 Bird's Attack 10
【カンパ】
ようやく、あのバカ女が動きだした。
まったく……
怖じけづいて動けなくなるのは、戦い終わってからにしてもらいたい。
でもあのバカ女が戦闘に参加したことで、少しは楽になる。
戦い始めてからずっと緩急をつけて走りっぱなしで、体が熱い。肺も痛い。足がもつれ始めてきている。
肩に届くくらいの、鮮やかな髪を揺らしながら小柄な少女が、その体には大きな剣を両手で携えて走ってくるのが見える。
鳥のマタの間を通して、吹っ切れたような顔を向けてくる。
まったく、手間をかけさせやがって。
ある種の安堵を覚えながら、目の前の敵に向き直って剣を脇腹へと突き刺した。
突き刺した剣を抜きながら距離を取っていると、少女がこちらに向き直る鳥の軸足へと、剣を叩きつけるのを視界の端でトラえる。
だから鳥の脚は、硬いんだって……
言おうとして、鳥が少しよろける。
……やるじゃねーか……
だけど…
周囲を見渡せば……
ゴラはスキを見て、狙いを定めて、矢を放っている。が、その攻撃が効いているかはわからない。そして矢筒の中身も、心もとない。
ギハスロイはチャンスをうかがいながら、ナタで攻撃しては距離を取っている。
が、こちらの攻撃もあまり効果的ではないようだ。そしてギハスロイの表情に詳しいわけではないが、動きが緩慢になってきていて、疲労がうかがえる。
オレの攻撃もいくつかは深く入れはしたが、オオニククイドリの動きに目に見える変化はみられない。
……このままじゃ、ジリ貧だ……
何か手を打たないと。
脚をしこたま叩かれて怒った鳥が、アイネにカミつこうとしている。それに合わせて、太く長い首がくねって伸びる。
あれだ……
カンパが見ていると、怒った大きな鳥が、アイネをカミつこうとしている。
「ちょっと、カンパ! 鳥の気を引いてくれるんじゃなかったの?!」
見えないカンパに、アイネが不満を叫ぶ。だが、返ってきたのは、
「やることができた! 何とか耐えろ!」
「は?」
「あと鳥の気を引くのもよろしく!」
「はあ??」
のしかかるようにアイネに迫る、ムキシツなでっかい目と、大きく分厚いクチバシ。
アイネは後退りしながら両手剣を握り直し、右横にやや上げて構える。
アイネの頭から体までパックリと1噛みできそうな大きさのクチバシが、その重さを感じさせない静かな動きで近づき、大きく開いて急激に迫る。
「むちゃ言うなっ!!」
アイネはサケびながら鳥の頭に右から剣を叩きつけ、その反動を生かしながら右側にステップを踏ぶ。
鳥がアイネに気を取られているうちに、カンパはサイドから鳥に近づく。剣はサヤに納め、盾は背中に回して、両手をあけた状態だ。
接近を感づかれないため、小走りにつま先から地面に着地していく。
近づく巨体。
勢いそのまま、カンパはその大きな体に向かって、跳躍する。
アイネは横凪の剣を鳥の頭に叩きつけ、右に移動することで、巨大なクチバシのカミつきをかわす。
体はクチバシを避けることができたが、後に残った左足に、クチバシがカスめていったので、鈍い痛みをクルブシに感じる。
オオニククイドリの横っ面には、パックリ割れた傷がついている。流れ出た血が、暗褐色の羽毛をどす黒く染める。
オオニククイドリは頭をブルブル振ると、それだけで衝撃から回復したようだ。そして傷つけられた痛みを覚えたとき、怒りの声を上げる。
アイネの身が、思わずすくむ。そしてセツに願う。
カンパは何してんの?!
くじけそうになる心を、剣を斜めに突き出し構えることによって、なんとかなだめる。
こんなの、長く持たないよっ!
早く何とかしてっ!
カンパはオオニククイドリに近づくと跳躍して、その横腹にしがみつく。
暖か味のある大きな体は、少し揺れ動いたかと思ったが、幸い気づかれなかったようだ。
鼻に侵入し始める、ムセるような獣の匂いをムシしながら、カンパは手を伸ばしてさらに上をつかむ。体を引き上げて、反対の手をさらに上へ。足場がないので、足が羽毛の上を滑ってバタつく。
そうしながら、カンパは思う。
頼むから、こっちに気づかないでくれよ……。今見つかったら、逃げようがない。
アイネは目の前の大きな鳥が、カミつきをアキラめたことがわかる。なぜなら、鳥のクチバシがこちらを追いかけようとせずに、空の方へと離れていったから。
汗ばんでサンゴ色の前髪が数本おでこに張りつき、その下に不安げな瞳をのぞかせるアイネに、長く太い首の影がかかる。
あっ、これ、隊長が言ってたやつだ。
アイネは思い出しす。
『目の周りが青いヤツと違って、首が太い方だ。だからヤツのクチバシの攻撃は受けるな。死ぬぞ』
アイネは危険を感じながら、上を見上げつつ後退する。オオニククイドリは首を、垂直を通り越してやや後ろまでへと持ち上げていく。クチバシの先の向こうで、“昼”がきらめく。
かと思えば、鳥は体を低くするのを起点にして、ハンマーのようにクチバシをイッキに振り下ろす。
くるっ!
アイネがそう思って、さらに大きく下がろうとしたとき、カカトに何かがあたる。
それは岩だ。
地中にその大半を埋没しているその岩は、地上に人の頭半分くらいをのぞかせていた。まさに地上で後ろ向きに進んでいる誰かが、足を引っかけて転ぶのに頃合いの岩だ。
どこかの少年兵士が見ていたら、「だから言っただろ」と言いわれそうな状況だ。
「うそっ」
アイネの体はバランスを崩し、背中の方へと傾く。体の傾きを感じながら、アイネは鳥の方を見る。
鳥はちょうど、太い首の筋肉に渾身の力を込めて、質量のある頭とクチバシを振り下ろし始めたとこだ。少し開いていたはずの距離も、鳥の大股の1歩で消えている。
やばいっ!
このまま倒れたら、あのクチバシに全身をつぶされる!
そでも倒れていく体……
ダメっ!
もっと距離をとらないと!
体勢を持ち直せないとわかったアイネは、倒れる勢いそのまま、とっさに背中を丸め、頭から転がる。
転がりきる前に見えるのは、圧倒的に迫る、重厚な鳥のクチバシ。アイネは回転しながら思わず足を広げる。
クチバシはアイネの色白のスネをこすりながら、地面にあった岩……後ろ向きに進んでいる誰かを転ばせるのに頃合いの……に激突、それを粉砕する。
そしてアイネはというと……
クチバシは避けれたものの、足を広げて後転したことによって、あらわになる下腹部。
ゴラは一瞬、逡巡して目を伏せる。
ギハスロイは彼女の安全を確認すると、何でもないことのように視線をオオニククイドリに視線を向ける。
カンパは……見ていなかった。彼は今、鳥の反対側を登っている。
アイネは後ろに1回転し、片膝をついて思う。
あっぶな!!!
もう少しで頭とか体とか、あの岩みたいにクダかれるとこだった。
後ろにいたゴラが、何かを言おうとする。
「……お前さん……」
しかしその声は、興奮しているアイネには届かない。
ゴラは、それならそれでいいと思い直す。それよりも今は、オオニククイドリという大きな鳥をよじ登り始めた少年が気がかりだ。
カンパは思う。
鳥が体を低くしたことで、オレの体が浮き、そしてうまい具合にその体を登ることができたんだ、と。
実際、カンパはオオニククイドリの背中にまたがるように、しがみついている。まるで猫の背中にしがみつくネズミのようでもある。
顔を前に向けると、目的のものが見える。
カンパは汗が鼻筋をつたう顔を、ホホエませる。
オオニククイドリの両眼は、頭の横についている。よって下を向いたまま、頭の上の方、つまり前方を見ることができる。
アイネはそれを、手を伸ばせば届きそうな至近距離で体感する。
えっ、逃げなきゃ!
慌てて立ち上がろうとするアイネ。しかし……
いたっ!
膝をついていた左足を上げることができない。
上から振り下ろされたクチバシを避けるときに、スネを当てていたのだ。剣を地に突き立て、痛む脚をかばいながら中腰になってみればそこが青くなっているのが見えた。足首を動かそうとすると、ひどく痛む。
でも、逃げなきゃ!
そう思いながら瞳を戻せば、開かれたクチバシが迫っている。
……まに、あわない……
そう思ったことを口にする間もなく、開かれた大きなクチバシの先端はすでに、剣を持ち上げたアイネの頭上から両膝の間までに達している。
頭をよぎるのは、憧れた人の銅像……
次の瞬間……
アイネは吹き飛ばされる……




