023 Bird's Attack 5
視界の中に、違和感をとらえたアイネが声をあげる。
「……あれって……なに?」
そこには畑から整地されていない外側へ、不自然に倒れ引きちぎられた麦が散在している。
言われてみんなが、その場所へと近づいていく。
近けば大麦が一律に立ち並ぶ中、畑の縁が大きく踏み倒され、また畑の外側に千切れた穂や茎が散らばっている。
「あっち……も倒れている」
とボゴタが、背の高い位置から畑の中のほうに向かって指を指す。
「その……先も。ずっと……続いている」
ボゴタ以外の人たちも、そっちらを見る。背があまり高くないカンパやアイネには見えずらかったが、言われてみれば確かに、ほとんど同じ高さの穂が、だいたいまっすぐに、点在するように抜けている。地面を調べていたベーヤも立ち上がって、
「ヤツだ」
と言い、アイネが
「ヤツって?」
と真剣な顔で聞く。仕方なさそうにカンパが、
「オオニククイドリだろっ! 話の流れ的にっ!」
と言って額に手を当てる横で、ベーヤが、
「そう、オオニククイドリが踏み倒したアトだ。そしてヤツはここから畑を出ていった。だからこの先に……」
と言って、畑の中の踏みなされた跡の軌跡を見つめる。
「……いったい何が……」
とは、アイネの声。
ゴンッ、
とアイネの頭に衝撃が走る。
カンパが丸盾で、アイネの頭を小突いたのだ。アイネは頭を両手で押さえながら、
「いった~~い!」
とカンパに抗議の視線を送る。
「『……いったい何が……』じゃねえよ! 死体があるんだよ! オオニククイドリに食われた死体がなっ! あの村の婆さんの、孫の、嫁さんの! わかるだろっ!」
とカンパ。彼は一息にしゃべったせいで、ちょっと息切れしている。そんなカンパとアイネのやり取りなどお構いなしに、ベーヤは右手の親指と人差し指で輪っかを作り、それを口に当て、
ピー
と音を鳴らす。
音は畑の反対周りのチームにまで届き、ハダリー隊長たちがこちらを見る。
ベーヤは、左手のひらを水平に掲げ、下に向けた右テノヒラをその上に持って行き、何度か押しつける動作をする。
足跡をつけるジェスチャーだ、とカンパは思う。
そしてベーヤは、左手のひらはそのまま、右手で地面を指し、さらに畑の中に向ける。
足跡が畑の中にあることを伝えている、とカンパは理解する。が、目の前の少女は理解してないだろうな、とも思う。
案の定、
「何遊んでいるの?」
などと言い出す始末。カンパは
「……もう、お前は黙ってろよ……」
とだけ言っておく。ベーヤが、
「中に入るぞ。ボゴタ、先導しろ」
と言い、ボゴタ、ベーヤの順に畑の中に入っていく。カンパも続く。見れば、畑の反対側のハダリーたちも畑に侵入しだしたようだ。
アイネは1人、立ち止まっている。彼女が考えていること。
えっ、この中に死体があるんでしょ?
それも野生の動物に、食べられたという死体が……
なんで、みんなは平気なの?
だって、死体だよ?
その間にも他の人たちはドンドンと、大麦を押し分けながら進んでいく。
カンパが振り返る。
「何やってんだ? 早くこないと、置いていくぞ!」
アイネは1歩を踏み出ふ。そして後を追いかける。
【アイネ】
前を進む、アイツの背中を追う。
右に左に、大麦をカキ分けながら、進んで行く。1カキごとに、見えない死の影がちらついては草の陰に消えていく。
死体とは何なんだ?
……それは、死んだ人の体?
……それじゃ、死って何だろう?
ボクはもちろん、それを知っている。今まで動いていた人が、動かなくなること。心臓が鼓動してなくて、全身に血液を送っていないこと。もう自ら、動かないこと。そしてそれはもう、温かくはないということ。……それだけのこと。
……それじゃ、ボクはいったい何を恐れてる?
そうこう考えている内に、死体があったようだ……。
ベーヤが死体の横にかがんで、ボゴタがもう1つのチームに合図を送っている。前を行くカンパも、そこに合流する。
ボクは恐る恐る、そこに近づいて行く。
近づくたびに、あらわになっていく、その惨状。
近くにつれてまず感じたのは、強烈に死の存在を主張する、脳の内側にこびりつくような腐敗の匂い。血が流れて土と混ざり黒い光沢を放ち、内臓や肉片が近くの大麦の葉や茎に引っかかっている。食われたであろうお腹は、赤黒いものがのぞき出て、頭のあったであろう場所はツブれてグチャグチャになっていて、1つの眼球と舌だったものが飛び出している。もう1つの眼球は見当たらなかった。
ボクは不思議と、何も感じない。
これが死というものか……。
そう思いながら、死の横に対峙する。
ボクは生きている。
そして、彼女は死んでいる。
そう意識したとき、ボクは直感的に安心を感じる。
ナゼなら、こんなに近くにいるのに、この2つには決して混じることのない、決定的な境界線があるんだ。
ボクは無意識に同意を求めたかったのか、トシの近そうなアイツの方を見れば……
……彼女の体だったものを見おろす、顔を青白くさせた少年が、そこにいる。
【カンパ】
死体を探しに行く。そうなったときから、イヤな感じはしていた。
そしてあったのは、ひどい死体。この仕事をしているなら、このくらいのものは見慣れている。
だけれども、女の死体は……
思い浮かんで来るのは、幼い頃の光景
目の前にそびえるは、大きな石を積み重ねた巨大建築物
それはオレに唯一と言っていい、安らぎの日々を終わらせた光景
その建築物中央の長い階段には、真ん中を雨どいのような溝が通っていて……
それを転がり落ちてくる女性の頭。それも血を撒き散らしながら。
現実で不快感がこみ上げてきて、ノドを駆け上がってくる。
ヤバいっ
オレは振り返って大麦畑に、酸っぱいモノをぶちまける。
驚いたような、でも心から心配する少女の声が、現実感なく、頭の上から届いてくる。
「だいじょーぶ?」
かと思えば、背中に感じる柔らかい感触。その柔らかな感触は、強すぎることなく背中をさすり始める。
こんな感じは……いつ以来だろうか?
……それは……いつの間にか閉ざしてしまった温もりの記憶の中に……
もう出しきったと思っていた不快感が、またこみ上げて来る。こらえることなく、それを吐き出す。出てきたのは胃液だ。
カンパが何度か吐いたことで、ようやく落ち着いてきたとアイネは思う。
ボゴタと一瞬に死体の損傷具合を見て、何かしらをつかんだらしいベーヤが
「そいつは女の死体はダメなんだ」
と立ち上がりながら言い、さらにつけ加える。
「……過去に何があったか知らねーがよ。そいつは昔のことを誰にも、何にもしゃべらねーんだ」
さすっていたアイネの手を片手でどかしながら、もう片方の腕で口をぬぐいながら、カンパが言う。
「何にもねえよ。オレはただの捨て子だ」
アイネは彼の目が鋭く、草むらの遥か遠くをにらみつけているのを見てしまう。
そのとき、少し離れた場所から騒ぐ声が届く。
「なんだこいつは!」
「どうした!?」
「隊長! ギハスロイだ! ギハスロイがいる!」
それは明らかに、もう1つのチームの声だった。
そして続くは、そのチームに同行している狩人ゴラの声。
「こいつは、ミトさんとこのギハスロイだ!」
次回、少しグロテスクな表現があります。




