017 兵士の朝3
「キレイな……」
とアイネがつぶやいて、止まっている。
しかしカンパは、胸の中でどす黒い何かが噴出し、それが心を塗りつぶしていて、アイネの様子に気づかない。
【カンパ】
何なんだ、こいつは? 弱いクセに!
オレもオレだ。油断しやがって!
油断したから……、 そんなこと理由にならない。
ここが戦場だったら、もう少しで死んでいた。
クソったれだ。何もかもが、クソったれ。
訳がわからないコイツもそうだし、王も、そしてもう少しというところでジャマをしたあの変な鳥オヤジも、みんなクソッタレだ!
……そして昨日剣を抜くのをしくじって、今日油断して殺されそうになったオレ自身も、クソったれだ!
もっと刃を研ぎ澄ませろ!
近づく奴ら全員が傷つくくらい、研ぎ澄ませ!
取りあえずコイツを、ぶっツブしてやる。
少しくらいケガをさせたって、もう構わない。
どす黒い感情が左手の盾を前面に押し出し、右手の剣をその盾の後ろに忍ばせる。
攻撃の対象に視線をやれば、何かボーッと突っ立っている。
でも、油断はしない。
左足を進行方向に向け、右足をやや右に開き、両足を交互に、慎重に繰りだしていく。
アイネは慎重に近づいてくるカンパに気がつく。
慌てて警戒するが、まだ動揺が収まらない。
今度はヤバいかも……
対戦者のフンイキに違いを感じながらも、アイネは木剣を再び上段に構える。
カンパは思う。
今さら身構えても遅い。もうこちらは攻撃に移れるのだから。そしてまた攻撃されたとしても、力受けはせず受け流す。
同じ過ちはしない!
……何やら周囲が騒がしいが、そんなことはどうでもいい。
今度こそ、思い知らせないやる!
カンパが最後に踏み出そう、そう思って足に力を入れたとき、
ゴンッ!
頭に衝撃が走る。
カンパは思わず、うずくまる。そして知覚されていく、強烈な痛み。どのくらい痛いかというと、負けず嫌いのカンパが何も言えずに頭を抱えてうずくまるくらいには痛い。
そんなカンパの後ろから、怒鳴り声が。
「バカ者っ! 何をしているっ!」
カンパの前にいるアイネは突然の成り行きに驚き、上段に構えたままだった木剣を静かに下ろす。
カンバの後ろの声が続ける。
「この子が誰だか知っているのか? 王のお気に入りの……」
カンパが頭を押さえながら、後ろを振り返る。その間も後ろの人物は、自問自答する。
「……お気に入りの……なんだ?」
カンパの後ろに立っていたのは、歳を取った兵士だ。そして、盾を振り下ろした格好の兵士だ。
カンパは痛みに片目をつぶりながら、
「奴隷だろ……ベーヤ副隊長……」
と補足する。「……それはそうだが……」と納得いかないベーヤ副隊長に、アイネがひかえ目に
「あの……勝負は?」
と聞く。ベーヤは質問の意図がわからず
「はっ? 勝負?」
と疑問符を発したので、アイネは補足して
「そう、剣の勝負。まだカンパに兵士として認めてもらってないから……」
と言う。ベーヤ副隊長はカンパを振り返って、
「どういうことだ、カンパ? 説明してもらおうか」
と言うベーヤ副隊長の後ろからは、ハダリー隊の他のメンバーたちが近づいてきている。
ハダリー隊から離れた訓練所の入り口部分で、2人の人物が中の様子を見ている。1人はまだ少年のあどけなさの残る青少年で、
「コスキン! 見たか今の試合? あの2人、なかなかやるではないか!」
と話しかける。
もう1人は老いの見え始めた大人だったが、鳥に扮した格好をしている。そのコスキンが答える。
「もちろんでございます、ナルガ王子」
ナルガ王子は続けて、
「彼らと話してみたい。行くぞ」
と言い、サッソウと動き出す。コスキンは
「お供いたします」
と後を追いかける。
王の決定を、カンパごとき1兵士が認めないことができる。そんな誤解を解いてもらったアイネは、隊長ハダリーから、合流したハダリー隊メンバーを紹介してもらうことになった。
ハダリーは
「オレがハダリー隊の隊長、ハダリー」
と言い、
「カンパのことは、もう知っている……ようだな」
ハダリーはアイネの様子を見て言う。
「そして先ほどと今しがた、彼をぶっ叩いたのが、ハダリー隊の副隊長ベーヤだ」
カンパは2度も叩かれて痛むのか、まだ頭をさすっている。
「そして右からマレ、ブーバー、それからそのでかいのがボゴタだ」
紹介されてのそれぞれの反応は、左から反応なし、下品な笑い、強面のようで愛想のいい大男、だ。こうしてウガ王国1銅貨に裏と表しかないぐらいに簡潔に、6人の紹介が終わるが、ハダリーは話を続ける。
「ウガ王国兵士は基本、6人1組で行動する。場合によってはいくつかの隊がくっついて12人隊、18人隊などと増えることもある。いずれにしても、目的は王国内の安全と治安の維持だ」
とアイネに説明してからみんなに向き、
「そして諸君。こちらが我がウガ王国国王陛下のご意向で、栄えある我がハダリー隊のメンバーとなったアイネだ」
と言ってアイネを示し、
「このとおり見た目は女性だが、諸君らも先ほど見たとおりなかなか戦える。が、まぁ、うまく守ってやってくれ」
と、剣とサヤの間に何かが挟まってるような感じで話を締めくくろうとするが、
「っと、我らが盟友のご登場だ」
と言うハダリーの視線の先を追うカンパは、表情を暗くする。そこにいるのは昨日、行動を共にしたゴドリー隊の隊長ゴドリーと、そのメンバーだ。
ゴドリーは
「……なんだオマエら。ここは遊び場じゃねーんだぞっ」
と爽やかな挨拶を送ってくるが、そこにはカビたパンを蒸したような不愉快さがある。そしてゴドリーに続くメンバーが、
「あれあれ?」
などと言いながら、わざとらしく辺りを見回す。
「こいつらハダリー隊だよな? ウガ王国兵士の。なのに何でまた子供が増えてんだ!」
ゴドリー隊員のわざとらしい小芝居に、その仲間たちからチョウショウの笑い声が上がる。
「ハダリー隊って、孤児院だったっけ?」
と笑い声の中の誰かが言う。
オレが孤児って言いたいのか?
カンパは右奥歯をかむ。そうやって、自分を押さえる。反抗が示すのは痛みだと、カンパの体は知っている。
そんなカンパに、アイネが小声で聞く。
「なんでこの人たち、イジワルしてくんの?」
カンパもかすれた小声で
「クソ野郎どもだからだっ!」
と至極手短に、端的に説明する。
説明しながら、カンパは思う。
こいつらは知っていてわざと来たんだ。どこかでコイツ……アイネのウワサを聞きつけてきたんだ。つくづく、いい性格してやがる。
きっと、
いつか、
ぶっ飛ばしてやる!
「わかった!」
ハダリー隊メンバーのブーバーがワザとらしい大きな声を出し、そこで止める。
なぜか? ゴドリーが実際に、
「何だ?」
と返したように、相手にたずねさせるためだ。自然とその場の意識が、ブーバーの次の発言を待っている。
そこでブーバーが言う。
「君たち、女にモテないからってヒガんでんしょ? 子供でも女の子に話しかけたいから、ちょっかいだすんだろ?」
聞いて、ゴドリーの表情が変わる。そして瞬時に、
「ふざけんなっ! うちらの隊はお前らと組まされることが多いんだっ。テメエらがちゃんとしねえと、こっちにも迷惑がかかってくんだよ!」
とブーバーに近づいてくる。ハダリーが間に体を入れて、
「落ち着けゴドリー! 俺たちも好きで子守りをしているんじゃない。これは王の命令なんだ。だから俺らもしかたがないんだ。わかるか? なんなら変わってもらってもいいんだぞ?」
とゴドリーをなだめにかかる。
怒りで考えられなくなった人を、説得するため。理由はわかるが、自分の扱いにアイネは心に鈍痛を感じる。
ゴドリーはハダリーに、
「は? 何で俺らがそんな女を面倒みなきゃいけないんだ! お楽しみにもなりゃしねぇ……」
『女』。そんなフレーズが飛び交う度に、アイネの心は、ノミとハンマーで削られていくかのようだ。
そんなとき、こんな場面には異質な声が、
「それは彼女に失礼だろ!」
とヒビく。




