133 遠征まで26
その日のウガ王国王都は、アマタの混乱と熱狂に包まれている。混乱とは不馴れな兵士たちの動揺であり、熱狂とは送り出す王都市民の熱であり、それに送り出されながら門を出ていく兵士達の高揚である。
このようにして王都軍や各領主軍から成る、邪神残党の討伐軍がウガ王都を出発していく。その数約300個6人隊。その大多数は兵士がしめるが、その他に神殿教関係者、あるいは奴隷商人たちやその奴隷たち、そして食料や駐屯するための設営物質を運ぶ者たちがいる。
とても長い列になったので、先頭が東北門を抜けでても、1/3の兵士たちはまだ“民の広場”から出ることができないでいる。
長い隊列の1/3あたりにいたレクセイ隊がこの東北門を出るとき、シドン川を渡る長い橋も、そして門の位置から川沿いにずっと見える左に折れる道も、10年は放置された庭の雑草のように、兵士で埋めつくされていた。実際、道からあふれるほどだった。
そんな光景を見て、ブグロの前を歩いていたリスゾが言う。
「これだけの兵力だ……さすがの邪神の使徒たちも逃げ出すだろぉ」
それを聞いてレクセイ隊の古参のランガが怒ったように言う。
「そんなんなら王がこんな数を動員するわけないだろ! 少しは考えて話せ!」
「……すんません……」
「……あと最近はウガ王国兵士でも盗賊の襲撃を受けることもあるらしいからな。気を抜くなよ」
ランガ先輩の話を聞いて、リスゾが何かに思い当たったように言う。
「あっ、ラドン義賊団ですね! 世直しのために王国軍を襲っているとかすごいことをしているっていう……」
そこまで言ってリスゾは、ランガ先輩の表情がケワしくなったことに気づいて話を止める。しかしもう遅かったようだ。
「ラドン盗賊団だ! 盗賊団! 義賊でもなんでもない! 栄光あるウガ王国に立てつく、ただのナラズ者集団だ!」
「……すみません……」
リスゾはますます縮んで歩く。そんな彼を横目に、ブグロが隣を歩いているレクセイ隊長に聞く。
「隊長はヒューマロイ解放戦争に参加されていたんですよね? 実際に邪神の使徒はどんなだったんですか?」
質問を受けたレクセイは、しばらく歩きながら考えて、
「……とてつもなく強い……。……それだけだ……」
とだけ言う。ただしそれの声なは、猛獣のように強い、という響きしかない。
「それはおっかないですねぇ!」
そう言うのは、徴兵でレクセイ隊に配属されたタクシンだ。ただし彼は、ブグロより2倍くらいは年上だ。その年配の新兵が続けて言う。
「やっぱり私が来てよかった。村の若いヤツが来ていたらかわいそうだった……。ソイツらには家族がいたから……」
タクシンの気持ちが、彼らの間を生乾きの洗濯物のように流れる。そんな中、ブグロはレクセイ隊長の回答に違和感を覚えている。
【レクセイ隊長】
俺が思い浮かべ、言葉にできなかったこと。
……それは過去の、とある光景……
――その戦場では、兵士たちが突撃をしていた。
そしてその前に立ちふさがる、邪神の使徒の姿。それはとても大きく、そしてとても恐ろしい……。
次の瞬間、激しい爆発音と閃光!
同時に自分より前にいた兵士たちがことごとく吹き飛んでいった。――
この徴兵された新兵たちに、あの恐ろしさをそのまま伝えていいのか?
……そんなはずがない……
そんなことをしたら必要以上に怖がらせてしまう。……それならばどう伝えるべきか……
レクセイの前では徴兵されたばかりの兵士たちが並んでいて、まだどこか旅行しているみたいな表情で歩いている。それを見るレクセイの表情は、明るくない。
しかし新兵たちの前には、彼らが今まで見たことない明るい景色が絶えることなく、シドン川の流れにサカノボってハンニニンガ領へと続いている。
サンゴ色の髪の少女は、「旅行って最高!」みたいな表情で歩いている。
遠征中、彼女はハダリー隊と共に行動している。よって彼女の隣にはあの少年がいるし、他のハダリー隊メンバーはそれぞれに談笑しながら、この先の長い道のりを歩いているのである。
「お前さあ……オレたちは観光しに行くんじゃないんだぞ! 仕事で遠征なんだよ。浮かれてんじゃねーよ」
アイネは今にもスキップしそうな歩き方で言う。
「ん? 結局一緒じゃん」
「一緒じゃねーよ! ったく……。……それよりなんで増えてんだよ?」
「何が?」
「後ろのヤツらだよ」
彼らの後ろにはアイネの侍女フェマと、同じようにもう1人の女性がいる。
「あぁ……なんか増えたんだよ」
アイネの適当な答えを、フェマが正す。
「なんか増えたんだよ、ではありませんよ、アイネ様。アイネ様の重要度が増したので、侍従長の計らいでハッツをアイネ様の世話役としていただいたのです」
「カンパ様、アイネ様の侍女と成りましたハッツです。以後、お見知りおきを」
ハッツは丁寧に頭を下げる。カンパは「あ、あぁ……よろしく……」とだけ返す。
その時アイネが
「あれ?」
と声を上げる。カンパが反応して言う。
「なんだ! また何か出たのか? お前がそう言う時はダイタイ猛獣か何かが出るときだからな」
「……そうじゃないんだけど……クマ? か、何かが川の向こうの丘の影にいたような……」
「はあ?! イチイチそんなのに反応するなよ!」
そしてカンパは言いにくそうに続ける。
「…………まあ……それはそれとして…………さっきは、ありがとな……」
その声はカンパが思ったよりも、10倍は小さい。
「ん? さっき?」
「…………やっぱりなんでもねっ……」
そう言ってカンパは、顔を背ける。「さっきって…………広場で?」とアイネは、再び、そして先ほどより、より軽くスキップしそうな足取りで歩く。
陽気な足取りで歩く主人を見ながら、フェマは思う。
カンパのハンクィ王女への忠告は何によるものなのかわからない。しかしハッツが送り込まれてきたタイミングが、あまりにも良すぎる。きっとハッツはハンクィ王女の息がかかっていると見て間違いない。アイネ様に何をしようとしているのか……。私がアイネ様をお守りしないと。
その間も主人アイネの足取りは軽い。
神殿教の神官ヴェイザと、盗賊から改心して神殿教の教徒となったガナリは遠征に従軍し、兵士たちと一緒に歩いている。彼らは行軍しているのは列内の内、中央あたり――王たち重臣が歩く少し前――を歩いている。
ガナリが前を歩くヴェイザに話しかける。
「兵士たちの間に我々がいると、なんだか場違いのようですね」
周囲にいる兵士たちの服装を見てのことだ。神官服を着たヴェイザが言う。
「そんなことは気にする必要はありません。我々はただ救いを必要とする人に、手を差し伸べる。それも、神の名において。だから我々は我々のすることを恐れる必要は少しもないのです」
ヴェイザの言葉に左耳を失った――軍務卿の尋問で失い肉のカタマリがわずかに残る――ガナリは、3つの指の第1間接を失った3右手――同じく欠損――で胸を押さえながら、いたく感心したように言う。
「ヴェイザ様のおっしゃる通りです。周囲の目を気にしてしまった自分が恥ずかしいです。……それはそうと今回は邪神残党の討伐ということですが……」
ガナリが聞きたいことがわからず、ヴェイザが聞く。
「なんでしょう?」
「……少し疑問に思うんです。なんで邪神の残党たちはこの時期このタイミングで現れたのでしょうか? ……元盗賊だった私としては、罠である可能性を捨てきれない……。そう思えてシカタがないのです」
女神官は、ミルクのように汚れ1つない顔をクモらせて言う。
「……なるほど。確かに何で今、邪神の残党たちが現れたかはナゾですね……。何かしらのワケがあって現れたと考えるのが合理的でしょうか……」
ヴェイザがそう考えを口に出したところで、
「ハッハッハ!」
高圧的な笑い声が、後ろからタタミカケてくる。ヴェイザたちが振り向くと、そこにいるのは奴隷商人ヴォネラムだ。彼は周囲に聞こえるような声で、チョウショウを続ける。
「これはケッサク、ケッサク! 神殿教の人たちは何かあるとすぐに邪神の陰謀ということにしたがる」
神官ヴェイザが顔をわずかにゆがませて反論する。
「私はそのような可能性があると言っているだけです。邪神の残党たちによる陰謀、と決めつけているわけではありません。アナタの方こそ、神殿教の陰謀にしようとしているのではありませんか?」
「私が神殿教のセイにしようとしている? それこそコッケイな話だ。私は理由があって言っているにすぎない」
そう言うヴォネラムの後ろには、護衛のジャンタープが歩いている。彼は主人の会話には全く興味がなさそうな顔で、大きなカゴを担いでいる。そのカゴの中には、長い杖が突き出ている。さらにカゴの中から女の子が顔を出す。
宮廷魔術師ヴィクマの弟子、サジュだ。彼女は周りが騒がしくなったので、気になったかのようにキョロキョロと辺りを見渡す。
ヴェイザが言う。
「あら、魔術師さんもいらしたのですね。それはそうと、理由とは何でしょうか? おウカガイしてもよろしいでしょうか?」
ヴェイザを見つけたサジュが、ジャンタープの頭をよけて手を振る。
「彼女は師匠に頼まれて連れている。彼女の足では遠征はコクだからな。……それはそうと、理由はそうやって人々の不安をアオって、神殿教信者を増やすためだ」
ヴェイザがサジュに、手を振り返しながら言おうとして、
「ですが……」
「まあまあまあ! お2人とも! 少し落ち着きましょうか」
そう呼びかけるのは、後ろを歩いていたウガ王国国王バルガだ。まだ乗馬も鞍も発達していないこの時代では、国王でさえも移動といえば徒歩だ。
国王バルガが話す。
「確かにあの場所、ハンニニンガ領は邪神たちも鉄の採掘をしていた。そして我々ウガ王国も坑道を掘っていて、今回はそんな邪神時代の、地中に埋もれて残った巣窟に、たまたま堀り当たってしまったようだ。そうゆう意味では、邪神の残党たちの陰謀とはいいがたい」
奴隷商人ヴォネラムが雄鶏のように勝ち誇った顔を、神官ヴェイザにむける。
だがバルガ王は続ける。
「そして同時に、ヴェイザ殿が心配されるのも分かる。邪神どもは油断ならない。邪神戦争当時、何度アイツらに手をワズわされたことか……。……つまりワシが言いたいのは実際に行ってみて、色々と見てから判断しようということだ」
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