132 遠征まで25
残酷な表現があります。
“民の広場”に並ぶ兵士たちは、自分たちの王が“神塔”を登って行くのを見ている。非常に多くの兵士たちが、ほとんどその1点を見つめているのである。ここにいる全ての人物の視線を可視化できたならば、線が王たちや“神塔”を覆いつくしてしまって、ほとんど何も見えなかったことだろう。
そんな集団の中に、黒髪の少年兵士がいる。隣にはサンゴ色の髪の少女は何が起こるのかという期待を込めて熱心に見ているのに対し、黒髪の少年――カンパは他の場所を見ている。否、意識して顔を背けているのだ。
そんな中、王たち一行は一段一段と確実に、登って行く。
アイネが話しかける。
「ほらカンパ見て! 王さまたちがもうすぐ頂上に着くよ!」
しかしカンパは、閉鎖的な異教徒のように、カタクなにそちらを見ようとはしない。その様子を見てアイネは、
「カンパ?」
と不思議そうに言うが、
「そうかよ」
とフキゲンな声が返ってくる。
「……はぁ?!」
アイネは意味がわからない。が、伝染病のようにうつったフキゲンな顔で、ほおっておくことにする。
そうしている内にもウガ国王たちは、積み重なった“神塔”の台形の7段目――つまり頂上に達する。ほっとくことにしていたハズのアイネは、それを見て思わずに言う。
「ねぇ、見て! 上に人がいる…………女の人が布をかぶって…………」
言いながらカンパを見れば、思わずそれを見たらしい彼が目を見開きながら歯を食い縛っていて、そしてツブやく。
「……またそれを、ヤるのかよ……」
“神塔”の最上部では、頭に布を被せられた女が、階段にセリ出した台の上にムリヤリ倒され押しつけられている。
【アイネ】
ボクはフシギに思う。イッタイ、なんなんだろう? カンパのこの感情は?
激情? 憎しみ? 苦しみ? それとも別の何か?
いずれにしても、とても強い感情……。
こんなに強い感情を持つような出来事が、ムカシのカンパにあった?
イッタイそれは……どれほどのことなんだろ……
【カンパ】
アイツらが許せない……
またあんなことをやろうとするなんて……
今すぐあの塔を駆け上がって行って、アイツらをカタッパシから斬り倒してやりたい。そんなショードーが、オレに行動しろとナグりつけてくる。
だけど……
だけど……今は抑えるんだ……
でないと、オレの計画がムダになる……
せっかくここまで耐えてきたんだ……
だからもう少し耐えるんだ!
そもそも復讐心を忘れかけていたオレに、それを思い出させてくれたアイツらに感謝しないと……。
はっきり言って、女王に少し気に入られたからって、調子乗っていた。あの人は母上じゃない。
オレよ! 目をさませ!
あの日のことを思い出せ!
あの瞬間の絶望と、無力で情けないな自分を思い出せっ!
ウツツを抜かすとか、そんなことのために生きているんじゃない!
復讐を成し遂げるんだっ!
何が何でも、復讐するんだっ!
それまでは、ヤイバをミガき続けろっ!
【】
そんなアイネやカンパ、その他大勢の兵士が見守る中、“神塔”の上にいるバルガ王が声を上げて言う。
「約18年前!」
“民の広場”を埋めつくす程の兵士たちは静まり、それに耳を傾ける。
「我々はこの地にいた使徒を打ち倒し、その勢力を滅ぼし、国を建てた!」
いく人かの兵士たちはまばらに「そうだ!」などと声を上げる。王は片手を上げてそれを制して続ける。
「しかし! そんな我々の王国に! 再び邪神の残党たちの魔の手が及ぼうとしている! 我々はこれを許すていいのか!」
兵士たちの間から「違う!」や「許すな!」といった声が上がる。
「そうだ! 許せない! 邪神どもにとても長きにわたって搾取され続けた我々が、ようやく建てたヒューマロイの国だ! 決して許せない! 許してはならない!」
兵士たちは「おぉ!」などとこたえる。
「よって我々は、これから遠征を行う! だからこれから遠征の成功を占いたい」
バルガ王がそこまで言うと軍務卿ベナッジョが前に出る。そして“神塔”頂上に張り出した台に寝かされ押さえつけられている女の頭の横に立つ。剣を抜きながら。
「この者はハンニニンガ領で邪神の使徒と内通していた者だ! 今からこのモノを使って、この大義ある遠征を占う!」
兵士たちから、歓声が上がる。
クソッ
それは何かに強く耐える、黒髪の少年からもれたツブやき。そのツブやきは大きなウネりとなった歓声に飲まれ、誰にも聞こえない。すぐ隣に並ぶ、1人の少女を除いては。
「……カンパ……」
しかしその心配は、コブシを固く握って歯を食いしばっている少年には届かない。
“民の広場”を埋めつくす兵士たちから、歓声が波となり、“神塔”の上にまで押し寄せて来る。歓声はそこで共鳴し、滝ツボに耳を置いたように鳴り続ける。
そんな迫力に圧倒されているのは、ナルガ王子だ。彼は圧倒されながら、口からこぼす。
「……すごい……」
それに気づいたバルガ王が言う。
「そうだ。そしてこれが支配する者とされる者だ。こちらでこれ程の歓声を受けているのが支配する者で、下で我々に歓声を上げているのが支配されるモノたちだ。支配はこのように、民を扇動してコントロールしなければならない。そうすればこのように上手くまとまり、王国としての力を発揮することができる」
「……民を扇動? ……ひょっとして、あの者は……」
ナルガ王子の言葉の先には、頂上部で“民の広場”に向かって張り出した台の上。そこで押さえつけられて寝かされている女に向けられている。
「そうだ。よく気がついたな。あのモノは、ただの夫殺しだ。そして……料理おけるスパイスのようなものだ」
女はずっと抵抗していて、それでも屈強な男2人に押さえつけられていて身動きできずにいる。
ジャシン?
私は関係ない!
イッタイ何が起きてんの?!
願いだから助けて!
王が手をあげる。
張りつめる静寂の世界は一瞬。
軍務卿が音もなく剣を振り上げる。
ブグロはこの場の熱気に飲まれて、自らも高揚している。
レクセイ隊長は恐れおののき、それでも高揚に乗せられている。
“民の広場”を埋めつくす兵士たちはおおむね、この熱気と高揚に飲まれている。
しかしただ1人、この熱と無関係な者がいる。黒髪の少年兵士、カンパだ。
彼は視線を下げて、テノヒラを握りしめて、必死に何かに耐えている。彼が見ているのは、前の人のフクラハギでもなく地面でもない。別な何か、だ。
【カンパ、あるいは幼き頃のカンパ】
周囲がオボロゲな世界の中で“神塔”を見上げるは、低い視線から。“神塔”の上には若い頃の王や軍務卿、そして張り出した台の上に押さえつけられた母上が。とても頼りなく、とてもツライ気持ちが、痛みを伴って心を支配する。
「母上っ!!」
ノドにも痛みを伴いながら、オレは声を上げる。そしてその場所まで駆け上がっていこうとする。が、背後から強く巻きつけられた腕がそれを止める。
「カンパッ! ダメッ! 行っちゃダメなのっ!」
抑える腕は細い方だが、必死で、力強い。なりふり構わぬ悲鳴が、耳もとでひびく。
が、オレには関係ない。
「離してディリケ姉さん! ボクは……ボクは……」
オレは……
母上を助けるんだっ……
しかし、“神塔”の上の王が腕を下ろし、それを見て軍務卿が剣を振り下ろす。
【】
カンパの体がビクッと震える。
世界はオボロゲではなくなっていて、視線の高さも元に戻っている。
WOOOOW!!(ウオオオオ!!)
周囲の兵士たちが歓声を上げる。今までよりよりイッソウとカン高く狂った歓声だ。
剣が……降りおろされた、か……また……
事実、“神塔”の上の、張り出された台の上では、カンパの知らない女性の体が首のあった場所から血を流している。
カンパは周囲を見渡すこともできずに目を伏せ、必死に耐えている。
気持ち悪い、吐き気がする……
カンパが色々と限界に達しようというとき、握りしめた手に感触を感じる。
やわらかくて……温かくて……やさしい……
それは隣に立つ少女の手のひら。色が変わるほど握りしめられていたカンパの手が思わず緩むと、彼女の手が、カンパの手の内側から包み込む。
そして彼女の声が、カンパに届く。
「……何があったかはわからないけど……きっとダイジョウブだよっ」
――きっとなれますよ――
それは母上のようなぬくもり……
ようやくカンパの肩から力が抜ける。
多くの人が熱を感じ、熱になって騒がしいこの広場において、2人だけがシュクシュクと、つつましやかに、手をつないでいる。
“神塔”の上では首のなくなった死体から血が噴き出し、階段中央を通る高くなった溝の上を下へ下へとツタッていく。次々と上から供給される血は徐々に細くなりながらも、ついには地面へといたる。
王が左腕に身につけた神器の盾『ハル・ア・カル・ナ』を掲げて宣言する。
「血が地に至った! 祭事の結果、我らの遠征は成功すると出た! 我々はこれより、進軍を開始する! 場所はハンニニンガ領! 敵は邪神の残党たちだ!!」
歓声がヒトキワ強くなるのを、カンパは手の懐かしいような感触を感じながら聞いている。もうそのテノヒラから、力みは消えている。




