131 遠征まで24
その日の朝、“民の広場”には大勢の者が並んでいる。
その多くは兵士たちであり、その他には遠征に同行する事務職の役人たちや奴隷商人、またはその奴隷たち、あるいは神殿教などの宗教関係者である。
昨日まであった野営の残骸――焚き火や仮初めみたいな寝具、食器、賄い所、個々の荷物などは片づけられていて、兵士たちが6人隊、6人隊が2個集まって12人隊、さらに24人隊、48人隊といったまとまりで並ぶ。兵士のまとまりは、最終的に各々の領主軍ごとの集団となる。
カンパやアイネは6人隊のハダリー隊に所属し、最終的に王都軍に所属することになる。
そのアイネが言う。
「すっごい人が集まってるね」
彼女が話しかけたのは、隣で立っているカンパだ。しかし反応がない。その少年はナナメ上を見上げて、どこか上の空だ。
「カンパってば!」
「あっ、あぁ……。……どうした?」
「どうしたって……ナンかヘンだよ。昨日から」
「フッ、子供にはカンケーねーよ」
カンパの上から見下す態度に、アイネは思わずカチンとくる。
「はあ?! せっかく人が心配してあげているのに!」
大きめの声を出したアイネに、ハダリー隊長が言う。
「静かにしろっ! 間もなく国王陛下が登壇されるんだぞ」
アイネは思わず黙り込む。そんな彼女に勝ち誇ったような視線を送る少年がいたが、アイネはミケンにシワを寄せてニラみ返すしかできない。
ブグロはレクセイ隊の6人隊に所属し、他の6人隊などとくっついて最終的にハンニニンガ領主軍に所属する。
ブグロが感心したような声で言う。
「この国にはこれ程のヒューマロイたち……いや兵士がいるのか……」
「これだけじゃないぜ」
そう言うのはブグロと同じレクセイ隊の先輩兵士、ランガだ。彼が続けて言う。
「遠征で移動中もまだ合流してくるらしいぞ」
ブグロは想像の及ばない驚がくに、言葉を失う。代わりにランガが言う。
「それより前を見ろ。我らが王が、来られるぞ」
兵士たちが並んでいる正面には、巨大建築物である“神塔”がある。
ヒューマロイの身長を越える段が7つ重なっており、段は上に行くほど幅が小さい。いわゆる段々のピラミット状だ。
表面は焼成レンガがキッチリと積み上げられており、とても神経質な職人集団が組み上げたのではないかと思う程で、、規則正しい威圧感の根拠になっている。
正面中央には幅12歩ほどの階段が、最下段から最上部まで設けられていて、階段の中央が高くなり溝が掘られている。溝の先、一番上には装飾された台がすえ付けられている。
兵士たちが並ぶ“民の広場”の前側――“神塔”側の端から、とある集団が中央へとやってくる。先頭を歩くのは軍務卿ベナッジョだ。そしてその後ろをウガ王国国王バルガ、さらに後ろにその王子ナルガが続き、さらに後ろにはその他のウガ王国重鎮たちが続く。そしてこの集団の周りを道化コスキンが、鳥をマネて羽のついたソデを羽ばたかせながら軽やかに舞う。舞いながら歌う。
我らが王がやってくるー
我らが王がやってくるー
邪神の使徒討伐するためのー
遠征の成果を占うためにー
我らが王が“神塔”に登るー
集団は“民の広場”の中央までやってくると、大多数の者たちをその場に残して1部の者だけが“神塔”を登り始める。それは軍務卿ベナッジョを先導として、ウガ王国国王バルガとその子、ナルガ王子である。国王バルガ階段中央に設けられた溝の右側を、ナルガ王子は左側を登っていく。
バルガ王の左腕には、“昼”のような黄金色の円盤がついている。
バルガ王が言う。
「ナルガよ、後ろに並ぶ我らが兵士たちが見えるか?」
ナルガ王子は顔を横に向けて、後ろを見る。
「はい。視界の端から端まで、兵士が並んでおります」
「そうだ。そしてそれがウガ王国国王の力、そのものだ。それならば、我らが国土が見えるか?」
先頭の軍務卿ベナッジョをはじめ、王と王子も“神塔”の2段目の高さまで登って来ている。王子が振り向くと、城壁の外に大地が広がる。
「はい。限りなく広がる国土が見えます」
「それが、そしてそこに住まう民たちが、我ら王たる者が守るべき存在だ。適切に持てる力を使い、守るべきモノを守る。それが王なのだ。わかるか?」
「はい、わかります」
「そうか、わかったか。ただ王がすべきことは、それだけではない」
バルガ王も街、そして城壁の向こうに続く景色を見ていたが、振り向いて“神塔”のさらに上に進むように示す。そして階段を登りながら、話を続ける。
「ナルガよ、民は何を望んでいるかわかるか?」
「民の望み……ですか?」
「そうだ」
ナルガ王子は階段を登りながら考えて言う。
「……民にも色々な者がいるので一概に言えませんが、あえて言うとするならば、富を手にすることでしょうか」
王バルガはすぐにはこたえず、しばらく階段を登る。まるで1歩1歩階段を踏みしめながら、息子の言った言葉をカミしめるように。そして言う。
「……確かにそうでもある。しかし、違う。民の本質は、そうではない。民が本質的に求めていること。それは支配されることだ」
ナルガ王子はしゃべる猫でもみたいような、驚いた表情で言う。
「……支配されること?! そんなっ……ありえません。支配されることを喜ぶヒューマロイなどいるはずが……」
「果たしてそうかな? もし民が支配されることを拒むならば、なぜ我らが民は暴動を起こさない? そして後ろに並ぶ兵士たちは、反乱を起こさない?」
王子は定まらない声色で、
「……それは……」
とだけ言うが、それ以上は続かない。代わりに王が言う。
「それは支配される方が安心で楽だからだ。もし敵対する勢力が攻めて来たとき、誰が戦う? 王が持つ兵士たちだ。皆に必要な公共事業はどうだ? 誰が考えて金を集めて実行する? 誰かがやるにしても、不公平や横領などで不満がでるし、何より面倒だ。だから王とその臣下がそれをやる。だから民は支配されることに安心し、それを望んでいるんだ。……結局のところ、民は自分たちだけでは何も決められないし、何も行動できない」
軍務卿は“神塔”の重なっている4つ目の段にたどり着き、バルガ王とナルガ王子も続く。“神塔”の一番上まではあと3つ。
また3人で登り始めると、バルガ王が再びナルガ王子に話し始める。
「ただし民は王であるならば、誰にでも従うというわけではない。先ほどいったように、信用がなければ不平不満が現れるからだ。では王はどうあるべきか? わかるか?」
聞かれてナルガ王子は考える。
「……いえ、わかりません……」
「邪神の勢力をこの地域から駆逐し、この国を建てたばかりのワシもそうだった。なぜならヒューマロイはずっと昔から、邪神に支配されていたからな。参考になる歴史上の王などいない。だからワシが何を参考にしたかわかるか?」
「……それもわかりません……」
「……邪神だよ。ワシらが駆逐した存在の、邪神だよ。そんなものを参考になどしたくなかったが、他に参考にできるものなどない。しかたがなかったんだ……」
バルガ王はしばし、遠い目をするが、すぐに話を続ける。
「……それでワシは思った。王とは、民から侮られてはいけない、愚かだと思われてはいけない、ナメられてはいけない。
公明正大であると同時に、得体の知れない存在でなければならない。自分たちと同じと思われてはいけないし、特殊な存在と思われなければならない。そして王は、恐れられなければならない……」
聞いてナルガ王子は何もしゃべることができない。ただ、そんな沈黙だったからこそ、次のバルガのツブやきが聞こえてしまう。
「……それができていたら、あんな事件が起きなかった……」
――あんな事件――
何か引っかかるような感じがして、ナルガ王子が聞こうとしたとき、3人は“神塔”の頂上にたどり着く。
そこでは屈強な男2人と、彼らの間にハサまれて、頭に布を被せられた女がいた。バルガ王たちの、到着を待っていたかのように。
バルガ王が言う。
「それではナルガよ。儀式を始めよう」




