130 遠征まで23
王都のとある場所。
2人の女性が歩いている。
1人はミガかれた金属のようにツヤのある黒髪を三つ編みに編んでいて、その三つ編みが胸当ての前を流れ腰まで伸びている。もう1人は対照的に淡い水色のショートボブで、毛先が歩くのに合わせてサラサラとゆれる。
2人とも体の外側を守るような細長い鎧を身につけているが、それは輝くように白い。神殿教神聖騎士団の団長ディリケとその団員ミーケだ。
彼女たちは王都の北側に来ている。そして目的の場所に着いたようだ。
そこにある建物は屋根に、長い円柱を中心として左右に短い円柱が並んでいる。それは言わずと知れた、神殿教のシンボル。よってその建物は、ウガ王国王都にある神殿教の支部だ。
先頭を歩くディリケは神殿に着くなり、扉を押して入る。
『神殿の扉は、誰に対しても開かれている』――とはその宗教の現存神の言葉である。
2人が入っていくと、中の礼拝堂では1人の女性が祭壇の前でヒザマズいて祈りを捧げている。白い貫頭衣の上に、長いラベンダー色の髪がかかる。
「ヴェイザ殿?」
神殿教の神官ヴェイザが立ち上がり、そして振り返る。それはシルクのような振り返り方だ。
ヴェイザが、
「お待ちしておりました」
と言いながら柔らかくエシャクする。ディリケが言う。
「例の娘の件で、“先生”と話がしたい。構わないかな?」
「はい、予め伝えておりますので大丈夫ですよ。どうぞこちらへ」
と、神官ヴェイザは祭壇の前をあけながら促す。ヴェイザがしていたように、ディリケは祭壇の前でヒザマズくと祭壇上に置かれた神殿教シンボルである3本の円柱に話しかける。
「“先生”、神聖騎士団ヴァヒリチェリ団長ディリケです」
『……ちょ……まって…………ください……はいっ、どうぞ……』
どこからか声が聞こえてくる。祭壇の上のシンボルからだ。
「例の娘、アイネ嬢と面会した件についてお話があります」
『おお! それで? どうでした? 帰って来るのはいつ頃になりそうです?』
ディリケは言いずらそうに言う。
「……それが……帰りたくないそうです……」
『はあ?! ……何でまた、そんなことを……』
「……今の生活が楽しいそうです……」
『………………』
シンボルからの返事がない。代わりに送られてくる沈黙の長さが、相手の苦悩を深さを伝える。
神聖騎士団団長ディリケが気づかって言う。
「多少、強引にでも連れて帰りましょうか?」
『……ん? そうか? いや、それは良くは……ない。教育的にも良くないし、ウガ王国との関係がこじれる……』
再びの沈黙の後。
『…………わかった…………。良くはないが……わかった……。今は……あの子の意見を……尊重しよう……。今はあの子の思う通りに……させよう……』
「それでは私も引き続き説得を試みます」
『……たのみます……。また何か進展があれば教えてください……』
シンボルからの声は、その弱々しい声を最後にとだえる。
ディリケは祭壇の前から立ち上がり、神官ヴェイザを向く。
「ありがとう。これで良かったのかはわからないが、取りあえずは報告ができた。……ところでヴェイザ殿、1つ聞きたいことがある」
ヴェイザはホホ笑みを携えた顔で言う。
「何でしょうか?」
「実はその……“先生”とアイネ嬢はいったいどのような関係なんだ? そもそも“先生”とはいったい何者なんだ?」
「あの方たちは神殿教国神殿の中央に位置する方々。なので私にも詳しいことは分かりません。……ただ1つ言えるとすれば、“先生”は我らの神に近しい方らしい、ということです。そしてアイネ嬢は、その“先生”に教育を受ける程の方だと……」
ディリケが不思議そうな顔のまま言う。
「……いったい何者なんだ、あの方たちは……」
そんなディリケに、神官ヴェイザが言う。
「それはそうと、同行されるのですよね? 遠征に」
「あぁ……そうだ。邪神の使徒がまだ残っているかもしれないからな」
「それではよろしくお願いいたします」
「どうゆうことだ?」
「行くんですよ、私も。遠征に。ウガ王国国王陛下にも、同行の許しを得ました」
「そうなのか? しかし神官のあなたがわざわざ行く必要はないと思うが……」
そんなディリケの言葉に対し、ヴェイザは真剣な眼差しで言う。
「行く必要は……あります! そこに我らが神を必要とする者がいるかぎり! ですよね?」
そうしてヴェイザは、いつもの純粋な笑顔でホホ笑む。
宮廷のとある一室。そこは鼻の穴のようにこじんまりとしたキュウクツな部屋で、そこかしこに粘土板や様々な道具が乱雑に積み上げられている。それらのモノは、太古の昔からそうであったかのように表面にホコリが積層する。
この部屋には2人のヒューマロイがいる。古いのと、若いのと。古いのは宮廷魔術師ヴィクマであり、若いのはその弟子サジュである。
古いのが、若いのに話す。
「よいか? ワシは遠征には行かない。王より王都の守りを託されたからだ」
「んっ」
「だから遠征先でことあるごとに、ワシに報告するんだぞ」
「んっ」
「わかったか?」
「んっ」
「……何がわかった?」
「んっ、ナンか報告する」
「…………」
宮廷魔術師ヴィクマが積もったホコリのように沈黙していると、
Knock! Knock!(コンコン!)
この部屋の扉をノックする者がいる。ヴィクマはサジュに「また後でっ」と言い、扉の向こうの人物に言う。
「どーぞぉ!」
扉を開けたのは、赤みがかったオレンジの髪を後ろに整え人を見下すような笑顔を張りつけた人物――奴隷商人ヴォネラムだ。彼はオールバックの髪型でベストを羽織った姿で、護衛のジャンタープを外に待たせて開けた扉から“昼”のマブしさのように騒々(そうぞう)しく入ってくる。
「ごきげんよう! 宮廷魔術師殿! 久しぶりだなあ!」
対するこの部屋の主、宮廷魔術師ヴィクマは“夜”の暗がりのように静かな声で言う。
「あいっ変わらずヤカマしいヤツよのぉ。奴隷商人ヴォネラムよ。そしていつぶりだったか……18年ぶりくらいか?」
少なくとも20代後半ぐらいの見た目のヴォネラムが言う。
「そんなもんか。まぁ、我々にとってはビビたる時間だろ?」
「確かに18年は、我らにとってビビたる時間だ。そしてあの時は、我らに王がいた……」
宮廷魔術師ヴィクマのその最後の言葉を聞いたヴォネラムは、急に普通でない感じになる。つまりは一瞬で鋭く細めらた目で、相手を締め上げるようにニラむ。
「……その話はタブーではないか? 少なくとも、ヒューマロイがいる前では?」
「コヤツは大丈夫だ。幼少よりワシが育てて来たから、信頼はある。それにコミュニケーション能力が著しく欠落していて、誰かと話すこともない。……いざという時のセキュリティ機構もあるしな」
それでもヴォネラムの表情は変わらない。葦1本も身動きしないで、宮廷魔術師をニラんだままだ。
宮廷魔術師ヴィクマが、折れて言う。
「わかった。……サジュ、少し扉の外に出ていろ」
「んっ」
奴隷商人が来てから1言も発さなかったサジュは麦の1穂みたいな軽い返事だけ打つと、高めの丸イスから飛び降りて部屋を出ていく。部屋を出たサジュは、背後で扉を閉められていく。が、閉まり切る前にヴィクマの声がすべり出る。
「実はハンニニンガ領に視察に行って来てな……」
扉は閉められた。
宮廷魔術師ヴィクマと、奴隷商人ヴォネラムとのヒめられた何かと共に。
部屋の前、扉の横には先客がいる。奴隷商人の護衛、ジャンタープだ。
背中を壁に預けた長身で筋肉質な彼は、サジュが出てくると片目だけを開けるが、それはすぐにまた閉じられる。
宮廷魔術師の弟子サジュは、彼とは扉をハサんで反対側の壁前にかが見込み、ヒザの上で腕を組む。組んだ腕の中に顔を置いて、動かなくなる。
廊下には、部屋の中の話し声さえ聞こえて来ない。
静かで薄暗く硬い空間に、小さな魔術師の弟子と、扉を挟んで大きな護衛だけがいる。




