127 遠征まで20
「失礼します」
カンパはそう言いながら、その部屋に入っていく。
その部屋の中は、だいぶ広い。アイネの部屋より、2~3回りは広い。
寝所もこの部屋の住人にふさわしくあるべくして、大きい。その周囲は美しく柔らかい布で仕切られてはいるものの、宝石で装飾された支柱が4スミを支える。
大地の女神の彫刻が両側に施された大きな窓からは、ひらけた外の空間があり、大小様々で色とりどりの植物が無秩序に、かといって完全な野放しではなく群生している。
天井からは花をモチーフにした金細工がトゲトゲした何重かの円になって連なる蝋燭台が吊るされている。
総じてこの部屋には、高貴な調度品のみが存在することを許されている。
そして、
「遅かったわね」
部屋の奥にある、背もたれ付きの藤の長椅子の上に体を横たえた女性が言う。
「まぁ、あなたにも色々とやることがあるでしょうし、それは良しとしましょう」
彼女の髪は黒く長いストレートで、赤い帯状の布が一面についている左右重ね合わせのドレスをまとっている。
そしてやや大きめの臀部を椅子に置き、上体は重ねたクッションと広い肘おきに預けて斜めにしていて、そのクッションの上に肘を置いて頭を支えている。片足を椅子の上、もう片方を椅子から下ろしているので、体は訪問者に斜めに向けている状態だ。
侍女が2人、彼女の左右後ろから大きな団扇をこの部屋の流儀に則って、ゆっくり優雅に扇ぐ。
カンパは思い出したかのように、その場にカシずく。部屋やその女性の雰囲気から、そうすべきと感じたからだ。
女性が続ける。
「それで……あなたはあの娘に詳しいそうね」
『あの娘』が誰のことだかわからないカンパは、しかたなく疑問を返す。
「……『あの娘』……ですか?」
女性は前で重ねるタイプのドレスの開いた胸に、蜘蛛の巣状に広がる金のネックレスをつけている。そのネックレスももちろん、この部屋の秩序に則って高貴な輝きを放っている。
「名をなんといったかしら……。そうそう、アイネという娘よ」
またアイツか……
カンパはそう思と同時に、先ほど会った時の輝いて見えたアイネを思い出す。
カンパは、言葉をつなげる。
「……はい、確かにアイッ……その者はオr……私の所属するハダリー隊にいます……。ただ同じ6人隊にいるというだけで、詳しいというわけではありませんが……」
「あら、そうなの? 詳しい者を寄越すように頼んだのだけど……。まぁ、いいでしょう。それで? そのアイネという娘はどんな娘なの? 知っている範囲でいいから教えてもらえるかしら」
「……アイツは……」
カンパはアイネの日常を思い起こす。出てくるのは……
オオニククイドリの前で立ちすくむアイツ……
市場で豆を買って、おいしそうにホオ張るアイツ……
盗賊の被害にあった村で、軍務卿の剣を受けると言ったアイツ……
大した努力もしないクセに、オレを越える勢いで剣が上達していくアイツ……
こっちの気持ちも知らないで、ノーテンキにホホ笑むアイツ……
アイツ……アイツ……アイツ……
ナドナド……
「……アイツは、オクビョウ者で、食いしん坊で、後先を考えないで行動するバカなヤツです」
カンパがそう言うと、しばしの沈黙が訪れる。侍女たちが音もなく扇ぐ団扇の音と、廊下に控えているコスキンの「くれぐれも粗相のないようにな!」という思いが聞こえてきそうなぐらいの沈黙だ。
長椅子の女性が言う。
「……よくわからないのだけれど…………兎に角、何かしらの打算で動くような者ではいということかしら。でも不思議ね。なんでバルガ王もナルガ王子も、そんな娘を気に入るのかしら? 我が家の男たちは、ナヨナヨした考えなしの娘がお好みだというの?」
女性のその言葉は、最後の方はほとんど独り言のようにささやかれる。それを聞きながら、カンパは思う。
でもいいのか?
これじゃあまるで、オレがチクってるみたいじゃないか?
カンパの心の内に、アイツの輝く顔が曇る表情が浮かぶ。
「……でも……」
その言葉は解き放たれた猛獣のように、カンパの知らない内に彼の口を出ていってしまう。そしてカンパは下げていた頭を上げて、長椅子の女性を直視してしまう。
女性は驚いた素振りも見せず、カンパに聞く。
「なに? 言ってご覧なさい」
それは決して無視することができない程度の、高貴な者からのうながしだ。
カンパが言う。そうするべきだ、という思いで。。
「……ですが……アイツは自分も奴隷のクセにとあるギハスロイの奴隷をカバって奴隷商人の護衛にハムかったり、名前も知らないじいさんのために、軍務卿の剣の前に立ちふさがったり……。……アイツは……アイツは……優しいヤツなんです」
女性はカンパが言い終わるのを待って、しばらく考え込む。その間中ずっと、斜めにした体でまっすぐにカンパのことを見ている。
カンパは自分が顔を上げてしまっていて、無粋にも高貴な人の顔を直視してしまっていることに気づき、あわてて顔を伏せる。
女性はクッションに預けていた体を起こしながら、カンパの頭に言葉を投げかける。しかしそれは、カンパの失態を咎める類いものではない。
「……あの娘が奴隷商人の護衛に? そしてあの軍務卿に立ち向かったと? それもギハスロイとか知らない老人なんかのために?」
「……サヨウです……」
「ただの考えなしの娘ではないってことかしら……」
床の敷物の上に視線を落としていたカンパは、女性がそう言いながら足を組む気配を感じる。それは、他でもない。あのスリットから生えた、高貴で豊満な二本の脚のことだ。
「それはそうと、アナタ」
女性が急にカンパを呼ぶ。不意打ちにまた顔を上げそうになるのをこらえて、カンパは返事をする。
「は、はい……」
「もっと、こっちに来なさい」
それはとても穏やかな言い方だが、力強い強制力を持つ言い方だ。
カンパは立って1歩近いき、かしこまる。
「もっと、近づきなさい」
1瞬の逡巡の後、カンパはまた1歩立って歩を進めようとして
「もっとよ。もっと、もっと、もっと……」
せかされながら、わけがわからぬまま、カンパは言われる通りにする。結局カンパは、ほとんど女性の目の前にかしずく。もう1歩、あるいは半歩でも進むと、かしずくカンパの頭が女性の膝に当たるような位置だ。
カンパの目の前で、手入れされたナメらかな脚が左右組み替えられる。同時に頭の先で、前で重ね合わせたドレスのスソがこすれる音。カシこまって床を見るカンパの視界中央に、ミガかれ光沢液を爪に塗った足が置き直される。
「顔を上げなさい」
その命令は、カンパの頭の上から注がれる。
色々と見てはいけないモノが見えてしまう……
そう思いカンパがタメラっていると、ほとんど陽にさらされていない足の甲が、革サンダルのヒモの先に光沢のある爪を携えて、眼前に近づく。長椅子の女性が、組んだ脚を伸ばしたのだ。
足がカンパのクチビルにふれる……
カンパが今起こっていることを理解するよりも早く、その足はカンパのクチビルに当たらずにアゴにあたり、カンパの顔を優しく上げさせる。
それにトモない、上がるカンパの視線。目は2つの大腿とドレスのスリットの間の影をとらえ、腹部、金のネックレスを置いた豊かな胸、そして女性の顔を見る。
カンパはその顔に、ある感情をかき立てる何か、のようなモノを見いだす。
それは低い視線から見上げる温もり
それはつないだ手の優しさ
そして……
それは神塔の上で処刑される愛しき人の面影……
女性は、カンパの顔をのぞき込みながら言う。
「やっぱりあなた……綺麗な顔をしているわね……」




