125 遠征まで18
頭上の収納棚を開けて何かを取り出すように、アイネは思い出しながら疑問を口にする。それは先ほど市場で、イヤナがたずねたこと。
「……『誰かを愛する』……ってどうゆうこと?」
ディリケは思わず、聞き返す。
「……『誰かを愛する』……ですか?」
アイネはウナずく。
「……『誰かを愛する』ということは……」
ディリケは顔を横に向ける。ちょうどそこには、彼女の愛の対象がいる。ミーケだ。
「……すべて、です」
アイネはその言葉を、生まれて初めて聞いた言葉のように繰り返す。
「……すべ……て?」
ディリケは、目の前の少女を見つめて言う。
「はい、すべてです。戦う理由であり、そして生きる理由でもあります。つまり、私の存在そのもの、と言って過言ではございません」
ミーケは、何も言わない。しかしあまり感情を表に出さない彼女でも、ディリケの言葉に感情を揺さぶられているのがわかる。
それに気づいてか気づかないでか、アイネが言う。
「よくわかんないけど…………ボクは英雄サイネヴィが大好きなんだ」
ディリケはアイネの話を聞いている。ミーケも、だ。
「あこがれて……彼女みたいになりたくて……どうしようもなくなって……」
アイネの瞳は、当時の不安が伝わってか、揺れ動く。
「……だからボクは神殿を出たんだ」
アイネはディリケを見て、続ける。子供がタズねるように、まっすぐに。
「つまり、そうゆうことでしょ? 『誰かを愛する』って?」
ディリケは少し難しい顔をして言う。
「……そうかもしれません。また、違うかもしれません。難しい話ですが、『愛』は人それぞれに違うものなのです」
アイネは難しい顔をして言う。
「……なんだか、よくわかんないなぁ……」
まだ難しい顔をしているアイネに、ディリケはホホえんで言う。
「大丈夫ですよ。その時が来れば、わかるものです。『これが愛なんだ』と」
アイネは驚いた顔をして、言う。
「その時って……ボクが? 誰かを愛するって?」
アイネの心の中に、シルエットが浮かぶ。しかしそれはとてもオボロゲで、それが男なのか女なのかもわからない。
「……ボクは……どうしたいんだろぅ……」
アイネのそのツブやきはあまりにも小さいので、誰にも届かない。
「なんでまた、オレなんだよ!」
カンパはイキドオっている。
場所は、遠征のために集まった兵士たちが駐留する“民の広場”を通りすぎて、間もなく宮殿の入り口に着こうかという辺りだ。
「オレは……まだナンもしてねーぞ!」
イキドオリは言葉となって、彼の口からドス黒く放たれている。
時はカンパたちが、市場での買い物が終わった後のことである。ハダリー隊に合流しようとカンパが行くと、ハダリー隊長から労いの言葉もなく、また新たな指示が与えられる。
「カンパ、宮廷から呼び出しだ。すぐに向かってくれ」
カンパはよっぽど腹が立ったので、バックれようかとも思った。しかしハダリー隊長は上の顔色を損ねることに厳しかったため、カンパはシカタなくバックれるのをアキラめることにした。
「そもそも宮廷が呼び出しって、誰がなんだよ!」
カンパは悪態を推進力にして、進んでいく。
宮殿は、主に3つのエリアで構成されている。1つは1番手前に広がる“民の広場”で、その奥にピラミッド状の巨大建築物である“神の塔”がそびえる。そして最も奥のエリアで、“神の塔”を半ば囲うようにあるのが王宮だ。
“民の広場”は一般的な国民も入って来て“神の塔”を詣でることができるが、王宮エリアは違う。厳重に警備され、立ち入りも制限されている。許された者――主にウガ王国の重職につく者やその家族、またはそれに招かれた者、あるいは王宮内を警備する近衛兵士しか立ち入ることができない。
カンパは“民の広場”にいるヒューマロイたちを1ベツだけして、“神の塔”に舌打ちして広場を通り抜け、王宮の入り口までたどり着く。王宮のエントランス両側には、近衛兵が立っている。
この時、カンパの心に懐かしい光景が差し込んで来る。
それは、王宮のエントランス
自身の視線は低く
優しい手につながれていて
近衛兵士たちが敬礼をしてきた……
時も視線の高さも戻したカンパが、近衛兵士たちに近づいて名前と用件を言う。近衛兵士は詰所で確認すると、カンパを通す。
エントランスを通ると、少し広い空間に出る。そこでは4~5人の人がいて、悠久の待合室であるかのように、誰かと誰かが談笑していたり、誰かがくるかと外をノゾいたり、あるいはなにもしないで悠久の時間誰かが来るのを待っている。
カンパが「ここからどこに行けばいいんだよ!」とアクタイをつくよりも早く、人々の中に異彩を放つ人物を認める。
その人物は、この悠久なる待合室で明らかに浮いている。その人物の身なりは鳥の羽で装飾された服を着ていて、そうであるならばそうすることがあたかも当然であるかのように頭部にも羽根飾りをつけている。
この王宮において、というよりもこの王国において、このような身なりの人物は1人しかいない。つまりは宮廷の道化師、コスキンだ。
彼はカンパに気がつくと、近づいて来る。それ以外の感覚などなくしてしまったかのように、カンパはイヤな予感しか感じれない。
コイツがオレを呼んだ?
カンパの目の前に立ったコスキンが判決を読み上げるように言う。
「遅いぞ、カンパ! いつまで待たせる!」
カンパは「メンドウな買い物を命じられて……」という言葉を何とか飲み込んで、自分は悪くないと思いつつも言う。
「……申し訳ありません……」
「ったく。……ついて来い」
コスキンはそう言うと、王宮の奥へと足早に進んでいく。カンパは「どこに?」とか「なんで?」とか聞くこともできず、やはり足早にその風変わりな身なりの背中を追いかける。
おいおい、どこまで行くんだ?
王宮内を奥へと進むコスキン。その後に続くカンパは、そんなことを思う。奥へ行く程、そこに住む者の位が高いということなのだから。
やがてコスキンとカンパは、建物を抜け出る。抜け出たといってもそこはまだ、王宮の敷地内。巨大な柱が屋根を支える回廊が続き、その両側には手入れされた植物が広がる。そしてそして、右側のその広がりの中に、巨大な構造物がそびえる。それは巨石が積み上げられた段々状の構造物で、それぞれの段に様々な植物が植えられ、それらをうるおしながら頂上から水が流れている。
“昼”の光が、水面や石、あるいは植物の葉に反射して輝き、光の世界に紛れ込んでしまったかのように感じることもできる。
……空中……ちがう、空と……水…………の庭園……
カンパはカスれてしまったオボロげな記憶を頼りに、その構造物の名前を思い出す。ホツれていた糸が、逆再生して戻っていくように。
そして差し込む、暖かな思い出……。
視線の低いカンパは、優しい手に引かれていた
向かうのは、『空と水の庭園』
その頂
小さいカンパが、上から都を見たいと言ったからだ
その道すがら、どんな会話の流れかは忘れてしまったが
小さなカンパが聞く
「ボクもお父様のようにエラくなれるかなぁ?」
やさしい手の持ち主が
ホホ笑みながら言った
「きっとなれますよ」
「じゃあ、お父様のように強くなれるかなぁ?」
「なれます」
それは子供に対する気休めだったかもしれないが
本当にそうなるのではないか
フシギとそう思わせる力があった




