124 遠征まで17
「……なんで……こうなる……」
カンパが市場の入り口でそう言ったのは、神聖騎士団を王都までエスコートした次の日のことである。
そして今、彼の後ろ人は3人の女性がついて来ている。1人はアイネであり、あとの2人はハンニニンガ領の令嬢アヤナとその世話役兼護衛のヒュギである。
なぜ、こうなったのか?
理由としては、前日にイヤナの遠征準備に不安を覚えた王様が手を回したとかあるが、直接的にはこの日の朝にさかのぼる。
カンパが朝の点呼にオモムくと、ハダリー隊の隊長ハダリーが彼の顔を見るなり、突然の訃報を知らせるようにこう言った。
「喜べ、カンパ。特別任務だ。ご令嬢たちと買い物だ」
そこでカンパが不平不満を言ったところで状況が変わることもなく、他のハダリー隊メンバーにモテハヤされながら送り出されたカンパは、令嬢たちと合流。市場までやって来たのである。
「……なんでオレが……」
いまだにあふれる不満をコボしているカンパに、
「カンパ、よろしくね。私は遠征に何が必要かわからないから色々教えてね」
と横からのぞきこむように言うのは、イヤナ。
そして、
「ボクも遠征はよくわからないから、ヨロシクね、カンパ」
と反対側のアイネ。
「……わかったよ……」
カンパは暗い表情でそう言って、人々の行き交う市場を進んでいく。
市場通りはいつもどおり、多くの人々が行き交っている。むしろ、いつも以上ににぎわっているともいえる。なぜなら通常はいないはずの人たちが、多く来ているからだ。
「ねぇ、カンパ」
キビの焼き菓子露天の前を通る時、アイネが呼びかける。
「なんだか……メッチャ混んでない?」
色トリドリの毛織物がつるされた店前を通りすぎながら、カンパはケダるそうにこたえる。
「あぁ……今回の遠征のために、徴兵されたヤツらだろ」
確かに市場通りには、農民のような者たちが多い。帯剣していなければ、ミスボラしい農民と何ら変わりはない。
アイネが油浸けナツメヤシのツボを並べた店前を通る時、カンパが続けて言う。
「そんでコイツらも遠征準備とか、あるいは出発までの気晴らしに酒でも飲みに来てるんだろ」
そういう彼らの少し前で数人の徴兵兵士らしい男たちが、粘土板に書き込んでいる代書屋の隣の建物に入って行く。その建物の前を通過する時にイヤナが中をのぞけば、いくつかのテーブルやイスについた男たちが同じツボに葦のストローをさして飲んでいる。それは恋人たちの、トロピカルフルーツジュースやカクテルではない。大麦で造られたビールだ。
アイネがカンパに聞く。
「そういえば、どこに行くの? 遠征の準備とかって?」
「まずは敷物かな。敷物があれば座れるし、寝れる。ないと地ベタに寝なきゃいけなくなるぜ。土は固いし湿ってるし、虫にもかまれやすい」
「うげっ、それはやだな」
「隊長からそれなりの店を案内するように言われているからよ、それなりの店まで行くぜ」
「それもいいけど、ボクはまたお豆を買って食べたいな……。あとココナッツミルクも飲みたい!」
「オマエはほんと、食うことばっかだなー」
アイネとカンパがいつものように話していると、後ろからイヤナが割り込む。
「君たちって……」
驚きつつも振り向くカンパとアイネに、イヤナは続ける。
「……愛し合ってるの?」
予想外の質問に、問われた2人はしばらく止まる。しかし質問の意味を理解した2人はそれぞれの口で、
「はっ! なんでオレがこんな女を……」
「ボクがカンパを? そんなワケないじゃん!」
それぞれ否定を口にする。
イヤナは
「へー。そうなんだ……」
と言いながらカンパの腕に抱きつき、
「それならカンパは、私がもらってもいいよね?」
と下から見上げるようにアイネ見つめて言う。
【アイネ】
なんでボクに、そんなことを聞く?
ボクとカンパは、同じハダリー隊の仲間で……それだけ……
確かにカンパは、ボクを何回か助けてくれた。
ボクがダメになりそうな時に……
勇気づけてくれた……
カンパは、ボクにとって……
……何なんだろう?
……ボクは誰かを……
……愛してる?
【カンパ】
女のニオイと柔らかさ……
……違う!
そうじゃない!
何なんだ、このアヤナとかいう女は?
オレが、あの女を愛してる?
フザケるな!
……オレは……
……オレには……
……誰かを愛したりする前に……
……やることがあるんだ!
【】
カンパは、イヤナが巻きついた腕を、振りほどきながら言う。
「放せよ!」
力ずくで腕を解放したカンパは、
「オレには、女とイチャイチャしてるヒマはねーんだよ!」
と言いながらスタスタと歩いていく。
イヤナは
「テゴワいなぁ。でもアキラめないから……」
と言いながらその後を追う。
アイネも「ボクは……」とツブやき、
……いったいどうしたいのだろう……
と思いながら、彼らを追う。
買い物を終えて自分の部屋に帰ってきたアイネは、クッションのベッドにダイブしながら、色々なものをはき出す。
「つーかーれーたー」
侍女のフェマが聞く。
「そんなに大変な買い物だったんですか?」
アイネはクッションに顔を埋めたまま言う。
「……買い物が……というか、なんか……色々疲れたんだよ……」
「それは大変でしたね。ちゃんと必要なモノは買えましたか? 明日からいよいよ遠征ですよ。……それはそうと、この後面会の予約が入っています」
アイネはベッドの上で、顔だけをフェマに向けて聞く。
「面会? だれ? 王様?」
「いいえ、神殿教国の神聖騎士団……ヴァヒリチェリの方々です」
「ん? なんで? ボクは用がないよ?」
「アイネ様に用がなくても、アチラにあるようですよ。神聖騎士団の方々が来るまで、まだ時間があります。それまで、お休みください」
アイネはまた、顔をクッションに押しつけて言う。
「メンドイなー」
結局、その面会の時間は、アイネが十分に休んだ、と思う前に訪れる。
面会に訪れたのは、女性のペアの2人だけだ。すなわち神聖騎士団ヴァヒリチェリ団長のディリケと、そのパートナーであるミーケ。男のペアであるビュトとヒュテは来ていない。
アイネはクッションに体を預けながら、彼女らと対面する。
神聖騎士団の2人は反対側に座り、ディリケが頭を下げて口を開く。
「アイネ様。この度は面会のお時間をいただき、ありがとうございます」
1人の奴隷に対しては、大げさともいえるかしこまり方だ。ただ神聖騎士団の2人は、この作法を当たり前のことのようにしている。
そんなことをわかってかわからずなのか、アイネが言う。
「それでなんなの? ボクは疲れているんだよねー」
アキれた態度のアイネにフェマは、「アイネ様!」とたしなめるが、ディリケはそれを手で制しながら言う。
「お疲れのところ、無理をしてお邪魔したのは我々。申し訳ございません」
「それはわかったよ。それで? 神殿教国の人たちがボクに何のよう? ボクは特に用がないんだけど」
フェマは再び「アイネ様!」と横柄な主人をたしなめるが、ディリケは構わず言う。
「今回、我々がこうしてご面会させていただいたのは、ある方からの伝言をことづかってきたからに他なりません」
「ある方?」
ディリケがこたえる。
「神殿教本部で、“先生”と呼ばれる方です」
「ぅぶぇっ」
アイネは、ヒューマロイの文明世界において、あまり聞きなれないウメキ声を出す。
「……“先生”かぁ。“先生”が何か言ってた?」
「はい。アイネ様に神殿教国にお戻りいただくように、と」
「んー、まだ帰りたくないなぁ。今の生活は楽しいし」
「聞けばアイネ様は……奴隷という扱いではございませんか。しかもウガ王国の兵士も兼ねているとか……」
「ボクはそれでいいんだよ」
アイネの気にしない態度に、ディリケの口調が強くなる。
「ですけれど、アイネ様!」
「ディリケ様!」
が、それをパートナーのミーケが制して、彼女の耳にささやく。
「ここは一旦、引き下がりましょう。我々の心象を悪くしたら、今後面会もしてもらえなくなってしまいます」
「……わかった……」
ディリケはアイネに向き直って言う。
「……アイネ様、失礼しました」
アイネは心の底から、何も感じていないように言う。
「いいよ。気にしてないから」
「……それでは、我々の用件は済みました。……アイネ様は、何かありますでしょうか? もしアイネ様がお困りのことがあって、我々にできることがあればお力になりたいのですが?」
「困っていること? ……そうだねー……」
頭上の収納棚を開けて何かを取り出すように、アイネは思い出しながら疑問を口にする。それは先ほど市場で、アヤナがたずねたこと。
「……『誰かを愛する』……ってどうゆうこと?」




