122 遠征まで15
そこは言うなれば、城壁近くのちょっとした広場。そこで植物を編み上げて作ったカゴの中に、レンガを入れている者がいる。
その者の肌は黒い色を基色としたマーブル模様のようなマダラで、筋肉質な裸の上半身には小さなウリのような突起が所々に出ている。
ギハスロイのメレプスだ。
周囲にはギハスロイやヒューマロイたちがいて、彼らもレンガを城壁まで運び、そこに積み上げて行く。
彼らは王都に来て以来、先日の遠征で駆り出された他は、こんなことばかりしている。
王都を囲う城壁は、ため息が出すぎて死んでしまいそうな程、恐ろしく長い。ゆえに、どこかを直している内に他の2~3ヵ所はガタがくる。永遠に誰かが修理していかなければならない。
そして今、修理をさせるのにうってつけの者たちがいる。すなわち奴隷たちだ。彼らは“昼”が顔を出してから再び“昼”が“夜”に隠れるまで、ひたすらに力のいる作業をさせられていた。
古くなったレンガを崩し、新しいレンガを積み上げ、城壁の中に土を埋めていく。
メレプスはレンガのつまったカゴを背中に担いで、修復中の城壁に立てかけられた手作りのハシゴを登っていく。
メレプスはハシゴを登りきると、とあるギハスロイの女へと近づいていく。彼女はそこで積んであるレンガの上に木切れで瀝青を塗りつけ、その上に新しいレンガを積んでいく。1つ積んでは塗り、また1つ積んでは塗っていく。
崩していない城壁の上では、弓を持った警備の兵士が見ている。
メレプスはその兵士に聞こえないように小声で話す。彼女の名前を呼びながら。
「マリピス……ダイジョウブか?」
ギハスロイの女、マリピスも小声で言う。
「……えぇ、ダイジョウブ……」
メレプスは彼女の後ろにレンガを積みながら、さらに話しかける。
「……聞いたか? 今度はコウザンに連れてイカれるらしい。ココよりもキツい場所だ……」
マリピスは、手を動かしながら聞いている。彼女が粘着質な瀝青を塗る音と、その上にレンガを置く音、そしてメレプスがレンガをカゴから取り出して重ねる音だけが、この世界に存在するみたいだ。
その危うい世界を破って、メレプスが言う。
「なぁ……このままでいいと思うか?」
マリピスが手を止めたので、レンガを積む音だけが残る。
「……だからって…………ドウしようもないじゃない……。ワタシたちのカミサマは死んでしまったのだから……」
メレプスが手を止めて言う。この世界に残されたのは、彼の声だけだ。
「ドウしようもナイ、わけじゃない! カミサマが、どうこうじゃない! ワレワレがどうすべきか、ナンだ!」
マリピスはこの時、初めてメレプスの顔を見る。その顔は、驚きに満ちている。が、メレプスの声は、少し大きかったようだ。
「お前たち! なにサボってるんだ!」
そう言ったのは、城壁の上から見ている兵士だ。彼は背中の矢筒に、手をかけている。その気になれば、5つ数えない内に矢を放つことができる。
メレプスが彼に向かって言う。
「サギョウの、話をしただけ。すぐにモドる」
メレプスは残りのレンガを置いて、また小声で言う。
「また、話そう」
そう言ってメレプスは、ハシゴを降りていく。マリピスは、またサギョウを続ける。瀝青を塗って、レンガを1つ置き、また瀝青を塗る。
“民の広場”には、多くの人たちがウゴメいている。先ほどのウゴメきより、一層多くのウゴメきだ。
また増えたな……
ブグロは広場に集まる兵士たちを見ながら、そう感じる。兵士とはいっても、皆が歴戦の兵士というわけではない。むしろ今まで剣など触ったことも、見たこともなさそうな者がほとんどだ。
その証拠に与えられた装備を、自分が英雄になるための神器かなにかを与えられたかのように、ウヤウヤしく扱っている。
彼らがここに着いてからやることは、ブグロがしたこととダイタイ同じ。武器集積場から剣や盾を受け取って、彼らに配られる。そしてサイドメニューとして、各種注意事項と、規律を違反することへのオドしももれなく配られる。
そしてそれらがすんだレクセイ隊がしたことといえば、必要なモノを市場に買い出ししに行き、そして今は自分たちの夕食を受け取って食べている。
「……そうかぁ、お前はあの村の出身か……」
支給された大麦ガユを口に運びながら、レクセイ隊の先輩隊員ランガがそう言ったのは、ブグロが自分の出身地を話した時だ。
「それは災難だったなぁ」
「……はい……」
こたえるブグロは暗い。レクセイ隊長はうつむきながら、話を聞いている。
「でも隊長たちがあの盗賊たちを討伐したんでしょ? 40人近くいたとかいうのに、すごいですね」
そう言うのは、リスゾという若い男。ブグロと同じく、農村から徴兵されてきた男だ。ランガがキゲン良く言う。
「まぁな! 俺たちレクセイ隊にかかればそんなもんだぁ。ですよね、隊長」
しかしレクセイ隊長は墓場みたいな顔をして、
「……あぁ……」
と浮かないヘンジをするだけだ。
その後、ランガが盗賊討伐の様子がどうだったかや、その後に現れた猛獣たちがいかに恐ろしかったかを語っている。畑をエグる感触しか知らないレクセイ隊の新人たちは、英雄の話を本人から直接聞くことに目を輝かせている。ブグロをのぞいては。
ブグロは、レクセイ隊長の浮かない様子が気になりながら、大麦ガユの豆を口に運ぶ。レクセイにとってそのカユは、浮かない顔みたいな味しかしない。
酒の入った杯が離された口から、タメ息と共にこぼれる。
「疲れたなぁ……」
酒を嚥下してそう言ったのは、ウガ王国国王バルガだ。
「王さま? 疲れてる?」
王の隣で、そうたずねるのはサンゴ色の髪の少女。
ここは『民の広場』でも、謁見の間でもない。アイネの部屋である。外はすでに暗くなりつつある。
バルガ王がこたえる。
「あぁ、遠征があるからな。考えること、決めること、準備しておくこと等が色々とあるんだ。例えば息子を一緒に連れていくべきかどうか、とかな」
「へー、遠征があるんだ……」
「? お前はどうなんだ? お前も兵士としていくんじゃないのか?」
「あれ? そっか、ボクもいくんだった」
バルガ王は、初めて子供を遠足に送り出す親のような顔で聞く。
「準備は大丈夫なのか?」
「んー、タブン」
「……少し心配だな……。誰かに手伝わせるかぁ……。と、なるとハンニニンガのあの娘も一緒に準備させるか……」
アイネは顔を下からのぞき込みながら、
「ねぇ、王さま? 今日も“女英雄”サイネヴィの話を聞かせてほしいなぁ」
とネダる。王はナッツを1ツマミ、酒を1口、口に入れてから言う。
「お前は本当にサイネヴィのことが好きなんだな。まあ、話すのはいいが昨日はどこまで話したか……」
「えっとね……王様が来る日も来る日もレンガを積んでいたらサイネヴィが来て、都を抜け出すことになったけど、暗くて恐ろしいシドン川をナカナカ渡れなくて、「この先に未来がある」ってサイネヴィが言って渡った……」
「おお! よく覚えているな。それだけ覚えてもらえると、話すカイがあるというモノだ」
王はまた1口、酒を飲み込んでから話し始める。
「……ブジにシドン川を渡ったはいいが、そこからも大変だった。邪神の使徒、眷属やギハスロイたちと会わないようにハンニニンガ領まで移動しなければならない。そして猛獣もでる。そんな大変な旅だった……だが、楽しかった……」
「楽しかったの?」
バルガ王はホホ笑んで言う。
「確かに大変な旅なのに、“楽しかった”と言うのはおかしなことだ。だがワレはその時そう感じていたんだよ。……今まで何かしなければならない、と思っていても何もできなかった。それがようやく動き出したのだから、な」
バルガ王はまた酒を1口あおり、そして言う。
「それではシドン川を渡ってから何が起こったか話してやろう……」
そう言う彼の目は、ここではない遠くを見つめている。前の日とか、前の週とかいうよりは、はるか遠くを。
ただ隣のアイネはといえば、今、まさに目の前で伝説を目撃するかのように瞳を輝かせて、王を見ている。




