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121 遠征まで14


 とある人物が、この『空と水の庭園』の中央階段を急ぎ足で登ってきたのはそんな時である。


 その人物はアゴのラインまで伸びるサラサラの銀髪を揺らしながら、階段のその先をコハクのように透き通るブラウンの瞳で見つめながら、登っていく。

 そして彼は息を切らせギミで登ってきたものの、最上部手前で減速。息を整え、髪を整える。しかし少し汗ばんだヒタイに、光るような髪の毛が2~3本張りついている。

 彼は最上部をうかがうように、顔、そして上半身、そして下半身を現していく。


 いた……


彼は目的の人が、石造りのベンチに座っているのを見つけ、その人に近いていく。


 新しい髪飾かみかざり?


その人のサンゴ色の髪には、紫色で大きめの、チョウのような髪飾りがついていて、風のためかわずかに揺れ動いている。

 彼が5歩の距離まで近いたところで、話しかける。


「何を見てるんだい?」


彼女が振りかえる。世界がそのゆっくりとした彼女の振り向きを待っているかのように。

 彼女は全身に日の光を受けていて、陽光が彼女そのものを輝かせているかのようだ。サンゴ色の髪が、反動でゆれる。紫色の、大きめのチョウの髪飾りが、そこに映える。

 そのアイネの小さくピンク色のクチビルが、言葉をツムぐ。


「……ナルガ王子……」


 ナルガ王子にとってそのツムがれた言葉は、最もツムがれて欲しいかった言葉の1つだ。しかし会話は、続けられなければならない。ナルガ王子が何か話を切りだそうとしたとき、視界の中で何かがハタめく。


 ? 髪飾りが……


彼が髪飾りと思っていたチョウが、アイネが振り向いた動きをキッカケに飛び去っていく。


「チョウ?」


アイネがナルガ王子に言う。


「よく会うね」


マブしさが彼の脳を焼いてしまったかのように、ナルガ王子は一瞬口ごもる。でもすぐに、1コトをシボり出す。


「……タマタマだよ……」


「そうなんだ。……ボクもだよ」


そう言って、アイネは笑う。宮廷に住む人たちでは見ない、ヨドみの全くないムジャキな笑いだ。

 ナルガ王子はホッとしたような気持ちになって、サラサラした銀髪をかきあげる。止まっていた世界が動き出すように、彼にはようやくいろいろと考える余裕が出てくる。


「……それで? こんなところで何を見ていたんだい? それとも考え事とか? ……あるいは、あの少年兵士とか?」


アイネは笑いながらこたえる。あの、ムジャキな笑顔で。


「ちがうよ。カンパのことなんて考えていない。……そうじゃなくて……」


そう言いながら、アイネは景色の広がる街の方を向く。


「……あれを見てたの……」


「……街か?」


「んーん。ここに住む人たち……」


「我が王都の民たちか」


「それもそうだけど、そのずっと先に住んでいる人たちも……」


「ウガ王国の民たち……」


「それだけじゃないの。そのずっとずっとずーーっと先まで。そのずーーっと先にはどんな国があって、どんな人たちが住んでいて、どんな暮らしをしているんだろうって……」


遅れてきた聴講生のように、ナルガ王子は彼女の隣に腰を下ろしながら話を聞いている。アイネは王子のニオイ――懐かしい花のような――を感じながら言う。


「そこでどんなことに苦しんでいるのか、どんなことを楽しんでいるのか、とか。どんなことに一生懸命で、どんなことをしようとしているのか、とか。そしてそこにも、ミトばあさんみたいな人がいて、悲しみを抱えていたり、とか…………」


王子はじっとアイネのことを見つめていて、そして言う。


「……とりとめもない話だ……。だが、とてもユニークな視点だ」


アイネは街を見ながら、聞いている。まるでまだ体の半分は世界を旅しているかのように。ナルガ王子は髪をかき上げながら言う。


「キミは本当に不思議な人だ。だってキミの身分は……。……ともかくキミの境遇きょうぐうにしては、とても広い視点を持っている。どこかで教育を受けたりしたのかい?」


質問されたアイネは王子のシンケンさとは対象的に、昨日の晩に何を食べたかを教えるくらいのつもりでこたえる。


「“先生”だよ」


「先生? なんて名前なんだい?」


「“先生”は“先生”だよ」


「? ……それはどんな先生なんだい?」


「どんなって……フツウの“先生”だよ」


ナルガ王子はアイネに顔を向けて聞く。


「普通? 普通って何の専門……つまり何を教えてくれていたんだい?」


「何をって……そんなの色々じゃん。“先生”はなんでも知っているんだから」


ナルガ王子は違和感を覚える。同じことを話しているはずが、いつのまにか違うもののことを話しているような違和感だ。


「何でも知っている? 私に教えてくれている学者たちは、それぞれ専門の分野があってそれを教えてくれているが……」


ナルガ王子は話しながら、顔だけではなくいつのまにか体もアイネに向けている。違和感が何なのか、わからないまま。

 王子は何が何だかわからないまま切り出す。


「たとえば……例えて言うとしたら……どんなことを習っていたんだい?」


 アイネは、“先生”の授業を思い出す。






【神殿教神殿におけるアイネの授業風景】

 そこは白い白い部屋。

 縦横20歩ぐらいの広さの部屋で、ボクはボクのためのイスに座って、やっぱりボクのための机にヒジをついている。

 ボクの席の前には、もう少し高めの机とイスがあって、これには“先生”が座っている。

 ボクのイスと机も、“先生”のイスと机も、この白い白い部屋にピッタリ作られたような感じだ。他にはほとんど何もない。後ろに出入りするための扉があるだけだ。この部屋にあるのは、だいたいそれだけ。



 そこで、“先生”が話していた。


「この赤い点のある場所が、神殿教国のある場所で……」


“先生”の後ろの壁には、本物みたいな絵の地図がある。


「……神殿教国は南にこのアワソン湾に面しています。

アワソン湾の入り口にあるのがエユィドナ共和国で、この国は貿易の中継地点になっていて他の国からの貿易品をこの国を通して我が国まで運んだり、また逆に我が国から世界の国々へと運ばれています。このエユィドナ共和国から海沿いに東に進んだところにある国は、ウガ王国といって……」


 いろんなトコに行ってみたいなぁ……


そう思いながら、ボクは“先生”の話を聞いていた。





 そこで、“先生”が話していた。彼の後ろの壁には、おいしそうな焼かれたパイの絵がある。


「これがプリュームパイです。大麦の粉の生地に、プリュームの実をスライスして乗せて焼いて作ります」


ボクは思わず言う。


「おいしそ~~」


「じゃあ、今度作ってみましょうか」


「やったぁ! 今日?」


「んー、材料を買ってきてもらわないといけませんので、明日にでもしましょうか」





 そこで、“先生”が話していた。


「こうして神とサイネヴィひきいる反乱軍は、そこにいた邪神の使徒たちを襲撃、これを撃破しました。そして同時に我らが神は、邪神の支配しない国となる『神殿教国の樹立』と、世界のヒューマロイを邪神の支配から解放する戦いの『ヒューマロイの解放戦線』を宣言せんげんしたのです」


ボクは、気になったコトを聞いた。


「サイネヴィはどうやって戦ったの?」


“先生”は、優しい笑顔でボクを見て言う。


「アイネさんは本当に英雄サイネヴィのことが好きですね……。……そんなことばかりだと授業が進まないのですが…………まぁある意味、アナタがそうなるのもムリもないと言えるのでしょうか…………。……いいでしょう。お話ししましょう」


そして“先生”は、その時のメンバーがどんな不安や期待を抱えながら戦ったのか話してくれた。まるでそこにいて、見て感じて来たみたいに。





 そこで、“先生”が話していた。

 ただし部屋は暗い。なぜなら宇宙についての授業だからだ。


「……よってこのサンダル座α(アルファ)星の光が届く時間はいくらになりますか?」


ボクはすぐにこたえる。


「19,087年254日と……3時間27分56.557秒」


「……」


“先生”は手元で計算している。


「……正解です……」


 よかったぁ


ボクはホッとした。






【】

「アイネ嬢?」


 ホッとしていたアイネは、自分が呼ばれたんだと気づく。


 そこは『空と水の庭園』。ほとんど天頂にある“昼”から、陽光が降り注ぐ。西の空には“夜”が、半ば辺りまで登っている。


 目の前にはナルガ王子がアイネの顔をのぞき込んでいて、顔が近い。彼の銀髪が、切れ長の瞳が、輝きゆれている。


 王子はアイネの顔をのぞき込みながら、ようやく彼女が考え事から解放されたのを見る。彼女のサンゴ色の前髪も、大きな瞳も美しく輝いている。


 ナルガ王子はさらに顔を近づける。が、それよりも先に、彼女のクチビルが動く。


「この世界の各国の地図、プリュームパイの作り方、英雄サイネヴィの話、星の光が届くまでの時間……」


王子は不思議そうな顔をあわてて遠ざけながら言う。


「なんと……?」


「“先生”に習っていたコトだよ」


「……あ、あぁ……」


アイネは突然、勢いよく立ち上がりながら言う。


「そうだ! ボク、そろそろ行かないと!」


「……あ、あぁ……」


アイネは『空と水の庭園』をくだる階段に向かって、急ぎ足で歩き出す。王子の視界から、サンゴ色の髪が遠ざかっていく。流れ星みたいに。

 王子はたまらず呼びかける。


「アイネ嬢!」


「?」


アイネは振り返る。そして、首をかしげる。王子は思わず呼び止めてしまったものの、言うことは決まっていない。

 なので言うつもりのなかったことを言ってしまう。


「……君の……君の、髪には…………きっと水色のスカーフが似合うよ」


そう言われて、アイネがまず最初に思い浮かべたのは、あの誰かが贈ってきた透明な水色のスカーフだ。


「それなら持って…………何でアレをもらったばかりのタイミングでナルガ王子がそれを?」


アイネは不思議そうに、王子を見る。ナルガ王子は打ち明けるか悩むコトがあったものの、見つかってはならない危険物のようにそれを胸の奥にしまい込んでから言う。


「……タマタマだよ」


王子が笑う。しかしそれはウワベた笑顔だ。


アイネも笑う。彼のウワベに気づかずに。



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