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120 遠征まで13


 カンパは今日も、いつもの場所に来ている。

 その場所は娼館しょうかんでもなければ酒場でもない。訓練所である。その目的はもちろん、女を買うタメでも酒を飲むタメでもない。オノレの目標のために、剣の腕をミガくためだ。


 カンパが今練習しているのは、無挙動むきょどうからの攻撃。イメージは、あの日の軍務卿の動き。そして昨日のコスキンの助言。


「……背中の筋肉を意識する……」


 アレンジを加えながらしばらくその動きをした後、カンパは手を止めて呼吸を整えながら思う。


 なんだか……ツカめてきた……気がする……


 ……だけどまだだ!


 オレの目標を成し遂げるには、まだまだ足りない!



 カンパはそんなことを思いつつも、今日あったことを思いだす。自分が苦労して大型ムカデ猛獣の硬い外殻がいかくに剣を突き刺したのにもかかわらず、自分の姉――神聖騎士団団長ディリケはその硬い外殻ごと武器の1振りで切り裂いてしまった。


 あれはワザによるものか、それともあの武器……神が創った武器という“神器”によるものか……


 ……あるいは両方か……



カンパは自然と、足を出す。姉ディリケの動きをやってみたくなったのだ。あのムカデ型の猛獣との戦いの時、カンパは彼女の動きを猛獣の背中から見ていた。


体勢を低くし、槍ではなく片手剣を両手で保持しながらイメージのムカデ猛獣の首の下に入っていく。


 オレにはやることがある……


“昼”間に見たその動きをなぞって走り出す。


 だから悪いけど……


そして空想のムカデ猛獣のアゴの下へ。


 一緒に戻ることはできない……


そこで跳躍ちょうやく。最も高みに達した時、両手で剣を振るう。


 ゴメンなディリケ……


着地するカンパ。しかし、“昼”間に見た動きにスピードも高さも足りていない。


 まだまだ、か……


剣を見つめながら、そんな風に自分の未熟みじゅくさを感じているカンパに、


「すごいね!」


と、離れた場所から話しかける声がある。カンパが声のした方を見ると、訓練所の入り口にとある女性たちの姿がある。

 1人はハンニニンガ家の子女イヤナで、その背後にひかえるもう1人はその世話役兼護衛のヒュギだ。

 そのイヤナが近づいて来る。


「生身でそこまで動けるなんて……」


肩に丸みのある白い上着に、腹部は黒い編み上げの布で引き締められていて、その下からは膝丈の黒いスカートがスソへ広がり、それが歩くタビにゆれる。


「……とってもすごいことだよ」


白い肩の丸みから下、あるいは黒いレース地のスカート下からは、雲のようにやわらかそうで色白の肌の腕やフトモモが肉感的にのぞいていて、それらは歩くタビに前後にゆれる。


「神器のよろいのサポートを受けている神聖騎士団の人たちと違ってね」


彼女はそのまま歩いて、ドンドンとカンパに近づいてくる。


「やっぱりキミは強いね。それにその年でそれほどの剣スジ……。そうとう練習を重ねたんでしょ」


イヤナは、カンパが止まるだろうと思う距離を越えて、さらに近づいてからやっと立ち止まる。それはすなわち、トイキのかかるほどの至近距離。


「ねえ、アタシにも剣を教えてよ」


イヤナはカンパより、背が低い。よってカンパの顔を見る彼女の顔は、自然と下から見上げる形になる。彼女の黒い瞳に、トマドうカンパの表情が映る。が、流れ星がすぐに消えるように、カンパは表情からトマドいの色を消して言う。


「剣はアンタの護衛に習えばいいだろ。……それより『神器の鎧』ってなんだ? 何をサポート?するんだ?」


言いながらカンパは、距離もとる。逆にイヤナは距離をつめる。


「ヒュギに教わるより、アナタに教わりたいの。『神器の鎧』は神殿教の神が作って、その騎士団とかに配っているみたいよ。なんでも運動能力がすごく向上するんだって」


カンパは、さらに距離をとりながら言う。


「それでディリケはあんな動きができたのか……。それよりなんで教えるのが、オレなんだよ! 他にも誰でもいるだろ。ゴドリー隊のヤツらとか。アイツらならヨロコんで教えてくれるだろ」


イヤナはさらに距離をつめながら言う。


「彼らはクールじゃないわ。アナタがいいの」


カンパは思わず盾と訓練用の木剣を体の前に出す。はたから見れば、少年が少女に盾と剣をつき出している形だ。

 しかしイヤナは、それらを手でツカむ。そして相手をまっすぐに見つめる。

 なのでカンパは距離をとることもできない。1度目をツブって言う。しつこいあきないを断るような、ヤケクソのような感じで。


「……しらねぇ……。知らねえよ!」


カンパは力強く相手の手を振りほどき、人生がそう過ぎ去っていくのと同じように、スタスタと歩いて去って行ってしまう。

 入り口辺りにいるヒュギは、両手を上げて何もできないことを表している。


 その光景を見ながら、黒い髪の少女は言う。


「……アキらめないから……」






 サンゴ色の髪の少女は、とある場所に来ている。

 そこは風がよく通る、水音のたえない場所。つまり『空と水の庭園』だ。

 そこは巨大な石がピラミッド状に積み重ねられていて、上からたえることなく水が流れる。構造物の各所に植えられたナツメヤシなどの植物が、王都の上空を通ってタドり着くすずしい風に揺れている。

 アイネがここに来たのは、また王の来訪を憂慮ゆうりょしてのことではない。彼女はそれをもう克服こくふくしていた。テーブル上の皿に盛られたナッツに手を伸ばすくらいの感じで、フラッと寄ったにすぎない。


 アイネは『空と水の庭園』最上部の石造りのベンチに座り、眼下に広がる王都の町並みをながめながら想いをせてゆく。


 乾燥レンガ造りの家々が永遠と連なる。それぞれの家では誰かが家族と暮らし、それぞれの人生を生きている。

 さらに遠くの方へ目をやれば、畑や葦の原が広がり、そのさらに遠方には、山々がかすんでそびえている。


そしてアイネは、そんな景色の向こう側にまで想いを飛ばしてゆく。


 あの向こう側にも、ヒューマロイは住んでいるのだろうか……


 そうだとしたら、どんな人たちが住んでいて、どんな国があるのだろうか……


植物の植えられている1角で、咲いていたアーモンドの木の花が揺れ、チョウが飛び立つ。チョウはヒラヒラと空を舞い、しばらく水面をさ迷ってから流れに沿って『空と水の庭園』の上へと登っていく。そして頂上部を飛んでいき、ある場所に止まって羽を休める。

 そこは遠くをながめる、アイネの頭の上。チョウの宿り木となった少女の中身は、まだ遠くに行ったまま。


 とある人物が、この『空と水の庭園』の中央階段を急ぎ足で登ってきたのはそんな時である。




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