119 遠征まで12
一部のヒューマロイの間ではビミョウな空気はあったものの、その後は何事もなく、神聖騎士団を送迎する諸氏は王都にたどり着く。
ただ王都に続く橋を渡る時、ディリケが
「……またここに戻って来てしまったか……」
とツブやくのをアイネの耳はとらえるが、アイネは特に何の感情を抱くこともなく、それは記憶の山の、スソの方の端っこに捨て置かれる。
神聖騎士団は王都の市街地を通り、宮殿のイシュマル門までそのまま案内される。イシュマル門からは2人の文官が案内を引き継ぐ。ヴェイザも、もうお目通りはすんでいるから、とガナリをともなって帰ってゆく。
兵士たちとは違って、モノゴシの柔らかい文官たちに案内され、ディリケたち神聖騎士団ヴァヒリチェリは巨大建築物である神塔を右手に見上げながら“民の広場”を通り抜け、王宮内に入り、謁見の間にまで連れられる。
入り口をディリケたちがくぐり抜けると、謁見の間の長く広い空間に出る。
石を加工し積み上げた太くそびえる円柱が、中央の通路両側にいくつも連なり、天井の重厚な石の板を支えている。この空間を区切る壁も加工された巨石でできており、等間隔に開けられた縦長の穴から、斜めに光が降り注ぐ。
長い通路の先にはウガ王国の重臣たちが並び、中央に位置する高台に分厚く作られたフジのイスに男が座る。その男は、他の誰でもない。ウガ王国の国王バルガだ。
ディリケは早足になることなく重臣たちの前を進んでいく。彼らから向けられる視線は、異国からの来客を暖かく迎えるためのものだけではない。神聖騎士団という特殊な組織を好奇の目で見る者や、同性愛者に対する偏見的な視線も多い。
ディリケは王の前まで来ると、片膝を立てながらもう片方の膝を床に着ける。そして頭を下げたまま言う。
「神殿教国、神聖騎士団ヴァヒリチェリ団長のディリケです。要請により、只今馳せ参じました」
バルガ王が口を開く。
「面を上げよ。……まずは我が国の要請にこたえてくれたこと、感謝したい」
ウガ王国国王の謝意に、神聖騎士団団長ディリケはシルクのようにウヤウヤしくこたえる。
「邪神の残党討伐は、我ら神聖騎士団ヴァヒリチェリが使命。邪神の手先が現れたならば、我らはいついかなる場所にも馳せ参じましょう」
王が言う。
「それは頼もしい限りだ。……それはそれとして、せっかく来てもらった貴殿らのために宴の1つでも催したいと思ったのだが……遠征の準備で何かと忙しくてな……」
ディリケが言う。
「我らは任務上、遠征や戦いに常に身を置くべき存在。寝る場所と食事だけでも得られれば僥倖でございます。よってお気持ちだけ、頂戴させて頂きます。我らのことはどうぞ、お構いなく……」
「そう言ってもらえると助かる。部屋と食事については、それなりのものを約束しよう。旅の疲れもあるだろう。出発は2日後。それまでゆっくりと休まれよ」
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせて頂きます。……それでは失礼させて頂きます」
そしてディリケたちは立ち上がり、ウガ王国国王の御前を辞していく。
神聖騎士団の案内を終えたアイネは、ウガ王国王都の宮殿内に割り当てられた自室に戻る。
「疲れたー」
そう言いながらこの部屋の主は、クッションの群れに倒れ込む。そんなアイネに、
「お疲れさまでした」
と心からネギらいの声をかけるのは、侍女のフェマだ。ただし続く言葉は、疲れている者にはツラい宣告だ。
「……ただ今晩もまた、国王陛下がいらっしゃいますよ」
「へっ、今日も来んの……王さま。疲れてんだけどなぁ……」
アイネはクッションに顔を押しつけたまま、スキマからフヘイをもらす。
「そうイヤがらないでください。とても光栄なことなんですよ。……今日も後宮の何人かの侍女たちに色々と聞かれたくらいですから」
アイネはクッションに顔をウズめたまま、「へー」と心から感心のなさそうな声だけをもらす。
「中にはこう言った人もいましたよ。『あの国王陛下のご寵愛が3日続くでしょうかね?』、と」
アイネはガバッ、と顔を上げて言う。
「そうだ! 王さまが来るってことは、また英雄サイネヴィの話を聞けるじゃん!」
「……驚いたのは、そっちですか……。……それに国王陛下が来られるのは、そういったことが目的ではないのですが……。まぁ、いいでしょう。それより身を清めたりお食事をとったり着替えたり、色々お迎えする準備をしないとですね……。あっ、そうそう。そういえば、またプレゼントが届いてますよ」
色々とやると聞いて、アイネは再びクッションの上に顔をウズめ「うぅー」とウナっている。
フェマがドロワーの上にタタまれた何かを持ち上げながら言う。
「見てください。ステキなヴェールですよ」
アイネはクッションに頭を着けたまま、顔をそちらに向ける。アイネの視線の先では、フェマが透き通った青色の布地を広げている。この前のプレゼントは淡い青とは対象的に濃い青色だ。淡い青い服と一緒に合わせると、それだけでアクセントになるような青色だ。しかもそのどちらも、着る者の髪色を殺さない、むしろ映えさせる淡いのと濃い青色だ。
アイネが言う。
「またプレゼント? いったい誰がくれんの? あっ、わかった!」
フェマは驚いた顔をする。「わかっちゃいましたか」と期待するような、それでいて「口止めされていたのに……」とクヤむような顔である。その顔にアイネが言う。
「王さまでしょ!」
それを聞いたフェマは思わず音に成りそうなタメ息を、全身の努力で無音のタメ息にとどめる。そして言う。
「さあて、どなたでしょうか。……ただ、国王陛下ではない気がしますが」
そう言ってフェマはホホ笑む。イジ悪だけれども、優しいホホ笑みだ。アイネはそれを見て、クッションの上で不思議そうな顔をすることしかできないでいる。
アイネのいる王宮を出た所にある“民の広場”では、無数の人々がウゴメいている。そしてそのウゴメきの中に、盗賊の被害にあった村出身のブグロがいる。
彼がここにいるのは観光とか買い物とか、そういった気楽なモノのためではない。村で徴兵され、ここまで連れてこられたのだ。今、ここ“民の広場”にいる人々は、各領から邪神の残党討伐のために集めれた者たち――元々兵士だった者や新たに徴兵された者――だ。
ブグロは今まで、王都に来たことがなかった。なので今回の訪れが、生まれて初めてのことだ。
なので葦の家しか見たことのない彼の瞳には、あらゆるモノが素晴らしく立派に映った。
シドン川を渡った王都入り口の南西門は、何か巨大な猛獣の開けた口のようだったし、市場通りのニギわいは数村合同の祭りだった。そして平民の家は貴族の家のように見えたし、サビれた村に来るような行商人とは違って町角のヨロズ屋などはナベを始めとして船、砦、墓場などなど何でも取りそろえているかのように思えた。
そんなオゴソかでかつキラビヤかな街並みを、ブグロはボイニニンガ領から派兵された集団の1人として進み、また青く光る門を抜けて無数の人々がウゴメくこの広場まで来たのだ。
広場にいる人々は、王国中から集められた兵士たちだ。ブグロのように徴兵された者も多数いるようで、そういった者の見た目はほとんど農民と変わらない。彼らは周囲を感心したようにながめ回したり、捕まえられたネズミのように所在なさげにタタズんでいる。
しばらくすると、離れていた彼らの6人隊隊長が戻って来る。彼の後ろには剣と盾を数個ずつ抱えた兵士がついて歩く。
隊長の名はレクセイといい、現役のボイニニンガ領兵士であり、やはり6人隊隊長である。後ろの兵士も現役のボイニニンガ領兵士で、名をランガという。徴兵されて連れてこられたブグロにとっては、2人ともコワモテの大先輩だ。
王都までの道すがら聞いた話では、40人規模の盗賊団を捕縛し壊滅させたとか、巨大なヘビやネコ型の猛獣を討伐したとか。ブグロも少し前に、そんなウワサを耳にしていた。多少は誇張されたと思っていた話を、本人たちから直接聞いたのである。彼らに対する畏敬の念も増すというものだ。
ましてやブグロの村を襲撃した盗賊を捕縛した人たちである。ブグロには彼らが、神話に登場する英雄のように輝いて見えたとしてもムリはない。
そのレクセイ隊長が言う。
「2日後に王都を立って、ハンニニンガ領に向かう。それまではこの広場に駐屯する。なので出発までの間、訓練するとき以外は市場で必要なモノを買うなり、酒を飲みに行くなりしてかまわない……」
並んで話を聞く兵士たちを前に、レクセイ隊長は右に左にゆっくりと行き来しながらタンタンと話した後、徴兵された兵士たちを向き、ミケンにシワを寄せて低い声で言う。
「……ただし逃げるなよ。こうゆう時は、門で身分を厳しく調べられるし、そこを運良く抜けたとしても追跡される。そして捕まれば、脱走兵は悪くて奴隷落ち。さらに戦場で敵を前に逃げたなら極刑だ」
レクセイはそこまで話すとモトの調子に戻る。
「ここにお前たち新入りの剣と盾がある。お前たちの命を守る、大切な道具だ。受け取ったならば、恋人のように大切に扱え。支度金もある。お前たちのものだが、酒にバクチに女、そういったモノで使いすぎるな。現金をとっておけば、何かの時に何かと役立つ。他の者たちに、特に仲間たちに盗まれないようにも注意しろ。これは真面目な話だ。最後に、訓練は明日から始める。今日はゆっくり休め。以上だ」
レクセイ隊長の話が終わると、「ほら、取りに来い」とランガが言う。
ブグロはランザツに渡されるモノを受け取りながら、思う。
すごいところに来てしまった……
でも……
ここでなら、俺も強くなれるのか……
盗賊が襲って来たなら、戦えるくらいに……
剣を受けとるブグロの手は、力強くそれをツカむ。




