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118 遠征まで11


 ディリケは氷のように悲しげな声でツブやく。


「……カンパ……」


カンパは目を背けたまま言う。


「……オレはもう、ムカシのオレじゃない。もう、関わらないでくれ……」


2人のやり取りに気づいたミーケが、思わずツブやく。


「……カンパ様……」


そんなミーケの声も、雪の冷たさのように悲しげである。それは2人の関係を知るがユエの、冷たさだ。


 棍を持ったビュトが近づいて言う。


「団長、気を抜くな。アイツはまだ生きてるぞ」


そう言う彼の前にも盾と戦鎚せんついを持った神聖騎士団員――ヒュテが立つ。


 猛獣プレウラはゴドリー隊が退避たいひしている手前に飛ばされていて、体を1部ツブされているにもかかわらず頭部をもたげて神聖騎士団たちの方をうかがっている。頭部の下ではエモノを得ることができなかった口を、ガリガリと鳴らしている。


「アイツはプレウラといってな……」


そう語りだすのはハダリー隊の老兵ベーヤだ。


「そうとうタフなヤツだ。頭をツブすか切り離すかしないとナカナカ死なない」


そう言うベーヤの他にも、ハダリー隊のメンバーが猛獣を囲うように並ぶ。

 猛獣をはさんだ反対側でも、ゴドリー隊が体勢を立て直して同じく包囲するように並ぶ。


 状況を見てディリケが言う。


「ミーケとヒュテでプレウラをケンセイしろ! 私とビュトでプレウラの頭をたたく! ウガ王国軍兵士は……」


 ディリケがそこまで言ったとき、彼女の前を誰かが駆け抜けていく。

 こういう時はダイタイそうであるように、今回のそれも黒髪の少年兵士――カンパだ。彼は片手剣と盾を手にして、プレウラの方へとまっすぐに向かっていく。が、プレウラがこの向かってくる小さき生き物をそのままにしておくわけもなく、たわんだ板がハジけるごとく、キバをむき出してもたげた頭を突き出す。

 カンパは急に方向転換、そのカミつきをかわしながらプレウラの頭に剣をタタキつける。しかしカンパの斬撃ざんげきはプレウラの硬い外殻がいかくにハジかれてしまう。


 それを見ていたハダリー隊長がサケぶ。


「ハダリー隊行くぞ! カンパに遅れをとるな!」


するとハダリー隊メンバーがそれぞれの武器を手に、プレウラへと走り出す。そういうことになると、この男がだまっていない。ゴドリー隊の隊長、ゴドリーだ。


「お前たちも行け! アイツらにだけには遅れをとるな!!」




 ウガ王国兵士たちの勝手な行動にあきれて、止まってしまったディリケにビュテが言う。


「あれが兵士ってもんさ。団長、俺たちも行かねえのかよ」


ディリケは、1人の少年の姿を追っている。

 彼は猛獣の背中に飛びつくと、その頭の方へと駆け上がっていく。ディリケは「そうだな」とツブやいてから少し笑い、指示を出す。


「それぞれの役割は先ほど言った通りだ。神聖騎士団ヴァヒリチェリ! 我らも行くぞ!」



 神聖騎士団ヴァヒリチェリのメンバーは優秀な武器と鎧を持っている。しかしその戦い方は着実だ。

 それぞれのパートナーの内、盾を持つ者が前に出て、後ろにいるアタッカーが攻撃のスキをうかがう。


 一方のゴドリー隊とハダリー隊は猛獣を囲いはしているものの、暴れる巨大生物に不用意に近づくことができず、よってあまり有効な攻撃を加えられていない。ただ1人の例外が、そのプレウラの背中を駆け登っていくカンパだ。

 カンパはプレウラの外殻につかまりながら頭の辺りまで登ると、外殻と外殻の間――節と節に剣を突き立てる。


 すると、痛みにのけ反るプレウラ。カンパは突き刺した剣と外殻につかまり、落下を防ぐ。それでも痛みがおさまらないプレウラは、今度は頭を下げて前向きに丸まる。カンパは必死につかまる。


 その様子を見ていた神聖騎士団のディリケは、


「出る!」


と鋭く叫ぶと盾を構えているミーケをかわして猛獣の頭の下に潜り込んで跳躍ちょうやく、飛びかかりながら槍をぐ。槍とはいっても先についているのは、剣程に長いやいば。それが白熱するように光輝き、プレウラの外殻を切りいてゆく。硬いはずの外殻が、植物の葉が繊維に沿って裂けるように、易々と裂けてゆく。

 刃の先はプレウラの背中までに達し、カンパが剣を突き刺した場所と、足を置く場所を切り分けていく。


「あぶなっ!」


カンパはそう言いながら、体をそらす。

 そして左端から右端までディリケが槍を振ると、巨大な猛獣プレウラの頭が体液をまき散らしながら落ちていく。頭部付近に突き刺したカンパの剣ごと落ちていく。

 プレウラの体も力を失い、見た目ゆっくりと、それでも案外早く地面に引かれていく。カンパを乗せながら。着地と共に頭を失ったプレウラの体に叩きつけられたカンパは、体が衝撃から回復すると起き上がりディリケに近づいて言う。


「危ないだろ! もう少しで一緒に切られるところだったぞ!」


カンパの勢いにかかわらず、ディリケは思いつめたような表情で静かに言う。


「……カンパ……。一緒に帰ろう……。神殿教国に……」


カンパは先ほどの勢いをなくし、顔を背けて言う。


「……それはできない。オレはもう……いないモノと思ってくれ……」


カンパはそう言って、プレウラの切り離された頭から、突き刺さった剣を引き抜く。ディリケは「……なんで……」と言うが、カンパはこたえない。ディリケの後ろからミーケが近寄ってきて言う。


「……カンパ様。ディリケ様はずっと、弟である貴方あなた様のことを心配していたんです。ずっとディリケ様の側にいた私だから、わかるんです。家にいるときも、遠征に行っているときも、食事をするときも、ことあるごとに遠くを見て悲しい顔をされていたり、誰かを探していたり……。一緒にいて、見ていて、非常に居たたまれないのです。ですから、どうかお願いいたします。この任務が終わりましたら、一緒に帰っていただけませんか?」


ミーケの哀願あいがんに対しても、カンパは冷たく言う。


「ミーケ、ムリなんだ。オレにはここで、やることがあるんだ……」


「……カンパ様……」


カンパは2人の視線を、とても重苦しく感じる。その時、場違いな声がヒビいてくる。


「ちょっとカンパ! またムチャなことをしてたでしょ!」


カンパはその声をわずらわしく感じながらも、同時にほっとしたようにも感じる。声をかけてきたのは、アイネだ。

 カンパはそう感じながらも、ついいつもの口調で言う。


「うるせーな。ムチャなんてしてねーよ」


「してたでしょ。カンパがデカいムカデに登っていくの、見てたよ」


「そんなのムチャじゃ……」


カンパがサラに反論しようとしたとで、サラに別な声がかけられる。


「……あなた、カンパっていうの?」


カンパが振り向けば、そこにはボブの黒髪の少女――ハンニニンガ家のイヤナ――が立っている。肉づきが良い白い肌が魅惑みわく的で、その白さで引き立たった黒髪をかき上げながら、パッチリとした瞳で相手を見上げている。その彼女が続けて言う。


「さっきはありがとう」


「……あぁ」


「キミって強いんだね」


そう言いながらイヤナは、カンパのことをマジマジと見上げる。テレクサさを感じたカンパは視線をそらし、ホホを指で書きながら言う。


「……それほどじゃねーよ……」


そのやり取りを見ていたアイネは、なぜだか心のザワつくのを感じる。そのザワつきが、言わなくていいことを口にさせる。


「アナタは……誰?」


黒髪の少女の、大きくパッチリした瞳がアイネをうつす。


「私はハンニニンガ家のイヤナ。よろしくね……えっと」


「……ボクはアイネ。……よろしゅう……」


ギコチないアイネにイヤナはホホ笑みかける。アイネはその笑顔を見て、“カワイイ人だぁ”と感じながら、やはりギコチない笑顔を返す。






 なんだかんだありながらも、王都への帰り道。アイネはふと、後ろを振り返る。その視線の先は、遠くの葦の原。


「なんだ? また何か猛獣か?」


そう聞くのは、黒い髪の少年。


「……“探求熊さん”の気配がした気がするんだけど……」


「はあ? なんで“熊じじい”がこんなとこに?」


「……やっぱり気のせいか……」


彼らの視線の先には、草々が揺れているだけだ。



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