117 遠征まで10
ゴドリー隊の中で、マルゴが振り返って言う。
「なんだ? ハダリー隊のヤツらサワがしいぞ!」
ゴドリー隊長が言う。
「アイツらまた問題を起こす気か? アイツらがサワぐとだいたい何か起こるからな!」
ゴドリー隊のメンバーたちの間で、アザけるような笑いがおこる。
ゴドリー隊と共に歩いていたイヤナは笑っていない。何となくその笑い方を好きになれなかったからで、クスリともこない喜劇を見ているような顔をしている。
男たちの笑いが収まるころ、ゴドリー隊の槍を持つ老兵スゴフが言う。
「……隊長、気をつけろ。アイツらの中にすごく目か耳のいいヤツがいるっぽいぞ……。この前の遠征の時がそうだった。……だから本当に何かいるのかもしれん……」
「……あ、ああ。わかってる」
ゴドリー隊長がそう言った時、ゴドリー隊脇に茂る葦から
バキバキバキバキッ!
と草を折り曲げる音がして巨体が現れる。
神聖騎士団のディリケは、混乱している。
なぜなら後ろの6人隊は戦闘の準備を始める一方で、前をゆく6人隊はそれをアザ笑っているからだ。
しかし事態は、すぐに明白になる。
隊列は葦の茂る草原を切り開いた道を進んでいたが、その右側――ゴドリー隊の横腹辺りの草ムラから猛獣が音をたてながら、その姿を現したからだ。
それは大型の節足動物――いわゆるムカデだ。
状況を理解すると、ディリケはすぐに行動に移る。
「全員! Arm(アーム(武装化))!」
神聖騎士団の他のメンバーも「Arm!」と叫ぶ。
すると必要最低限の面積しかなかった鎧から黒いミミズが侵食していくように広がり、それぞれの体を包んでいく。そしてそれが成形されると、白を基調とした全身をおおう鎧に身を包む4人となる。
先頭のディリケが鎧と同系色の筒を肩の高さで水平に持ち上げると、
Clang!(ガキンッ!)
と音を立てて筒が伸び、外側に長く、内側の先には剣のような刃物が現れる。全体として槍の先に剣の刃がついた形状だ。
彼らが鎧に包まれる光景を目にしたマレとブーバーが思わずツブやく。
「……あれが……」
「……神から与えられたという鎧、なのか……」
草原から現れた巨体は背中に硬い外殻を持ち、長い体を構成するいくつもの節には太い脚が左右に生えている。頭の外殻の下にある口らしき穴からは、キバがところ狭しと生えていて、それぞれが独立しているかのように動きうねっている。
上体を起こした大型ムカデの猛獣は、口内にあふれた液体を撒き散らしている。
進む巨体の先にいるのは、ゴドリー隊だ。ゴドリー隊長が警告する。
「プレウラだ! 来るぞっ! 距離をとれっ!」
ゴドリー隊のメンバーはそれぞれ散るが、1人がその巨体の影に残ってしまう。一時的にゴドリー隊に編入されている、ハンニニンガ家のイヤナだ。彼女は突然の出来事に、まだ対応できていない。
それを見て、鎧で顔まで覆われているディリケが言う。
「いくぞっ……」
しかしそれを言い終わるより早く、彼らの間を駆け抜けてゆく者がいる。その者は黒い髪をなびかせながら走り抜ける。その黒髪は、カギ爪が引っかいていくように、ディリケの目を奪っていく。その黒髪は、ディリケが先ほど気になった人物。
「……カン……パ……?」
黒い髪の少年が向かう先は、今まさにフシの連なった巨大生物プレウラが迫って来ている場所。
その場所にいるのは黒い髪の少女――イヤナ。
巨大な猛獣は、フシの両側にある無数の脚を動かして近づいてくる。
イヤナは思わず止まってしまった自分を呪いながら、何とか動き出す。が、逃げる方向が悪い。猛獣プレウラの進行方向に逃げたので、それはたくさんの脚を動かして逃さない。結果、近づいてくるプレウラから逃げきれない。
世話役のヒュギが叫ぶ。
「イヤナ様!」
猛獣が、頭を後ろに引く。飛びかかる前の、予備動作だ。襲われる、とイヤナが思う時、黒い髪の少年が彼女にタックルしてくる。否、ほとんどブツかるように抱え上げてくる。
「えっ?」
イヤナは急激な浮遊感に包まれながら、その視界は必死な黒髪の少年の表情でいっぱいになる。彼の荒い息が、ホホにかかる。
カンパは全身でフクヨカな少女の重さを感じながら思う。
逃げきれるか!?
プレウラの巨大な影とうごめくキバが、頭上に迫る。カンパは後ろを振り向きながら抱えたイヤナごと、前方の草ムラに頭から飛び込む。
ダメかっ!
「カンパッ!」
心配して叫んだのは、アイネだ。
倒れたカンパが剣を引き抜きながら急いで振り返れば、そこには全身を鎧で包んだ人物が手に持った長い武器を猛獣の口の下に突き立てて抑えている姿。それは神聖騎士団の1人――神聖騎士団団長ディリケその人である。
マルゴが「……マジかよ……」と言ったり周囲の者たちが神聖騎士団の鎧の力に驚く中、ディリケがわずかに顔を横に向ける。そしてツブやく。
「……カンパ……なの……?」
ディリケはアイネがカンパの名前を叫んだのを、聞いていたのだ。カンパは、停止するような時間の中で思考する。
ウカツだった……
隠れていたはずが……
猛獣が出てきた勢いで、走り出してしまった……
しかしこの場で会話する余裕はないようだ。
プレウラはまだ生きていて、ディリケの槍に刺されたまま、押しつぶそうとしている。実際、ディリケは後ろへ、そして下へと押され始めている。
「ディリケさまっ!」
ディリケの隣に入って来たのは、神聖騎士団のミーケだ。彼女は鎧の左前腕部から盾を展開、ディリケの隣に入って来ながらプレウラを支える。丸くない、湾曲もしていない、まっ平らな透明な盾だ。そこでようやく、支える神聖騎士団と押しつぶそうとするプレウラの力が拮抗する。
だが、神殿騎士団は2人だけではない。
「ディリケ団長! コイツの体に衝撃棍をたたきつけるぞ!」
3人目の神聖騎士団員ビュトが、自身の背丈よりも長い鉄柱のようなモノを振り上げなごらサケぶ。
「ヤれっ!」
ディリケがこたえる。甲高く明瞭な声だ。
ビュトはプレウラの体に近づくと、プレウラの体が地を離れ、隆起している辺りに横から棍をブチ当てる。
当たる瞬間、
Dumn!(ドンッ!)
衝撃音と共にビュトの棍は、プレウラの硬い外殻を押しつぶしながら重く長いその体をはじき飛ばす。
ディリケとミーケは支えていたプレウラの体を投げるようにして、その下から逃れる。
「ディリケ様、ご無事で?」
ミーケが盾を構え、プレウラとディリケの間に入りながら聞く。
「あぁ、大丈夫だ……」
ディリケはそうこたえながら、後ろを向く。そこではカンパが立ち上がっていて、イヤナが立ち上がるのに手をかしている。ディリケの視線に気づいたカンパではあったが、何も言わずに顔を背ける。
ディリケは氷のように悲しげな声でツブやく。
「……カンパ……」




