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115 遠征まで08


 あしの茂る平原が、果てしなく広がっている。

 子供が引いた線のように、その平原を1本の道がグネグネと突っ切る。幅は大人2~3人が並んで歩けるくらい。

 その道を複数のヒューマロイたちが、歩いてゆく。その中には黒髪の少年もいるし、サンゴ色の髪の少女もいる。

 その集団とは、つまりハダリー隊だ。それにゴドリー隊もいる。そしてその他のヒューマロイも、2人程いる。


 1人は、輝くように白い衣装をまとうのは、神殿教ウガ王国支部の神官ヴェイザだ。そして彼女に付きそうように歩いているのは、入信したばかりのガナリだ。捕まった他の盗賊たちはその課せられた罪によって処刑されるか、奴隷に落とされた。ヴェイザの誓願により、ガナリだけが神殿教預かりとなったのだ。


 そしてゴドリー隊に、一時的に同行している者たちがいる。ハンニニンガ領をおさめるハンニニンガ家のイヤナだ。

 イヤナは領主の家系で、そして少し肉づきのいい少女だが、黒い髪をゆらしながら兵士たちについて行く。そして彼女につきそうのがヒュギという世話役兼護衛の女性だ。


 出発に先立ち、神殿教側からは説明と協力の感謝が、ハンニニンガ家側からは軽い紹介があったので、どこの誰かわからない者と一緒に行動する、というビミョウな空気になるのは避けられた。



 こうして彼らがあしの茂る平野をゆくのは、猛獣を討伐するためでも盗賊を捕まえるためでもない。ハンニニンガ領に現れた邪神の残党討伐に助力してくれることになった、神殿教神聖騎士団を向かえるためだ。



 ゴドリー隊で、ハンニニンガ領の子女イヤナに話しかけている者がいる。昨日訓練所で、カンパに戦いを挑んできたマルゴ、その人だ。


「……それではイヤナ様は勉強しに王都まで来られて滞在しているんですか?」


そう聞くマルゴの表情は、昨日カンパに戦いを挑んでニラミつけていた人物と同一とはとても思えない程明るい。


「そう。灌漑かんがいとか農業とか、それに法律、軍事、経済とか……。色々あってたいへん」


バカでかいバッタが足の裏についているかのように、足取りの軽いマルゴが言う。


「そりゃあ、すげぇっすね! 俺にはゼンゼンわかりそうにないや」


すると、ゴドリーが彼に言う。


「オマエとイヤナ様を一緒にすんな。頭のできが違うんだよ」


「それはキビしいっすよ、隊長」


ゴドリー隊に笑いがコボれる。ゴドリー隊長も笑っている。



 一方でハダリー隊長はビミョウな顔をしている。権力者の子女を、ゴドリー隊が独占し見せつけるようにしているからだ。

 ただし他のメンバーは、そんなことは気にしない。それぞれ好き勝手に思い思いの思いを語っている。

 ブーバーが


「……ったく。また遠征かよ。昨日帰ってきたばっかってのによ!」


横にいたマレが言う。


「……ハンニニンガ領か……。たしかツル酒があったなぁ」


「おぉ! そういえば、そんなモノあったな! 決してウマくはないんだが、独特なクセがあるんだよなぁ。あぁ! 思い出したら、ムショウに飲みたくなって来たぜ!」



 アイネは、たまたま隣に並んでいるガナリと話している。


「そういえばこの弓、返そうか?」


ガナリはヴェイザについて歩いている。なのでこの位置に来ていた。


「それはもういりません。私にはもう武器は必要ないのですから」


「でも何もないとアブないよ?」


その問いに対してガナリは、自分の胸を指して言う。


「信仰があれば、大丈夫ですよ」


アイネはわかったようなわからないような、不思議なような顔をする。


「それじゃあ、戦えないよ?」


ガナリは笑って言う。


「戦わなくていいんですよ。戦わないという戦いもあるんです。…………まあ、そうゆうこともあるんだと、その程度に覚えておいてください」


アイネは「ふーん」と鼻を鳴らす。




 ガナリの前を歩くヴェイザは、黒髪の少年と並んで歩いている。


「カンパ、変わりありませんか?」


「昨日、ほとんど一緒に遠征から帰って来たばっかりだろっ。何も変わってねぇよ」


「あれだけ戦いの多かった遠征ですから、聞いているんです。それなのにまた遠征があるじゃないですか」


「もう子どもじゃないんだ。ほっといてくれよ……」


兵士になる前、カンパはヴェイザに養われていた。なのでヴェイザは母親のように接してしまうのだ。

 そんなヴェイザにかまわずカンパが聞く。


「それより神聖騎士団が来るの早くねーか? 神殿教国からってなら、1日2日って距離じゃねーぞ」


「それこそ神のはからいでしょう。神聖騎士団が布教と邪神の残党調査のためにエユィドナ共和国に滞在して、次の目的地がウガ王国だった……」


そう言ってヴェイザは、カンパの後ろをチラリと見る。そこにはガナリと話すアイネがいる。


「……他に目的があるという訳ではありません。ただ単に神の采配さいはいによるものですよ」


ヴェイザはそう言ってホホえむ。


「そんなモンかな」


「そうですよ。なにより今回は邪神の使徒がいるかもしれないんです。彼ら彼女らの戦力は欠かせませんから」


そう言ってヴェイザがホホえむ。それはユリの花のような笑顔だ。しかしカンパはそこから、何かを隠しているような印象を受ける。




 カンパがそうしている時、そんな彼を見つめている者がいる。その者は、ゴドリー隊の中にいるイヤナだ。

 彼女は視線をそのままにして、周囲に聞く。


「……あの子は誰?」


マルゴが聞く。


「あの子っていいますと?」


「ほら、あっちの6人隊にいる黒い髪の」


「あぁ、あれはハダリー隊のカンパってヤツですよ! ムカつくヤツなんで、かかわんない方がいいっすよ!」


イヤナは尖らせたようなクチビルで、相づちを打つ。


「ふーん、そうなんだ……」


ただキレナガな瞳は、全く納得しているようには見えない。







【とある村】

 ボイニニンガ領にあるその村では、あちらこちらで人々が家を建てている。しかしその人々の表情には明るさがない。村人の顔はむしろ、“夜”があけていないかのように暗い。

 それもそのはずで、ここはつい先日に盗賊たちの襲撃を受けたからであり、人々は盗賊たちに燃やされた家を再建しているのだ。


 そんな人たちの中にブグロという男がいる。王都から来た、軍務卿ベナッジョ率いる盗賊討伐隊を、盗賊被害を受けた村まで案内した男だ。

 彼は朝早くから自分の畑を手入れし、それを終えてから村の再建を手伝っている。もちろんお互いに助け合うため、という目的もある。しかしブグロが手伝っているのは、他にも理由がある。


積み上げられたあしの山へとブグロは手を伸ばし、1ツカみつかむ。


 彼の両親はすでに他界している。


ブグロは1ツカみの葦を1フサの葦で束ね、地面に置いていく。


 他に血縁者らしき人もいない。


束ねた葦がたまると、ブグロはそれを持って家の骨組みに挟んでくくりつけていく。


 しかし彼の幼なじみが死んだ。


下から上に、そしてさらに上へと束ねた葦をくくりつけていく。


 彼女は結婚していた。別な男と。


上へ、上へ、下端は外へ。雨が降っても、内に入らないようにするためだ。


 しかし、彼女は妊娠していた。


束ねた葦がなくなると、また葦を束ねていく。


 しかし、彼女は彼にホホえんでくれた。


束ねた葦を、またくくりつけていく。


 そして、話しかけてくれた。重そうなお腹を抱えながら。


 そんな彼女が殺された。あの盗賊たちに。


 だからブグロは必要だった。何も考えずに没頭できる何かが。

 それがもう1つの理由だ。


数人がかりで作業をしていることもあり、半円筒状の骨組みはドンドンとおおわれていく。

 しかし、それは“没頭できる何か”がまた1つなくなってしまうことを意味する。ブグロは最近、そんなことを恐れている。


 そしてブグロがまた1つの束を、骨組みにのせる。その時、


「おい、ブグロ!」


呼びかけられる。ブグロが振り向けば、新たらしく村長になった老人が立っている。


「何ですか、村長?」


「……悪いんだが、頼みたいことがある……」


新村長の表情は、ちょっとヤギの乳シボりを頼むとか、火を貸してくれとか、そういった簡単なことを頼む感じではない。そういったことの、100倍は真剣なモノだ。

 ブグロは1束の葦をそのままに、彼に近いて行く。そして立ち止まると、新村長が村の中央にアゴを向ける。


「……ボイニニンガ領主軍だ」


ブグロがそちらを見ると、確かにそれらしき者たちがいる。6人隊とその他に農民らしき者たちが数名。


「どこかで邪神の使徒がでたとかでよ、この村からも1人兵隊にだせだとよ……」


新村長は、だから村長なんてしたくなかったんだ、というような声でそう言う。さらに続ける。


「……盗賊の被害にあったこの村からだぞ! しかもすぐに選らばなきゃならねぇ。一緒に次の村に行かねぇといけねえからな。……お前は1人モンだからなぁ…………他の者たちは……色々あるからなぁ……」


ブグロは兵士たちを見る。待たされるのをメンドクサそうに待っている。他の村人たちを見る。彼らには家族がいて、または失った家族がいて。そして家を建て直ししたり、しあったりしている。


 ブグロが聞く。


「……どこに行かされるんだい? あとどれくらい?」


新村長が言う。


「わかんねぇ。アイツらも聞いてないだとよっ」


ブグロは考える。また村人たちを見る。そして言う。


「……わかった。俺が行く」


新村長が言う。


「すまねぇな。……他に頼めるヤツがいなかったんだ。お前の畑は村の者たちでメンドウを見る」


「……しかたねぇよ……」


「まったく。兵士たちは盗賊たちに襲われたときには来なくて、

こんな時に来やがる。こうなると……なんだ……邪神時代の方が良かったのかもしれないな。生活は苦しいくて自由もなかったが、少なくとも盗賊たちに襲われたり、イクサに行かされることはなかった」


ブグロが言う。村人たちを見ながら。


「……しかたねぇよ……」



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