114 遠征まで07
そこにはアイネがクッションにもたれて、眠っている。
「……眠ってしまったか……」
王は静かに手を伸ばし、そっと頭の上に置く。
そしてツブやく。
「それにしても……そっくりだ……。……なのに、これで……男なのか……」
【バルガ王】
何人かいる奴隷たち等から毎日のようにアプローチされて、理由がなければ断りにくく、誰かのところに行かざるを得ない。ヤツらの目的は、権力者に取り入って、自分の立場を他者よりも優位にすること。最近はそんな女たちに、うんざりしていた。そうゆうこともあって、来てみたが……悪くない。むしろ女が興味のなさそうな、ありし日の冒険譚を目を輝かせて聞いてくれたので、こちらまで楽しくなってしまった。
やっぱり女では、こうはいくまい。
王の後継者に育てるということで、息子にさえこんな風に話したことはないというのに。
ちょうどいいから、このモノにゾッコンなフリをしよう。なにより、気楽だ。……まるで、一般的な家族のような……。
もしサイネヴィとワレの間に……
そうしたらこのモノのような……
いや、それは幻想だ。そんなことはなかった
……なかったが……
【コスキン】
廊下でバルガ王の話を聞いていると、懐かしい光景がよみがえる。
たしかにあの頃は、そんな仲間たちがいた。
王になる前の、人たらしのバルガ……
女性でありながら、英雄としての才覚を表し始めたサイネヴィ……
駆け出しで、青臭さの抜けない若者のベナッジョ……
そして……
剣の才能を持ち、王の右腕になるはずだったデブリネ……
誰もがまぶしい程に、輝いていた。どんなに困難なことでも、お互いがいればできる。そう信じることができた。
デブリネ……
お前は今、どこで何をしているんだ? その才能を無駄に腐らせているんじゃないか? それならまた……我々と……。
それは無理か……
あん事件があったのだから……
でももし仮に、お前がまた戻って来ると言うのであれば……快く迎えるんだが……。
【】
コスキンに兵士が近づいてくる。懐古を中断されたコスキンが聞く。
「どうした? 王陛下は取り込み中だぞ」
兵士は姿勢を低くして言う。
「し、失礼いたします! ハン……ハンニニンガから急報です! 邪神の……邪神の眷属がっ、現れたそうです!」
普段あまり驚くことのないコスキンが目を見開いて言う。
「……なん……だと……」
コスキンはしばらくそのままの状態で固まる。伝令の兵士をそのままにして。やがて伝令の兵士の心臓が20回ぐらい鼓動を打ったころ、コスキンが言う。
「……わかっていることを教えろ。王にはワシから報告する。後、誰かを神殿教ウガ王国支部に向かわせ、神官を連れてこい。対策について話し合いたい」
「はっ。現在わかっている状況ですが……」
伝令の声が、天井が高く長い廊下の冷えた固い石にひびく。
その頃、訓練所に1人のヒューマロイがいる。それは黒髪の少年で、彼はコスキンに“探求する熊”の話をしたあと、コスキンに教えてもらったアドバイス「背中の筋肉……」とツブやきながら兵士の食堂でメシを食べ、ここに戻ってきて練習をしているのだ。
「……脱力から……背中の筋肉で……」
そう言って、カンパは木剣を突き出す。あの時の軍務卿の光景を思い出しながら。流れる汗の数以上に、彼はその試行を繰り返していく。
そしてまた、別な場所。
王都から離れた森の中。周囲に人が住んでさえいないそんな場所を、2人の若者が急ぎ足で歩いている。2人の様子は普通ではない。しきりに周囲を警戒しているようだ。
「なあ、バグ。俺たちはいったいどこまで行けばいいんだ?」
バグと呼ばれたものがこたえる。
「さぁな……そもそもあんな大雑把な説明じゃ、わかるわけないだろ、ラグ。ダイタイの位置は着ているはずなんだが……範囲が大きすぎてわかんねえぞっ」
「……だよな……」
その時、
「止まれ!!」
2人に急に声がかかる。有無を言わさない、厳しい声だ。
「動くな! 武器に触るな! こちらは弓で狙いをつけている!」
すると何人かの足音が2人の背後から近づいてきて、彼らを押し倒し武装解除する。
地面に寝かされた2人に、上から声がかかる。
「お前たちは誰だ? 目的はなんだ? 質問されたことだけを答えろ!」
力強く地面に押さえつけられているバグが、苦しそうにこたえる。
「……バグという者だ。“探求する熊”とかいうジイさんに言われて、ここまで来たんだ……そうすれば助けてくれるって……」
そこまで言ったバグに聞こえたのは、鋭い舌打ちの後の不満の声。
「チッ、またあのジイさんか……。……どうするボス?」
ボスと言われてこたえたのは、バグの背中にいる男だ。
「どうするって言われてもなぁ……」
バグは硬く冷たい地面に力強く抑えつけられながらも、自分たちが助かった予感を感じる。
地上から見える“夜”は、“昼”に比べて大きい。なので“夜”が天頂に固定された“昼”の前を通過するのに時間を要する。まるで地上に生きるモノたちに、より多くの休息を与えたいかのように。
それでも“夜”は回る。明けない“夜”はない。
水が上から下へと流れるように。風が地上から、なくらないように。鳥が飛ぶことを、止めないように。
地上に、光がもたらされる。
穏やかな朝にもかかわらず、点呼に集まった兵士たちたちはタダならぬ雰囲気を感じている。いつもはすぐに来るはずの6人隊隊長たちが、なかなか戻って来ないからだ。
カンパもハダリー隊のメンバーと共にいる。そしてもて余す時間を理由に辺りを見回してみれば、こちらを見る顔が。よく見ればそれは見覚えのある顔。彼の周囲にはゴドリー隊の面々(めんめん)が。
「……マルゴ……だったっけか……」
カンパがそうツブやくと、隣で眠そうな顔をして立っているアイネが「っへ?」と声をあげてそちらを見る。カンパが、
「お前、寝ぼけてんのかよ」
と聞けば、
「ん? ……起きてるよ……」
と眠たげな声が返ってくる。と、カンパが顔を戻すと、昨日の決闘者はもう、こちらを見ていなかった。
兵士たちが仕方なく待っていると、集められていた隊長たちが散開し、それぞれの隊の元に戻っていく。束ねられた麦の中心点のように、隊員たちの視線は自分たちの隊長へと注がれる。みながみな、いったい何が起こっているのかを知りたいからだ。
ハダリー隊のところにも、ハダリー隊長が戻って来る。休暇明けにもかかわらず険しい表情に、みなが気づく。少し……というよりはダイブ眠そうなアイネ以外は。
みなの期待に応えるように、ハダリー隊長がみなの前に立って口を開く。
「……やっかいゴトだ。それも特大にな……。ハンニニンガ領で邪神の残党が現れたらしい」
それを聞いてベーヤは言葉を出さずに息を飲み、マレは乾いた音で鼻を鳴らす。ブーバーは口笛を吹き、ボゴタは表情をほとんど変えないもののマユ毛だけは跳ね上げる。
カンパは興味なさそうな顔で、そしてアイネはといえばやはり興味なさそうで眠そうだ。
ハダリー隊長が続ける。
「邪神の眷属がいったいどれ程の数なのか、そして使徒級がいるのかどうかもわかっていない。しかし我らが王は今回の件に対し、十分な戦力を派遣することを決定した。よって3日後に追加徴収された兵士たちと共に、ハンニニンガ領へと立つことになった」
ブーバーが「遠えーなー」とボヤくが、ハダリー隊長は自分の後ろを親指で指しながら言う。
「ちなみに勉学のために王都に滞在していた、ハンニニンガ家の子女が同行する。研修も兼ねて、欠員の出ているゴドリー隊に編入される。ゴドリー隊にいるからといって、間違えてソソウすることのないようにな」
『ゴドリー隊ウンヌン』のクダリで、乾いた笑いがこぼれる。ライバルの6人隊を卑下するたぐいのモノだ。
カンパが見れば、ゴドリー隊隊長が少女と大人の女性と共に、並んだゴドリー隊メンバーの前に立っている。少女がハンニニンガ家の子女であり、その少し後ろに立つ女性はそのお付きだろう。少女は肉づきはやや良すぎるが骨のように白い肌で、その肌がショートの黒髪を引き立たせている。
カンパは不思議と目を引き寄せられる。
「カンパと同じ黒髪だね」
と、アイネが言うとカンパが返す。
「そんなにめずらしいモンでもないだろ」
「さらに我が王国は、たまたま近くにいる神殿教国神聖騎士団の支援を得られることになったらしい。今朝方、連絡が取れたとか何とか……。そして我がハダリー隊はその出迎え役を割り当てられた」
ブーバーが言う。
「ヴァヒリチェリかよ!」
その言葉は尊敬とか敬意を込めて、といった感じではなくイヤそうな感じで。アイネが他のメンバーの顔を見ると、いい顔はしていない。ビミョウな顔をしている。
アイネがカンパに聞く。
「なんでみんなイヤそうなの?」
「同性愛者でできてる部隊だからだろ」
アイネの心は、ビミョウに揺さぶられる。
なんでそれがダメなの?
だってあの“救世の英雄”サイネヴィが作った神聖騎士団だよ?
……それに……ボクは……
カンパの心も揺さぶられている。
……神殿教国神聖騎士団ヴァヒリチェリって……
……たしかアイツが……
その表情は、決して明るい類いのモノではない。むしろ闇に属する類いのモノだ。




