113 遠征まで06
「お前の……」
この質問は、色々なモノの核心に触れる質問だ。バクゼンとそう感じながら、バルガは言葉を続ける。
「……母親の名は……なんと言う?」
アイネはさっきまでの明るい顔とは対照的に、難しそうな顔して言う。
「……えっとね…………ですね……」
「……もう敬語は使わなくてよい」
「えっ、いいの」という顔をしながらアイネはこたえる。
「実はよくわかんないんだ。ボク、孤児だから」
「……孤児……か……」
【バルガ王】
“孤児”と聞いて、ほっとしたような、残念なような気持ちになる。
『救世の英雄サイネヴィが死んだ』
そう聞いて以来、何かにつけていないハズのその存在を追いかけていたのかもしれない。公には彼女は結婚もしていないし、子供もいない。
しかし、もしその血が残されていたとしたら?
そう思うと、複雑な気分になる。子がいるとなれば、彼女が誰かと結ばれたということであるし、いないとすれば彼女の存在はもうこの世界に欠片さえ残っていないということになる。
しかし“孤児”ということは……
……
……保留……か……
【】
バルガ王は、続く疑問を口にする。
「……孤児だったなら、どうやって生きてきたんだ? 1人で生きてきたわけではあるまい」
「“先生”が神殿教の神殿に置かれていたボクを拾ってくれて、育ててくれたんだよ」
「先生? だれなんだ、それは?」
「“先生”は“先生”だよ。神殿教の神殿にいる“先生”」
“先生”とはどいった人物なんだろう、と考えるバルガ王にアイネが聞く。
「それより王さまは“女英雄”サイネヴィを見たことあるの? あるんならその話を聞きたいなぁ」
すっかりフランクなしゃべり方になったアイネだが、王は構わずにこたえる。酒の酔いがまわってくるように、そんな気分になったのかもしれない。
「見たことある、どころではない。邪神の使徒を相手に、共に戦った仲だ」
「えっ? それじゃ王さまはあのウガ王国のバルガ王なの?」
本来なら失礼極まりない質問だが、バルガ王はその反応が楽しくなってきて、酒杯を掲げながら言う。
「ハッ! ワレを一体どこの王と思っていたんだ? いかにもワレこそがウガ王国の国王、バルガだ。あの邪神戦争において、女英雄サイネヴィとともにウガ管理区を使徒どもから解放し、ウガ王国を建てたのはワレだ!」
「すっっっっごーーい!!」
アイネは身を乗り出し、水面のように目を輝かせながら感動している。
バルガ王が敷物の上に置かれている皿から塩和え豆をつまんで口に入れ、酒を流し込んでいる間ずっと、熱い視線を感じる。その視線が言う。
「サイネヴィと一緒に邪神の使徒と戦った話、聞きたいなぁ」
「……そうだなぁ……」
バルガ王は、遠くを見るような目をする。隣の国とか、はたまたさらに隣の国とかよりも、もっと遠くを見るような目だ。
「……元はと言えばサイネヴィは、神殿教から派遣されて来たんだ。ウガ管理区の中から反乱を起こさせるためにな」
バルガ王はそう言って酒を1口含む。口をよく動かすためには、潤滑油として酒が必要なのだ。
「多くのヒューマロイが邪神の使徒やギハスロイのために働いていたように、ワレもこの王都の城壁を築くために働かさせられていた。だからワレはくる日もくる日もレンガを城壁に運んでは、1つ1つと積み重ねていった。そうやって、月日は流れていった……」
バルガ王はオリーブの実を1ツマミつまんで口に入れ、酒を1口あおる。それは話すリズムのための、休止符のようなものだ。アイネも羊の腸詰めを1つつまんで、口の中へと素早く放り込む。そうしなければ楽しい話を聞き逃してしまう、といった感じで。
「そんな時だ。サイネヴィがワレに接触してきたのは……。「一緒に邪神を倒そう」って言ってきたんだ。その時はなぜワレに声をかけてきたのかわからなかったし、そんなことはできないと思った。だからワレは断った……」
アイネが跳ねるようにクッションから上体を起こして言う。
「断ったの?!」
バルガは笑って言う。
「そりゃそうさ! 何より邪神たちはとても強い力を持っていた。そんなことをしようとして見つかりでもしたら、殺されてしまう! 今までこの方、レンガしか積んでこなかったワレが、いきなり「邪神を倒そう」と言われたんだぞ」
「たしかにコワいかも……」
アイネは自分も猛獣の討伐で感じた怖さを重ねて言う。
「だがアイツはしつこかった。仕事が終わるのを見計らって、毎日のようにアイツはワレのところに来て「一緒戦おう!」と言った。まるで毎日積み上げなければいけないレンガみたいにな。……きっとあいつの信念がそうさせたんだ。そう思う。だからワレは結局折れた……一緒に邪神と戦うことにしたんだ」
バルガ王は酒をまた1口あおる。アイネはクッションに寄りかかって、じっと彼を見ている。そうすることが話の続きを最も早く聞く方法だ、といった感じで。
「我々は戦いの練習などをしながら、仲間を集めた。だがな、ウガ管理区都……今のウガ王国王都での活動はうまくいかなかったんだ。使徒やギハスロイたちの監視がキツかったし、そのせいであまり賛同者も少なかった。だから我々はウガ管理区都を出て、ハンニニンガ管理区に行くことにした」
「ハンニ……ニンガ……?」
アイネは質問するが、その顔にも声にも疲れがニジみ出ている。
「……遠征で疲れたか? 楽にしていればよい。……ハンニニンガはウガ王国の北にある領だ。ここにはな、鉄鉱山があるんだ。鉄が手に入れば武器を作れるし、ここにいるある人物が協力を得られるという情報もあった。だから我々は、新しくできた仲間たちを残してハンニニンガに行くことにした」
バルガ王はまた1口、酒を飲む。アイネはクッションに両手を重ねて置き、その上にホホをのせる。
「ただ、ハンニニンガに行くと言っても簡単なことではない。行くにはまず邪神の使徒たちやギハスロイたちに見つからないように都を抜け出さなければならなかったし、ハンニニンガ領まではいくつも山を越えなければならなかった。それに猛獣も今よりもっと多かった」
「どうやって行っ、ノホーーー」
アイネが聞こうとするが、そのままアクビが出てしまう。王は息子を見るようにアイネを見つめて話す。
「実はな、城壁を作っている時に作っていたんだよ。抜け道をな。目ざとい使徒とか眷属、ギハスロイたちの目をかいくぐって、だ。毎日、少しずつ、交代で穴にもぐって掘っていった。レンガを積み上げるだけじゃ退屈だったから、いい気晴らしになったよ。それは橋の下に出る穴でな……あれはたしか、王都の南東に今もある橋だったか……ひょっとしたら今もまだ穴が残っているかもしれないな……」
「……そこから……脱出したの? サイネヴィも……一緒に?」
アイネは眠気にあがらいながらも、気になったことは質問する。
「そうだ。ワレとサイネヴィと、それにコスキン、ベナッジョ…………あとデブリネという者がいてな…………まあ、それはいいか……。
あれは“夜”が明けるころだった。我々は空き家に集まった。なぜならその空き家に、抜け穴の入り口が隠してあったからだ。そこから掘ってあった抜け穴を通って、門の外、橋の下へ出た。
しかしそこは、目の前にシドン川が流れている。そして川が流れているからといって、橋の上を通っていくわけにもいかない。なぜなら門の上から見張りが監視しているからだ。だから我々はシドン川を泳いで渡ったんだ。束ねた葦を浮かべて、それにつかまりながら、な。束ねた葦くらいなら、見張りに見られても上流の村から流れて来た、ぐらいにしか思われないからな……」
バルガ王は酒を1口飲む。ただしその視線はどこかを見たままでいるようだ。
「でもな、実際に泳ごうとしてみると……恐ろしいんだ。“昼”は“夜”に隠れてしまっている。だから真っ暗な川がゴウゴウと流れている。対岸はおろか、10歩先も見えない。おそらく他の者たちも、ためらっていたんだと思う。誰も先に進む者がいなかった。でもそんな時、サイネヴィが言ったんだ。「ヒューマロイの未来も……きっとこんな闇の先にあるんだ。だから……行こう!」ってな。そう言って進んで行った。だから我々も進むしかなかった……」
そこまで言ってバルガ王は、隣に視線を向ける。そこにはアイネがクッションにもたれて、眠っている。
「……眠って……しまった、か……」
王はアイネの方に、手を伸ばす。




