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111 遠征まで04


 カンパが突きだした剣は、マルゴの頭へと突きつけられる。


「……終わりだ」


「フザケんなっ!」


逆上ぎゃくじょうしたマルゴが、勝敗に関係なく木剣を振るう。その軌道はカンパの頭部に向かってウナりを上げる。


 が、マルゴの肩の動きを見ていたカンパはこれを予測。体を反対に下げながら、降ろしていた盾を振り上げてこれに当てる。


Gang!(バンッ!)


マルゴの手は予想外の衝撃に、木剣を手放してしまう。木剣は少し離れた場所に、乾いた音をたてながら回転して地に落ちる。


 本来ならマルゴはこうゆう時、「クソッ!」とか「フザケんなっ!」などと言うはずだ。だが屈辱くつじょくと怒りのあまり、何も言えずに、ただカンパをニラみつける。パンの2~3枚くらいなら、焼けてしまいそうなくらいの怒りだ。クチビルが、風にはさまれた小さな枯れ葉のように、小刻こきざみにフルえている。そして、盾で打たれた手を押さえながら訓練所を出ていく。


 地面に落ちた木剣だけが、彼の敗北をナゲいているようだ。

 カンパがツブやく。


「……ケッキョク、なんだったんだ……マジで……」


そう思いながらカンパは、自分の手を見る。そこには木剣が握りしめられていて、閉じた拳がある。


「……でも……何かつかんだ……気がする……」


 その時、すでにカンパしか残っていないハズの訓練所に、連続で手を叩く音が鳴り始める。驚いたカンパが周囲を見渡せば、背後の10歩離れた場所に異様な服装の人物が立って手をたたいている。サマザマな色の鳥の羽が彩る服をまとった王宮の道化、コスキンだ。

 彼が拍手を止めて、近づきながらカンパに話しかける。


「ミゴトだ。まだツタなさはあるが、いい戦い方だったぞ」


 カンパは気配がまったくなかったことに驚きながら、なんとなく姿勢をただす。道化とはいっても、王直属の道化。しかも何かと王に進言できる道化なのだ。


「……ありがとう……ございます……」


コスキンはイッソウ、カンパに近づいて来ながら聞く。


「……ところで、その技はどこで学んだ?」


カンパはなんとなく、間違ったこたえをしてはいけないようなプレッシャーを覚えながらこたえる。


「……見て……マネしました……」


「誰の技を見たのかな?」


「……軍務卿です……」


「……なるぼど! ナットクだ。そういえば言っていたな。あの娘が軍務卿の剣を止めたとかなんとか」


カンパの頭に、あの光景が浮かぶ。さっきまで何度も繰り返した、あの光景が。

 そんなカンパの耳に、ツブやきが届いてくる。


「……ただ、背中の筋肉を使うといいかもしれんな……」


ツブやいたのはコスキン。ただしソシらぬ顔をしている。


「はっ? ……背中……の筋肉?」


カンパは疑問を口にするが、コスキンは構わず話す。


「それはそうと、“探求する熊”にあったそうだな」


カンパは先ほどの疑問が頭のスミに引っかかりながらも、こたえる。


「……ええ、会いました……」


こたえながら、カンパは気づく。相手の瞳が、まっすぐに自分に向けられていることを。そしてその瞳は特別な何か……例えるなら長いこと帰っていない実家を思うような感慨かんがいのようなものを帯びている。

 なのでカンパは、黙って相手を見つめ返すことしかできない。

 やがてカンパが恥ずかしくなってくる頃、コスキンが口を開く。


「彼がどんなだったか……聞かせてくれ」


「……彼は……」


とカンパは、話しだす。暗闇の中で何かモノを探すように、ふさわしい言葉を探しながら。


「……まるで大地ソノモノのような人でした……」







 サンゴ色の髪の少女は、とある場所に来ている。

 そこは水の音の絶えない、巨大な建築物の上。

 その建築物の造りは人の背丈を越える大きな立方体の石をピラミッド状に積み重ねた、巨大な段々の構造物になっている。各段には、石だけのブロック、植物が植えられたブロック、そして水が流れるブロックが交互に配置されている。流れる水は、上の段から下の段、そしてさらに下の段へと絶え間なく流れてゆく。植えられている植物はヤシなどの大小様々だが、それぞれのブロックでバランスよくまとまっている。

 この構造物は、『空と水の庭園』と呼ばれている。


 アイネはその『空と水の庭園』の中央階段の登って、1番上にある広場の、石造りベンチに腰かけている。

 彼女がここにいる理由は、そこからのぞめるウガ王国王都を眺めに来たわけではない。どこかで1人で落ち着ける場所が欲しかったのだ。

 それもそのはず。遠征帰還後にしていたウタタ寝を、中断された時のフェマの話しが、彼女に重くのしかかっていたからだ。


『今晩、王がここに来られることになりました』


『……アイネ様、あなた様のお役目をお忘れですか?』


『……とりあえず体のお清めと……心の準備をお願いいたします』


 王都の上空を通る風がアイネを通りすぎていく中、彼女はまだ“心の準備”ができずにいる。





【アイネ】

 なぜだろう……


 王様にはキレイな奴隷がたくさんいるハズなのに、なんでボクのところに来るんだろう?


 剣の練習?


 それとも、お話しでもしにくる?


 ……それともやっぱりフェマが、言っていたようなことのために?


 本当に王様と……そうゆうことをしなきゃいけないの?


 だってボクは……



 ……なぜだろう……


 ……困ったときに浮かんでくるのは、黒い髪の下からノゾくアイツの心配そうな顔……



 他の人より小さな体で、剣を握りしめて、突っ込んでいくことしか頭にないアイツ……


 なんでそんなヤツを思い出して安心する?


 そっか


 バカだからか……


「ふふっ」


 バカと言われてムスッとしたアイツの顔を想像して、思わず笑いがこぼれる。



その時――


「何がおかしい?」


――突然、声をかけられる。


 カンパ?


振り返ると、いつの間に近づいてあたのだろう、ナルガ王子が立っている。彼は近づいて来てボクが座っているベンチの空いているスペースに、そこが自分の席かのような感じで腰をおろしながら言う。


「今、笑っていたろ? 何がおかしかったのか、私にも教えてくれないか?」


 なんでナルガ王子がいるんだ?


 なんでそんなことを聞く?


 このいいニオイはなに?


 いくつもの疑問を浮かべながら、ボクは言う。


「カンパのこと……」


「カンパ? ……あの兵士の……少年のことか……」


「そう。アイツってバカだから」


ボクがそう、笑いながら言うと


「そうか。それは楽しそうだな」


と、サワやかな笑顔で楽しくなさそうに言う。それからナルガ王子はこちらを向いて言う。


「……遠征、大変だったそうだな。盗賊団とか大型の猛獣が2体もでたんだろ?」


「そうなんだよ。ホント、猛獣に食べられそうになっりして、死ぬかと思ったよ」


王子は“先生”みたいに、心配そうな顔になって言う。


「……それは危ない。キミがそんな危ない目にあう必要なんてないんだ。父上に、キミを兵士たちから離すように言おうか?」


「んーん、楽しいからだいじょうぶ」


「ん? 兵士として戦ったりすることが楽しいのか? 死ぬかもしれないんだろ?」


「んー」


ボクは、エンセイのことを思い出す。確かに危険なことはイッパイあった。でも、とても大事なことがあった気が……


「……楽しいというか……」


……そうだ。あれは盗賊の人たちと戦う前のこと。コワくなったらボクにベーヤが言った。


『世の中には悪いヤツがいる。だから誰かがそれを倒して捕まえなきゃいけない。みんなが安心してらせる世の中に』


「……ミトばあさんのため?」


「……ミト?……婆さん?」


「そう! ミト婆さんは村にいたお婆さんだよ。猛獣を倒して、ミト婆さんみたいな人を助けないといけないんだよ」


ボクがそう言うとナルガ王子は、


「ハッハッハッハッハッ……」


大きな声で笑いだす。ビックリしたボクは


「どうしたの?」


と聞くが、ナルガ王子は左手を前に出し、反対の手で顔をおおい、笑いを抑えようとするが抑えきれずに引き笑いがもれている。



「本当は君が心配だったんだ。だけど話しているうちに最近悩んでいた私の方がキミに助けられてしまったようだ」


「悩んでた? 王子も悩みなんてあるの?」


「キミは私のことを、なんだと思っているだ? 私には、むしろ悩みしかないんだよ。政治学や軍事学、占星術に農耕学等々、色々と学ばなければならないことが沢山あるし、父上は私には剣術もたしまなければならないと言う。有力者が訪問した際の会食に同席したり、あるいはこちらから婚礼や葬儀とかに赴かなければならないこともある。それに民の暮らしぶりを視察しに行かなければならない。……特に大変なのは、人にカシづかれるということで、常にそれにふさわしく振る舞わなければならないんだ。……偉そうにしているだけのようで、いろいろあるんだよ」


「王子様も色々タイヘンなんだねー」


ボクがそう言うと、ナルガ王子は「フフッ」と笑う。


「なに?」


「いや、こんな風に誰かと普通におしゃべりするなんてずいぶん久しいことだな、と思って。……本当はキミのことが心配で声をかけたのに、なんだか私の方が救われた気がする」


「? ボクのなにが心配?」


「えっと……ほら……その……今晩、することになったんだろ? 夜のお勤めというか……」


「……あー……」


と言いながら、ボクは思い出す。なんでボクがここへ来たのかを。でもあの時の心配は、もうなくなっている。


「もうダイジョブみたい。ナルガ王子と話している内に思い出したから」


「思い出したって、何を?」


「エンセイのときにベーヤが話してくれたんだ。人には『ホンブン』って役割?があって、しなきゃいけないことが決まってるんだって。だからボクは受け入れることにするよ」


「……本分ほんぶんか……」


そう言うナルガ王子は、目を細める。まるでマブシいみたいに。そんな王子にボクは言う。


「……ナルガ王子って、なんだか“先生”みたいだね」


「先生?」


「そう、“先生”。神殿教国にいたときに、色々教えてくれた人」


ナルガ王子はサビしそうに笑って言う。


「キミとはもっと話していたいが、もう行かないといけない。まさに“本分”をまっとうするためにね」


「ボクもそろそろ戻らないと。フェマが心配しちゃうから」


ボクも笑ってしまうのは、王子の笑顔につられてだろうか。



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