108 遠征まで01
とある人物が話している。
体格はたくましく、良く磨かれた金属の胸当てをつけているが、長旅のためか、所々かすかに汚れている。
場所は“青の間”と呼ばれる空間。
壁一面がラピスラズリで装飾されていて、金の細工で『邪神戦争』の物語が描かれている部屋だ。いかにしてこの国の王が、城壁の作業工から民衆を率いて邪神の使徒を討伐し、この国を建国したかが、そこには刻まれている。
しかしたった今、この部屋で語られている物語は、そういった邪神にまつわるモノではない。長く続くその物語は、ボイニニンガ領までの奴隷商人の護衛から始まり、盗賊の出現と討伐隊を編成して出たこと、そして盗賊たちの捕縛から猛獣たちの討伐までにおよぶ物語だ。
「……以上が今回、商人を護衛した1件の報告になります」
報告したのはそれを率いた責任者、軍務卿ベナッジョその人である。そして時はボイニニンガ領から帰ってきた直後、たまった疲労に耐えながら、のことである。もっとも彼を見た人は、彼が長い遠征から帰還直後とは少しも気づかなかったことだろう。
軍務卿の報告を聞いていたのは2人。
1人は立っていて、落ち着きなく、部屋のアチコチをウロウロしている。時には柱の影に隠れたかと思えば、反対側からヒョッコリと顔をのぞかせたりしながら。その人物は、道化と呼ばれるコスキンだ。
もう1人は、報告を受ける主たる人物。藤で編まれたイスに座っているそのヒューマロイは、軍務卿が報告するのに値する人物。つまりはウガ王国国王バルガ。
その彼が口を開く。
「長い遠征、ご苦労であった。兵士共々、しばらく休むといい」
言われて、軍務卿がこたえる。
「はっ! それでは兵士たちに1日の休養を与えたいと思います」
すると道化のコスキンが言う。
「王は『兵士共々』とおっしゃられた。つまりは軍務卿……“王の剣”殿にも休んで欲しいのだと思うぞ」
「…………それでは私も半日の休暇をいただきます」
その回答を聞いた王は、威厳ある彫刻のようにほとんど表情に変化を見せない。そんな王に、軍務卿が続ける。
「それと……2つ、話しておきたいことがあります」
王はそれに、軽く手を上げてうながす。コスキンが言う。
「続けろ」
「1つは、“赤の民”についてです」
軍務卿ベナッジョがそう言うと、王よりはむしろその周囲をうろついているコスキンが明らかな反応を示す。
コスキンは束縛されない鳥のように、この空間を我関せずといった顔で右に左に自由気ままに行き来していた。しかし“赤の民”というフレーズを聞くと、軍務卿の方に向いて止まる。
そんな反応を予想していた軍務卿は、できるだけ気にしていない素振りに努めて続きを話す。
「ハダリー隊の者がその者に出会ったそうです。そして名を聞く機会を得たとか……」
コスキンが思わずたずねる。
「して、なんと名のったんだ?」
「はっ、“探求する熊”。そう名のったそうです」
コスキンはそれを聞いたとき、戦勝記念碑か何かのように固まる。
王が続きをうながす。
「それで……。……どんな様子だった?」
「はっ、私が直接会ったわけではありませんが、あった者の話によると共に猛獣たちと立ち回っていた、と」
バルガ王がコスキンに聞く。
「どうなんだ? お前の師で間違いないか?」
聞かれたコスキンが言う。
「どうでしょうな……。聞いた話を聞いた話では何とも判断がつきませんな……。ただ、“探求する熊”という名や様子から考えますと、その可能性も高いかと……。……その“探求する熊”に会ったのは誰だ?」
「ハダリー隊のカンパという者です」
「アイツか……」
コスキンはそこまで言ったところで、黙り込んでしまう。王バルガは状況を進めることにする。
「それで? 他に報告したいこととは?」
「はっ。ハダリー隊に同行している、アイネとゆう奴隷についてです」
「……ぉお! そんなモノもいたな。それで? そのモノがどうしたと言うんだ?」
軍務卿はここで、少し言葉につまる。これは奇妙なことだ。なぜなら「話しがある」と言っておきながら、いざ話そうとすると言葉が出てこないのだから。それも、あの軍務卿ともあろうものが。
でもそこには理由がある。軍務卿が感じているものは違和感でしかなく、はっきりとした形あるものではないからだ。また話そうとして人物をオトシめることもハバかられる。それは“王の奴隷”であり、それをオトシめることは、王に対する不敬につながりかねないからだ。
王はすべてわかっている、といったような声でうながす。
「何でも良い。そなたが思っていること、感じたことをそのまま話せ」
軍務卿は話す決心に折り合いをつけたのか、口を開き始める。ただしその口ぶりはまだ、城壁の石でも詰まっているのではないかと思われるほど重たい。
「……少しミョウなのです……」
「ミョウ? 何がだ?」
「……異様に能力が高いのです。例えを挙げるならば、目が異様に良いのです」
「目が? 良い? そのくらいのことは普通にありえることではないか?」
「はっ。しかしあの者はかなり離れた距離から、生い茂った草ムラに隠れたヒューマロイや猛獣を見つけ出すことができます。まるでそこに草が生えていないかのように」
王は黙っている。軍務卿が続ける。
「それと力が異様に強いことが挙げられます。先ほど話したネコ科大型猛獣が踏みつぶそうとした時、彼女は剣でそれを押し返しました」
まだ王は眼を伏せて、黙したまま。相手の言ったことがどうゆうことか、見定めているといった感じだ。
「あと1つだけ例を挙げるとすれば……」
軍務卿は一瞬だけ言いにくそうにした後に言う。
「私の剣を受けたことです……。おおむね本気の1撃を、です」
王は、コスキンを見る。そのコスキンが聞く。
「お前はどのような1撃を放って、彼女はどのように受けたんだ?」
「私が放ったのは、脱力から無挙動で放つ首を狙った横凪。彼女はそれに反応し、剣で防ぎました」
剣に明るくない王は、道化を見る。当の道化、コスキンは難しい顔をしている。が、氷が地に落ちて砕けるやうに笑い出す。
「ハッハッハッハア!」
王が聞く。
「何がおかしい? 大したことなんだろ? あの“王の剣”の1撃を受けたのだから」
コスキンが言う。
「はい、おっしゃる通りでございます。間違いございません。あの“王の剣”たる軍務卿の剣を受けたのならば、それは間違いなく実力者です」
王が言う。
「実力者……それに目が良くて……力がある……。確かにあの年頃の娘にしては、異様といえばいえなくもない……と」
王は何かを考えているようだ。そして言う。
「……そのモノの名は何という?」
軍務卿がこたえる。
「アイネ、と申します」
「……アイネ、か……。そのモノに興味がわいてきた。……よし、会ってみるか。今晩、その奴隷アイネの部屋に行く。もともとあった予定はなしだ。コスキン、侍従長にそうするように伝えてくれ……」
王が話を進めていく中で、軍務卿が割って入る。
「……失礼します、王よ」
「何だ、軍務卿」
「はっ。先程お話しした通り、アイネという者は…………少しうかがい知れない所がございます……そのため……」
「もういい。お前の心配はわかった。だがショセンはただの娘だろ」
「……ですが……」
軍務卿が言いにくそうに食い下がろうとするのを、コスキンが手で止めながら言う。
「王よ。ワシから提案させていただきますぞ。軍務卿の言う通り、あやしい娘と2人きりになるのは、確かに危険がないとは言い切れません。王国の安全を担う軍務卿がそれを懸念するのはもっとものこと。なので王がアイネの部屋を訪れる間、ワシが戸口に控えていましょう。それでどうですかな?」
王は少しイヤな顔をしてから言う。
「わかった。それでいい」
軍務卿が言う。
「コスキン殿が直々に警護されるというのであれば私が……」
「お前は王から休むように言われて同意しただろう」
軍務卿ベナッジョはようやく、しぶしぶといった感じで引き下がる。
「……それでは、お願いいたします」




