107 護衛依頼68
【カンパ】
猛獣は“神の矢”を受けておかしくなったし、ほとんど瀕死だった。
だから自分の子供の生死もわからずモウロクしていたんだ。
……といった辺りが猛獣を倒した帰り道での、口さがない兵士たちが話している大方の見解だ。兵士たちだけじゃない。奴隷たちも盗賊たちも、そして奴隷商人たちもショセンは同じような感じだ。
オレが今回のことを振り返っていると、隣を歩くアイツが話しかけてくる。
「カンパ、どうしたの? なんか変だよ?」
……コイツだけはちょっと違う……のか? 少なくても、あの猛獣のことを悪く言うようなヤツじゃない。
「ヘンじゃねーよ」
そして軍務卿。
アイツも違う。アイツは兵士たちに命じて、あのまま死んだ猛獣を道のカタワラに移動するように命じた。その子供も一緒に、並べるように。時間さえ許せば、土を掘って墓を作っていたかもしれない。でも今はみんな限界だ。オレも限界だ。
ただ奴隷商人だけは、損失だのなんだの言って皮をはごうとしていたが、ヴェイザを始めとする諸々の人々――護衛のジャンタープを含む――から反対を受けてようやく引き下がったのだ。
「それにまたムチャしようとしたし」
「ムチャなんかじゃねえよ」
それにしても昨日から今日にかけて、色々なことがあった。そもそも王国軍は、単に奴隷商人の護衛をするはずだった。それが盗賊を討伐しに行く話になり、デカヘビとデカネコが現れて…………そしてデカヘビからデカネコの子供を掘り出して、母親――デカネコに渡した……。
「……カンパがそう言うなら、そうゆうことにしといてあげる」
ケッキョクのところ、この1連の事件とは……なんだったんだろうか……。
…………1つ言えることは、オレはやっぱり…………かけがえのないモノを奪われていた……ということだ……。
「でもあんまりムチャばっかりしないで」
そう、オレは、そんなかけがえのないモノを奪われたんだ。……この王国のヤツらに……。
「ボク……カンパがムチャしてると……心配でほっとけないんだから……」
なのにオレは……忘れてたんじゃねえのか?
復讐心を。
それなりには気づかってくらる仲間たちに囲まれて、いつの間にかフヌケてたんじゃねえのか?
忘れるな!
あの日の絶望を!
心に刻め!
復讐の刃を研ぎ続けるん……
【】
「ねえってば!」
アイネが、カンパに呼びかけている。
「っあ?」
「ボクの話、聞いてる?」
「……ぁあ、きいてるよ……。……それにムチャっていえばオレよりアイツだろ」
少女の非難が面倒だったカンパは、隊列の前の方を指し示す。
「アイツの方がよっぽど気がきじゃねーよ」
アイネがその先に見出したのは、神殿教の女神官ヴェイザだ。彼女のかたわらには、新たな信徒ガナリが、オヤ鳥について離れないヒナ鳥のように寄りそっている。
ヴェイザは聞こえていたのか、振り返って言う。
「私はムチャなんてしていませんよ。ただ神を信じて行動しているだけですから」
そうホホ笑む神官の顔は、蒸留水のように透明だ。
「それが危ういというのです!」
ヴェイザの発言に異を唱えるのは、奴隷商人ヴォネラム。
「全てを信じ、全てを委ねる、という盲信はとても危険といえますな! そのような思考の停止こそ、あの邪神のような存在を生むんじゃありませんか?」
反論するのは神官ヴェイザではなくその新たな信徒、ガナリだ。
「しかしその邪神の戦争に、あの英雄サイネヴィを見いだし、武器を与えて送ったのは神殿教の神ですぞ!」
彼の勢いは止まらない。
「それに盲信しているのはあなたの方では? それも金に対する盲信だ」
商人が言う。
「金に対する盲信! さっきまで盗賊だったあなたが、それを言いますか。……まあ、いいでしょう。金に対する盲信! これはおもしろい! むしろ良いではありませんか! なぜなら金こそは、誰に対しても平等であるもの。つまり信用に値するもの。そうじゃありませんか?」
「金は誰に対しても平等? それならばあなたの扱っている奴隷たちは何なんだ? それを言うのであれば、我らが神こそ信用のおける平等だ! それに我ら信徒は、やっと対面を果たした獣の親子の皮まで剥ぐというあさましいことはしない!」
ガナリのケンマクは勢いを増す。対する商人も引かない。
「それは……そう! 惜しいことをしました。あんなに立派な獣の毛皮が焼かれてしまうなんて……。しかもそれを野ざらしで放置することに……。まったく余計な神もいたものです。……まあ、それはそうと。奴隷たちについてでしたか。ある意味、彼らに対しても金は平等と言える。なぜなら彼らは、金さえ払えば、自分の自由を買えるのだから。それよりも一部の神殿教神官たちは金で特典を売ると聞く。金に盲信しているのは神官たちでは?」
さらに反論しようとするガナリをヴェイザは手で制し、おだやかに言う。
「確かに一部、私利私欲に取りつかれた神官が神殿教国中枢に少なからずいる、と聞いたことがあります。しかしそれは神殿教が大きくなったが故の弊害。悲しいことながら、そうゆうことだと思います。なぜなら神殿教の信徒は今や、ありとあらゆる国に増えつつあるのですから」
「それを言うのであれば、わがエユィドナ共和国の取引相手も、ありとあらゆる国に増えつつあるのですよ。そう、我がエユィドナ共和国! これこそ金と自由、そして文化の象徴! なぜならば……」
カンパとアイネは、すでに早々に議論に耳を傾けてはいない。なんなら少し距離をおいてさえいる。そんな時、何となく思っていることが口に出てしまったという感じでカンパがツブやく。
「……母親って、何なんだろうな……」
それを聞いたアイネが言う。
「あの英雄サイネヴィみたいな人じゃない?」
カンパは聞かれてしまって気まずさから、
「……なんだよそれ……」
とだけ言いながら顔を背ける。
そしてふと後ろを向いたカンパは、少し後ろにいた、杖を重そうにして持って歩いている宮廷魔術師の弟子サジュに気がつく。カンパは彼女に近いていき、声をかける。
「杖、重くねーか?」
「ん」
「……持ってやろうか?」
「……ん」
そうこたえて、魔術師の弟子サジュは杖をカンパに渡す。
「っと。やっぱり重てぇなあ、この杖」
「ん。重い」
そんな2人のやり取りを見て、アイネは思う。
あのコには優しいんだ……
が次の瞬間、アイネは後ろを振り返ってツブやく。
「……ついて……来てるの?」
カンパたちがそんなやり取りをしている時、荷車を挟んだ反対側――隊列の右側から見つめる者がいる。彼はゴドリー隊の隊員で、2番目に若い――つい先ほどまでは3番目に若かった――マルゴと言う人物だ。その彼の目つきは興味本位で見つめるというよりは、何か恨みのこもった目で見ている。マルゴがツブやく。
「……ふざけたヤロウだ……」
【領主軍6人隊隊長レクセイ】
今回、王都軍と行動を共にして、わかったことが色々ある。
個々の兵士が弱い。装備が足りていない。士気が低い。集団の連携がバラバラで、粗が目立つ。指揮官の指揮力が低い。等々。
つまり端的に言ってしまえば領主軍の練度が低いってことだ。
何でこうなった?
地方で唯一の武装集団。そんな特殊性に甘んじていたんじゃないか?
だから領主軍の兵士は、王都軍のあんな少年にも勝てない……。
そう!
あの強くて優しいあの少年だ! 我々領主軍はあの少年にこそ、見習うべきモノがあるんじゃないか? 他の兵士に聞いたところでは、あの少年は今回の護衛任務の最中にも剣の練習をしていたらしいではないか。
変えていこう……領主軍を。俺に出来ることは少ないかもしれない……。けど、上司を説得し、少しずつ変えていくことはできるはずだ。
【】
討伐隊は“昼”の真ん中ぐらいまでには、ボイニニンガ領都にたどり着いた。そしてそのまま1泊し、翌日、王都まで移動した。
デカヘビの死骸はボイニニンガ領主に渡され、ナメシしてから王に届けることをほとんど強制的に依頼された。
後日、このデカヘビから半分溶けたヒューマロイの死体が出てきて、「これはいったい誰なのか?」ということで騒ぎになり、軍務卿にまで問い合わせがあったことはまた別の話だ。
盗賊は王都まで連れていかれ、おおむね奴隷に落とされた。多数の殺人等をおかした罪の重い者は処刑された。
軍務卿の報告を受けて、記録局は以下の内容の粘土板を国立図書館に残す。
『ウガ国歴31年蝶の月 軍務卿ベナッジョは2個6人隊を率いて、ボイニニンガ領の盗賊と猛獣を平定した。被害はわずか兵士1名。』




