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105 護衛依頼66


 カンパの心が雨上がりのワダチのようにグチャグチャだったとき、地に伏せる猛獣の前足の、鋭い爪をつけた指がビクリと動く。





【?】

 ……まだ……


 ……まだ……


 ……ワレは動ける……


 ……歩ける……


 ……走れる……


 ……らえる……


 ……そして……ワが子を……


 …………


 ……先ほど見えた……アレは……







【】

 あれ程の神の1撃だ。


 猛獣は死んだ。


 動かない猛獣の様子を見て、みんながそう判断する。

 なのでハダリー隊やゴドリー隊のメンバー、そして奴隷商人たちが自然とその周りに近づいて来る。しかしながら猛獣は死んだと思われてなお、その地に伏せた姿に超常的な威圧感を宿している。

 なので誰しも手で触れられる距離まで、近づけないでいる。


 ハダリー隊の1人、ブーバーが遠く離れた所から言う。


「死んだ……よな?」


 そんな中、大きい声で話す者がいる。


「なんてことでしょうかっ! これではせっかくの毛皮がダイナシだ!」


 それは奴隷商人のヴォネラムだ。彼の後ろには、護衛のジャンタープがひかえている。奴隷商人はオノレの悲劇をまくし立てながら、彼の商品になる予定だったものに近づいていく。


「こんなんでは銅貨1枚にだってなりゃしませんよ!」


「それは神の所業に対する冒涜ぼうとくですよ。発言をひかえてください」


そう優しく批判するのは、神殿教神官のヴェイザだ。彼女が続ける。


「我々は命を永らえることができた。それだけで大儲おおもうけ。そうじゃありませんか?」


ヴォネラムが言う。


「大儲けかそうじゃないかと言われれば、そうかもしれませんが……商売人はそれだけじゃ食っていくことができないんですよ……」


「あら、商売人もたいへんなんですね」


「そうです、そうです」


と言いながら、奴隷商人はドンドンと進んでいく。


「大将、あんま近づくと危ねえぞっ」


不用意に猛獣に近づこうとする自分の主人を、護衛のジャンタープが警告する。ただし当の主人は、そんな警告を、気にした様子はない。


「ヴォネラム殿、それ以上近くのはおやめください」


そう警告するのは軍務卿。そこでようやく、奴隷商人は足を止める。そこはハダリー隊メンバーが猛獣の様子を見るために近づいていた、最前列の位置だ。


「大丈夫でしょ。さすがにもう、死んでいる」


奴隷商人ヴォネラムが軍務卿を振り返って言う。その時、


「みんな離れて!」


と誰かがさけぶ。思わず誰しもが声のした方に振り向けば、そこにはサンゴ色の髪の少女が。思った通りの反応がないのを見て、アイネは繰り返す。


「みんなその猛獣から離れて! その猛獣はまだ生きてる!」


奴隷商人の背後で、巨大な影が立ち上がる。


 それは……


 あの猛獣だ!


 あの“神の矢”に焼かれた猛獣だ!


 何度も討伐隊を襲撃してきたあの猛獣だ!


 その猛獣がまさに最後の力を振り絞り、なんとか立ち上がる。

 背中の毛並みはほとんど焼けただれ、体のあちこちに出来たキズもまだ生乾きだ。先ほどまであふれ出すほどの殺気に満ちていたひとみは今やうつろで、それでも何かを探すようにうごめいている。



「離れろ!」


軍務卿のその号令を待つまでもなく、周囲にいた者たちは本能に従って距離をとる。1人を除いては。


「おやおや、あれを食らってまだ生きてましたか」


振り返りながらそう言うのは、奴隷商人ヴォネラム。だが、


「大将! アブねえから逃げるぞ!」


と言いながらジャンタープがほとんど商人を抱えるように、離れていく。


 軍務卿はみなの退避状況や猛獣がすぐに襲って来ないのを見て、最適な判断を探す。


「サジュ殿! 魔法は撃てるか?!」


魔術師の弟子は、


「ん……エネルギーがたまってる、少し」


と杖を見ながら言う。


「それならアレをシトめる準備を……」


「待ってくださいっ!」


軍務卿の指示を止めたのは、猛獣の子を抱いたカンパだ。あの、兵士にとって絶対の、軍務卿の指示を止めたのはカンパだ。

 その少年が言う。


「オレに少し、時間を頂けませんか?」


軍務卿は直ぐに答えない。まっすぐに、この少年兵士を見据える。まるでカンパという少年を見透かして、その背後にいた人物の思いまで見ているようだ。


 そして軍務卿は静かに言う。


「……いいだろう。やってみろ。ただし時間がかかるようだったり、また暴れるようであれば、容赦ようしゃなく魔法を撃たせる」


「ありがとうございます……」


 礼は言うものの、カンパの顔は浮かない。


 そしてその浮かない顔のまま、歩いていく。


 背中を焼け焦がせ、焼けてない体の下側もキズだらけで、力の入らない脚にムリやり力を込めて立ち上がる巨大な猛暑の方へと。



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