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104 護衛依頼65


【ガナリ】

 なんということだ。あの恐ろしい猛獣が、兵士たちをケチらしながら向かってくる。


 ……とても……恐ろしい……


 ……今までで一番、恐ろしい……


 恐ろしくて、祈るために組んだ手まで震えが止まらない。猛獣はそんな勢いと気迫で迫ってくる。

 はっきり言って、今すぐ駆け出して逃げたい。なりふり構わず、逃げたい。


 でも……


 隣を見れば、あの人が祈りを捧げる姿がある。こんな状況にも関わらず、迫る猛獣を気にした様子もなく、瞳を軽く閉じて一心に祈りを捧げる姿が……。


 この人の側にいたい……


 どうしようもなく恐ろしい気持ちはあるものの、それと同等に……いや、それ以上にそんな気持ちになっている自分がいる。


 そうだ、祈りを捧げるのだ!


 恐ろしさなど、忘れるくらいに祈りを捧げるのだ!


 そうすればきっと……


 そうすればきっと……


 神は我々に救いの手を差し伸べてくれるはずだ! そうしなければ、私も、この方も、そして後ろに並ぶ無力な者たちも……救われない。


 だから私は……


 祈る!






【カンパ】

 猛獣が……


 ……この子の母親が、兵士たちを蹴散らしながら突進してきている……


 くそっ!


 間に合わなかったっ!


 猛獣はアイツでも止められなかったし、ハダリー隊や軍務卿でさえ止められない。兵士たちの防衛戦を軽々踏みつけて超えて、突破してくる。

 そしてそのまま武器を持たない者たちのところに突っ込んでくる。


 そしてその先には……逃げもせず、一心に祈りを捧げる女神官の姿が……。


 猛獣はあの人の所まで、あと10歩ほどにまで迫る。


 その人は、1人だったオレを拾ってくれた。そして神殿教支部で、育ててくれた。母親のいなかったオレに、愛情を注いでくれた。その人が……。


 猛獣があの人の所まで、あと5歩……。


 オレは叫んでいた。


「逃げろおぉ!」


 でもヴェイザは動かない。ただ少しだけこちらの方を見て、ホホえんだ。そんな気がした。


 ダメだ!


 このままじゃ……


 ヴェイザに……


 猛獣が……


 その時、光が世界にあふれる。

 否、強烈な光が空から降り注ぎ、猛獣を包む。






【】

 猛獣がまさに神殿教神官ヴェイザに迫る時、彼女は祈りのために組んでいた手を解き放ち、剣を突き刺すように天に向け顔を上げて鋭くツブやく。


「……今です……」


 すると強烈な光が、猛獣を包む。それはとても強い光。そして熱。

 光は余りにも強かったので、少し離れていた者でさえ視界が光で満たされたように感じ、目を塞ぎ背けずにはいられない。さらに近くの者は耐え難い程の熱をも感じる。

 実際にあれ程覚悟を決めていたガナリでさえ、祈りを中断して体をヒルガエさずにはいられなかったのである。ただガナリが体をヒルガエすとき、


「ヴェイザさm ……」


自分より前に立っていた人物のことが気になり、陰を作りながら光に逆らおうとする。なぜなら猛獣はすぐに止まるような勢いでなかったからだ。すると……


 なぜか背中に何かを生やしたヴェイザ様が飛んで近づいて来ていて……


 翼?


ガナリはまぶしさに目をそ向けるが、優しく抱きしめられたと思った直後に足の裏に地面の感触がなくなる。それに伴う浮遊感……。





 カンパは急いで猛獣の方に向かおうとして、荷車を乗り越えている時に光が訪れる。猛獣の子供を抱えながら、まぶしさに目を背ける。

 そして心配になる。


 なんなんだ、この光は?!


 何が起こってる?


 ヴェイザは?


 そしてコイツの母親は……?





 ガナリが「浮いている!」と、思っている内に足の裏に固い感触を感じる。地面に下ろされたのだ。そして解かれる包容。訪れる喪失感そうしつかん。でも耳元から心まで、甘い言葉が突き抜ける。


「……言ったでしょ……祈りなさい、身をゆだねなさい、信じなさいって……」


ガナリがマブシさをこらえて薄目を開けると、そこには全てを許してくれるような笑顔の女神……否、ヴェイザ様がいる。翼は……ない。それを見た時、ガナリの中に終わることのないような幸福感があふれだし、率直な言葉がこぼれてしまう。


「……うつくしい……」


ガナリはすぐに自分の失言に気づくが、それでも神官ヴェイザは全てを許すように微笑む。





 他の者たちは驚きのうちに、この現象が終息していくのを眺めることになる。


 武器を持たぬ者たちは見る。


 兵士たちも、奴隷商人たちも見る。


 収まり始め細くなる光が、空からもたらされたモノであるのを。


 そして収束していく光の中から現れてくるのは、体の上部のほとんどを焼けただれさせた巨大な肉塊にくかい……否、あの猛獣である。猛獣は武器を持たぬ者たちの前で止まっている。そしてまるで落とされた巨大なパン生地のように地面の上で這いつくばり、焼けた背中からまだ煙を立ち上らせている。




 予想外の現象に集まりだしたハダリー隊の中で、ブーバーが言う。


「……何が起こったんだ?」


彼らの前にいる軍務卿が言う。


「……これは……“神の矢”……」


それは懐かし味のこもった言い方だ。それだけではよくわからない、といった表情でマレが聞く。


「……“神の矢”……ですか?」


「そう、それは紛れもなくあの“神の矢”」


そう言うのは女性の声、神殿教神官ヴェイザだ。彼女は続ける。


「邪神戦争の時に多く使徒や邪神を焼いた、あの“神の矢”です」


ハダリー隊たちの後ろにいるアイネがツブやく。


「……だから言ったじゃん。何かが見てる気がするって……」



ヴェイザは助かった奴隷や盗賊たちの方を振り返って言う。


「これぞ我ら神殿教の神が現存し、我ら信徒を見守っている証! 神に向き合い、信じていれば報われるのです! 信じましょう、この奇跡の力を!」



 ヴェイザは一部の熱狂する人たちに話し続けるが、少し離れた場所である人物がボウゼンとしている。猛獣の子供を手にした少年兵士だ。




【カンパ】

 オレは知っている……


 猛獣がヒューマロイの敵だってことを。


 オレは知っている……


 オレたち兵士の役目が


 その猛獣をやっつけなきゃイケないってことを



 でもオレは知ってしまった


 そんな猛獣にも母親がいて……


 自分の子を命をはって助けに来て……


 そして愛を注ぐのだろうということを


 でもよ……そこでくたばっちまったら……それまでだろ……


 どうすりゃイイんだ、コイツ……


 オレの腕の中には、生きていた頃とは変わり果てた猛獣の子がいる。泣いては……いないが、やり場のない感情が目をうるませる。


 ヒドイことしたオレたちにこんなこと言う義理はねえけどよ……


 もうちょっとだけ、頑張ってくれよ!!





【】

 カンパの心が雨上がりのワダチのようにグチャグチャだったとき、地に伏せる猛獣の前足の、鋭い爪をつけた指がビクリと動く。



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