103 護衛依頼64
ハダリー隊が前進したことであいた空白を埋めるように前にツめてきた領主軍は荷車を背にして並ぶ。なぜなら彼らは、その前に並ぶ者たちを逃げないように監視しなければならないからだ。
前に並んでいるのは、盗賊たちや奴隷たちだ。
彼らはそれぞれの方法で、これから訪れるであろう厄災に怯えることしかできないでいる。
その中でギハスロイのメレプスはマリピスを固く抱き寄せ、マリピスはその身を預けながら両手を握る。
彼らより少し前に出た位置では、ガナリが構えるように力を込めながら祈り、そのすぐ隣で神殿教神官ヴェイザが静かに祈りを捧げる。両者の祈り方に違いはあれど、祈を捧げる神は同じはずだ。
彼ら非武装の者たちより少し離れて前方に展開するのは軍務卿とハダリー隊だ。状況をうかがう軍務卿につき従ってベーヤが立っている。その前ではブーバーが張力をかけていない弓に矢を重ねていて、いつでも引いて射ることができるし、逃げることもできるようにしている。
ボゴタやマレ、そしてアイネも敵から離れて様子をうかがっている。
アイネは思う。
カンパは何してんの?
まだできないでいる?
それにしても……何なんだろう、この感覚……
そう思いながらアイネはチラリとだけ、空を見上げる。
そのサンゴ色の少女が空を見上げている場所より、少し離れた前方。
そこにいるのは燃える山の様な存在感を放つ、大型の猛獣。その猛獣が地面に沿うほど前身を低く構え、ツメを地に食い込ませる。
そして……
低く伸ばした前足を、発達した前肢でたぐり寄せる。
発達した前肢は巨大な猛獣の体をわずかに浮かせながら、引き寄せる。
その勢いで前足を後ろに振り切り、前に伸ばした後ろ足で地面を後方へ叩きつける。
乾いたキズ口がいくつも開き、一部から血液が吹き出すが、猛獣は気に留める様子はない。四肢を力強く動かし、グングンと討伐隊へと近いていく。
猛獣がまずたどり着いたのは、ハダリー隊の中でも最前に出ていたボゴタ、マレ、そしてアイネだ。
アイネは向かってくる猛獣に対して剣で攻撃しようとも思うが、マレが
「避けるぞ!」
と言い、実際にヤバそうだったので避けることにする。
ボゴタとマレは左に避けるが、その後を追うと間に合わないと思ったアイネは反対に逃げる。
アイネが動き出したとき、猛獣はあと2歩というところまで迫っている。トップスピードに乗った猛獣の2歩にかかる時間など、マバタキ1つ分とちょっとぐらいしかない。さらにアイネは目の端で猛獣が自分の逃げる方に進路を修正してきているのを見る。
猛獣はアイネまでの残された距離を一飛び。猛獣の影がアイネにかかる。
全力で走っていたアイネはそのムリな体勢のまま飛んで体をひねり、両手剣を迫る猛獣の前足に叩きつける……と、いうよりは押しつける。その反動でアイネは体を引き出し、猛獣の足の裏から抜け出せる。
ただし前進の勢いは止まらない。尻もちをついて1回転、さらに尻もちをついてようやく止まる。そしてアイネの口から、緊張からの解放がこぼれる。
「ぷはっ!」
サンゴ色の少女を踏みそこなった猛獣は、突進を止めることなく次の目標を視界に収める。それはそこそこ歳を重ねたヒューマロイとどっぷり年を重ねたヒューマロイの2人。
軍務卿ベナッジョとベーヤだ。
2人の前にいたはずのブーバーは、すでに退避している。彼は自身の保身に関することは、抜け目ない。
軍務卿がベーヤに言う。
「こっちら側に避けていろ」
「……しかし……」
「構わん。私だけなら大丈夫だ」
有無を言わさぬ言い方に、ベーヤもおとなしく引き下がる。
果たして猛獣は軍務卿に狙いを定め、体を傾けて進路を修正しながら突進していく。
そして大した時間もかけずに大型の猛獣は振動が伝わってくるほどの距離に接近。しかし軍務卿は焦った風もなくベーヤが逃げた方向とは逆に向かって歩いてゆく。つまりは猛獣の進路から見て、垂直に左方向へ。
その軍務卿に、まっすぐに向かっていく猛獣。両者を隔てる距離はミルミルなくなっていき……
間もなく両者が接触しようかというころ、軍務卿が動きだす。
軍務卿は歩いていた方向へ、足を早める。
進路を修正する猛獣。
軍務卿はさらに足を早め、最終的にはほとんど走りだしている。
猛獣はそれに合わせて進路を修正していくが、間に合わないとみるや、修正の度合いを上げていく。すなわち、斜めになるようにして駆ける。
――そして接敵する時――
猛獣は折られた左キバの敵を討つべく、1本になってしまった右キバをムキ出しにして小さきヒューマロイに迫る。
対する軍務卿は加速して走り抜けると思われた所で一転、予備動作なしに急に進行方向を180度変える。
急な方向転換を予測できず対応できなかった猛獣はカミつこうとはするものの届かず、軍務卿を横目に見ながらその横を素通り。
軍務卿ベナッジョがそのままエモノを逃すハズがない。
軍務卿はすれ違い様に剣を下から斜めに切り上げ。
「ふん!」
剣はすれ違う猛獣のキバに当たる。が、軍務卿は剣を振り切り、半ばからそれを砕く。折られたキバは回転して飛んでいき、地面に刺さる。
それでも猛獣は止まらない。
猛獣にはまだ無数の小さなキバがあるし、ツメもある。そして何より大きな体躯があるし、発達した筋肉がある。もはやキバを折られたことは、彼女の怒りを止める理由にならない。そんな彼女の視界におさまるのは、兵士たちの前に並ばされている武器を持たない無数の者たち。そしてその前に立つ女神官と、その信者だ。




