101 護衛依頼62
アイネが戦っている頃、猛獣との戦いの喧騒とは離れて荷車に乗っている者がいる。1人はもう1人が何かするのと猛獣の戦いを見比べている。そしてもう1人は、荷台の上のデカヘビの死骸に張りついて、肉を切り離し、削った穴から何かを取り出そうとしている。
1人はハダリー隊長で、もう1人はカンパだ。
カンパはなかなか引きずり出せない猛獣の子に、苦戦している。
【カンパ】
デカヘビの腹に開けた穴から、両腕を突っ込んでいる。すでに腕や服がベトベトだ。
猛獣の子供はしばらく触っているが、動きも温かみもない。
……やっぱり死んでいるか……
肩まで両腕を突っ込んで、猛獣の子供の頭まで手を伸ばす。しばしの格闘の末、首の向きを出口の方へと向けることができたものの、問題はそこからだ。
頭の両側に左右の手を置いて、力ずくで引っ張る。が、動く気配がしない。
……何で動かない……
何かが引っかかっているのか、ヘビの肉の重さのせいか。それに引っかかる場所がないので、ツルツル滑ってうまく力を込めてつかめない。
何でだ?
頭から首にかけてのくびれをツカんでいたが、うまくいかない。どこかツカみやすい場所はないか、と手探りで探る。
何でオマエは出てこない?
引っかかる場所がある。それは猛獣の子供の口の中。引っかかりはするが、小さなキバの歯並びが手に当たって痛い。
そして、
なんでオレをイラつかせる?
【】
アイネはできる限り、頑張るつもりだった。一生懸命に戦うつもりだった。でもそんな気持ちは、霧散して消えてしまっていた。浪費家が得た、臨時収入のように。
……あの時と一緒だ……
アイネはあのオオニククイドリ(・・・・・・・・)と戦ったときのことを思い出す。あの無力に、戦う気力を失ってしまった時のことを。そしてあの時、あの少年はガムシャラに最後まで戦っていたことを。
アキらめちゃイケない……
だってギハスロイの人たちとか……
盗賊の人たちのために……
……そして何かをしようとしているアイツのために……
でも……
でも……
ココロが立ち上がれないんだ……
目の前に立ちはだかる猛獣が、動けないでいるアイネに持ち上げた前足を振り下ろそうとする時、
Whizz!(ヒュッ)
決して大きくはないが、鋭い風切り音が聞こえる。それは矢の音。矢は猛獣の首に当たる。猛獣はバランスを取るため上げた前足を静かに下ろし、痛みの原因と思われる方向を振り返る。
アイネもそちらを見れば、盗賊や奴隷たちのいる場所から少し前に出た位置に、矢を放った直後のブーバーの姿が。そして……
「ふんっ!」
猛獣の右後ろ脚にオノを叩き込むボゴタの姿も。矢にはほとんど反応を示さなかった猛獣も、
GAu!! (ギャウッ!!)
短く鋭い声を上げる。他に少し離れて指揮をとるベーヤも、不測の事態に対応できるように控えているマレもいる。
アイネは、
「……みんな……」
アンドの声を漏らす。そんなアイネにブーバーが、
「1人でムリしすぎだぜ、嬢ちゃん」
と言い、ボゴタが心配そうに
「アイネ、大丈夫?」
と気づかいの言葉を投げかけると、答える間もなくベーヤが言う。
「アイネ、後で説教だ」
「うぇ、それはヤダ……」
アイネはそう言ったとき、スキをうかがいながら近づいたマレが何も言わずに腕を取って起こしてくれる。剣も拾ってくれている。
「……ありがと……」
そして彼女は気づく。とある人物が、みんなの背後にいることに。
「……グンムキョー……」
軍務卿はベーヤのカタワラに立って、兵士たちを指揮する。
「ハダリー隊はそのまま猛獣をけん制し続けろ! ゴドリー隊は猛獣の背後に回れ! 領主軍は要人とニモツを守れ!」
軍務卿の号令に、それぞれが動き出す。
アイネの弱っていた心は、みんながそれぞれ戦いに向けて動いているのを見て回復してくる。
そうだ!
ボクも戦わなくちゃ!
それが奴隷や盗賊の人たちみたいな、弱い人たちを助けることになるんだ!
それがミト婆さんを助けることになるんだ!
一方、猛獣は右後ろ脚の痛みから、だいぶ回復している。体重をかけると痛むのと動きに違和感を感じるが問題ない、と猛獣は判断する。
そして生き物たちを見すえる。
自分を包囲しつつある小さき生き物たちを見る猛獣の目は、みるみる尋常ではない色に染まっていく。怒りに怒りを重ねて、それだけは足りずあと3から5回ほど怒りを上塗りしたような目つきだ。
そして突然、猛獣はのけ反る様に頭を天に向けて口を開く!
WHEEEEEEEEEEEEEEEE!!(ウイイイイイイイイイイイイ!!)
咆哮、と呼ぶにはそれは音になっていない金切り声。溜まりに溜まった怒りを解放するには音では物足りなかったか。猛獣は両前脚を地面に叩きつけると跳ね、着地すると両前脚、両後脚を地面に叩きつけて跳ねるのを繰り返す。そのたびにホコリが舞い上がり地面を通して地響きが、ヒューマロイやギハスロイたちに伝わってゆく。
【?】
なんなんだ!
なんなんだ!
この小さなムシケラどもはっ!!
ワレはただ……
ワレはただ……
あの子を……
あの子を……
【ガナリ】
なんてことだ! なんて恐ろしいんだ! あんな猛獣が怒りたけっている。まるで今にも飛びかかってきて、ムサボリ食われそうだ。
ダメだ。あまりの恐ろしさに、祈りに集中できない。いったいどうしろって言うんだ!
そうだ、ヴェイザ様はどうしてる? さすがのヴェイザ様もこんな状況では祈っていられないのでは……祈っている……祈っていらっしゃる!
あの猛獣の奇怪な咆哮にも、地面の打ち鳴らしにも動じた様子はなく祈りを捧げていらっしゃる! 薄く瞳を開けて、小さく祈りの言葉を捧げながら、祈っていらっしゃる!
なんて尊いことか!
何て尊い方であることか!
私は先ほど神に祈ることの尊さを知ったつもりになっていたが、ヴェイザ様の祈りに比べたらなんと浅はかだったことか!
自分が恥ずかしくて、仕方がないない……。
よし!
よし!
私も祈る!
祈ってやる!
ヴェイザ様の様に……いや、その境地までには遠く及ばないかもしれないが、私は私なりに出来る限り祈りを捧げよう!
恐ろしいことがなんだ!
あんな猛獣がなんだ!
あの尊い姿に比べれば、恐れるに足りない。そうだ、あの尊い姿こそ真に恐るべき御技なのだ!
決意を固めた私は、胸より少し高い位置で手を組む。強く握っているせいか、手が痛い。だが、そんなこと構うものか。これは祈りなのだ! 盲目な祈りこそ、信仰なのだ! 救いなのだ!
猛獣をニラムようにして……私は祈りを捧げる。




