100 護衛依頼61
両側を背丈の高い草に囲まれた道に、荷馬車を中心として左右にヒューマロイたち、そしてギハスロイたちが並ぶ。
老いた農夫の細長い指のような、領都まで続く道だ。
彼ら一行は、足止めされている。彼らの進む左前から猛獣が現れたためだ。
そしてそんな彼らの最前列には、武器を持たない盗賊たちや奴隷たちが並ばされている。彼らの後ろには武器を構えた兵士たちがいて、逃げ出すこともできない。
しかしそんな彼らの前で、巨大な肉食の猛獣に立ち向かう者がいる。
【アイネ】
でっかいネコが、口を開けキバを見せつけて威嚇してくる。
ボクがネコと向かい合うと、顔をほとんど真上に見上げないといけないホドにはデカい。けど、ボクは知っている。
オマエがただのネコってことを!
ネコは爪を伸ばした前足を振り下ろす。ボクは剣を両手で振るって、それを迎え撃つ。力をセイイッパイ込めるが、勢いを殺しきれずにこちらの体が押されて転がる。
ボクはすぐに起き上がり、剣を構える。
ボクが寝てたら、盗賊の人たちも、奴隷の人たちもネコに食べられてしまう。あの、心を入れ替えて神様を信じることにした盗賊のガナリや、マリピスを守ろうとしているメレプスとかのギハスロイたちが。
そしてアイツも……何かを成しとげようとしている。
ボクはそれを、応援してあげたい。
だからボクは、ガンバらないといけないんだ!
【ガナリ】
なんと言うことだ……
あんな少女が……我々を守ってくれている……
だが、武器を持たない私にできることはなんだ?
ヴェイザ様を見ると、猛獣の恐怖など恐れもしないで杖を胸の前に掲げて両手で持ち、頭を少し下げて祈りを捧げている。
その姿の、何て尊いことか!
そうだ!
そうなんだ!
我々にできることは、祈ることだ!
自分のために、そして戦ってくれているあの女の子のために祈るんだ!
それに祈りに集中しさえすれば、恐れることも忘れるはずだ。さあ! 祈るぞ! 祈り切ってやる!
俺は両手を組んで、祈りを込める。
【メレプス】
なぜだ?
なぜなんだ?
あの子はなぜ我々を助けてくれる?
「立て。座っていると、身動きが取れなくて危ないぞ」
マリピスを助け起こしながら思う。
なぜ彼女は我々を助けてくれる? 神さえ失った我々を。ヒューマロイに忌み嫌われる我らを。
「ありがとぅ……」
マリピスは余裕のない声で、やっと感謝の言葉を絞り出す。
もしあのヒューマロイの女の子が我らを救うというのならば、我らの敬意は彼女にこそ払われるべきかもしれん……。
【カンパ】
デカヘビの腹を裂き、肉を削り取り、膜を破ったその中に手を突っ込んで探る。
もしそこに死んだ猛獣の子供の亡骸があったとして、その後どうすればいいかもわからないままに……。
猛獣との戦いは、俺が手こずっている間に始まってしまった。
なんで間に合わなかった……
そう思いながらも、手で膜の中にある物体に触れる。
肉だ。丸みを帯びた肉だ。固くなっていて、木か固まった土のようでもあるが、これは硬直した肉だ。ところどころ毛も、残っている。
手をデカヘビのシッポの方に動かしていけば、少しくびれた後、先ほどよりは小さいが丸みをおびたふくらみが……。
……頭か……
肩まで入れてその先にまで手を伸ばせば、口のようなものと長めのキバが2つ。
間違いない……。アイツの子供だ。
やっと見つけたぞっ!
でも……どうやって出すんだこれ?
【】
アイネの前で見上げる程大きななネコ(・・)が、キバをむき出して草ムラの中を左右にうろつきながら飛びつくタイミングをうかがう。
そして少女の背後では、武器を持たない人たちが猛獣と彼女の戦いを見守っている。
アイネは思う。
この人たちを守れるのは、ボクしかいない。
だから頑張らないといけないし、倒れるわけにもいかない!
猛獣が一瞬身を落とし、駆ける。
狭い道でのこと、アイネまでの距離はそれほどない。またたく間に距離をつめる。
自称力自慢の、そして猛獣のことをネコと思っているアイネではあるが、実際に巨体が近づいてくると、脅威を感じたのか。アイネは猛獣が動き出したときに横に移動し始めたが、猛獣はそれに追従。大きな口をほとんど垂直に開き、キバをアイネに向け、その口角の内に捕えようとする。
アイネは
「おりゃ!」
という掛け声とともに地面を蹴り、頭から跳躍。猛獣の折れてない方のキバを横目に、口内の生暖かさと湿度を感じながら通り過ぎる。
アイネは猛獣のキバをかわしたものの、近いてくる地面。そこに手をつき、体を丸めて1回転。起き上がりながら殺し切れなかった勢いを、地面を滑って流す。そしてすぐに振り返って見れば……猛獣が勢いを殺すため体を斜めにし、反転して迫って来ている。
アイネはほとんど飛ぶように後ろに下がるが、突っ込んで来る猛獣を引き離せない。近づいてきた猛獣はツメの伸びた前足を、アイネの斜め上から叩きつける。常人では押しつぶされてしまうそれを、
「ぅおりゃ!」
両手で跳ね上げた両手剣で叩き返す。
それでも猛獣は怒りの感情のまま、傷ついた足の裏から血しぶきをまき散らしながら踏み込み、顔を横にして口を開きながら、首を伸ばす。アイネは猛獣の口に挟まれまいと後ろに跳ねながら、それでも間に合わないと判断。跳ね上げた剣を猛獣の口に叩きつけ、反動で更に後ろへ。そして道をはみ出して、草の上に着地する。
猛獣の怒りと前進は止まらない。
両前足を地につけて後ろ脚を引きつけると跳躍、アイネとの距離をつめて右前足、左前足の順に叩きつけて来る。向かって来るツメに、アイネは後ろに蹴って前進。相手のフトコロに入るように右に、さらに右へとかわす。
そしてアイネのかわした先に、近ずく開かれた口とキバ。猛獣が倒れ込みながらカミついて来たのだ。避けきれないと思ったアイネは、
「っえい!」
猛獣の口内下部に剣を突きだしながら後ろに飛ぶ。剣は口の上アゴ内に当たり、アイネは押す反動で後ろに飛ぼうと思ったが……
ZINK!(ガキィン!)
何かに強く引かれ、アイネはその場に落ちる。体の制御を失ない、地面に体を打ちつけた痛みをこらえながらアイネが上を見上げれば…………そこには高く広い猛獣の影と、そのキバの隙間に挟まれた剣が……。
その光景を見て、アイネの頭に真っ先によぎったこと。
剣がなければ戦えない……
今までは剣があったから、前足の攻撃をいなすことができた……
剣があったから、食われそうな時に逃げれた……
それを……どうすれば……
アイネの目の前にそびえる猛獣は、無力になった彼女をどう仕留めようか、といった表情で見下ろしている。
……もう……ダメかも……




