探し物
そこにはどう見ても、その場に似つかわしくない少女が立っていた。
「アフ…!」
「…ひどいことを、するのよ…」
アフは傍らに倒れる二人の女性に近寄る。
その女性達に近づいて、手を添える。
「この娘は、もう、手遅れなのよ…でも」
片方は明らかに手遅れ。
もう片方はショックで白目を剥いていた。
するとふわりと優しい光が輝いて、彼女を包み込む。
「これで、少ししたら目を覚ますのよ」
ぽんぽんと彼女の頭を優しく撫でる。
「それと、アフ!じゃ、ないのよ!な〜んですぐに救難信号を送らないのよ!」
振り返ったアフは冬真に向かって怒る。
プンスカ怒ってはいても威厳のない風貌のアフはちっとも怖くはないが、それでも…
「ご、ごめん」
僕は素直に謝った。冬からも散々困ったらアフを呼べと言われていたのに…いろんなことが目まぐるしく起きて、頭に血が昇ってそこまで思考が回ってなかった。
「まったくも〜ぉ!」
アフはこちらにも手をかざす。すると白焔が瞬き、またたく間に僕を絡め取る糸を焼き尽くした。僕には一切熱を感じさせずに、僕の神経と化していたものを僕の神経を傷つけずに引き剥がした。
「ああ〜!私の糸!燃えちゃったぁ〜」
モエミはショックを受けたように顔をしかめた。
「モエミの糸は通常の炎なら適応して炎の性質を纏うけど…その性質ごと焼かれたね。」
ジークは関心するようにそうこぼした。
「人の町で、勝手なことをしてくれたのよ、お前達」
アフは明確に敵として彼らをみていた。
「あなたがこの世界の神、ですか?ずいぶんとチャーミングな神様だ」
ジークはアフをみても、慌てはしなかった。
しかし、子供の姿をしているからといって油断もしていなかった。すでにいつでも戦闘を始められる。そういう立ち姿だ。
「そういうお前達はこの世界の人間、じゃないのよ〜?少なくとも、アフの識りうる範囲の存在じゃない」
アフの眼が訝しむように、そして何かを見極めるかのように眇められる。
「ええ、探し物ついでに少しばかり観光をね」
「探しもの、なのよ…?」
「ええ、我々はそこの彼に用がありましてね」
そう言ってこちらを指差す。
「僕の、何に用があるっていうんだ?」
「そんなこと、いちいち話さなくていい!さっさと真白のところに向かって!」
真冬はそう言ってこちらを行かせようとするが…
「待ってくれ!僕も理由くらいは知りたい!なんで僕を狙うんだ?」
「くっ!」
真冬は悔しそうにそう吐き捨てたが、それ以上は何も言わなかった。
「君が我々の大事な"あるもの"を持っているからだよ」
「あるもの?それはなんだ?」
本当に心当たりがなかった。しいて上げるのなら…竜の遺骸!唯一異世界との関連がありそうなものだった。しかし…
「幻想結晶」
次に告げられた言葉は、あまりにも僕の想定していたものとは乖離していた。
「…………………………………は?」
は?
オリ、ハル、コン?
オリハルコンって言った?
オリハルコンって、あのオリハルコン?
ゲームとかに出てくる幻の武器素材的な、アレ?
いや、いやいやいや!
「いやいやいやいやいや!待って、待った!待っとぉーと!」
変な語尾になってしまった!
それくらい混乱してしまっていた。
「そんなもの、僕持ってないよ!」
「いいや、君が持ってる。それは間違いない」
そう言って、ジークは謎の鉱石がはまった首飾りを外して僕のほうに向ける。すると…
ほのかに輝き始める。
「それは?」
「こいつは特別な石でね、オリハルコンとの感応性が高いんだ。」
そんなこと言われても!
いくらこの世界がゲームの世界だと言っても、オリハルコンなんてこのゲームには存在しないはず!
「誰かと間違えてない?冬とか…冬とか!冬とかさ〜あ!」
冬なら持ってるかもしれない。
少なくとも僕よりは可能性があるでしょ!
「いいや、彼ではなく、君だよ。神代冬真君。僕等の目的は、君だ」
「いや、でも!」
「お前…ほんとに盗んだのよ?」
訝しむアフ。
「ぬ、盗んでなんかいないよ!信じてよ!」
「僕も君が盗んだとは思っていないよ。実行犯は別にいる。ただ、君にオリハルコンが渡っていることも事実だ」
「そもそもオリハルコンなんて!なにに使うんだよ!エ〇スカリバーとかアル〇マウェポンとか!伝説の武器でも作るつもりかよ!?」
「オリハルコンを単純な武器の作成に使うのは、もったいないですよ」
クスクスと笑うジーク。そこにちょこっとイラっとした僕は、じゃあ!と続けようとして
「そこから先を知りたいのならついてきて、もらえますか?」
ジークはそこに立ち戻った。僕は言葉を紡げず、飲み込んだ。
「事情はある程度分かったのよ…で?お前達は冬真をどうしたいのよ?」
「もちろん、連れて帰る予定です」
「連れて帰って、どうするのよ?」
「…さぁ?それは、彼次第、ですね」
僕はその回答にゾクリとする。
とても穏便には済みそうにない返答だった。
「その回答では冬真は渡せないのよ〜」
「おや?こちらは盗まれた側ですよ?大義は我々にあるのでは?」
「それは否定しないのよ〜、でも、お前達の目的がそのおりはるこんとやらなら、冬真を連れて行く必要はないはずなのよ。この場で渡せば済む話、なのよ〜。でもお前達は冬真を連れ去ろうとしてる。これはどういう理由なのよ?」
「ふむ。彼はとかく謎が多い。どうも彼を使って何かを企んでいるものがちらほら見え隠れする。我々のオリハルコンを彼に持たせていることなんかから考えても…彼を確保しておくことは、今後その者達への牽制にもなりうる可能性があるのです。実際彼へちょっかいをかけたことで、一匹釣れました。そこにいる彼女もまた、その一人でしょう。そしてその理由の一つは、それが理由でしょうね」
そういい、ジークは冬真を指差す。
僕は首をかしげたが、僕を見たアフは表情をしかめ、そして窓を指差す。僕はその窓に視線を向ける。そしてそこに映る自分の顔を見た。
「これ、は…!そんな…冬と同じ、虹の瞳…!」
僕の瞳は鈍く、薄く、明滅するほどか細く、だが確実に虹色の色彩を宿していた。
「賭けは、私の負け、ね」
そうポツリと呟く。
「真冬!君は、何か知っているのか?」
「言いたくない」
「何言ってんだよ!ちゃんと話してくれよ!」
「冬のコピーでも作ろうってのよ?」
アフはそうこぼす。
「コピー?」
「お前と冬は互いの存在構造が瓦解寸前なのよ。その瓦解寸前の互いの存在を無理矢理支え合っている。存在は交じることはないのよ。仮にこのまま放置しててもお前と冬が交じることはないのよ。でも、互いの存在の影響は受け合うのよ」
その言葉はかつて冬が僕に聞かせた話を思い出させた。
「僕は、冬の存在に上書きされる?」
「そんなことはありえないのよ。存在とはそういうものではないのよ〜。ただあまりにも近すぎるお前達は互いの存在の持つ情報を共有し始めている、と言っているのよ〜」
「じゃあ、僕にも空器が観えるようになったりするの?」
「多分、そうなる前にお前は死ぬのよ」
「な!」
「お前は本来資質のある人間ではないのよ〜。あくまでその資質があるものと近くにいただけなのよ。今も情報をシェアしてるから成り立っているだけで、本当にお前が冬の観ているものを理解し始めたら、多分…壊れるのよ」
ああ…かつて冬が聞かせた虹の瞳を持つもの達のその末路を思い出して…
「う、うぇ〜!!!!」
僕は吐きそうになる。僕は、一体…どうなるんだ?
「なら、なんで?」
コピーなんてものにすらなれないのなら、なぜ僕を…
「おそらく君はカメラのような役割なんだよ」
「え?」
「君が壊れるかどうかはその者にはどうでもよかったんじゃないかな?君を通して間接的に真白冬という存在の観ているものを観測することを目的にしてる人間がいて、君が純粋な道具として機能すればそれでいい、くらいの気持ちだったのかもね」
「冬の、観ているものを、観るために…!!…そんな、そんなことのために!そんなに冬が気になるのかよ!僕みたいな部外者まで使って!」
「それほどに破格なのではないですか?彼は」
「それは、どういう意味?」
「なんせ彼は唯一…」
「べらべらと喋らないで!」
真冬が威嚇する。
「ふふっこれは失敬。喋りすぎましたね」
「そうなのよ。お前達の話を聞いていても、要領を得ない上に、何一つ納得もできないのよ」
「おや?今の話では、満足されませんか?」
「持ち物を取り返すためにこの世界に入ってきた。それまではわかるのよ。でも、観光先で、無関係な人間を殺す理由は、なんなのよ?」
それは最もアフが気にしていることであり、一番聞かなければならない話だった。
「そこについては……申し訳ありません。僕の落ち度ですね」
ジークは、本当に申し訳なさそうに、頭を下げた。
「謝ってすむ話じゃないのよ〜。一番、大事な話なのよ、アフにとっては」
「…そう…でしょうね。ですから…手加減は、しなくても構いませんよ」
お互いがお互いに引かず、媚びず、一線を最初から越えていた。会話はすでに意味をなくしていた。
「冬真は冬のほうに行くのよ〜、ここはアフに任せるのよ〜」
「…君一人で大丈夫なのかい?」
僕は心配で仕方なかった。
「少なくとも、お前よりは戦えるのよ〜」
「うっ」
「アフよりも冬の方がお前を必要としてるのよ〜、冬から先にお前のほうに向かってくれと連絡があったのよ〜」
「…。わかった。アフ、ここを、頼む。僕は冬のところに向かうよ」
そう言って走りだす。
「行かせねぇよ」
シェヴァラは大地を抉るように踏み鳴らし、跳躍した。
その速度は明らかに音速を超えている。
にもかかわらず、轟音はなかった。
音が追いついていないのではない、最初から存在していないのだ。
大気は裂けず、踏みしめられた大地も砕けない。ただ柔らかくたわむように沈み込み、次の瞬間には元に戻っていた。
物理法則を嘲笑うかのような跳躍。
まさしく魔業の一撃だった。
冬真には知覚すらできなかった。
いくら鍛えられているとはいえ、彼は人間の域を出ない。
生身で音速を超える肉体など、白銀の超人部隊や冬くらいのものだ。
捕獲が目的であることを忘れたのか。それとも別の意図があるのか。
理由は分からない。
ただ傍目には、その一撃は冬真を確実に殺しにきていた。
「おとなしくしてるのよ〜」
アフの一撃が、シェヴァラの頭蓋を捕らえ、側頭蹴りが炸裂する。
「ぶふっ!」
シェヴァラの巨体が信じられない速度で吹き飛び、壁にめり込む。
「す、すげぇ…」
冬は困ったらアフに助けを求めろと言っていたけど…
普段からは信じられないほどの頼もしさだ。
シェヴァラは人の領域を超えた存在だ。しかし…
善神アフ。
彼女もまた、人の領域にあらず。
体格だけ見るのなら、大人と子供だ。だがその内実は天地程にも乖離していた。
悲しいかな、シェヴァラであれど、力不足。
「はやくいくのよ〜」
「う、うん!」
「やれやれ…困ったものですね。あなたを放置して彼を追うのは難しそうだ。仕方ありません」
ジークの身から黒い瘴気が溢れ出し、懐から武器を取り出した。
「それは、なんなのよ〜?」
アフは訝しむ。
「魔力、ですよ」
「魔力……」
「はじめましょう。外なる神よ。異世界の戦いを、お見せしましょう。魔将ジークヴォイド・ヴァルナシャール・ヴォルグラム、参る!」




