さらなる疑念
「真冬…これは、いったい…君は、何者なんだ?」
僕はあまりの光景に、あまりにもありふれた言葉を零してしまった。魔族と呼ばれた者達はたちまちに氷に覆われ、身動きが取れなくなった。
「今のうちに行って」
そう言って彼女はこちらを向かずにシッシッと手だけを振るその姿に
「待てよ!いい加減、答えろ!ずっとだんまりで、何をかんがえ…」
「触らないで」
その冷たいセリフに固まる。
「何なんだよ…!少しは説明してくれよ!」
理由のわからない状態に僕は叫んだ。冬と出会ってから今日までずっとわけのわからない事態が立て続けに起きてる。空想世界なんてぶっ飛んだ場所に放り込まれたかと思えば人類滅亡の危機で正直しんどいことばかりだった。
凪のことも…真冬のことも…!それ以外だって!
たくさんの人が死んで、たくさんの人が苦しんだ。
食うことすら満足にできない状況、寝ることさえ恐れる日々…助けられない自分の無力さ、眠れない夜だって何度もあった。それでも、誰よりも責任を感じ、それこそ足手まといな僕すら最後まで抱きった男がそばにいたから頑張れた。
冬は口も悪いし、性格もよろしくない。売られた喧嘩は買うので、いつも諍いを起こす。正直まともな社会生活を送れるような人格者じゃない。それでも…僕の知る誰よりも自分の行動や発言に誠実であろうとした。
文句だって、不満だって、たくさんある。
それでも…納得はできた。それは冬が口だけじゃなかったからだ。
だけど…!
「まだ何かあるのかよ!まだ何かを僕らは耐え続けなければならないのかよ!」
そんな僕のことなんかどうでもいいかのような彼女の態度に怒りが湧いてきた。
「……」
彼女は沈痛な面持ちで、けれど何も答えない。
「君が生きていてくれたことは、うれしい…けれど、素直に喜べない気持ちもある!」
「君は何者なんだ!異世界ってなんだ!君等の目的はなんだ!君は敵なのか、味方なのか?いったい何がしたいんだよ!君はモエミに殺されたはずだろ!なんで生きてるんだ!もしかして、僕を二人して罠に嵌めようとしてるのか!?」
思いの丈をぶつけるように彼女へ叫んだ。
「落ち着いて、今ここであなたがパニックになっても、事態は解決しないわ」
その態度にイラっとした。誰のせいで…!
「プ〜ックスクス。その娘と私達がグル?そんなわけないじゃ〜ん、もしそうならこうやって君を逃がそうとしたりしないでしょ〜?」
すると、以前ジークの背後に隠れているモエミが話しかけてきた。
「お前は…なんなんだよ!お前こそ、真冬を殺した張本人じゃないか!どういうことだよ!なんで彼女は生きてる?なぜお前こそ何のリアクションもないんだよ?まさか、忘れたとか言わないだろうな?」
恐ろしいが一番あり得そうなのが怖い。
「〜ん?覚えてるよ〜、白銀色のキレ〜な髪の娘」
覚えてるのか、なら…!
「でも〜、君が真冬って言ってる娘ってぇ〜、黒髪じゃない?」
……………は?
「お前、何言って…」
「それに私〜、ソバカス女って嫌いなのよね〜、仮に髪が綺麗でも土台がダメだと私、盗ろうなんて思わないも〜ん✩」
僕は空いた口が塞がらなかった。
真冬を見る。薄青く発光するかのような幻想的な銀髪。
その顔には、そばかすなど一切ないきれいな横顔だった。
相変わらず彼女はこちらを見ない。
だが、表情には陰りが見えていた。
「なにが…いったいなにが、ほんとうのことなんだよ」
僕は己の見ている光景さえ信用できなくなってきた。
「空想世界の問題だけでも、厄介だってのに…異世界って、モリすぎだろ!どんだけ冬は面倒事に愛されてるんだっての!」
「今度は責任転嫁?真白君が問題の渦中にいると思ってるんだ〜?」
「どういう意味?」
苛立たしげに僕はそういった。本当なら話もしたくない相手だ。
「この事態の引き起こしたのは、君だよ?」
「何言って…」
「君はず〜っと勘違いしてるぅ〜。君が真白君に巻き込まれたんじゃないわ。君が、真白君を自分の問題に巻き込んでるのぉ〜」
モエミはとても楽しそうに笑ってそう口にする。
僕は笑えなかった。あまりにもそれは、不可解に過ぎたからだ。
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………は?」
永遠のような一瞬の空白に思考を支配されるように、僕は絶句した。
「なに、言ってんだよ…そんなわけ、ないだろ!」
それを否定するかのように、僕は力強くそう言った。
こいつは僕を揺さぶろうとしているんだと、そう言い聞かせて…
「本当に?」
しかし、モエミはそれをせせら笑うかのように、そう囁いた。
「それ、は…どういう意味だよ!」
決して飲み込めない話だった。
「考えてもみてよ〜?この世界は真白君が創った世界でしょ〜?なのに、真白君にも説明できない事態がいくつも起きてる。そしてそれに、深く関係があ・る・の・は?」
ナギ…最初に思い至ったのは、妹の名前だった。
補完体。冬は言った。
補完体は空想世界の余白、余分、余暇、空白を埋める存在だと。現実世界にはじめから存在する完成品を参考に、空想世界の足りない部分を埋め合わせるものなのだと。だから、空想世界で自分が見知った存在と出会ってもそれは顔がよく似た別人だと。なのに…ナギは僕のことを知っていた。記憶があった。そしてその人物が、僕の、身内…それは…
「僕は、お前のことは知らないぞ?」
ことここに至っても僕はそのことを認めたくなかった。わかっている。これは、それゆえの悪あがきだった。
みみっちい自分が嫌になる。
「クスクス〜、もぉ〜順番が逆なのぉ〜、あなたがいたから、異世界側がこの世界の存在に気付いた。あなたがいたから、この世界に干渉できた。結果的に、真白君と面識のある私みたいなのに、白羽の矢が立ったってことぉ〜。つ・ま・り!あなたが、起点になってるんだよぉ〜☆」
「そ、んな…」
「あなたがいなかったら〜、真白君もここまで後手に回ることはなかったんじゃな〜い?」
「それ…は…!」
僕は必死にそれを否定しようとして、できなかった。
冬は…僕という足枷を常にかけられて行動してきていたのだから。それは紛れもない事実で…
「しゃんとしなさい」
「ま、ふゆ?」
「あなたは今まで誰と共にあったの?誰の背中をみてきたの?その人は、己の招いた失策に、膝を折って蹲るような男だったの?」
その言葉に僕ははっとした。
冬は、そうじゃない。そうじゃなかった!
冬は、自分の起こした悲劇に、ずっと向き合ってた。この世界を現実にしてしまったのだと、だからその責任を取るために冬は奔走したんだ。泣き言なんて、一言も言わずに!
「あなたは誰よりも自分の犯してしまった過ちに向き合う方法をみてきたはずよ」
「できることを、精一杯やる」
「そう、それでいい」
真冬は、はじめて微笑んだように見えた。
「いって!いまあなたのすべきことは、ここでウジウジ縮こまっていることじゃない。あなたを必要としている人の下へ」
「うん!」
今自分がすべき最優先事項を思い出した。
僕は多くの疑問を飲み込んで、走り出す!
「行かせないよ〜?」
「これは!」
いつの間にか周囲に蜘蛛の糸が張り巡らされていて、通れなくなっている。
「ただ楽しくお話してると思った〜?ざ〜んねん、もう逃げられないよ〜?」
「そうでもないでしょ?直接触れさえしなければ問題ないわよ。壁でも壊してすすめばいいわ」
真冬は焦った様子もなくそう言う。
「ふふっそんな時間あるかしら〜?」
「どういう意味だ?」
「真冬ちゃん?って娘はね〜、とても無理をしてると思うの〜」
「なんだって?」
「きかなくていいわ、はやくいって!」
「その娘の力はとても強いわ〜、でもねそういう強い力っていうのは、何かしらの制約があったりするものなの〜、例えば時間制限があったり〜、使用回数に、制限があったり〜、効果範囲に制限があったりね。もしくは〜視界に入ってないと効果ないとか?」
真冬の表情がかすかに揺れた。
「ジーク様の後ろにいる私には効果がないところをみると、図星かな✩」
「それに…時間制限もありそうよね?あなた、さっきから顔が青くなりだしてるもの〜、このまま続ければ、いずれ限界が来る。そして、その時君が逃げていたら、彼女はどうなるかな?」
モエミが恐ろしいほどに、ちゃんとモノを考えてこちらの行動を制限してきた。
「そんな!」
「いいから行って!私は大丈夫だから!」
「でも!」
「あなたがここにいても足手まといだって言ってるの!」
「う!」
僕は逡巡したが、それでもその言葉に従うことにした。確かに僕にはここでできることはない。だが…
「それは困るな。君にあちこち動き回られると、探すのも面倒だしね」
真冬の背後から男の声がする。
その男とは…ジークだった!
「な!」
振り返る隙もなく、真冬を両目を覆われる。
そして…
「うぐっ!」
真冬が蹲る。
「真冬!」
真冬が目を開ける。しかし、そこには…!
「なんだよ、これ」
真冬の瞳は真っ黒く染まっていた。
「目が、見えない…」
「なんだって!」
「うあら〜!やっと解けやがった!」
そうこうしてるうちに、シェヴァラの凍結も解けてしまった。クソ!
僕は顔を上げる。
「ジーク!お前…!」
「よくやったね、モエミ。時間稼ぎ、ご苦労さん。君が気を引いてくれたから、背後に回るのも楽になったよ」
「褒めてくれてありがとうございますぅ〜、ジーク様」
完全にモエミの方に気を取られてしまっていた。
あれらもブラフ!
「ああ、別に眼を完全に潰したわけじゃないから安心しなよ。さすがにレディの眼を潰すのは僕も心が痛む。だからしばらくの間だけ、眼が見えないように施した」
「くっ!どうやって?」
真冬は歯噛みする。
「君の力が視界に関係するのは、一目見て分かった。君の目が光り輝いていたからね。最初はシェヴァラ、そして僕をみて、凍結が発生した。だから僕はその時、小細工をしたんだ。影代、という業でね、自分の影と自分を入れ替える」
「この世界では、魔素はまだないはず…魔力だけでは、あなたたちの魔法は使えないはずよ」
魔法!?魔法って言ったか?今
僕が驚愕するのもよそに彼らは話を続ける。
「それは正確な認識じゃないね。僕等はある程度魔法は使えるよ。ただ外界に干渉・改竄できるほどではないってだけ。つまり…自分自身には、使えるし、君のような同じ異世界の人間には効果は出しやすい」
「もっとも今のは魔法ではないけどね。君は魔業を知らないようだね。まぁ、無理もない。これらは僕らにとっては自身の魔法よりも秘匿義務があるからね」
「魔業?」
「冬真君、先程の話の続きを、と思ったが…時間をかけすぎたようだね」
「何を?」
「お前は、抜け過ぎなのよ〜。問題が発生したら、連絡を入れろとあれほど言ってあったのよ〜」
その声に僕は振り向いた。そこには…!
「アフ!」
アフがいつの間にか、そばにやってきていた。




