魔の物達
彼女の顔を見あげる。
青白く発光する白銀の髪。その容姿も相まって今にも消えてしまいそうな幻想的な少女…。
あの日から変わらない、彼女の姿に…僕は…!
「ま、ふゆ…!生きていた…生きていたんだ!僕はてっきりモエミに殺されたんだとばかり…真冬!僕だ!冬真だ!」
良かった…良かった!生きてた!生きていたんだ…!
しかし…
真冬の瞳は冷たく、こちらを見下ろしていた。
「真冬?」
こちらを彼女は見ていなかった。その瞳はジーク達へと注がれていたのだ。
「ふむ…君は…どちら様かな?冬真やモエミと知り合いなのかな?その軍服からして…アルカディアの関係者かい?彼等もとうとう重い腰を上げたのかな?…いや、他の五大企業を説得できたとは思えないな。
天竺やザナドゥとは折り合いがつかないから今日まで座視に留まっていたのでしょう?とすると君の独断か、あるいは…」
「ここは魔族領ではありません。直ちに立ち退きを要求致します。」
真冬は機械的にそうとだけ告げた。
「ふふっ」
「何がおかしいのですか?」
「君は、アルカディアの者ではないね?」
「……」
真冬は表情を変えず、されど肯定も否定もしなかった。
「アルカディアに関わらず、なりすましは重罪扱いだよ?」
「……あなたがたが人類圏に対する私的、軍事的行動をしていることの、正当性を主張するおつもりですか?」
真冬は質問には答えずに、行動の正当性について言及をした。
「苦しいね、この世界は君達にとって管理下にあるわけではないだろ?もし…君がそう思うというのなら、アルカディアにそう進言するといい」
ジークはまるで怯んだ様子は見せず、余裕の表情だった。そんなことは出来ない、と確信きているかのように
「条約違反ですよ。ジークヴォイド将軍。先の大戦で我々との間にできた約束事をお忘れですか?」
真冬は無表情だが、僕には焦っているようにも見えた。
「それは君等が約束を違えなければ、の話だろう?君等もどうやら幾度かこちらに接触を図っているようじゃないか?」
「どこでそのような話を?」
「僕等の情報網を甘く見過ぎたね。君等は一枚岩というわけじゃないだろう?」
「…内部リーク、ですか」
「ふふっ」
ジークは苦味のある笑みをこぼす。その仕草には嘲弄ではなく、別のものが含まれていた。
「そんなふうにいくつもの言い訳を作って…わざわざ自分達の手足を縛り、行動できない君等の性に、同情しますよ」
そこには本当に、心の底から憐れみを滲ませていた。
「侮辱するつもりですか?魔族の将よ」
真冬の目が細められる。
「魔族を人類の敵だといいながら、人類全体でその思想を統一することもできないでいる」
「っ!」
真冬は息を飲んだ。
真冬は拳を握るように、しかし言葉は発さなかった。
発せなかった。
「人種、性別、思想、組織、国家…果ては、世界すら異なる者達同士で盛大に足の引っ張り合いだ」
「君達は多様的だが…多様的に過ぎたね。
種としての根本的な価値観すら統一できない程に違い過ぎる。もはや形だけ似通った別の種族の集まりだ。
そんな状況で、我々に勝てると思っているのかな?思い上がりだね」
「……」
真冬は歯噛みするように、表情は硬い。
「君がアルカディアへ直訴するのなら、お好きなように…僕等は気にしない。」
「アルカディアを敵に回すのも、恐れてはいないと?」
「元から気にしたこともないよ。僕等にも旨味のある条約だったから、結んだだけだよ。それは…君等も分かりきっているだろう?」
「それは…」
真冬が言い淀む。そして…
「いい加減にしろ!君等は一体なんの話をしているんだ!」
僕は我慢の限界だった
怒りを抑えられなかった。
僕を取り巻く環境は僕を巻き込みながら、僕を蚊帳の外にする!
二人がこちらを振り向く。その視線は二人とも意味合いが異なっていた。
「なぁ?君は、真冬、なの、か…?」
僕の頭の中はこのとき真っ白になっていた。
彼女の顔をみる。彼女は今もこちらに視線を向けないでいた。
彼女は口を開かず、こちらを警戒するような表情さえ浮かべている。その雰囲気に僕は不安に駆られた。
「君は、真冬…じゃないのか?」
「……あなたを保護します。」
ただそれだけを彼女は僕に告げた。
彼女の声は確かに彼女のものなのに…僕には全く別人のそれに聞こえた。
「僕だ!冬真だよ!忘れたのか!?」
僕は力の限り叫んだ。叫ばずにはいられなかった。
だが、彼女は僕の問いには答えなかった。
「モエミ!お前が真冬を殺したんじゃないのか?どういうことなんだ!」
一瞬だけ視線が揺れた気がしたが、真冬は何も答えなかった。
だから僕は矛先を変えた。
「…ん?ごめ〜ん、聞いてなかったぁ〜♡」
モエミはこちらをみてもいなかった。
興味なさそうに自分のキューティクルをいじっていた。
「てめぇ!」
僕はキレそうになった。飛びかかってぶん殴ってやりたい!そう思い、力を精いっぱい入れる。
なのに、絡め取られた糸はびくともしない。
いや、力を入れようとしてるのに、逆に力が抜けていくようだ。クソ!
「いい加減…僕にも説明しろよ!お前等、一体なんなんだよ!」
答えが返ってくるはずもないのに、僕は腹の中をぶちまけるように叫ぶ!
「そうですね。君も何も知らないのは、フェアじゃない。お話しましょう」
きっと突っぱねなれる。優位な立場の者がわざわざこちらの疑問に答える義理などないのだから。
そう考えていた冬真にしかし、ジークの言葉はあまりにも意外な形で返ってきた。
「え?」
僕は困惑し、
「おい」
シェヴァラは咎めるように難色を示した。
「シェヴァラ…彼も、僕達に無理矢理連れて行かれるんだ。何が何だか分からないままじゃ、気持ちの置所もないだろう?」
「アホか…話したところで相手が納得するわけもないだろ?いちいち捕虜が何考えかなんて、どうでもいいわ。俺等は俺等の役割を果たせばいい。違うか?」
「違うね」
シェヴァラの考えはこちらの気持ちを一切考慮しないクソ野郎ということを除けば、合理的な考えではあった。
だが、それをジークは否定した。
「はぁ…なんでだよ」
「知っていても知らなくても連れて行くことは確定している。ならば知ったところで結果は変わらない。結果が変わらないなら、僕はせめて自己満足のできる範囲で誠意を尽くしたい。つまりは僕のわがままだ」
「本当にわがままな大将だぜ。はぁ、いいよ、好きにしな。大将の勝手は今に始まったことじゃない。俺は大将の尻ぬぐいをする。そんだけさ」
呆れたようにこぼすが、邪魔する気もないようだ。
「…やめて!」
真冬はしかし待ったをかける。
真冬の指先がわずかに震えていた。
「聞けない相談ですね、彼は知りたがっている」
真冬は下唇を噛むように、ジークを睨んでいた。
そして…
「そうですか…なら、仕方ありません。こちらも準備はできましたから!」
真冬の眼が輝いた次の瞬間…!
「ジーク…!」
シェヴァラは真冬の雰囲気が変わったのを感じ取り、彼女な飛びかかろうとする、そのとき…
パキリ!
「あん!」
いつの間にかシェヴァラの足が凍りついていた。
予兆すらなかった!
足元から這い上がるのではない。
気付けばそこに氷が完成していた。
氷はそのまま、彼の身体を覆い始めた。
「ち!」
氷を砕く勢いでシェヴァラは己の足目掛けて拳を振り下ろした。
ガン!
凄まじい衝撃音を立てて、拳は氷に叩きつけられた。
なのに…
「まるでビクともしやしねぇ…!それに冷たさも感じねぇ…だが…妙な手応えをしやがる。てめぇ、ナニモンだ!」
身体には干渉してるのに、周囲の地面や空気に伝播してる気配がねぇ。物理的な連続性がない。純粋な氷雪系の能力じゃない。これは…!
「おやおや、これは困りましたね」
「ジーク!」
ジークの方も身体が凍り始める。
「ジーク様!」
モエミが驚いた声を上げる。
「大丈夫だよ。モエミ。僕の後ろに」
ジークはこの状況でも余裕を崩さなかった。
そして…
完全に全身を凍りに覆われた。




