襲来
「残念ながら、交渉は決裂だな、真白。まったくひどいやつだな、君は。かつての知己の望みをそのように袖にするとは」
うるせんだよ…寄生虫が!
「15年の無駄な裏工作、ご苦労さん。」
マジで盛大に無駄を弄したクソ野郎。
お陰で俺のエンジンにも火がついたぜ。
そのまま焼き殺してやりたいくらいだ。
暗い感情が己の内を爆ぜるように燃え盛るのを感じた。
俺も、麗も、いいや、ほかのやつだってきっとそう…
誰かの都合に振り回されるのを、良しとはしない。
「あいからわず、ジョークを解さないな、君は」
そう言いながらもクリアは終始無機質で、失敗したことに対しても大して気にしてる様子はなかった。
「そっくりそのまま返すぜ、無神経」
ジョークにしては手が凝りすぎてるし、たちも悪い。
冗談でしたで済ませるつもりはない。
笑かすぞ、ベジータ?
「やれやれ…君はプライドが高すぎる。目的を達成するために、それは必要か?君は自分の感情を大事にするあまり、己の欲するものすら結果として遠ざけてしまっている。」
お?やんのか、カス?
そっちにやる気がなくても殺るぞ?
「言ってることは正しいんだけど、言ってる人間が間違ってんだよなぁ」
俺は苛立たしく頭をかいた。
お前が言うな。マジで人の神経を逆撫でするやつだ
渾名は無食虫で決まりだな。
宿主に取り憑き、食い散らかし、それでいて何一つ生み出さない。
まさしくお前に相応しい。
「お前の卍解は【神経逆撫】か?煽りカスな性格が交渉事に致命的なまでに向いてないよお前」
人をいきなり襲って、都合のいい時だけ交渉事などと、どの口がほざくのだか…
「私としては、煽っているつもりはないのだがね。徒労にこそ終わったが、実験としては実りのある結果だったよ。だが、いいのかね?」
クリアはこちらに問いかける。
「その遠隔型で我々とやり合うつもりか?」
その声は静謐そのものだった。
だが、そこには確かな嘲りを感じる。あるいは失望か…
「そんな非現実的なことが可能だと、本気で思っているのかね?」
クリアの虚ろな瞳がこちらを見据える。
「忘れたわけではあるまい。君は全盛期でさえ、我々に敗北した」
一歩、クリアが前へ出る。
「ましてや今の君はどうだ?」
二歩、さらに踏み込む。
「反存在は使えない」
三歩、目と鼻の先に立つ。
「ザインクラフトも失った」
こちらの正面で、俺を見下ろす。
無機質な瞳だけが、こちらを見ていた。
「その状態で、何をどうするつもりなのだ?」
腹が立つほどに正論だった。
その見下ろす眼を睨み返すことしかできない自分が恨めしい。
今の俺には、こいつらを倒すための決定打がない。
だからこそ、余計に腹が立つ。
『ちっ!冬真!一体何処で油を売っている!!』
俺は冬真に呼びかける。こいつらと遭遇した段階で俺は冬真をここに呼びつけていた。
距離を考えれば、もう到着していてもおかしくない。
俺が警備を倒したせいで侵入に手間取っているのか。
あるいは――
『冬……こっちも緊急事態だ!』
返ってきた声は、予想外に切迫していた。
冬真の切羽詰まった声に、嫌な予感が走る。
『異世界の連中が……攻めてきた……!』
『何だと!?』
事態は悪化する。
こちらの都合などお構いなしに…!
◇
冬から緊急の召集がかかった。急いで晴の研究所に来るようにと…
僕は急いで、晴の研究所に向かっていた。
「まったく、いつもいつも…なんだってんだよ!」
胸中に渦巻く不安を吐き出すように、僕は声を荒げる。
冬と出会ってから僕の人生は波乱万丈だ。襲い来る脅威にいつも後手を踏まされる。冬を中心にして、多くの災いが、集ってくるように。
「はやく…はやく冬のところに向かわないと!」
「そんなに急いでどこ行くの?冬真君✩」
空気が凍るかと思った。
通り過ぎるはずの風景の中に、いてはいけない残影が目の端に止まる。白い姿。
一瞬だけ…夏を彷彿とさせるその人物は…
「もえ、み!!」
かつてのことがフラッシュバックする。
クソ女が…!やっぱり生きてやがった!
「てめぇ…!ぶっ殺してやる!」
銃を取り出し、モエミに向け、容赦なく発砲する。
血が登った頭に、冷静な判断はできなかった!
「わわっ!どうしたの〜? そんなに怒ってぇ〜、モエミ、こわ〜い」
軽く跳躍し、それをかわすモエミ。
唇をつきだして顎に手を添える。可愛いアピールをしたいのだろうが、その出で立ちや背景を知っているものからすればその異質さに吐き気を覚えるだろう。
「なんなんだ…なんなんだよお前は!」
真冬…真冬!
コイツのせいで真冬は!
あれ以来、真冬の姿は見つからなかった。
この時代においても、真冬は見つかっていない。
まるで世界に最初からいなかったかのように、彼女は霞のように消えた。
「お前が!真冬を殺したんだ!」
「キャハハッ」
モエミはこちらの銃撃を物ともせずに飛び回り、返す掌をこちらに向けて、蜘蛛の巣のような糸を飛ばしてくる。
だが、飛翔する糸はそこまで速くない。
冬の訓練に比べれば、ぬるいとすら思えるほどに
イケる!
そう思ったその時…
「ご苦労だったね、モエミ」
声のする方に顔を向ける。そこには…
「な、んだ…あんた」
綺麗な顔立ちの青年がそこには立っていた。温室育ちのような気品さえ伺わせる。
だか、その異様はコチラに忌避感を覚えさせた。
薄く、青い肌に群青色を思わせるような深い青色の髪。だが問題はそこではなかった。彼の頭には…
「角?」
そう…角が、生えていた。およそこの世界では見たことのない、現実でさえ見たことのない立派な角が、生えていたのだ。あれ…本物か?
「やくやったね、感謝するよモエミ、ありがとう。」
「もっと褒めてくださ〜い。ジーク様ぁ」
媚を売るように彼女はジークと呼ばれた男に腕を絡める。
なんだ?モエミの仲間、か?
モエミは異常者だが…のこいつからはもっと別の何かを感じる。そもそも人、なのか?
「チョーシのんなよ、雑兵。立場わきまえろっての」
もうひとりの男が現れる。その男は青い男よりもさらに身長が高く、筋肉質な大男だった。厳ついような見た目なのに、その顔はひどく端正で、美丈夫と呼んで差し支えない身姿をしていた。
赤い肌にそれよりさらに赤い髪をした大男。この男もまた、頭上に恐々とし角が、生えていた。
赤い大男はモエミを蔑んだ目でみすがめる。
「きゃっ!こわ〜いジーク様〜」
わざとらしくジークと呼ばれた青年の背中に隠れるモエミ。
「シェヴァラ、あまりそういう態度はよくないな。彼女は、僕の大事な部下だ」
「かぁ〜!ジークお坊ちゃんよぉ〜、オメェさんはほんっと、女の趣味がわりぃ。」
「…そういう問題ではない。礼節の話だ。それと、お坊ちゃんはやめろ」
そうはいうが、僕の目から見ても、ジークはモエミに惚れているように見えた。あるいは女性に対して免疫がないだけかもしれないけれど…
「それこそ論外だっての。そいつは兵隊。俺等は将。ましてやそいつは同類ですらねぇ!奴隷も同然だぜ」
「ジ〜クさまぁ」
甘えたような声でジークと呼ばれた男に媚を売るモエミ。
「シェヴァラ」
そうぴしゃりと言うと…
「はぁ〜わかったよ、大将。あんたが俺のボスだ。言うことには従うぜ」
「ん、それでいい」
「なんなんだ、あんたら…」
「すまない…自己紹介がまだだったね、僕はジークヴォイド。みんなからはジーク、とだけ呼ばれている。君に分かりやすく言うと、僕らは異世界人だ」
ジークヴォイドと呼ばれた男の瞳と目が合う。
たったそれだけで僕はすくんで動けなくなった。
金色の瞳からは人のそれを感じなかった。
正しい表現かは分からない。だが、あえて言うなら、【魔性】。
魔物だと言われたほうが信じられるかもしれない。
そんな非現実性を与える。
「異世界の人間が、何の用だよ!」
冬はここにはいないんだ。僕だけで対処できるのか?
冬に用があるなら、冬はここにいないというべきか?
いや、だめだ。
もしいないと分かれば僕を人質にするかもしれないし、逆だとしても僕がネックになってしまう!
どうすれば…
「そう怒らないでほしい。君に危害を加えたいわけじゃないんだ。僕達の目的は【冬】ではないよ。」
「え?」
まるでこちらの心を読んだかのように彼は告げた。
「君に、用があるんだ」
え?ぼ、ぼくぅ?
「いや…意味わかんないし!なんで僕?」
「正確には君というよりも、君の持っているものに用があるんだ」
「は?僕が、何を持っているっていうんだ?」
「ああ、それはね…」
その時だった。
「あぁ〜マジムカつく〜」
「ほんっとそうよね〜、うちの部長、新人のアニマばっかエコ贔屓してんの。仕事がちょっとできて、おべっか使うのがうまいだけだってのあんなの!真面目ちゃんアピールしちゃってさ〜、◯◯先輩、ちゃんと仕事してください、これ先輩の仕事じゃないですか!って私説教されちゃったわよ…あんたがやれば〜?どうせあたしよりうまくできんでしょ〜って仕事押し付けて来たわよ、ぷっ、あいつのあんときの顔、ウケる!」
「ホントホント、ちょ〜わかりみ! マジ消えてほし〜、ってか死んでほし〜、って…あれぇ?」
声のする方に僕らは振り向いた。
いけない人が来てしまった!
「ねぇねぇ、これなんかの撮影ですかぁ〜?」
「ちょっと!君達、ここに来ちゃだめだ!」
僕は慌てて彼女達に静止をかけたが
「え〜お忍びで、撮影ですかぁ〜?でもぉ〜、ちょっとくらいよくなくな〜い?」
OLのような彼女達はこれを映画の撮影か何かだと思っているようだ。まずい!
「てかその角、よくできてますねぇ〜?本物だったりして(笑)」
「ぎゃははは それ、マジウケる〜」
何が面白いのか、一向に分からない。
だが、僕が何かを言う前に…事は起きた。
「お嬢さん方…すまない。今取り込み中なんだ。席を外してはもらえないだろうか?」
ジークは紳士的にそう促す。だが…
「え〜、いいじゃん、いいじゃ〜ん!ちょっとくらい〜、ねぇ?お兄さん達カッコいいし〜、ちょこっとお茶しよ〜よぉ」
まるで盛りのついた猫のような声を出す女達。
彼女達はそう言ってこの場を離れようとはしなかった。
ジークは困ったような表情で、次を促そうとしたが…
「まぁまぁ、大将〜、ちょこっとくらいお話したって、バチは当たらねぇよ?」
シェヴァラは意外にも乗り気だった。
「シェヴァラ…やめろ」
ジークは刺すように彼を制止する。だが…
「悪いね〜、うちの大将はウブでさ〜、ツラは良いのに、奥手で困っちまう」
ニッカリと笑う姿は本当に気のいい近所の兄ちゃんのようだった。人の懐に入るのがうまいのだろう。2人の間に瞬く間に入っていく。
「えぇ〜、あんなに顔いいのにもったいな〜い♡」
ジークは咎めを気に見せずに、シェヴァラは止まらなかった。女性達も乗り気で、危険に気付いていない。
僕は悪い予感がしたが、動くよりも前に事は起きた。
「う〜ん、お姉さん達、いい匂いがするな」
そう言って、シェヴァラは女性の一人の顔に己の顔を近づける。
「あっ!」
小さな悲鳴こそ上げたが、突き放すことはしなかった。
シェヴァラは大男だが、その顔立ちは精悍さと美しさを両方備えている。
もっともどんなに顔が良くとも普段の彼女達なら急に距離を詰めてくる男は好まない。幻滅し、突き飛ばしただろう。だが今は不思議と悪い気がしなかった。
そして…
唇を重ねる。
「ん!んん!ん♡」
情熱的に弄られる口内に女は人に見られているにも関わらず、甘い声を響かせた。そして…
ぐちゅり
嫌な音が鈍く響いた。
「????!?!?」
だらり、と。何がが垂れ落ちる。
女の顎から下が、なくなっていた。
「う〜ん、ぺっ!まじぃな。こっちの世界の人間は…なんだこりゃ、まるで霞でも喰ってる気分だ。味気ね」
「いやああああああああ!!!!!」
もう一人の女性の声が響き渡る。
尻もちをつき、逃げ出そうとするが、腰が引けて動けずにいた。
こいつ…女性の口を、喰い…
「お前ら…なんてことを…!!」
「シェヴァラ!わきまえろ!食事をしにきたわけじゃないだろ!」
ジークは行為を見咎めるが…
「そんな怒んなよ…これくらいのつまみ食いで…」
何ら悪びれずにそう告げた。
僕はシェヴァラに銃口を向ける。だが…
シュッと音が鳴り、いつの間にかこちらの死角に回っていたモエミの糸がこちらを捉える!
すぐに引きちぎろうとするが…
「なんだ…これ?」
身動きが取れない!というよりも力を入らない。筋肉がこちらの命令に従わない!まさか…毒?
「毒とは少し違うよ〜」
こっちの思考を読んだみたいにモエミはそう言った。
「アタシの糸はね、特別製なの〜、環境に合わせて性質や材質が変わるの。岩場で使えば岩のような性質を、水場で使えば水のような性質に変わるの、一種の擬態能力だって、ジーク様は言ってたわ〜。でもね?一番の使い道は、人に使った時。人の身体中に張り巡らされた神経に擬態するの。つまりあなたの神経はもうこっちのものよ」
神経を直接奪われる!?
なんて厄介な能力なんだ!
「君はそのまま連行することにする。しばらく窮屈だろうが…そのまま大人しくしていればしばらくは無事でいられる」
クソ、クソ!クソ!
「僕に一体何の用だって言うんだ!言っとくけどな…僕なんか何の役にもたたないぞ!」
「はははっ自分でそれ言ってて虚しくないかい?」
「う、うるせぇよ!」
「とにかく、今は君を…どうやら、時間をかけすぎたかな?」
「なにを…!」
そう言おうとしたとき、周囲への気配を感じた。
「止まれ、魔族共」
女の声が響く。聞き覚えのある声が…僕はその方向を振り向いた。そこには…
「真冬?」
死んだはずの彼女の姿がそこにはあった。
見慣れぬ軍服を着た、彼女の姿が…




