虚無の真実
並び立つは四人。
広間の空間が、そこだけ歪んで見えた。
いや、歪んでいるのではない。
存在そのものが欠落している。
視界は捉えているのに、世界が彼らを認識していない。
見姿が変わったものもいるが、その異様さだけは変わらなかった。
「クリア…」
「久方振りだな、真白。」
「この騒動もお前達の仕業か!」
「そうだ。コレは憑神ジャ・イー。アジン・ダーワと同じく私が造った作品だ。今そこにいる悪神や善の記憶については君の想像通り、この憑神の力が関わっている」
「コレは、因果の結び目に干渉する憑神でね。いわば不循環因果を意図的に起こした。悪神の母親というモチーフで鋳造されている。親殺しのパラドックスを知ってるかい?親を殺すと子供も生まれてこないというやつだ。逆に言えば、親がいるなら、子供は生まれてくるという寸法だね」
「予想はしてた。だが…マジでやりやがったな!」
原因を後付けで過去に置くことで、因果の逆流を産むなんて…無茶苦茶すぎる…!
「君が未来の情報を持っているが故に、未来の情報を収積させるのは、割と簡単に済んだよ。まぁ、こちらの晴に邪魔されてるわけだが…」
晴がジャ・イーと共にフリーズしてるのは、いち早くコレの危険に気付いたからだろう。
「どういうつもりでこんなことをする!お前らの目的はなんだ!」
「なんだなんだ!どういうことだ!?一体お前は誰に話しかけている!?」
善には虚無達が見えていないようだ。
俺が突然何もない空間に怒鳴り散らしたのだから、驚きもする。
「ザインを使って、存在探知してみろ」
そう言い、俺は虚無達のほうを指差す。
善は眉根を顰めながらも、言われたとおりにする。
すると…
善の表情が変わった。
血の気が引いていくのが分かる。
何かを見たというより、何もないことを理解してしまった顔だった。
「なん、だこりゃ…!? なにも、ない?あの空間だけ、世界を感じない…どうなってんだ!?」
「善…離れていろ。アイツラの目的は俺だ。君はアレラに関わるな」
「ふざけんな!説明しろ!」
「今はそんな余裕はないんだよ!」
「なんだと!」
善は引く気配が一向にない。ホントにコイツは…!
彼の気質の悪いところが出ている。
「やれやれ…嫌われたものだね。今すぐに取って喰いはしないさ。少し話をしよう」
透明な男、クリアは俺にそう告げた。
「お前らの用は俺だろう!なぜ夏さんを攫った?」
「さぁ?それはディラフトの独断だね。私は知らないよ」
「何!夏を攫った奴がここにいやがんのか?姿を見せろや!」
「君は黙ってろ」
話が前に進まない。
「あ?俺に指図すんな!夏を攫った奴が目の前にいるのに、黙ってられ…ぅぐ!」
善は白目を剥いて、額から地面に突っ込む。
ヒクヒクしている。後頭部を殴打されたのだ。
「どういうつもりだ?悪神」
「善ちゃむが起きてると、話が前に進まないでしょぉ〜?だ、か、ら♡」
それと…
「アリンって呼んでぇ〜 ア〜シはそっちのほうが気に入ってんの」
「俺を助けてお前になんの得がある?」
「え?無視?ひどくな〜い?」
そういう割にはケラケラ笑っており、この状況そのものを楽しんでいるようにも見える。
こいつ…
「ア〜シよりも、あっちに集中したほうがいいんじゃないの?しらんけど〜」
「お前…観えてるのか?」
「んふ✩」
悪神は意味深に微笑みながらも、その真意を口にするのとはなかった。
だが追求するのはあとだ。今は…
「素晴らしいね…真白、君も、この世界も」
「お前らにとって、何か利点でもあるのかい?」
「君は我々虚無をどんな存在だと思っている?」
質問に質問で返しやがって…
「他惑星からの侵略用反存在兵器」
宙からの侵略。
俺達よりも高度に進んだ惑星の科学技術。
宙から降ってくる遺跡や遺物も俺達の技術では解析すらできないものだって存在するのだから。
それは充分にあり得ることだと思っている。
現にノインツェンなどもまた、別の惑星からやってきて攻性を示した。コイツラも似たようなものだと俺は思っている。
「ふふっ」
「何がおかしい?違うと言いたいのか?」
「この惑星出身でないのは確かだが…我々はそもそも兵器ではないよ。元は君と同じ人間…人類種に近い他惑星の知性体だ」
「知性体だからなんだと言うんだ?存在を喰らい、消滅させる、充分兵器だ」
「傷つくねぇ〜、ムシャクシャしてきた。この世界を消し飛ばしてしまいそうだ」
言葉とは裏腹に表情も声音も恐ろしく冷めていた。
「てめぇ…!ぶっ殺してやる!」
「強がるなよ。君のそのアバターは遠隔型だろう?アンチヴォイドは在核そのものに刻まれた、いや損なわれた機能故のバグだ。当然使えやしない、頼みのザインクラフトもディラフトに壊されたろう?」
「やはり、ディラフトはお前の仕業か!なぜアイツを虚無化させた?」
「単純に手駒として優秀そうだったからだよ。特に君相手ならね」
「あ?」
「本格的に我々と勝負をしよう、真白」
それは明明白白な宣戦布告だった。
「君の好きな一人遊び(RPG)じゃない。対戦相手がいて、別の思考を持った他者が介入する、そういうゲームだ。一本道ではない、マルチエンディングの用意された未知数の未来を奪い合う、そういうゲーム」
「俺と遊びたいってか?ははっこりゃまた…」
傑作だ!どいつも、こいつも!
「なぜ俺にそこまでこだわる!」
「君が特別だから」
「意味不明なことを…」
「なぜ、虚無は生まれたのか…知りたくはないか?」
「…話すつもりがあんのかよ」
「ああ、もちろんさ。我々に付き合ってもらうんだ。これくらいはしておかないとね」
付き合うとは言ってないけどな。
だが話の腰を折っても俺に得はない。ここは黙って聞くことにする。
「我々はね、存在科学へと到達した文明だった。文明を次のステージに推し進めるものは、高い技術力、そして、膨大なエネルギーだ。高度に成長した文明はエネルギー問題を次々拡張していった。生命エネルギー、精神エネルギー、物理エネルギー、次元エネルギー、そして…存在エネルギーへと…君とは異なり、我々は技術力を段階的に引き上げて、そこへと至った」
「かつてないほどの繁栄…だが、それはさらに先の可能性が我々に示される瞬間だった。行き止まりではない。まだ我々は次のステージに進めるのだと、誰もが疑ってはいなかった。だが…」
「終わりは静かに、だが確実に我等を侵食してきた。流れの察しはつくだろう?虚無の発生だ」
言い分からそこに繋がったのは、分からないではない。だが…疑問もある。なぜ…
「存在兵器の開発が進めば、今度はそれに対抗する技術が台頭する。そう考えれば、反存在兵器が出てくるのは、自然な流れのように思えるけどな」
「まぁ、普通はそう考えるだろうな」
「違うと?」
「虚無は兵器として生まれたわけじゃない。自然発生したのだよ」
「いやいや、そんなこと…」
あるわけがない。だが、俺は観測不可能領域に…
その一部とはいえ、触れている。その感触が、理解が、それを完全に否定することを、させなかった。
「空器と対を成すもの、宙器…それは空器が裏返ったものだ。虚無はこの世に存在するものの起源となる空器の反転した属性を持っているのだよ」
「属性…」
「そう…君は視覚思考者だ。空想を現実に描画する。それはつまり、存在の色彩を捉えることができるということだ。存在の色彩とはつまり…存在の属性を司る」
「視覚思考者は、ほかの界覚領域を司る者の中でも群を抜いて特別だ。空想を現実に描画するなど…我々の時代でも出来はしなかったことだからな」
「君は空器をなんだと思っている?」
「それは…空器はこの世に存在するあらゆる存在の起源となりうる素。まだ何色にも染まっていない無地の存在エネルギーだ」
「そうだね、ならばなぜそのエネルギーはほかの人間には知覚することすらできない?」
「それは…極小のエネルギーゆえに…」
「それは、嘘だ。周囲への方便だろうが、私には通用しない。そうだろう?」
いちいち鼻につきやがる。
まるで導くかのように、クリアは次を促す。
「別に嘘は言ってないさ、正しくもないが…空器には大きい小さいなどという概念を当てはめるのが難しいのは確かだ。なぜなら空器とは、この世界そのもの、この世界という巨大な存在そのものから溢れているエネルギーを抽出しているからだ。その規格は…我々の認識ではその存在を測れない。だから、観えない、だろう?」
「エクセレント!」
パチパチパチと生徒を褒めるように手を叩くクリア。
相変わらず無機質な声音と表情だが、本当に心から称賛しているようだった。それがさらに鼻につく。
「君達虹の瞳持ちは希少だ。その瞳は宇宙中に垂れ流される情報を受信するだけのものではない。むしろそれは副次的な効能だ。世界という規格外の存在を知覚するための、いわば知覚拡張技術の産物だ。我々の時代にも同じような研究をしていたが、結局うまくいった例は数例だ。それも、君ほどの成功例は存在していなかったがね」
「本来ならば、存在科学へと至った知性体でも、我々を知覚することはできない。だが、視覚思考者かつ虹の瞳を持つ君は空器…つまりは世界の輪郭そのものを知覚できる。世界が観えるということは、その外側も肌で感じられるはずだ。それに…」
「うれしい誤算もあった。君は虚無化しても存在を完全ロストしなかったことだ。君は、それどころか、適応した!我々と同じようにね。まさか脳を喰われてもロストしないとは、こんなに完璧な検体は今まで一度もあり得なかったよ。」
「今までにも、だと?」
「そう…我々はね、この惑星の住人ではない。というよりもこの宇宙の住人ではない。もう滅びた…別の宇宙の存在だ。」
「お前らは、異世界の人間…なのか?」
「異世界?ああ…あの連中か…アレラとは別口さ」
「なら、なんなんだ?」
「君等の宇宙が生まれるよりも前に生まれた宇宙、だよ。」
「なん、だと?」
スケールが…デカすぎる!
宇宙の発生レベルの話など…もはや…!
「一度じゃない。ここにいる虚無の王はね。皆、違う時代…違う宇宙の、生き残りだよ。いいや…生きているとは言えない状態だがね」
絶句してものを言えない俺に、クリアは続ける。
「そもそも異世界は文字通り、我々の宇宙とは成り立ちからして異なる。法則の違う者達だ。この世界由来の存在ではないが故に虚無の力も完全には通じない。もっともあちらからの干渉もほとんど受けないがね」
「お前らは異世界の連中のことを知っているのか?」
「むしろ…なぜ我々に聞く?」
「あ?」
「冬真に聞けばよいだろう?」
「…あ?」
意味が、理解できなかった。
あいつに、なぜ異世界のことを聞く?
「あいつが…異世界のことを、なんで…」
「我々は直接アレラと面識があるわけではないよ。もっともアレラもまた君の創ったこの空想世界に興味を持ったようだがね、欲しがっているのだろうね。まぁ、彼らの性質を考えれば、わからなくはないが…それはさせんよ。これは、我々がいただく。」
聞き捨てならないことを…!
「ナメてんのか?」
「凄んだところで、今の君では話にならんよ。真白」
ギリッと歯を噛み鳴らす!
ザインクラフトもなければ反存在も使えない。今の俺は、確かに無力だった。
「この空想世界は素晴らしい。異世界の者達が目をつけるのも頷ける。」
「虚無が…我々が君にたどり着くまでにどれだけの失敗を重ねたと思う?どれだけの宇宙が消えたと思う?そして…存在科学に文明が到達するまでどれだけの奇跡が…必要だと思う?」
クリアの瞳は澄んでいるようで、とてつもなく底のない、虚無だった。
「我々はね…死にたいんだよ。それが望みだ」
クリアは穏やかに語る。
まるで昔話を聞かせる教師のように。
だがその瞳には、温度がなかった。
数え切れない宇宙の終焉を見届けた者だけが持つ、底の見えない空虚さだけがあった。
「なら、お望み通り、今すぐ殺してやるよ!冬真に身体を持ってこさせる。だからその首、差し出せ…!」
俺はその空虚を押し返すように吠える!
「最初はそうしたかった。解放されたいと、そう思った。だから、そうすべき、なのだろうね…だが、もう無理だ」
その言葉を口にした瞬間。
初めてクリアの表情が揺らいだ気がした。
怒りでもない。
憎しみでもない。
ただ、永遠に疲れ果てた者の顔だった。
「…なぜだ!」
言っていることが支離滅裂だった。
「虚無がどうなってるか…知ってるか?いや、知っているはずだ。一部とは言え、あちらを解析したんだ。なら、少しは想像できるだろ?何も…ないんだ。なのに、死ぬことも、消えることもできない我々がどんな想いだったか…わかるかい?」
ゾクリとする想いだった。
「まさか一部除いたくらいで全て知った気になってはいないだろう?君は本当の虚無を知らない。本当の永遠を、ね。」
「この世界を知ってしまったら…欲が出た。出てしまった。」
「この世界はね…我々虚無の宙器すら学習し、世界を形成している。つまり…我々も、この世界なら存在を許されるということだ。」
「真白…君は、特別だ。」
その言葉には俺の想像もつかないほどの重みが、宿っていた。
「君のザインクラフト技術も、特別だ。君の表現法という技術はね、我々の時代には存在しなかった。いや…私が知りうる限りの宇宙には君に辿り着いた文明は一つもなかったよ。虚無はね…存在科学の生み出すバグが世界に与えた矛盾の蓄積で、生まれる。だが、君のザインクラフトからはバグは生まれない。私達がこの時代、この惑星で君に接触できたのはね、ディラフトが間違った製法でザインクラフトを造り、起動してしまったからだ。それで世界に穴が開いた。彼には、感謝してるよ」
「てめぇ…!」
ようやくあの日の真実がわかった。
なぜこいつらがあの日、あの場所に現れたのかを!
「虹の瞳所有者でもこの宇宙に存在しない情報は拾えないはずだが…なぜ造れたのか…?いや…どうでもいいな…今更。我々にとって重要なのは…この空想世界が我々を許容するスペックを持っているということだ。それで充分だ」
「君がかつて空器の定義を偽証したのは、エネルギー問題ではなく、複数の空想世界との衝突だろう?そうなれば必然、リソースの奪い合いが起こる。全部が嘘じゃないところが味噌だな。」
「真白…我々にこの空想世界を、界顕体を譲ってくれないか?」
「ぶっ殺してやる」
お断りだ。
界顕体がいくら優秀で、宙器すら学習し、世界の一部として取り込もうと虚無そのものの属性が変わるわけじゃない。
コイツラは依然として存在を喰らう害悪だ。
この世界の人間を喰らう、明確な敵!
交渉なんぞしない。皆殺しにしてやる!
吹き上がる殺意をむき出しにしながら、俺はコイツラを殺すことだけを考えていた。
「そうか…なら、説得役は別のものに任せよう。出ておいで」
「あ?」
俺の視界に入ったその人物に俺は息を呑んだ。時間が、止まるかと思った。
「麗…」
その姿を見た瞬間、心臓が一拍、鼓動を忘れた。
懐かしい姿はそのまはまに…、だが違う。
そこにいるのは確かに麗だった。
俺の知る彼女と同じ顔。
なのに、その瞳だけが決定的に違っていた。
いつもの諦めきった彼女の瞳ではない。
幾度となく見てきた…命をかける敵のそれ…
目的をもった者の、覚悟の眼だった。




