失敗
逃げる。逃げる。逃げる。逃げる。逃げる。逃げる。
全力で階下を駆け上がり、角を何度も曲がり、速度も落としてはいない。
だが、あまりにも遅い。
全盛期よりもはるかに。こんな鈍足で逃げ切れるか?
後ろを振り向いたりはしないが、背後から突き刺すような殺気は消えず、距離も離れない。
唯一の救いは、彼女にアニマとしての奇跡が使えなくなったことだろう。
彼女達の神は、この時点で死亡している。
そのため、その聖寵に連なる異能は使えなくなっている。
それは身体強化の類も含めて。
本来ならば決して喜ばしいことではないが、今はそのおかげで、かろうじて距離を縮められていない。
『冬!どこに行くの!このまま上目指して大丈夫なの!?逃げ場あるの!?』
「下よりはな!」
醜男はこの要塞の最上階に部屋を取っており、下には奴の配下が大量にいる。
ナツさんから逃げながら、そいつらの眼を盗んで逃げるのは不可能。
その状況で下に向かうのは自殺行為だ。
先ほどここは最上階といったが、正確にはさらに上に行くと甲板に出る。そこから脱出を図る。
ドカン、ドカンッ!!!
すさまじい地響きとともに壁を破壊しながらショートカットして迫ってくるナツさん。要塞の壁は決して柔くない。
むしろ頑丈だ。
それを素の身体能力で殴って穴をあけるとは。
強化入ってない状態でこれとは、いまの貧弱な身体能力ではつかまれたら終わりだな。
階段を上りきるが、鍵がかかっている。
『はやく!はやく!!』
(わかってるっての!!)
ザインクラフトでカギにハッキングを仕掛ける。
ドカンっ。
音のするほうを見る。
ナツさんと目が合う。
あっ、やべ。
顔が青ざめる想いだ。
がちゃりと開くと同時に、ナツさんがロケットダッシュで突っ込んでくる。
転げ込むように甲板に出る。
冷たい風が肌を刺すが、今はナツさんからの殺気のほうが冷たく、痛い。
互いに視線を合わせ、一瞬固まったのち、両者合図をせずに同時に走りだす。
俺は甲板の先頭に向かって全速力で突き進む!
『ちょっと!冬?何するつもり!?ここ屋上だよ!?ていうか、ここ飛行船の上なの!?要塞って空中要塞!?まずいまずいまずいって!!!まっ』
待って!そう叫ぶ前に冬は空に飛び出す。なんの躊躇もなく。
『ああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!』
冬真の絶叫が頭の中を響き渡る。
下を見たとき、あまりの高さに心臓が止まるかと思った。
飛び降り自殺する人は、地面につく前にほとんどがショック死するというが、その気持ちが少しだけわかった気がする。
『冬、ぼくは、これから!生き残ったとしても!絶対に!バンジージャンプはしない!』
「ご自由に」
雲を抜けて、下を見ると、そこには大きな海。そして。
あれは、なに?
「世界の果てだ」
冬はこちらの疑問に先にこたえてくれた。
海が途中でちょちょぎれている。
そこから先には真っ黒い穴があり、そこに海が落ちている。
「あそこから先には何もない。この世界は円柱状の箱庭世界なんだ」
円柱世界。
そしてその世界の端はすぐそこだ。
『大丈夫なの!?』
「このまま海にさえ、落ちればね」
腐っても海で育った民族だ。
ナツさんのことは気になる。放っておきたくはないが、今の俺が何を言っても傷に塩を塗るようなもの。
今は逃げる以外に選択肢はない。
さすがにここまでは追ってこないだろうという楽観が、そんな油断を生んだ。
だが、殺気が再びこちらを刺してくる。
体を上に向ける。
「『マジかよ』」
俺も冬真も同じ気持ちだった。
ナツさんも飛び降りてきていた。
自由落下である以上、追いつかれることはないが、彼女はこの高さに対応する手段を持っているのか?
「マ、シ、ロ〜!!!!」
「殺す!」
海面までもうすぐだ。
この状況ではもう俺にできることはない。
不安はぬぐえないが、やれることをやるしかない。
ザインクラフトを起動する。
『何する気?』
ナツさんの落下地点に、衝撃を吸収するバルーンを落とす。
これで仮に彼女に対処方法がなくとも死にはすまい。
俺のほうは。
「観測フィルターオフ。フェード・ディスコネクト」
存在干渉が弱まっていく。
海面にぶつかる直前に重力の負荷が減る。
体が軽くなり、あらゆる束縛から解放される。
ふわっ。
海面に直撃したにもかかわらず、なんの衝撃も襲ってこなかった。
そのまま海面をすり抜けて、最初の推進力で海底に突き進む。
ある程度進んだ状態で元に戻す。
「観測フィルターオン。ファイド・レセプション」
薄れていた実態感が戻り、重力も浮力もこちらの存在をとらえ始める。
浮力に逆らわずに浮上する。
ざばん。
海面から顔を出す。
ナツさんは?
あたりを見渡す。
すると。
ザッパンッ。
と海面を大きくたたく。
バルーンを出したが、それをわざと避けたらしい。
こちらを信用しなかったのだろう。
しばらく待つが、海面に浮上してこない。
ちっ。
『冬?』
俺は海に再び戻り、ナツさんを探す。
見つけた。気絶しているのか?それとも……
すぐに泳いで彼女の元に進む。
彼女を捕まえ、海面に向かう。
再び海面から顔を出す。
『冬!彼女が!』
そう冬真が言った瞬間に、ガッと首を絞められる。
「ぐっ、や、め、」
ものすごい怪力で首を絞めてくる。
このまま絞められたら首の骨がへし折れるだろう。
「死ね、死ね、死ねぇ〜!!!」
鬼の形相でこちらをにらみつけてくる。
『冬!まずいよあれ!!!』
そこにはナツさんとは別に、世界の果てが近づいていた。
まずい、このままだと無に落ちる。
「こ、このままだと、一緒に、落ちるぞ」
「かまわない!お前も一緒に殺せるなら、道ずれにしてやる!」
『冬!』
そうして俺らは海の端、世界の果てへと落ちていった。
-------------------------------------------------
-------------------------
-------------
-------
-
そこには何もなかった。
光も空気も熱も。
落ちているのか、浮いているのかさえわからない。
当然空気が泣ければ人は息ができない。
だが、俺にはザインクラフトがある。
「存在維持!!!」
時間停止にすら近い自己保存の力で存在を守る!
原子だろうが、分子だろうが、己を構成する要素をミクロの世界からマクロの世界視点でとらえ、一個の単一存在、真白冬を世界にとっての存在の最小単位に設定する。
しかし俺の中には神代冬真という異物が存在するため、本来の性能からは明らかに落ちた性能で顕現してる。
「ちっ、まずいな!」
別個の存在である冬真がいるために、どうしても穴ができてしまう。
ただでさえ、存在強度は下がっているにも関わらず、本来持っているザインの力を発揮できない状態になっている。
冬真のところから存在エネルギーが無に抜け出して、漏れていく。
虚無と同様、この空間は存在の力を拒絶する。
(クソ!万事休すか!)
もがこうと、あがこうと、溺れる以外に選択肢は、なかった。
意識が遠のきそうになった、その時に。
「まだやれるでしょ?」
眼を見開く。誰とも知れない、けれどムカつく奴の声が脳裏をかすめて。
(第■観測不可能領域接触 反存在・励起)
俺の血色が変色する。
バキリッと虚空に指が食い込む。
黒い腕が黒い空間に食い込みながら、もう片方の白い腕も黒い空間に突き刺す。
息ができない酸欠状態で、それでも俺は進む。
俺は、まだ、死ねない!少なくとも、こんな死に方をするつもりはない!
できることがあるうちは地面をのたうち回ったって生き残ってやる!!!
虚空に浮かぶナツさんをつ掴む!!
存在が消えかかっている、この空間に入ったショックで意識が落ちている。
彼女を背負いながら虚空に腕を突き刺しながら登り続ける。
何もない空間なのにも関わらず、俺にはなぜかわかった。
どこに進めばいいのか、ここを出る方法を。
「こ、こ、だぁああああああああああ!!!!」
何もない虚空に腕を叩きつけて、開いた穴を広げる。
すると、そこに海水が流れ込んでくる。押し流されそうな勢いにも負けず。
「海洋民族、なめんな!!!!」
そのまま海に飛び込み、大滝をひとり背負って上り始める。
『す、すげぇ、人間やめてるわ...』
ドン引きする冬真。
「うぁらあああああああああああああああああああああ!!!!!」
ザパンッと、足で海面を叩き空を飛ぶように跳ねる。
滝を上りきってなお止まらずに泳ぎ続ける。
すさまじいスピードで沖まで一直線に。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、情けねぇ。この程度の水泳で、こんなに息が上がるなんて。」
『気にするのそこ?すごかったよ、充分人間やめてた。』
ナツさんの様子を見る。
人工呼吸で息は吹き返した。脈も安定している。
海岸近くに生えた木に持たれかかる。
この世界にもまだ無事な植林が存在するのは救いだな。
ここは守らないといけない。
まだ滅びが世界の端まで来ていないということだから。
それと、ナツさんをどうするか。
殺すという選択肢は最初から存在しない。
だからと言って一緒に行動はできないだろう。
しかしだからと言って、この終わった世界のどこに安全な場所があるというのか。悩みどころだ。
『人生で一生分のスリルを味わった。もうおなかいっぱいだよ。』
そうあってほしいとこだが、かなりそうにない夢だ。
彼女を背負って歩き出す。
人を、探そう。
生き残っている人を。
まずは近場の集落を探す。
そして準備ができたら、聖都に向かう。
制限がかかっているとは言え、あそこには最後の善意がある。
そこを解放し、人類再起の地に変える。
冬真を早く帰してやりたいところだけど、安全地帯を確保しなければどのみち取り掛かることはできない。
自分の腕を見ると、黒い腕の範囲が侵食している。
反存在、か。
ザインによる存在の力とも異質な何かを感じた。
それが俺にとっていいことだとは思えなかった。
冬は空を見上げる。
世界をアップデートします。かちりと、時計の針が進む。
ナツを背負い、冬は歩き出す。




