善神アフ③
「今日はここまででいい」
冬は小さく息を吐いた
「言うべきことは言ったし、面通しも済んだ Ringsも繋いだ――これで、いつでも連絡は取れる」
視線を巡らせる
「俺は晴を探す 君らは、彼女の行方について何か知らないのか?」
「……それは、お前のせいなのよ〜」
「あん?」
アフが、呆れたように肩をすくめる
「お前が財閥関係者を消して回ってるせいで、その出資を受けてる晴は、身の危険を感じて隠れているのよ〜」
「いやいや」
冬は即座に否定した
「俺は醜男を潰したあと、真っ先に晴のところに向かった だが、もういなかったんだぜ?」
少しだけ眉をひそめる。
「さすがにあのタイミングで俺の存在に気づくのは、おかしいだろ」
「彼女は、鼻がいいのよ」
ぴくり、と冬の指が止まる
それは――ただの嗅覚の話ではない
「お前が視覚思考者なら、彼女は嗅覚思考者なのよ〜」
「……なるほど」
小さく呟く
「“危険の匂い”を感じ取った、ってわけか」
「そういうことなのよ〜」
冬は顎に手を当てる
嗅覚域――形を持たない情報を拾う界覚領域
直感、兆し、因果の歪み……そういう“輪郭のない情報”だ
「厄介だな……」
ぽつりとこぼす
「鼻が効きすぎるってのも問題だ どう鈍らせるか……」
その時だった
「――待つのよ」
アフの声が、少し強くなる
「まだなにか?」
じっと、見られていた
「お前……その“存在”、どうなってるのよ〜」
一瞬の間
「他人と、混ざりすぎなのよ〜……」
え? 冬真は思考が硬直した 冬?
「……」
冬は何も言わなかった
「他者の存在は水と油の関係なのよ 混じることはないのよ 構造を持つならなおさらなのよ〜」
「別々のパズルのピースを無理矢理繋ぎ合わせても必ずどこかに無理が出るのよ〜 それを……」
「普通じゃないのよ 相方のために相当自己の存在を割ってしまっている それだけじゃないのよ 存在も劣化し続けてるのよ〜」
冬は、わずかに目を細めた
「……近いうちに手は打つさ」
「そんなレベルじゃないのよ〜」
アフの声が、わずかに低くなる
「生きてるのが不思議なくらいなのよ〜」
「もう……時間がないのよ〜」
沈黙
『冬……?』
冬真の声が、不安に揺れる
「そこまで壊れてたら、本来どうにもならないのよ〜」
アフは、じっと冬を見つめたまま続ける
「にも関わらず それを……神業なのよ〜」
一拍置いて――
「……お前、本当に人間なのよ〜?」
「残念ながら」
冬は肩をすくめる
「生粋の人間なのよ〜」
「真似するな、なのよ!」
ぷんすかと怒るアフ
だが、その目は笑っていない
「……それと」
視線が鋭くなる
「その異能――誰にもらったのよ〜」
沈黙
「……悪いけど、それには答えられない」
冬は静かに言った。
「聞かないでくれるか? 君たちのためにもならない」
「……」
アフは何も言わなかった
理解したように、ゆっくりと視線を落とす
――未来の情報
それは、存在科学の世界では“毒”になる
未来の情報を持つ存在は因果を“引き寄せてしまう”
可能性ではなく、確定へと収束させる
知った時点で、それは“起こる側”に寄る
だから冬は――
「……俺は、一度全部吹き飛ばした」
ぽつりと呟く
「時間ごと、事象ごと」
だが、それでも終わらない
存在の力では、“存在そのもの”は消せない
だから――
「圧倒的な存在の情報強度で、因果を弾き飛ばした」
情報の因子は完全には消えていない
だからこそ――
「いずれ、押し寄せる波のように」
静かに言い切る
「悪い未来ごと、やってくるかもしれない」
『……それって』
冬真の声がかすれる
つまり――俺自身が、収束点になりうる
軽く笑う
「厄介だろ?」
仮面に手を触れる
こいつで情報をごまかしてるが…
それだけでは世界は俺という未来の情報を見つけるかもしれない
小さく息を吐く
だから――
「晴なら……あるいは、いや……」
「敵かもしれない相手に頼るわけにもいかないな」
結論は一つ
「……結局、地道にやるしかないか」
「お前が何を背負ってるのかは、知らないのよ」
アフが、ぽつりと言う
「でも――」
小さく頭を下げた
「ありがとう、なのよ〜」
冬は、少しだけ困った顔をする
「お前がいたから、陽菜達はまだ笑えてるのよ」
「私からも、ありがとうございます 冬さん あの痛ましい未来を、変えてくれて」
陽菜もまた、頭を下げた
「あなたには今も、未来でも、お世話になりっぱなしです」
「ですが、素直に喜ぶことはできません あなたのその姿はをみれば、相当無理をなされたのでしょう あれだけの力です 代償も大きかったのだとわかります 無理をならさないでほしい もう、誰にも死んでほしくありません」
「……別に」
頭をかく
「死ぬつもりはないさ」
死んでる暇はない やるべきことがまだ山のように残っているのだから
「……そういうところなのよ〜」
アフは、少し寂しそうに笑う
「お前は、もう少し自分を大事にするのよ〜」
「……」
「その力を与えた存在は――」
「相当無茶をしたはずなのよ」
静かに告げる
「破戒してまで、お前を助けたのよ?」
冬は何も言えない
「未来のことは、知らないのよ〜」
「でも――」
「未来のアフは、その選択を尊重したのよ きっと」
その目には確信のようなものが見られた
「それだけ重い覚悟だった、ってことなのよ〜」
沈黙
「……お前も、難儀な性格なのよ〜」
寂しそうに笑うアフ
「晴を探すなら、路地裏横丁に向かうのよ〜」
「なに?」
「そこにいけば、彼女はお前に会いに来るのよ〜」
「感謝する」
……神の導き、ってやつか
「お前に、幸があらんことを――祈るのよ〜」
小さく、付け足す
「……たぶん、無為になるのよ」
アフは諦めのように
「お気をつけて」
陽菜は心配そうに
そう告げた
冬は振り返らなかった
祈りなんて、意味はない
それでも――




