歩調の不和
「お話になりませんね」
いつもの上品な笑顔の中に、腹黒さが混じってそうな顔でそう告げるヒカル。
「それは、あなたが聞く耳を持たない、の間違いでしょう?」
ヒカルの否定に、ナツさんは難色を示す。
「……ずいぶんと、彼の肩を、お持ちになられるのですね?」
非難がましく、目を眇める。
「……ヒカル、あなたの言い分を聞けば、誰でもそうなるわ」
「わたしくの何が、おかしいのです?」
「ノルマ全員追い出そうなんて言われて、『はい、そうですか』なんて言えるわけがないじゃない!」
「確かに彼らには、問題行動を起こす者もいるわ」
「でも、それ以上に真面目に頑張ってくれてる人もいるの!」
ナツさんはヒカルに猛烈な抗議をする。
「犯罪を犯したのですよ。それも、かなりの集団規模で」
「脅すつもりは欠片もないんだけど、単なる事実として、アニマ以外を追い出すってなったら俺も出ていかないといけない。俺だけ特別扱いもできないだろう?」
「その時になったら抵抗はしないけど、もう少し待ってくんない? せめてナースを潰すまではさ」
(この町には憑神以外にも厄介なのが紛れ込んでいる。彼女だけで対応するのは無理だろう)
「アニマを犠牲にしろとは言わないよ」
「いざというときは、切り捨ててもらっても構わない。俺もノルマとアニマ、どちらを残すのかと聞かれればアニマを残すと答える」
「俺も含めて、そこは配慮しなくてもいい」
気持ち的には、俺はヒカル寄りだ。
テロ行為まで起こした以上、いい機会だという気持ちも分からないではない。
一部の者達の咎で、種全体を裁くというのを彼らは望まない。
実際、ノルマのなかには今も尽力してくれてるやつはいる。悪いやつもいるが、いいやつもいる。
これが厄介だ。
真面目に頑張ってたやつが馬鹿をみるのは、俺もごめんだ。
いい奴なのに、種族がノルマだからといって切るのは中身を軽視しすぎる。
「冬を追い出すことは、アニマ全体の総意としてもあり得えないわ。彼がいたから、この町はここまで踏みこらえられた」
「ヒカル、あなたの貢献を蔑ろにするつもりはないけれど、地上でも、たくさんの苦労があったの」
「それは、わかってほしいわ」
「段階は踏みたいって言ってるだけなんだ」
俺は続けて告げる。
ノルマとなぁなぁな関係を進めてたら、どこまでいってもこの手の問題は出てくる。
どこかで線は引かないといけない。
だが、今いきなりそれをやるのは悪感情を募らせすぎる。
「そんなことを言ってる場合ですか? 充分すぎるほどの被害が出ています。尽力された冬だけ残せば、それ以外はお荷物でしょう? ここが切り時なのでは?」
堂々巡りだ。
俺としても、そっちのほうが楽ではある。
だが、楽したいために俺はアニマと一緒にいるのではない。
寄りかかるための寄生先にしてはいけないのだ。
俺はアニマではない。
アニマと共にあるためには、そのための努力をしないといけない。
出ていけと言われれば従うが、今このタイミングでは無理だ。
残る憑神はナースのみ。
たった一機で、ヒカルのいる聖都をどうこうできるとも思えないが、能力的な相性がいいとも言えない。
ナツさんに執着するやつを放っておくつもりもない。そこは譲れない。
ヒジリさんの死体から、存在情報の痕跡も見つかった。
ヒジリさんをやったのはヒデオだ。必ず見つける。
生存能力と隠遁能力で言えばピカイチの憑神だ。俺のほうが相性はいいだろう。
せめてナースを潰すまでは待ってもらいたいね。
ヒカルも何も、ノルマ憎しで言ってないのは分かってる。彼女は守護者としての立場で今回の件を語っているのだ。
「なら、せめて監査所の取締役はより厳しく行います。いいですね?」
ヒカルの本題はおそらくこれだろう。
全員を追い出すのはできないことは彼女もわかっている。
だから、入れる人間に対して制限をより厳しくする立案。
これが現状のベストだ。
監視が厳しくなると、誤通報や気に入らない奴を追い出しようという奴が出てくる。
つまり、面倒事が増えることになる。減った人員では手が回らない。
必然、入れる人間はさらに減らさないといけなくなる。
ただし、最後の善意が解放された今、この世界全土へ浄化の光は届いてる。
この聖都でないといけない理由は大幅に減った。
ダエワももう、ほぼ全滅状態だ。アカ・マナフが潰れた以上、敵味方識別撹乱能力もない。
ダエワに逆転の手段はもう存在しない現状を考えれば、監査を厳しくすることに関しては俺も反対はしない。
実際問題、もう人を大量に入れられる状態でもない。
「……わかりました。監査人員を厳選し、再編を図ります」
「監査所の監督は、わたくしが行います」
「それは……いえ、わかったわ」
渋々ではあるものの、ナツさんもそれを受け入れる。
言いだした人間が率先してやる以上、手抜かりはなくなるだろう。
ヒカルの基準に該当する人間がどれほど出るかは、正直見てみないとわからないが……。
一抹の不安がある、そんな顔をしている。
話が終わり、立ち上がろうとした時に目眩がしてよろけた。
少し無理が出てきてるのか?
この程度の労働で疲労を感じるとは。
「ちょっと! 大丈夫?」
「俺も歳かな」
「もう! ふざけないで! ホントに心配してるの」
ナツさんが駆け寄り、こちらを支えようとする。
大袈裟だな、流石にそこまでではない。そう言おうとすると、
「あにさまがいなくなったら、今度はすぐ別の男ですか……」
こちらを心配するナツを見て、ヒカルは侮蔑をこぼす。
ッ!!
ナツが苦悶の表情を浮かべる。
おいおい……。
ヒカルの悪いところが出た。彼女は極度のブラコンだ。
ゼンの顛末を許してはいないことが伝わってくる。
ゼンのことが関わってくると、理屈よりも感情が前に出る。
「口が過ぎるな」
ゲスの勘ぐりというやつだ。
「私とナツの問題に口を挟まないでくださいまし」
これは女同士の問題。
「なら、俺を引き合いにして喧嘩の理由にしないでくれる?」
……。
ヒカルがこちらを笑顔で睨むが、俺は無視して続ける。
「俺は別に、横恋慕しようってわけじゃない。君等アニマの生態は分かっているつもりだ。できるとも思っちゃいない。俺が単に手助けがしたいだけだ」
彼女のおかげで人生の指針ができた。だからこその今だ。
充分すぎるものをもらったよ。それで満足してる。
あとはもらったものを返す、それだけ。
そもそも他人の身体で恋愛とかありえないしね。この体も、いずれは返すものだ。
「……あなた。いいえ、いいです。今回はここまで。でも、落とし前は必ずつけますので。あにさまを守れなかったらどうなるか、私言いましたよね?」
ヒカルは目を眇めて、なぜか呆れたように俺を見たあと、ナツさんへと向き直り、そう言い放つ。
「……ええ」
二人の間にバチバチの空気が流れる。非常に険悪だ。
「はぁ」
身内同士で喧嘩しないでほしい。
別に、問題がすべて解決したわけじゃないのに。
「話はここまでです。いざというときは、わたくしの名をお呼びくださいませ。光の速度で駆けつけますので」
文字通りね。
頼もしいんだけど、危なっかしいんだよね、彼女。
そこで話し合いはお開きになった。
「ヒカルは最終的に、ノルマを全員追い出すつもりだと思う」
「だろうね」
「『だろうね』って……それでいいの?」
「アニマとノルマはいずれ引き離すつもりだったのは、俺も同じだよ」
「アニマとノルマを同じ環境下で生活させたら、軋轢が生まれる。それはわかってた」
「今は緊急時だから庇護してるのであって、事態が落ち着けば住む場所は分けるよ」
「……わかってるの? それはつまり、あなたも」
「仕方ないよ、俺は結果を出せなかった」
「ノルマの反乱は収まりこそしたが、事前に防ぐことはできなかった」
「俺の力不足だ。能力のないものが、結果だけ享受するわけにはいかない」
「私達を、放り捨てるの?」
「まさか。この町の抱えてる問題を片付けてからですよ。まずは、この円柱世界のセクター間の壁を復活させます」
「できるの? 仮にできたとしても、それじゃ、あなたは何も……」
「別に死ぬわけじゃない。会えなくなるわけでもない。それに、以前ほど完全に分断するつもりもないよ」
「区画は三つに分ける。アニマの区画とノルマの区画、そしてその中間、両陣営が住まう場所を分ける」
「軋轢による分断にはならないように、ある程度バッファは持たせるつもりですから」
いきなりの断絶は無用な不信感を生む。だからまずは緩衝地帯を作る。
気質が違うもの同士、文化も変わる。
そして少しずつ分けていく。いや、別れていくだろう。
合わないものは、合わない。だから適切な距離をとる。そういうふうになっていくだろうと考える。
「……そんなにうまくいくとは思えないわ。距離が空けば不理解は進む。物理的な距離は心の距離と同義になりうる。そして不理解は、いずれ他者への攻撃のハードルを下げることになる。私は、賛成できない」
「あなたはそれで良いです。さっきも言いましたが、中間を設けるのは、そういう互いを理解し合おうとする人達のためのものです。その層が増えればそれでいい。俺は急な分断も急な統合も望まない。あくまで、時間をかけられる環境を作っておきたい」
「私はあなたについていく」
冬はナツを振り返る。
「ついていくから」
「今度は、ちゃんと力になってみせるわ」
ナツさんは強い瞳でこちらを見据えていた。
冬は少しだけ微笑んで、
「……ありがとうございます」
「冬真君は、どうするの?」
冬は表情を歪める。
「……あいつは、しばらくほっておく」
「そう……」
ナツは「そう」とだけ言った。
お互いにうまく歩調を合わせられない時期がある。無理に間を取り持とうとするのは悪手になるから。
でも、長引くようなら……。ナツはその心配をしていた。
◇
走る、探す、走る、探す。
真冬を、見つけないと! しかし彼女は見つからない。嘘だと言ってくれ……。
走り回っている時に、女性とぶつかる。
小さな悲鳴が響き、
「ご、ごめんなさい!」
自分のことばかりで周りが見えていない。自分の不甲斐なさにつくづく嫌になる。
「女の子を押し倒しておいて、『ゴメンなさい』で済ませるつもり?」
強気な彼女はそう言って、ボクを刺すように見返す。
言い方に思うところはあったけど、そのとおりだったので手を差し出す。
「すまない、平気かい?」
彼女は冬真の手をつかむと、おもむろに引っ張った。
「な!」
倒れこそしなかったが、彼女の顔が近づく。こちらを覗き込むようにして見てる。なに? なになに? なんなの?
「あなた、きれいな顔してるのね」
「え?」
なにこれ? モテ期? もしかして口説かれてる?
別にボクの顔ではないけれど、妙にソワソワしてしまった。
「でも締まりのない顔。モテないでしょ、あなた」
傷ついた……。
本日二度目の不意打ち。同じところを二度刺された。
致命傷になるほどのかすり傷を負わされた。もう立ち上がれないかもしれない。
え? ボクってそんなに表情筋弱いの?
「男の子だから傷つけてもいい文化は、そろそろ廃れたほうがいいと思う」
クスクス笑う彼女。
「でも、あたしは好きよ。そういうやつ」
絶対に「好き」の意味が違うし……!
「わたしそれ好き!」と「嫌いではないわ……」的なニュアンスの違いってやつだ。
彼女のいでたちをみやる。
褐色の肌に、黒に金の混じった髪は黒金特有の髪色。春を彷彿とさせるが、彼女もまた、補完体というやつだろうか?
この町の人々とは感じ方が違う。
「アハハ、そうかもね。ねぇ、この町を案内してよ」
「案内?」
「私、この町に来たばかりなの」
「……あのさ、この町の状況わかってる? 観光気分でいられると困るんだけど……」
外から入ってきた子かな?
ずいぶんと危機意識が低いんじゃないか?
冬真自身もこの町での生活が長くなってきており、そういうのには敏感になり始めていた。
「そう? こんなもんでしょ、世界中どこだろうと」
そう言われると、そうかもしれないと思った。
この世界で安全な場所なんてほとんどない。外に比べれば比較的ここはマシ、なのかもしれない。
至言にも感じて、自分の浅はかさを恥じた。彼女もまた苦労してるのだろう。
「ごめん、変なこと言っちゃって。でも悪いけど、人を探してるんだ。君の案内にはつきあえないよ。悪いね」
「ふ〜ん。なら、私がそれ、手伝ってあげる!」
「え? い、いや、それは悪いよ」
「じゃあまずは……あそこから向かいましょ!」
そう言って彼女はボクの肩を抱き、強引に引っ張っていく。
「ちょ、ちょっと! 君!」
「真夏」
ナツさんと似たような名前……でも、受ける印象はだいぶ違った。
「あなた、名前は?」
「……冬真」
初対面の女の子に本名を言うのは少し気が引けたけど、素直に名乗った。
「ふ〜ん。冬真、ね」
彼女の瞳が強くこちらを見据える。男の視線を釘付けにして、強烈に惹きつける。
ナツさんとは真逆の性格。ナツさんはどこか儚げで、触れると壊れてしまいそうな雰囲気のある人だが、彼女は強引に自分のペースへ引き込む、そんな力があった。
ボクは引きずられるように、彼女に連れ回された。
本当ならば、振り払うべきなのかもしれない。
けれど、
真冬を探さないと、その想いと共に。
帰りたくない、素直に謝りたくない。
その想いが、彼女から離れる契機を奪っていった。




