冬を巡る前夜燈
◇
黒金都市
「ディラフト、冬は今後どうすると思うね?」
極夜は傍らの男へ向けて、そう問いかけた。
彼を知るものとしての視点から、意見を聞いておきたかった。
「おそらく、折を見て各都市とは断交するものと思います。黒金だけ特別、にはならないでしょうね。赤錆都市につつかれても、退去命令も聞かずに勝手に居残った奴の面倒まで見きれるかと、平然と言える子ですから。他所からの悪感情をものともしないですよ」
「……彼はやるかね?」
「性格的にも、今回の件の対応から見ても、そう判断しますよ。冬はまだ何か隠してる。ザインクラフトを再現し、彼のと比べてみても、まだまだ我々は彼の持つ技術の半分も再現はできていない。アバター技術、あれがいまだに、どうやって作ったのか、どうやって動いてるのか、わからないんですよ……。おそらく空想世界についても、同様の技術が使われてます。彼の言う表現法と呼ばれる技術に関わるものでしょう。それに関しては私も研究していますが、私の知識技術とは全く異なるアプローチを要求されており、再現には至っておりません。そもそも再現できるのかも不明です。もし虹の瞳が関与する技術と言われれば、もう、我々では手の打ちようがない」
「君でわからないなら、我々ではもっと厳しいだろう」
だからといって、冬を脅迫したようなネタは確実に逆鱗に触れる。良好な関係を築くどころか、滅ぼされかねない。白銀はそこで失敗してる。同じ轍を踏むわけにはいくまい。
彼の持つ力は対虚無戦闘においても、この惑星が抱える問題においても、唯一の突破口だと言える。慎重に事を進めなければならない。
「ディラフト君。君もまた、余計なことはしないようにね」
「……ええ」
本当に分かっているのだろうか? ディラフトは先日の会合で冬と揉めた。科学者としてのスタンスが異なるせいだ。そのことから、どうにも動きが心配になるのだ。
冬を下手につついて、いいことはない。うまく付き合えば優秀な人材だ。
私個人の考えとしては、あれだけふざけた技術力を持った人間が、都市間のバランスを考えたまともな良識を持っている事に驚いたし、好感が持てた。
問題は、放置できないほど利益と危険の両方を併せ持ってることだ。
彼の言うことが真実なら、確かに他都市に技術が流れることは事態を悪化させうる。確実にパワーバランスが崩れるだろう。都市同士で仲の悪いところも当然存在する。一部にその技術が流れようものなら、力をつける前に全戦力で潰しにかかることも考慮にあがるほどだ。
総評として、私の真白冬への評価はそこまで悪くないということだ。
ディラフトはああ言ってるが、冬と直に接した人となりは意外と律儀だということ。虚無の問題が解決するまでは、一方的に関係は切らないだろう。白銀都市とロハネの遺跡のこともある。
あくまで現時点の私の印象の話だから絶対とは言わないが、脅迫をかけることで得られる利益よりも、まだ損益のほうが上回っている。それが私の結論だった。
極夜さんと別れ、一人で思案にふけるディラフト。
真白は個人で完結しすぎてる。あれではこれ以上の発展は見込めない。私の見る限り、あれは、まだ未完成だ。発展途上。歯痒い、というのはこういうことだろう。やれるのに、できるのに、踏み込むことをせずにその場で立ち止まっている彼を見るのは、とてもしのびない気持ちにさせた。
科学とは、発展させなくては意味がない。技術は共有されなくてはいずれ立ち消える。人の寿命などたかが知れてるのだから。しょうもない人形遊びで満足してるようでは意味がない。
そんな時だった。私の下に■■■■が現れた。
真白の持つアバターを調べているときに、初めて邂逅し、そして彼へと繋いでくれた存在。その存在は自分のことを"指示者"と、そう名乗った。
◇
赤錆都市
「あぁ〜!! 気に食わん! あのヤサガキが!」
アガクラはでっぷりとした腹を揺らして、椅子にどしりと腰を据えた。男の部屋は華美装飾、はっきり言って趣味が悪かった。金持ちのプライドがそのまま形になったような部屋だ。
「わしのことを、は、は、は、ハ、ゲ、などと!!」
ぬおぉおおお! ゆるさん!!!
茹でダコのように赤くなる。
彼は冬のことを思い出すだけで、腸が煮えくり返る想いだった。
件のことで上層部は躍起になっておる。たかがガキ一人に右往左往して、取り入ろうと必死だ。それが無理だとわかると、今度はすなお嬢のことで抗議の声をあげ、相手の釈明を引き出そうとするも鼻で笑われる始末。面白くない!
赤錆都市の沽券は年々下がるばかりだ。白銀都市と黒金都市は勢力を上げていき、逆に赤錆都市は下がっていった。白銀は一度は消えたと思えば、なぜか復活を遂げる。意味がわからない。我々はまるで蚊帳の外かのように事態は進む。我々は緋紋天ぞ!
世代を重ねてもいまだ捨てきれむ肥大化したプライドが、溢れ出す。
なんとか、なんとかせねば!
黒金都市は冬という未来を手にしている。乗り遅れるわけにはいかない。あれは我々の文明を根底から書き換える可能性がある。これ以上、黒金や白銀に後れを取ってたまるものか!
アガクラは頭を掻きむしる。己が…緋紋天こそが、この惑星の頂点でなければならないのだ。
◇
青鉛都市
「はぁ」
ヨヨは少しばかりのため息をつく。
彼と再会して、あまりの劣化ぶりに気落ちした。彼の殺気に以前ほどのイキがない。
せっかく彼を味わいたくて、都市の部下をそれとなくけしかけたのに…。結果は残念に終わった。見た目もあんなに美しかったのに、醜く劣化しまって、実に不愉快だ。はやく彼には以前の力を取り戻してほしい。
本気の彼と遊びたい。
「ヨヨ様、つつがなく準備は進行しております」
「うんうん、ありがと〜」
人に"感謝"をするのは気持ちがいい。
「いいえ、こちらこそ評価していただき、ありがとうございます」
感謝されるのも気持ちがいい。
もっといろんな人にこの喜びを知ってもらいたい。
だから、私もそろそろ動かないと。
本当にいい時代だ、真白冬。彼と出会えて私は嬉しい。欲を言うなら、私の時代で会いたかった。
はぁ、どうして同じ時代に生まれなかったのだろう。言ってても仕方のない話だ。彼とやり合うなら、こちらも十全に準備をしないと。
「ご準備が整いました。ヨヨ様、いえ、ロハネ様」
食膳に上がる。今宵の晩餐を焚べるために。
ロハネの煌々と輝く虹色の色彩を放つ瞳は、冬と同じ。しかしそこから得られる印象は大きく異なる毒々しさがあった。全てを飲み込み、染め上げる刺激。これからを想い、嬉々を表現する涎のように、悲劇と惨劇の味が滴る。
◇
虹鋼都市
「よろしいのですか? おとう…、いえ、ノインツェン統主様」
「かまわんよ、シャルロット。空想世界はもうすぐ充分なアップデートが終わる。それが終われば冬は用済みだ。四季の確保にも邪魔になるだろう。彼にはここで、退場してもらおう」
「……できますか?」
「彼が万全の状態なら厳しいだろうね。だが彼は存在が劣化してる。虚無との戦闘で損傷したのだろう。冬真は役に立った。ここまで冬が持てば充分だ。彼らとの盟約も充分果たせたと言えるだろう。冬真も、ここで消えてもらう」
ノインツェンははっきりとそう言ったが、シャルロットは懐疑的だった。
真白の歴史は私も拝見してこの惑星へと赴いている。彼の存在は太陽系監視対象生物である人類種の中でも、接触禁止特例が出されている。
彼に刃を向けたものの末路は悲惨としか言いようがない。私は統主様の判断に懸念を持った。
四季の確保もノインツェンの独断専行だ。星監の意向としては四季との接触が主目的であり、確保は無駄な被害を出す恐れがある。
「浮かない顔だな。君がいてもそんなに心配かね?」
「……はい。私も接触するまでは、最悪道連れ覚悟でいけばどうにかなると考えていました。人類種とはいえ、未開惑星の住人です。そこまでの危険はないと。しかし実際に接触してわかりました。あれは私が自爆覚悟で行っても止められる可能性は低いです。最低でも殺人貴族、場合によっては殺象欒、恋愛を連れてこなければキツイでしょう」
一目見たとき冗談かと思った。あれで大幅に弱体化してるとは思えなかったからだ。万全の状態とはいかほどか。身震いした。
「ふむ、君の意見は拝聴しよう。私よりも正確にあれの能力を測れていると考えるが、それにしても殺人貴族か…。あれを連れてこなければならないとは、さすがに買いかぶりすぎではないかね?」
私自身そう思う。だが、彼の暴走を少しでも抑えることができるのなら、多少色をつけてもかまうまい。
「万全を期すべきだ、と言っているのです。わざわざ分かりやすく恨みを買うべきではないでしょう」
「それもそうだな。私としたことが気が急いたかもしれん」
私がその言葉に安堵しかけた時――
「だから、真正面からいく」
しかし、ノインツェンの発言はこちらの意図を容赦なく弾き返した。
「!!」
「完膚なきまでに、たたきのめすために」
彼の瞳をみて、ああ、私の言葉はやはり届かないのだと悟った。
「冬が、お嫌いなのですか?」
「嫌ってるのではない。憎んでいるのだ。私は科学者だ。ゆえに奇跡というものが嫌いなのだよ。再現できないもの、理屈を証明できないもの、そしてそれを生み出す存在。あれはそのすべてに当てはまる。ああ、認めよう。これは、嫉妬だ」
胸の内から溢れ出る情念、その先にあるものは、おそらく…ううん。私がやることは変わらない。
「そう、ですか…」
統主は退かなかった。
むしろ私が背中を押してしまったかもしれない。私は何も言わなかった。それが答えだったのかもしれない。いや、詮無きことだ。私は統主様を全力で支えるのみ。
◇
白銀都市
「居心地はどうじゃね?」
「おかげさまで、快適に過ごさせていただいております、白夜様」
「かまわんよ。わしゃ、君を友人だと思うとる。友人に形見の狭い生活はさせられん」
「何から何までありがとうございます」
「……君等への警戒はまだ続きそうじゃ。そこは申し訳ない」
赤錆都市も自分達の関係者が危険に晒されたとして大騒ぎしとるが、本音は単に騒ぎ立てて何かしらの譲歩が欲しいだけ。と、ここまでならそうおもうとったじゃろうが、黒金の動きが少々きな臭い。互いの関係上、全ての情報が入ってきとるわけじゃないが……。
「いえ…それは仕方のないことです。例の彼の件、ですね」
「そうじゃ。件の人物は謎が多い。黒金都市の来訪時期と重なったことで、都市の幹部も神経質になっておる」
白夜本人も都市全ての意向を掌握することはできない。一人の力には限界がある。彼女を庇うにも、こうやってわし本人が直接彼女を囲い、監視することしかできない。
我々が復活して最初の年は戦々恐々としておった。こんなことができるのは、真白をおいて思いつかなかったからじゃ。
一度だけでは飽きたらない、何度でも地獄を味わわせてやる、あやつなら言いかねん。一度の敗北で完全に心が折れたものは多い。あやつの残した傷跡はそれだけ深く刻み込まれた。
しかし、一年、二年とたっても、あやつは現れん。そのことに何処か緊張の糸が切れ始めていた。麗の存在は、わしにとってもほかの事情を知るものにとっても難しい案件じゃった。
触らぬ神に祟りなし。
もし、今後真白が何かの拍子に帰ってきたとき、麗にもしものことがあれば……地獄の再演だ。
わしとしても、友人である彼女をどうこうしようなどは思わなかった。
真白を知る世代のものは、わざわざ鬼の巣をつつくような真似などせん。すべてを忘れ、今を平穏に暮らす彼女を見届けたかった。
わしの息子と娘は両方とも還って来なかった。彼女が還ってきたのは、奇跡に等しい。
15年……世代が交代するには充分過ぎる時じゃ。新世代の子達は真白のことを知らん。
しかしこの都市は、まるで時が止まったかのようにいまだ真白におびえておる世代が残っとる。その間、彼女を見届けた。彼女と、そして、彼女の子を。
このままどうか、安らかに時を過ごして欲しいと願ったのも束の間、事件は起きた。監督不行き届き、わしの責任じゃな。当然、関わった者達は厳重に処罰した。このようなことが二度とあってはならん。
凛は詳しくは話さなんだ。麗も娘のことで心を痛めておる。そこに嘘はないじゃろう。実際に分からないことは多かったのじゃろうと、わしは思うとる。
彼女達に世界は厳しすぎる。
都市という閉塞した環境が生んだ悲劇、かつてのように。いい加減、開放されてよいと……。
わしは今でも夢に見る。これから先も何事もなくこの時間が続く、そんな夢を。だがそれと同時にこうも思う、そうはならんじゃろうとも。
わしは思う。件の怪人物、それが真白であればとわしは思ってしまう。矛盾じゃな。あやつが現れれば、争わねばならぬのに。
わしは窓の外をみやる。今日もまた何事もない日を願って、空を見上げる。




