失敗
逃げる 逃げる 逃げる 逃げる 逃げる
全力で階下を駆け上がり、角を何度も曲がり、速度も落としてはいない
だが、あまりにも遅い 全盛期よりもはるかに こんな鈍足で逃げ切れるか?
後ろを振り向いたりはしないが 背後から突き刺すような殺気は消えず、距離も離れない 唯一の救いは彼女にアニマとしての奇跡が使えなくなったことだろう 彼女達の神はこの時点で死亡している そのため、その聖寵に連なる異能は使えなくなっている それは身体強化の類も含めて 本来ならば決して喜ばしいことではないが、今はそのおかげでかろうじて距離を縮められていない
『冬! どこに行くの! このまま上目指して大丈夫なの! 逃げ場あるの!』
「下よりはな!」
醜男はこの要塞の最上階に部屋を取っており、下には奴の配下が大量にいる ナツから逃げながら、そいつらの眼を盗んで逃げるのは不可能 その状況で下に向かうのは自殺行為だ
先ほどここは最上階といったが、正確にはさらに上に行くと甲板に出る そこから脱出を図る
ドカン ドカンッ!!! すさまじい地響きとともに壁を破壊しながらショートカットして迫ってくるナツ 要塞の壁は決して柔くない むしろ頑丈だ それを素の身体能力で殴って穴をあけるとは
強化入ってない状態でこれとは いまの貧弱な身体能力ではつかまれたら終わりだな
階段を上りきるが、鍵がかかっている!
『はやく!はやく!!』
(わかってるっての!!)
ザインでカギにハッキングを仕掛ける
ドカンっ
音のするほうを見る
ナツと目がある あっ やべ 顔が青ざめる想いだ
がちゃりと開くと同時にナツがロケットダッシュで突っ込んでくる
転げ込むように、甲板に出る
冷たい風が肌を刺すが、今はナツからの殺気のほうが冷たく、痛い
互いに視線を合わせ、一瞬固まったのにち、両者合図をせずに同時に走りだす
俺は甲板の先頭に向かって全速力で突き進む!
『ちょっと! 冬? 何するつもり? ここ屋上だよ? ていうか、ここ飛行船の上なの? 要塞って 空中要塞? まずいまずいまずいって!!! まっ』
待って! そう叫ぶ前に冬は空に飛び出す なんの躊躇もなく
『ああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!』
冬真の絶叫が頭の中を響き渡る
下を見たとき、あまりの高さに心臓が止まるかと思った
飛び降り自殺する人は地面につく前にほとんどがショック死するというが、その気持ちが少しだけわかった気がする
『冬、ぼくは、これから!、生き残ったとしても!、絶対に! バンジージャンプはしない!』
「ご自由に」
雲を抜けて、下を見ると。そこには大きな海 そして あれは、なに?
「世界の果てだ」
冬はこちらの疑問に先にこたえてくれた
海が途中でちょちょぎれている そこから先には真っ黒い穴があり、そこに海が落ちている
「あそこから先には何もない この世界は円柱上の箱庭世界なんだ」
円柱世界
そしてその世界の端はすぐそこだ
『大丈夫なの!?』
「このまま海にさえ、落ちればね」
腐っても海で育った民族だ 潮風と日に焼かれて色が落ちなくなるほど肌を焼いた海の民 海の中は我が家のようなものだ
ナツのことは気になる 放っておきたくはないが、今の俺が何を言っても傷に塩を塗るようなもの
今は逃げる以外に選択肢はない
さすがにここまでは追ってこないだろうという楽観がそんな油断を生んだ
だが、殺気が再びこちらを刺してくる 体を上に向ける
「『マジかよ』」
俺も冬真も同じ気持ちだった
ナツも飛び降りてきていた 自由落下である以上、追いつかれることはないが彼女はこの高さに対応する手段を持っているのか?
「マ、シ、ロ~!!!! 殺す!」
海面までもうすぐだ この状況ではもう俺にできることはない 不安はぬぐえないがやれることをやるしかない ザインを起動する
『何する気?』
ナツの落下地点を算出し、衝撃を吸収するバルーンを落とす これで仮に彼女に対処方法がなくとも死にはすまい
俺のほうは
「眼を閉じる っていってもわかんないだろうから 存在を薄めて物理的な干渉、世界からの干渉を透過・軽減させる」
海面にぶつかる直後に重力の負荷が減る 体が軽くなり、あらゆる束縛から解放される
ふわっ 海面に直撃したにもかかわらず なんの衝撃も襲ってこなかった そのまま海面をすり抜けて最初の推進力で海底に突き進む ある程度進んだ状態で元に戻す
今まで薄れていた実態感が戻り、重力も浮力もこちらの存在をとらえる
浮力に逆らわずに浮上する ざばんと海面から顔を出す
ナツは? あたりを見渡す すると ザッパンッ と海面を大きくたたく
バルーンを出したが、それをわざと避けたらしい こちらを信用しなかったのだろう
しばらく待つが 海面に浮上してこない ちっ
『冬?』
俺は海に再び戻り、夏を探す
見つけた 気絶しているのか? それとも...
すぐに泳いで彼女の元に進む
彼女を捕まえ、海面に向かう
再び海面から顔を出す
『冬! 彼女が!』
そう冬真が言った瞬間にガッと首を絞められる
「ぐっや、め、」
ものすごい怪力で首を絞めてくる このまま絞められたら首の骨がへし折れるだろう
「死ね 死ね 死ね!!!」
鬼の形相でこちらをにらみつけてくる
『冬! まずいよあれ!!!』
そこにはナツとは別に世界の果てが近づいていた まずいこのままだと無に落ちる
「こ、の、まま、だと、一緒に、お、ち、るぞ」
「かまわない! お前も一緒に殺せるなら 道ずれにしてやる!」
『冬!』
そうして 俺らは海の端、世界の果てへと落ちていった
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そこには何もなかった
光も空気も熱も
落ちているのか、浮いているのかさえわからない
当然空気が泣ければ人は息ができない
だが、俺にはザインがある
「存在維持!!!」
存在維持は文字通り、自己の存在を維持する 最もザインクラフトのオーソドックスな機能 存在情報は存在を元の形に維持しようとする働きがる 人は変化する生き物だが、存在というのはその人物の根底にあるその人がその人であるための存在証明書だ
その力をより強固に固める 原子だろうが、分子だろうが、己を構成する要素をミクロの世界からマクロの世界視点でとらえ、一個の単一存在、真白冬として統一する しかし俺の中には神代冬真という異物が存在するため 本来の性能からは明らかに落ちた性能で顕現する
「ちっ まずいな!」
本来の存在維持なら、うまくやれば小一時間はほぼほぼ時間停止にも近い状態で己の存在を保存できる 息をしなくても苦しくならないし、飯を食わなくても食事しなくても死なない する前の状態で保存され、固定されているから時間経過による劣化の影響を受けないが、冬真がいるために穴がどうしてもできてしまう
ザインクラフトは原則一人につき、一つで登録しないといけない 理由はザインへ自分の存在を登録する際に、自己の在核を登録するから 自分の存在と紐づけることで他人に自分のザインを使えないようにできるし、なくすこともない また自分の存在を他人に弄られないようにもできる。 他人に存在を弄られないのというのは自衛として重要だ これがないと他人に簡単に存在を弄られてしまえるから 本来ならいいことずくめであるが今はそれがネックになって、己の首を絞めている いまの俺の状態は冬真と二人で互いの存在構造を支えあっている状態 どちらに存在が寄っている、ということでもない
ただでさえ、存在強度は下がっているにも関わらず、本来持っているザインの力を発揮できない状態になっている
冬真のところから存在エネルギーが無に抜け出して、漏れていく 虚無と同様 この空間は存在の力を拒絶する
(クソ! 万事休すか!)
もがこうと、あがこうと、溺れる以外に選択肢は、なかった
意識が、遠のきそうになった その時に
「まだやれるでしょ?」
眼を見開く 誰とも知れない けれどムカつく奴の声が脳裏をかすめて
(第■観測不可能領域接触 反存在・励起)
俺の血色が変色する
バキリッと虚空に指が食い込む 黒い腕が黒い空間に食い込みながら、もう片方の白い腕も黒い空間に突き刺す 息ができない酸欠状態で、それでも進む
俺は、まだ、死ねない! 少なくとも こんな死に方をするつもりはない!
できることがあるうちは地面をのたうち回ったって生き残ってやる!!!
虚空に浮かぶナツをつかむ 存在が消えかかっている、この空間に入ったショックで意識が落ちている
彼女を背負いながら虚空に腕を突き刺しながら登り続ける 何もない空間なのにも関わらず、俺にはなぜかわかった どこに進めばいいのか ここを出る方法を
「こ、こ、だぁああああああああああ!!!!」
何もない虚空に腕を叩きつけて、開いた穴を広げる すると、そこに海水が流れ込んでくる 押し流されそうな勢いにも負けず
「海洋民族、なめんな!!!!」
そのまま海に飛び込み、大滝をひとひとり背負って上り始める
『す、すげぇ 人間やめてる...』
ドン引きする冬真
「うぁらあああああああああああああああああああああ!!!!!」
ザパンッと 足で海面を叩き空を飛ぶように跳ねる
滝を上りきってなお止まらずに泳ぎ続ける すさまじいスピードで沖まで一直線に
「はぁっ はぁっ はぁっ 情けねぇ この程度の水泳で、こんなに息が上がるなんて」
『気にするのそこ? すごかったよ 充分人間やめてた』
ナツの様子を見る 人工呼吸で息は吹き返した 脈も安定している
海岸近くに生えた木に持たれかかる この世界にもまだ無事な植林が存在するのは救いだな ここは守らないといけない まだ滅びが世界の端まで来ていないということだから
それと、ナツをどうするか 殺すという選択肢は最初から存在しない だからと言って一緒に行動はできないだろう しかしだからと言ってこの終わった世界のどこに安全な場所があるというのか 悩みどころだ
『人生で一生分のスリルを味わった もうおなかいっぱいだよ』
そうあってほしいとこだが、かないそうにない夢だ
彼女を背負って、歩き出す 人を、探そう 生き残っている人を
まずは近場の集落を探す そして準備ができたら、聖都ワフマンヤシュヒトに向かう
制限がかかっているとは言え、あそこには最後の善意がある
そこを解放し、人類再起の地に変える
冬真を早く帰してやりたいところだけど、安全地帯を確保しなければどのみち、取り掛かることはできない
自分の腕を見ると、黒い腕の範囲が侵食している 反存在、か
ザインによる存在の力とも異質な何かを感じた それが俺にとっていいことだとは思えなかった
冬は空を見上げる
世界をアップデートします かちりと 時計の針が進む
ナツを背負い、冬は歩き出す
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海岸を抜けるとそこから先には砂漠が続いていた
荒野と表現できるような場所だ 最後の善意は空に浮いているが、その周りを三つの黒天が邪魔をしているため、ここらまで豊穣の加護は届かない
あの三つの黒天を滅ぼす それがこの世界を救う唯一の方法だ
ナツが弱っているのを感じる 彼女をどこかで休ませないといけない 屋根のある場所を探さないと
だが歩けど、歩けど、人里が見えないことにわずかな焦りが出る
『冬、大丈夫?』
冬真が心配してそう話しかけてくるが
「問題ない」
問題しかないが、そう聞かれたら、現状そう答えるしかない
大丈夫じゃないといったところで、状況が解決するわけじゃない
今は我慢の時だ
それにしても人一人担いで数時間歩いたくらいでここまで消耗するなんて
本当に元の体では考えられないほど弱体化してしまった
今のレベルで戦闘に耐えるとは思えない
いや、やめよう 感情を強制的に断ち切る
ネガティブに感情を振り切っても事態は好転しない
今考えるのは、次どうするか
水源に関しては、海水がある あの領域はまだ汚染が進んでいない
というより汚染しない 海水はアニマにとってもダエワにとっても益にならない領域ゆえに 水源の汚染が起きない 無の領域に飲み込まれている海水だがあそこの海水は尽きることがない 海水淡水化技術は持っている 刻紋は消滅してるため、今すぐは不可能だが、工房させ確保できれば刻紋はまた作れる 海水を淡水に変えれば水源の確保は難しくはない 問題は距離だ 聖都はこの円柱世界の中心にある 遠すぎるためインフラの整備が絶対に間に合わない 聖都の水源は最後の善意により浄化されているが、水源は限られるし、敵に囲まれた土地であるため、いずれ枯渇する
まずは4つある敵の拠点のうち、一つを落とす 問題はどこから攻めるか 攻めたあとも問題だ ほかのところが攻めてくればひとたまりもないわけだから 同時に4つを敵に回して勝てるわけじゃない 立地なども考えて戦略を練らなければ
『ねぇ 冬』
「どうかしましたか?」
『さっきから一人でいろいろ考えてるみたいだから 何考えてるのかなって』
俺と冬真は体を共有しているが、意識が混濁しているわけじゃない そのため思考が読めているわけではない ただほかの人間よりも近い位置にいるために 不安や不穏な空気は通常の人よりも伝わりやすい
「今後のことを、少しね 彼女のこともある」
そういって背中の彼女のほうを促す
『どうするつもりなの?』
不安そうな声で言ってくる
「休ませられる場所を探します、といったはずなんですが」
『いや、そういう意味じゃなくて そのあと、彼女が目を覚ましたら どうするの?
自分がやったわけじゃないって正直に話すの?」
「もし仮に話したとして、まともに信じてはもらえないでしょうね そもそも言葉ではどうにもなりません なんていうんです?この世界はゲームの世界で、私は現実の世界から来ました あなたの恋人を刺し殺した者と全く同じ顔をしていますし、あなたの恋人が刺殺された場面にも居合わせましたが、それでも殺してませんって?」
そんなことを言おうものなら、ふざけているというより侮辱しているのと同じだ
ただでは死ねないぞ
『うぅ 絶対に信じてもらえなさそう...』
認識が甘い その程度ではすまされない なぜならこちらは恋人を殺したかもしれない第一容疑者だ
「想像して? 君に恋人がいたと仮定して、ある日恋人のいる部屋に遊びに行くと彼女が裸で倒れてる その横には下半身むき出しの見知らぬ男が突っ立っている そいつはいうわけ、私はなにもしていませんって 君それ信じるの?」
『ぬっころす!』
「だろうね 俺でもそうするよ」
信じられるわけがない、なんて話ではすまない 言い訳にしていい内容ではない 本当のことだが、そのまま伝えようものなら体中をばらばらに切り刻まれても文句は言えないくらい、相手をおちょくってる内容だ
『ん?ちょっと待って なんでぼくに恋人がいると仮定したの?仮定するってそれぼくにはいるわけがないって意味?』
ひっかかるとこそこ? たとえ話なんだから例に例えるしかないだけで、他意などない
「いるの?」
いるなら侮辱に聞こえたかもしれないから謝らないといけないが
『いないけど! いませんけど!! でもそれは失礼ってやつじゃないかもし?』
「ならいいじゃない 仮定で」
『よくない! 仮定を消して やり直して!』
正気かな?こいつ 何がそこまで彼を駆り立てるのか?
「まじめな話をしよう 先ほどの続きだけど...」
話を正常に戻したくて、本題に踏み込もうとするが
『やり直して!』
だだをこね始める
「---君に恋人がいる可能性があった場合に限り成立する条件として、ある日突然...」
『嫌な言い回し!』
「うるさいな あるわけもない可能性の話をするのは嫌いなんだ」
『は?喧嘩?』
やる?
ひゅ~と風が吹く からからとゴミが飛んでいく 誰もいない荒野にはたからみると一人でもめる奇妙な生き物がぽつんと立っている それを想像すると二人とも萎えた
「一つだけ、身の潔白を証明する方法があります」
『え?そんなことできるの?』
「できる、というかこれしか方法がない」
その方法は危険を伴う 彼女の命ではなく、俺と君のね
「今は先を急ぎましょう ここでだべっていても事態は好転しません」
『そうだね』
冬真も不安が解消されたからなのか静かになった
俺たちは歩き始める まだまだ人影一つ見えない荒野の上を
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『やった!やっと人里が見えてきたよ! あれ?』
あれからさらに数時間歩いてようやく人里が見えてきた 冬真がようやく長い沈黙を破り、歓喜の声を上げるが、それと同時に疑問を口にする
町の入り口には見張り役が立っている この世界の時世を考えると当然と言えば当然の光景だ だが、その光景にも危険な雰囲気が見受けられた
「お願いします! お母さんを助けてください! 熱を出してずっと寝たきりなんです! お医者様を 薬を恵んでください!」
「ふざけるな! アニマのガキが! 貴様らが負けたせいで俺らは明日をも知れぬ身なんだぞ! 貴様らにくれるものなどありはしないわ!」
そういって、持っていた長物を幼子に振り上げる 女の子は頭をかばうように縮こまるが、来るはずの衝撃が来ない 恐る恐る目を開けると、先ほど自分に怒鳴り散らし、長物を振り上げた男が地面に倒れていた
「武器も持たない子供に、いい大人が武器なんてふりかぶってんじゃねぇよ クズが」
冬だった 冬が振り下ろされる長物を片手でいなし、男ごと回転させた
技量の差がありすぎるがゆえの光景だろうが、大の大人が盛大に回転して倒れるというのは見ものだが、相手からすればいい恥さらしだろう 顔を赤くしてこちらをにらみつけ、何かを言おうとしたが、冬と目が合って、息を静めた
「やる?俺と?」
男はかぶりを振った 冷徹な瞳は無機質で一切のやさしさが感じられなかった
虫けらを見るその瞳を見れば、わかる やるといえば俺は殺されると
「お嬢さん もうお帰り 彼らがまっとうに交渉してくれるとは思えないし、君にも差し出せるものなんて、ないのだろう?」
「それは、そう、ですけど でも!」
少女はそれは百も承知だろう それでも藁にもすがる想いで来たのだろうから
「俺が代わりに君の母君を診よう」
「え?」
少女はまるで想定していなかったがゆえにぽかんとした顔をする
『ちょっと冬?』
人助けなら問題はないけど、安請け合いして大丈夫なのか?
「そんじょそこらのやぶ医者よりはできるよ」
「あなたはお医者様なのですか?」
「医者ではないけど、たいていのことはできる」
「あの、私は そこまで実入りがありません」
「それは、みればわかるよ 欲張りなことはいいません 一晩おいてほしい 連れを休ませてあげたい」
そう言って、背中のナツを見せる
少女は少し考えていたが、大きく頭を下げた
「お願いします 私の名前はヒマワリといいます」
「俺の名前は冬だ よろしく 最善は尽くすよ」
彼女についていくと、さきほどの町よりもさらに小さい集落が見えた
お世辞にも安全が確保できそうな場所ではなかったが、屋根のある民家は見受けられる
「答えたくなかったら答えなくてもいいんだけど、君は母君と二人で生活しているのかい?」
「私は母と妹と一緒に暮らしています どうしてですか?」
彼女は素直に答えてくれた
「妹、か なら働き手はいないということか 君もその歳じゃろくなことはできないだろう どうやって生活しているんだい?」
この世界の情勢は最悪だ まともな働き口どころか、食べるものすらまともに手に入らないだろうに
「普段は畑を耕しています もっとも最近は水も空気も汚染がひどくて育ててもすぐに腐ってしまいますが... でも私たちがやめてしまえばみんな飢えて死んでしまいますから できるだけ汚染が低い物を選んで配っています」
「配っている...それで君達は生活できるのかい?」
「生活は、苦しいですが 私たちも全部配っているわけではないので あっ!!」
そう言って彼女がみている先を見ると、彼女の家と思しき場所の畑で子供が入り込んで、畑の作物をあさっているのが見える こちらを見た瞬間まずいと思ったのか逃げ出す 俺が追おうとするが、彼女が止める
「いいんです!」
「よくないだろう あれを放置すればまたやるぞ」
「彼らも、飢えをしのぐのに、必死なんです 気持ちはわかります」
とてもそうは思えないが この調子では彼女達は同じようなことを今までも見逃してきたのだろうな
生活が苦しくなるわけだ
「はぁ 君の母君のところへ案内を頼む」
ため息を吐き、頭をかく
結局のところ、彼女達自身がそのことに対して抵抗しないのであれば、俺が何をいっても無意味になる アニマゆえの欠点、なのだろうな
水源もそうだが、食料自給も早めに手をうたないと、暴動がおこるだろう アニマはそんなことはしないが、ノルマは確実にやる ダエワにとっては好都合でしかない
年季の入っている家だ ところどころいたんではいるが、手入れが行き届いているのがよくわかる 大事にされているのだろう
「お母さん! お医者様をお連れしたよ 起きられる?」
「...ひまわり? お客様? ごめんなさい すぐにお茶菓子を...」
レスポンスが悪いな それに娘の声がよく聞こえていないのか?
状況の認識能力も低下しているように思う
「お母さん 違うの お医者様だよ?」
「...お医者、様?」
言葉の意味も分からなくなっているのか?
俺は母君の前に片膝をついて質問をしてみた
「お母さま 私です 息子の冬ですよ 覚えていますか?」
「え?何を、言ってるんですか?冬さん?」
ひまわりがとまどう 俺はシっと人差し指を立てて、静かにさせる
「...ああ、冬ね うん 知ってるわ 久しぶりね 帰ってきてくれてうれしいわ」
「お母さん? 何言ってるの?」
怖くなったのだろう 俺はひまわりを手招きする
「お母さん、どうしちゃったの? あれなんなの?」
「結論から言おう 君の母君は寄生されている」
「え?」
『冬? どういうこと?』
(いま説明する)
「母君は汚染された作物を口にしたのだろう」
はっとした顔でひまわりは納得を示すが、冬真にはよくわからない話だろうからそのまま続ける
汚染された作物はダエワのような種族でもなければ毒だ アニマはある程度の毒には耐性があるだろうが、それでも毒はどんどんたまっていくし、体外に排出されない 適量を超えれば死にもつながる だが今回の場合は作物そのものではなく、それを育てている土のほうだろうな」
汚染雷土 憑神の一機に土を汚染する雷土を司る神機がいる《サウラヴァ》
汚染された土で育てられた作物は見た目は普通の作物に見えるが中身に問題が発生する 特殊な寄生虫が寄生するようになり、そいつは人体にも寄生する
寄生された人間はこちらの会話とレスポンスに問題が生じたり、寄生対象の環境情報を更新できないので、辻褄を合わそうとして、虚言を発するようになる 虚言のレベルも低いので、すぐにバレる YES/NOで答えられない内容の質問だったりすると途端に怪しくなる これは原作の内容でも触れられていたエピソードの一つだ
原作ではアニマ達の育てる浄化された作物を食べ、浄化された水を飲んでいれば自然と回復するのだが、今この世界には両者の護神像はすでに破壊されているので、浄化機能を使えない
『冬、この世界特有の症状ってこと?ならそれは...』
治せるのか?
「治せる 大丈夫だ」
「本当ですか!?」
うれしそうに顔を明るくするひまわり
浄化機能がなかろうと、俺にはザインクラフトがある
俺は再び母君の前に片膝をつき、白い右腕を突き出し、母君の額に手を当てる
白い腕に発光した紋様が走り、手の平に眼と掌の紋様が浮かびあがる
「?」
母君は意味がわからないのだろう 反応を示さない 自分を害そうとすれば暴れるが逆に言えばこちらが害することを理解させなければ暴れずに除去できる
ザインクラフトを持たないものの存在に干渉するのは比較的簡単だ
空想世界の存在は俺たち現実の世界の住人とは存在構造において、ある部分が異なる
現状のうちなら、いくらでもアプローチの方法はある ザイハックで彼女の存在に干渉する
「みつけた」
見つけるのは難しくはなかった 体中に根を張るように神経にも臓器にも血中にすら溶けて絡めついている毛細組織を丁寧に丁寧に切り離していく やっていることはコーヒーを豆と水に切り離すような作業だ
相手は剥がされている自覚すらなく、回収され 全てを剥がし終えた俺はそれを容赦なく、潰した
寄生虫は自分が死んだことすらわからずに即死した
「終わったよ」
「え?」
ひまわりは困惑する はたから見ればただ掌を額に当ててただけにみえただろうから
拡張技術の応用だといっても彼女達にはわからないだろうから説明は避けた
『冬、何やったの?』
(いずれ時間があるときに説明するよ、たぶん)
母君はうつらうつらしながら瞳をとろんとさせて静かにベットへ倒れ込む
「お母さん!」
「大丈夫 眠ってるだけだよ しばらく安静にしてたら頭にかかった霞が晴れるように目を覚ます」
すぅ すぅ と静かに眠っている母をみやる
「そう、なんですか?」
懐疑的だ
「大丈夫、俺は連れが目を覚ますまではこの集落にいるつもりだからもしなにか後遺症があるなら、教えて ないと思うけど それとこの集落で泊まれる宿はないかな? 連れを休ませてやりたいんだ」
「あ、それならうちをお使いください」
おいおい
「さすがに迷惑じゃない?」
「母を助けてくださった方です ぞんざいな扱いはできません もっとも土が汚染されていることを考えると、おもてなしができるものもありませんが」
心苦しいですとこぼす
「気にしなくていいですよ 泊めてもらえるだけで充分です 泊めてもらう以上、食料に関してもこちらで提供します」
「そんな! お客様にそんなことまで」
「もともと、どこかの町によったら町の人に配る予定だったものです 気にしないで」
「それなら、この集落の人たちに」
「俺は君らに食べてもらいたい 誰かではなく、今俺の目の前にいる、君達にね」
「...はい ありがとう、ございます」
ひまわりは泣き始めた
「ごめんなさい」
「腹でもいたいのかい?」
さすがに驚いて心配になった
「こんなに、やさしくされたの、ひさしぶりで おかしいですよね」
ぐじゅぐじゅになった涙を服でごしごし拭くので止める
「顔をそんなにこすったらだめだよ 別に笑いやしない」
泣きたければ泣けばいい
ヒマワリはまたわんわん泣き出して、冬の服をたいそう汚したが、冬は最初こそ、驚いていたが、優しく彼女を抱きしめて頭を撫でた 彼女が泣き疲れて、眠るまで
泣き疲れて寝た彼女とナツを彼女の寝室とおぼしきベットに寝かせた
ようやくナツを横に寝かせてやれた 俺としても人心地ついた気持ちだった
二人は狭いかとも思ったが、二人寝ても問題ない広さを持っていた そういえば妹がいるといっていたな 妹と寝ているのか 妹さんはどこにいるんだ? 医者をまだ探しているのだろうか? この危険な世界で一人で出歩いているというのが心配だが俺は彼女の顔を知らないし、土地勘もない 待つしかないだろう
そう考えて気を休めようとした瞬間
ドカンッ 大きな音を立てて真横から吹き飛ばされた!
家を貫いて隣家まで吹っ飛ぶ
「ヒューッ マジっすか? すげぇっすね~ 見ましたジャクラ様? あいつ、おいらの雷裂弾を素手でつかみとりやしたよ」
「ああ、見てた 久しぶりに強そうなやつだ クゥ~ッ 興奮してきたぁ~!! 強い物いじめができる!」
「いやぁ~ やっぱボスの趣味は最悪っすね おいら、弱い物いじめが好きなもんで」
「お前は趣味最悪だからな でも強いから、好きだぜ」
「はははっ おいらはボスのこと、強すぎていじめられないから嫌いっす」
あははははっ 互いの笑い声が響き渡る
瓦礫を蹴飛ばして立ち上がる
『冬!大丈夫!』
大丈夫なわけがない 奇襲を受けたのだ こちらの動きを知られてた?
どこから?
敵を見る ダエワだ この世界にきて俺はまだ日が浅い なら狙われた理由は
ナツか?
あいつらは雷裂弾をナツに向けて撃った 俺がそれを寸でのところでつかみ取ったからどうにかなったが
ジリジリと左腕がとらえた弾丸はいまにもはじけそうな雷でできた太い杭だった
この弾丸は本来つかみ取れるようにはできてない 敵に炸裂した瞬間に全身へ雷撃を弾けさせる悪辣な弾丸だ それができるのは形のないものをとらえるザインクラフト使いならではの離れ業
これを使うのは 雷土の憑神を駆る男
「ジャクラ」
ちっ と内心で舌打ちをする できればやつにはこちら側から仕掛けたかった
入念な準備を済ませて、完全に後手に回った形だ
歯がみしている場合ではない 早急に事態を立て直さないと 心を戦闘用に切り替える
大きく弱体化してしまった状態に、さらなる荷物を大量に抱えて、絶望的な戦闘が幕を開けた




